第二十五話 別れと新たなる街
鉱山の街リスタンブルグ。
バリアント王国屈指の鉱山街としてその名を馳せている。
街の至る所に鍛冶職人が住み、その技術を競い合っていた。奥には鉱山へと続く道が伸び、様々な鉱石が街へと運び込まれている。
俺たちは入り口で街間馬車を返却し、そのまま街へと入っていった。
「それじゃ、ここでお別れだのう」
歩く俺たちから一人抜け出し、ヨンドが振り返った。
「うん、元気でね。ヨンド」
「……達者で」
「……ヨンド。今までありがとう!」
風の騎士団のメンバーが思い思いの言葉をかける。どうやら別れの感傷は既に済ませたようだ。
「なんだかんだで世話になったな」
「……ありがとうございました」
「ヨンドさん。頑張ってね!」
俺たちもヨンドに別れを告げた。ヨンドは手を上げると、門番に聞いた鍛冶ギルドがある方向へと歩き去っていく。湿っぽいのを嫌うヨンドらしい去り際だった。
「……それじゃ、まずは宿を取りに行くか」
黙っている皆を前に、俺は声を上げた。
何はともあれ、まずは寝床の確保だ。ヨンドは工房に住み込むことになるので会うことも少なくなるだろう。
これまた門番に教えてもらった、ここから一番近い宿に向かって俺たちは歩き出した。
テレシアでは通りを行き来するのは普通の住人が多かったが、ここでは冒険者らしき風体の人物が多い。やはり、武具の新調に来ているのだろうか。ここで生産される武具は王都でもかなりの値がつくものばかりだ。移送費を考えればここで買ったほうがかなり安く上がる。
大通りの両サイドに立ち並ぶのは武具屋や鍛冶工房ばかり。それらを横目に程なく進むと、紹介された宿屋が見えてきた。
宿の名は【鋼鉄の檻亭】。何だろうか、安全性で売っているからこその名前なのだろうか。どう考えても牢屋が頭にちらつくネーミングなんだが。
まあ、そんな細かいことはどうでもいい。ここ数日、耳鳴りの所為であまり眠れていないのだ。宿をとったら一目散にベッドに潜り込みたい気分だった。
さっさと宿の扉を開けると、そのまま受付に飛び込んだ。迎えたのは愛想のいいおっさんだ。
「いらっしゃい、何名様だね?」
「部屋を三人用一つに二人部屋二つ、空いてるか?」
三人部屋は風の騎士団用。二人部屋は俺と黒騎士、シルヴィアとマルシアで分けてとることにした。【安眠亭】では説明したが、初対面のおっさんにバレるのは宜しくない。
「えっ、ベッドは別ですか?」
俺の言葉に、後ろに付いて来たマルシアが口を挟む。そしてその隣にいるシルヴィアが無言で俺を見上げていた。二人の態度におっさんはニヤリとすると「じゃあシングル一つにキングサイズ一つでいいな」と鍵を三つ持ってきやがった。
「ありがとうございます」
おい、勝手に決めるなよ……とおっさんに文句を言おうとするが、それよりも先にマルシアが礼を言って鍵を受け取りやがった。シルヴィアも文句はないみたいだ。話を聞いてみると普通に部屋をとるよりは安いらしい。節約も兼ね、もうそれでいいことにした。頭も上手く回ってない気がする。
俺たちは宿代を払うとそれぞれの部屋に向かっていった。
宛てがわれた部屋は結構な広さだ。キングサイズのベッドを加味しても【安眠亭】より余裕がありそうである。俺は窓を開けると、そのままベッドへと飛び込んだ。ああ、これでやっと寝れる。俺はそのまま睡魔に負けようと――
「イグニスさん、街を観光しましょうよ!」
マルシアに揺り動かされた。
「……眠いからメルディアーナたちと行ってきてくれ」
なにやら文句を言っているようだが、俺の耳には届かない。
世界はゆっくりと、暗闇の中へ落ちていった。
……あつい。
俺はガバっとベッドから起き上がった。
窓から外を覗くが、日はまだまだ高い。自分の体温で暖まったマットに加え、部屋の温度はかなり上昇している。更には外套すら外していない自分の姿。そりゃ暑いわけだ。
部屋には俺一人。寝る前に言ったとおり、メルディアーナたちと出かけたのだろう。
俺は太陽を睨む。季節柄、これからどんどんと気温が上がっていくことになるだろう。そうなると用意しておかなければならない物があるな。
外套をベッドの上に脱ぎ捨て、邪魔な装備を外して軽装になる。これでだいぶ涼しい。
最後に一番大事な貨幣袋をしっかりと腰に括りつけ、俺は外へと飛び出した。
目指すは魔石屋。俺たち冒険者と馴染みの深い、魔石を加工して売っている店だ。必死に辺りを見回すが中々見当たらない。宿で場所を聞いておけば良かった。勢いに任せて飛び出してくるものじゃないな。
しかしこの街、どこを向いても武具屋と鍛冶工房が目に入る。まったく区画整理が出来ていないようだ。元々鉱夫だけが住む小さな村だったと聞くし、人が増えるに連れ、徐々に継ぎ足して行った結果なのかもしれない。
