第二十四話 旅立ちと高ぶる精神
テレシアからの卒業。
ほぼすべての依頼がレベル3以下なため、レベル4になると周りから言われ始める言葉だ。
冒険者がテレシアから出るとなると、もう一度王都方面へ向かうか、南のリスタンブルグへ向かうかの二択となる。
雨季も終わり、俺たちにも旅立ちの時がやって来た。
どうせ新しい旅立ちならと、俺たちは風の騎士団についてリスタンブルグまで向かうことにした。
蒼天には太陽がのさばっている。
気温は一気に上がり、雨季のジメジメとした不快感は薄まっていた。
リスタンブルグに向かう俺たちは出立の準備を進めていく。マルシアは俺たちに付いて来ることを爺さんに認めさせていたようだ。ギルド職員をやめて冒険者になるのだと言い、ちゃっかりと冒険者証を作っている。レベルは1。まあ当り前だわな。そのため、最近受付では姿を見なかったのだろうか。
いつもどおりに護衛の依頼がてら……とでも思ったが、リスタンブルグ行きの護衛で目ぼしいのはなかった。だが、今までさんざん引き篭もっていた皆の鬱屈が爆発したのか、街間馬車の一つを貸し切って進むことに決まった。
南門で兵士たちのチェックを受け、問題なく外にでる。その先には草原が広がっていた。申し訳程度に一筋の線を描く街道。リスタンブルグにはおおよそ5日、俺たちはこれからこの道を辿って行くこととなる。
さて、久々の旅だ。俺は鈍っていた体を動かした。その横でシルヴィアも俺を真似し、身体を動かし始める。ついでに黒騎士も。おいこら、兵士が変な顔してこっちを見てるだろ。
「よし、それじゃ行こうか」
全員のチェックが終わる。皆が揃ったところでアルフが声を上げ、御者台へと座り込んだ。
「ああ」
俺たちはそれぞれ返事をし、馬車へと乗り込んでいった。
街間馬車とはその名の通り、定期的に出される街の間を移動する馬車である。通常であれば、元冒険者や元兵士などの契約護衛がつく乗り合い馬車だ。あくまでそれなりの腕とレベルを持つパーティのみに限られるが、冒険者ならその馬車だけを借りることも出来る。
合間に食事休憩をはさみ、馬車が草原を駆け続けた。
時折、挨拶代わりに魔物達が襲ってくるが、特に何の支障もない。いつも通りサクッと倒して魔石を回収しておく。
そんな中、一番の強敵といえばこの日差しだろう。昼間の陽が一番高いときは眩しいほどだ。皆、幌付きの馬車の中に引っ込んでいる。
俺は馬車の出入口、日がギリギリ当たらない場所から遠くを眺めていた。なんだか感覚がおかしい。研ぎ澄まされていると言えばいいことなのだろうが、いつもと比べて違和感がある。久々の旅だというので気分か高揚しているのだろうか。
草原の遥か遠くにゴブリンを見つけた。しかし寄り道と言えるほど近い距離でもないので放っておく。新人冒険者がそのうち倒すだろう。
馬車の中、皆思い思いの場所に座っている。女性陣は相変わらずのおしゃべりタイム。ヨンドは昼寝、シーズは黙って瞑想……と思ったが、もしかしたら寝ているのかもしれない。まあ、動かない時点でヨンドと似たようなものだ。
「なにか変わったことはないか」
暇だったので御者台に向かい、アルフに声をかけた。アルフは照らされる陽の光を防ぐように、薄い布を頭から被っていた。
「そんなことあったら皆に教えてるよ」
「そりゃごもっとも」
極当たり前の返答をもらう。そのまま御者台に並んで座ろうとも思ったが、陽射しが厳しいのでやめておいた。
「陽が厳しいだろ、辛くなったら変わるぞ」
「ありがと。でもまだ大丈夫さ。中に戻ってもすることもないしね」
「ああ、暇で死にそうだ」
「だから僕に話し相手になれということかい?」
「わかってるなら聞くなよ」
「……と言っても話題もなにもないからなあ」
アルフは困ったように頭を掻いた。
「そういえばお前の槍ってかなりのモノに見えるが、どれくらいしたんだ?」
俺は馬車の中に立てかけてある槍が目に入ったので聞いてみた。中々凝ったデザインの槍だ。話を聞くに、ウーツ鋼が使われているらしい。普段、滅多にお目にかかれない逸品だ。
「あー……あれは家にあったものだから値段とかよくわからないんだよね。手放す気もないし」
「なんだ、いいとこのぼっちゃんだったのか」
「本当にいいところの出だったら冒険者なんてやってないよ」
「まあ、それもそうだな」
俺みたいな、ただ憧れだけで始めた馬鹿も居るがな。
一日目の夜が来る。
俺たちは睡眠を取るため、街道を少し外れたところで馬車を停めた。
幌馬車があるのでわざわざ天幕などを張る必要はない。こういう面でも馬車の旅は楽だ。
見張り番としてヨンドとシーズが表に出る。次の番は俺とアルフ。そして最後に女性陣となった。
この時期、夜でもそれなりに気温が高い。毛布などは必要ないのでそのまま馬車の中で横になる。
静かな世界に虫たちの声だけが響いていく。瞼を閉じて寝る体勢に入るが、どうにも朝から感じている神経の高ぶりが抜けない。視覚を遮断したことによって余計に感覚が鋭くなっている気がする。虫たちの声がやけにうるさい。馬車の中に居るのに、まるで草原の直中で寝ているようだ。
――はっ、はっ。
俺はガバっと起き上がった。
「……今のは」
あたりを見回してみる。当り前だがここは馬車の中だ。俺以外は既に夢の中へと旅立っているらしい。寝付きが良くて羨ましい限りだ。
横に置いてある片手半剣を手に取り、目を瞑って周囲を窺った。
――はっ、はっ。
やはり聞こえる。
俺は他の人間を起こさないように馬車から飛び降りた。
「どうしたんじゃ?」
ざっと言う着地音に、ランタンの横に座っていたヨンドとシーズがこちらを向いた。
「いや……敵が来たのかと思ってな」
「なんだ、夢でも見たのか?」
ヨンドは否定し、シーズも首を振る。見張り番の二人には何も感じられないらしい。俺の気のせいなのだろうか?
