第二十六話 獣人と決闘
リスタンブルグの冒険者ギルドは、テレシアと比べてもその規模はほとんど変わらない。外観も見てくれより質を重視してるのか、とても簡素なデザインだ。つけられている看板だけが目立つようにカラフルなデザインを施され、異彩を放っていた。
ただし、テレシアと違って高レベルの冒険者が多い。鉱山に現れる主な魔物、ミネラルアントがレベル4だからだ。そして稀に魔物の巣を掘り当てることがある。鉱山に住む魔物は主に鉱物を食べるため、人的被害はあまりないが、貴重な鉱物さえも食い始めるので討伐が必要である。
俺たちはギルドの扉を開け、中には入った。
「いらっしゃいませ、こんにちは。こちらのギルドは初めてですか?」
俺たちに気づいたギルド職員が声をかけてくる。見ない顔だからだろう、これから説明を始めそうな雰囲気だ。
「ああ、テレシアから来――」
俺がそう言った瞬間。
「ははは、何だテレシアからか。あそこと比べてここは辛いぞ。怪我しないうちに帰んな」
横から口を出してきた奴が居た。
その声の方向、端に並んだテーブル席に目線をやる。そこには明らかに見下していると言わんばかりの表情を浮かべた獣人が座っていた。
確かに、テレシアというと初心者ギルドと言われても仕方のないくらいに新人たちが集まっている。冒険を始めるならテレシアから、というのがここら辺の常識だった。俺もその忠告通りにテレシアにやって来たので何も言えない。
「ちょっと! テレシアのギルドをバカにしないでくださいよ!」
獣人の態度にマルシアが食って掛かる。まあ、元職員だから馬鹿にされて悔しくないわけがないよな。
「おお、お嬢さん、すまなかったな。最近、テレシアから来てすぐ逃げ帰る奴らが多かったんでな。ちょっと苦言を呈しちまった」
獣人は素直に謝った。
「俺は虎の獣人族のフゥ。宜しくな」
フゥと名乗った獣人族はマルシアに手を差し伸べる。マルシアは少し躊躇うとその手を握り返した。どうやら俺とシルヴィアは眼中にないらしい。下心を隠さない辺り、ある種の清々しさはあるな。
「という訳で俺とパーティ組まないか? なんなら一から教えてやるぜ」
「……結構です。私にはちゃんとしたパーティメンバーが居ますから!」
握った手を思いっきり振り払い、マルシアが俺に視線を向ける。それに釣られ、俺の方を向いて訝しげな目をするフゥ。ああ、なんか厄介事に巻き込まれそうな予感がするんだが。
「どこからどう見ても弱そうな奴だな。あんなのが頼りになるのか?」
「なります! 貴方より強いですよ!」
まて、相手の情報も知らないのに喧嘩を売るな。
「はっ! ここまで言われても何も言い返さないようなチキン野郎に負けるわけないだろう」
「それは余裕です! 余裕が無い人ほどよく噛み付くんですよ!」
この流れはどう考えても……
「ほう、それじゃその実力とやらを見せてもらおうじゃないか」
そうなるよな。
「面倒だからパスだ」
俺はきっぱりと拒絶を示す。
「おいこら! この流れなら普通は受けるだろ!」
フゥが怒鳴った。まあ、肩透かしをくらったんだ、当たり前か。
「……冒険者が敵の情報を知らずに魔物に挑むか? 仮にも冒険者を名乗るなら相手の情報をきっちりと確認してから魔物に挑め」
「こいつは言うなれば遭遇戦だ。情報がなかったから勝てませんでした、なんて冒険者には通用しねえよ」
煙に巻こうとしたら噛み付かれた。マルシアレベルなら簡単に説き伏せられたものを。
「……それなら逃げろよ。無駄に命を賭けるなんて愚か者のすることだぞ」
コボルトリーダーに挑んだ俺の言う台詞じゃないけどな。
「理屈臭え奴だな。ここにこうしてお前の仲間が捕まってるんだぜ、そこは命かける場面だろう」