街行く人に訪ねて、俺はようやく魔石屋を見つけることが出来た。そこら辺に建っている武具屋と比べ、小さめの目立たない店舗だ。教えてもらっていなければスルーしていた自信がある。入口の上に掛けられた看板だけが、辛うじてここが魔石屋だと主張していた。
扉を開けるとガランと鈴がなった。しかし誰も出ては来ない。
「……留守なのか?」
俺は扉を確認してみる。扉にかかっているプレートには『開店中』の文字。一応、営業中だよな。
取り敢えず目当ての物があるか、辺りを探してみることにした。
店の中には大小様々な魔石が並んでいる。一般的に使われている魔石といえば、やはり光魔石だろう。俺の持っているランタンに入っているコレがそうだ。大きめの光魔石は街灯にも使われているし、遅くまでやってる酒場などには必需品だ。一般家庭でも持っていないほうが珍しいだろう。
他にも料理に必須な火魔石。水回りの要、水魔石。魔石の用途は様々だ。今の生活を支える大本と言って間違いないだろう。
需要が多いものほど大量に作られ、その分安く出回っている。冒険者が護身用に持ったりする、用途が限定される魔石は逆に高い。
水属性系の魔石の棚をあさり、俺は求めていたものを見つけ出した。
手のひらに丁度収まる程度の魔石。周囲の温度を下げる冷魔石だ。これさえあれば、例え炎天の季節だろうと快適な睡眠が約束されることだろう。
俺が冷魔石をもって呆けていると。
「ドロボー!」
頭に衝撃が襲った。痛みは殆どないが、思わず驚いてしまった。
「誰が泥棒だ、誰が!」
俺は文句を言うため振り返るが、そこには誰も居なかった。あたりを見回しても見当たらない。
「ここだ、ここ!」
その言葉に視線を落とすと、小さな子どもが目に入った。少年なのか少女なのかよくわからない中性的な顔立ちと、俺の腰くらいまでしか無い身長。そして精霊族特有の尖っている耳。ハーフリングと呼ばれる精霊族だ。その手には俺を殴った犯人であろう、自身の立端に合わない長い箒が握られていた。
「ああ、すまん。見えなかった」
「何で来る客、来る客皆同じような反応をするんだよ! お前たち実は裏で組んでるだろ! 嫌がらせか!」
「そんなこと言われてもな。俺は今日この街についたばかりなんだが」
変な言いがかりを付けられたので否定しておく。相変わらず精霊族の歳はわからん。つい、見た目通りに歳下扱いしてしまう。
「ん? なんだ、そうだったのか。なら早くそう言えばいいのに」
「問答無用で叩いてきたのはそっちだろう。俺は客なんだが」
「おお、久々のお客だ! 僕はハーフリングのグラス。見ての通り魔石屋の店主さ」
「……店主だったのか」
えへんと手を腰に当て胸を張るグラス。どう見ても子どもだな。
「で、何探してるのさ?」
「ああ、もう見つけた。冷魔石が欲しくてな。これ幾らだ?」
俺は右手に持つ魔石をグラスに見せた。
「おおっ! グッドタイミング。ちょうど特別な冷魔石があるよ」
「……なんだ、特別って」
「これからの季節のために研究しててさ、さっき出来上がったばかりの素ん晴らしいものがあるんだよ! 効力、品質、持続力。どれをとっても完璧な冷魔石さ」
「値段が高くなるならいらんぞ?」
「試供品だからタダであげるよ! その代わり使い勝手が聞きたいからあとで教えて欲しいんだ」
「まあ、それくらいならいいだろう。また今度寄った時に報告するとしよう」
俺は特別と言われた冷魔石を受け取る。大きさ自体は普通の物とそんなに変わりはなかった。
「イグニスさんも出かけていたんじゃないですかー」
部屋の扉を開けると、マルシアが声を上げた。どうやら俺が外に出ている間に観光を済ませてきたようだ。
「どうせなら一緒に行きたかったです」
次いでシルヴィア。
「ああ、悪い。どうにも暑くて寝付けなくてな。魔石を手に入れてきたところだ」
俺は皮袋から取り出した冷魔石を二人に見せる。
「あ、そういえばそろそろ必要ですよね」
「これはどういう効果の魔石なのですか?」
シルヴィアは手にある魔石をじっと見つめる。どうやら興味が有るようだ。
「まあ、使ってみれば分かるだろう」
俺は魔石を部屋の中心に置いて起動させる。次の瞬間、冷たい空気が当たりを包み始めた。
「わあ、すずし……寒い?」
「……寒いですね」
最初は気持ちいいほどの冷気を発していたが、気温の低下は留まることを知らない。明らかな異常に、俺は慌てて魔石をとめた。
「これは……冷魔石と言うより凍結魔石だな」
周囲の温度を下げる冷魔石と違い。周囲を凍らせて保存させる凍結魔石。同じ系統だが、使い方はまるっきり違う。
「くそ、あの店主め。しかし……これはどうしたものか」
炎天の季節なのに、部屋の中は肌寒いレベルにまでなってしまっていた。窓を開け放つが魔力で生成された冷気は衰える気配をみせない。
「大丈夫ですよ。簡単に解決できます」
マルシアが俺の腕に抱きついてきた。
「こうすれば暖かいじゃないですか」
反対側からはシルヴィア。
「暖かいですね」
次の日、俺が魔石屋に怒鳴り込んだのは言うまでもない。