しばらく黙って立ち尽くす俺にみて、二人も立ち上がった。
「なに、注意しすぎてもしすぎることはない」
「……然り」
ヨンドは片手斧、シーズは大剣とそれぞれの獲物を構える。
俺たちは暫く広大な闇の世界を見つめていた。
――はっ、はっ。
近い。俺は腰の短剣を取り出すと、そのまま闇の中へと投擲した。
ぎゃぅ! っと鳴き声が上がり、それに反応したヨンドとシーズがその方向へと動こうとした。
「そいつだけじゃない、右からも来るぞ」
その言葉を聞いて止まるシーズ。片方はヨンドに任せるようだ。
闇の中から襲ってきたのはお馴染みのダークウルフだった。
「皆、起きろ! 襲撃だ!」
俺は馬車に向かって思いっきり叫んだ。馬車の中では皆が飛び起きる音がする。それを確認すると、目の前のダークウルフに斬りかかった。一刀のもとに切り伏せた時、左右からダークウルフが飛びかかろうとしているのが分かった。一旦、後ろに飛び退ると、交差するダークウルフと纏めて貫いた。
何故か戦況がどうなっているのかがよくわかる。真っ先に馬車から飛び降りたのがアルフ、ついでメルティーナに黒騎士を纏ったシルヴィア。マルシアは馬車の中でおたおたしている。ヨンドとシーズは何ら苦戦することはなく、ダークウルフたちを相手にしていた。
俺は更に集中して頭を探す。以前と同じようにシャドウウルフかと思ったが、号令を下しているのは普通のダークウルフだった。
「頭を狩る!」
アルフに守りを引き継ぐと、俺は暗闇の中に飛び込んだ。
夜の闇に慣れたのか、視界はほとんど問題がない。しかし、何故か必要以上によく見える気がする。
群れの頭に向かって一直線に走り、あと少しと言うところで生体活性・脚を使う。その一蹴りでいっきに間合いを詰め、反応するよりも早く、その体を貫いた。
断末魔の小さな鳴き声。
一瞬にして倒された頭を目にして、ダークウルフたちは混乱していた。それをチャンスと一気呵成に攻め立てる仲間たち。ようやくマルシアも戦線に立ち、近くのダークウルフを草縄で縛っていった。
次々と倒される仲間たちを目にして、ようやく我に返ったのか、一匹、また一匹とダークウルフたちが戦線離脱していった。
「……もう魔物はいないようだな」
感覚に引っかかる奴がいなくなるのを確認して、俺は口を開いた。
「皆、お疲れ様」
ようやく一息つけたとばかり、皆大地へと座り込む。俺は立ったまま、更に神経を研ぎ澄ませる。やはり意識すればするほど、明確に周囲の状況を知覚出来た。
「しかし、よく気づけたの。ワシらはとんと気づけんかったわ」
「これは……やはり契約の力なのか?」
マルシアの方を向いて呟いた。
「えっ! どういうことですか!?」
俺の言葉にマルシアは慌てた。なんだかよく分かっていないようだ。初めての襲撃で混乱しているんだろう。
「別に悪い意味じゃないから慌てるな」
俺は流れる空気を肌で感じる。その感覚は明確だ。
「最初に聴覚。次に視覚、そして今は触覚。つまり……五感の強化か?」
感覚強化とでも言えばいいのだろうか。
「凄いね! 感知系能力があると冒険の幅が広がるよ」
アルフが興味津々といった表情で見てくる。確かに、それが正しければ冒険者にとって有益な能力となるだろう。
既に寝る気も無くなったアルフに協力してもらい、俺はこれの使い方を学ぶためにいろいろ試してみることにした。
視覚、聴覚は既に十分使えることがわかっている。触覚を強化すると何となく相手の攻撃の流れがつかめる。嗅覚も異常を察知するのに使えるだろう。
……ただ、どうやっても味覚の使い道だけは見つからなかった。
次の日。やはり反動が襲って来た。
昼間から無意識で使いまくっていた所為なのか、キーンと頭に響く耳鳴りがやまない。
俺はリスタンブルグまでの間、ずっとこの耳鳴りに悩まされ続けることになってしまう。
その結果、馬車の中でお荷物扱いだ。不貞寝しようにも耳鳴りの所為でままならない。
この程度で済んで良かったのか、悪かったのか。