そう言うとフゥはマルシアの腕を掴んだ。マルシアは抵抗を試みるが、どう見ても単純な力の差は明白だ。
「……はぁ、しょうがない。受けてやるよ」
俺はため息をつくと了承した。こういう奴は絶対白黒着くまで諦めない。俺は別に負けようと構わないし、さっさと付き合って解放されたい。
「ちっ、なんだか余計に疲れたぜ。とりあえずギルド裏の修練場に行くぞ」
それはこっちの台詞だ。
口には出さないが心の中で毒づいておいた。
修練場はギルドと同じくらいの広さだ。
他に修練してる冒険者は見当たらない。新人らしい新人も見かけないし、ここもあまり使われていないのだろう。
端で準備運動をする俺を、まだかとフゥが睨んでいる。訓練で無駄に体を痛める気など無いので入念にしておく。
それにしても本格的な対人戦は久々だ。昔は冒険者仲間とその腕を競い合ったものだが、今では遠い昔の記憶だ。
テレシア付近には盗賊もほとんど居ない。王都に近く、警備兵たちの練度も高いからだ。かと言って街中では『裏』が見張っている。歓楽街での喧嘩程度なら何度かやったことがあるが、あそこで刃物はご法度だ。
「ようやくか、待たせやがって」
俺が訓練用の木剣を手に取り、修練場の中央へと来ると、フゥが待ってましたと声をかけてきた。
フゥの手にも木剣。ただし、俺のとは長さが違った。俺は片手半剣とほぼ同じ長さ。片や、フゥは一般的な片手剣の長さだ。無意識に体に染み込んだ戦い方をしてしまうので、いつもと間合いの違う武器はやりにくい。
俺は木剣を構えて感覚強化を使う。どうせだから試運転も兼ねておこう。生体活性を使うと怪しまれるだろうが、これくらいなら分かり難いし問題はないだろう。
フゥが懐から銅貨を取り出した。
「これが地についたら開始だ」
そう言って銅貨を弾く。銅貨はくるくると宙を回り、やがて大地に落ちた。
次の瞬間、フゥが一瞬で間合いを詰めてくる。まるで生体活性した俺並の速度だ。こいつ……レベル5以上か!?
感覚強化のお陰で反応だけは出来た。辛うじて横一閃の斬撃を躱す。まさに皮一枚。強化していなかったら一瞬で終わってたぞ。その速度のまま突きを出さなかったのは、万が一の事態を想定してのことだろうか。なんだかんだ言っても冷静なのかもしれない。
「やるじゃねぇか! 今の一撃を躱す奴は中々いねぇぞ!」
フゥは笑みを浮かべると更に連撃を重ねてくる。圧倒的な力によって生み出される上下左右からの斬撃をなんとかいなしていく。しかし、反撃の糸口はまったく掴めない。そもそも地力が違うのだ。こいつはアルフやシーズよりも確実に強い。
ならば――勝つことを諦めた。
これは訓練だ。ならば相手の動きを出来るだけ読み、そして学ぶ。かつて先輩冒険者たちから色々と学び取ったように、この戦闘で一つでも多くの収穫を得ることにした。
感覚強化を更に強め、相手の一挙手一投足を見る。足の運び、重心の流れ、打ち込む角度。それらは見れば見るほど理に適っていた。
これが上級冒険者……か。
フゥの方も俺が学び始めたことに気付いたのだろう、相手の鼻っ柱を叩き折ってやろうという攻撃から険がとれていき、まるで見本を見せるかのような攻撃に切り替わっていった。
おおよそ10分。強化限界ギリギリのところで俺たちの決闘は終わった。
限界まで集中し過ぎ、俺が疲弊したのだ。胴への一撃に対応出来ず、まともに食らってしまった。
「……認めてやるよ。お前は立派な冒険者だ」
倒れこんだ俺に手を差し伸べてフゥが言う。その表情は先程までとは打って変わり、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ああ、勉強になったよ」
その手を取り、俺は立ち上がった。
俺の心にあるのは久々の――充足感だった。




