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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第二十話 母と娘

 王都への連絡から街の警備兵たちへの警告、少なくなった冒険者達への注意などと爺さんが忙しかった所為で精霊契約の詳しい説明は伸びに伸びてしまっていた。


 ようやく王都から追加の冒険者たちが来訪し、ギルドも落ち着いてきた頃、俺たちはギルドマスター室に呼び出された。


「おお、きたかの」


 忙殺されて少しは窶れたかと思ったが、毛だらけの顔からは全くわからない。


 俺はソファーに遠慮無く座り、横に立っていたシルヴィアにも座るように促した。


 爺さんは作成していた書類をまとめて机の端に置くと、俺たちの向かいのソファーへと腰を下ろした。


 そこにタイミングを測ったようにマルシアがお茶を持ってくる。受付で見ないと思ったら、どうやら爺さんの手伝いをしていたらしい。


「だいぶ街も落ち着いてきたな、爺さんが珍しく仕事しただけはある」


「失礼な奴だの。儂は何時でも真面目に仕事をしているというに。まあそうだな、ソルジャーの数は予想以上だったが、さすが王都の冒険者といったところかの。ギルドの金庫もつきそうだわい」


「そいつは結構なことだ……それで例の話なんだが」


 俺は小声で囁くように言った。部屋の中には既に内容を知っている者と爺さんしか居ないが、こういうことは慎重に慎重を重ねた方がいい。


「ま、大丈夫だとは思うが一応な」


 爺さんは懐から魔石を取り出すと小さく呟く。魔石が瞬いたと思うと、ゆるやかな風があたりに巻き起こった。


 この魔石は音を遮断する風の結界石だろう。


「それでは聞こうかの」


 爺さんは茶を啜ると話を促した。


「で、どこまで話したっけか」


「そうだの。取り敢えずお主がそこの嬢ちゃんと精霊契約なるものをしたという話は聞いた」


 俺は頷くと、シルヴィアに詳しい説明をさせる。


 爺さんは時折、相槌を入れながら黙って話を聞いていた。その横でマルシアが真剣な表情で頷いている。


「なるほどの、おおよそ分かった」


 シルヴィアが話し終えて一息つくと、爺さんは立ち上がる。そして資料が並んでいる本棚の前に立つと一冊を抜き出し、俺たちの元へと持ってきた。それはとても薄く、調査報告書をまとめたようなものだった。


「巫女の資料じゃ」


 思わず目を見開く、本を受け取る。


「こんなものがあったのか」


 俺は中身を確認しながら呟いた。その中身はシルヴィアが説明したことの一部――主に巫女の事が載っていた。


「そこに書いてあることと嬢ちゃんの説明はほとんど違いがない、契約については載っていなかったがの」


「それじゃ信じるに値するってことか」


「そうじゃな、嘘は言ってないだろうの」


「……そう言えばこの資料はどこから手に入れたんだ?」


 資料をめくり終わり、俺はふと思ったことを口に出した。話によると巫女についての知識は長い年月の間に一度失われているはず。人間族も精霊族同様、密かに伝えてきたのだろうか?


「それはな……」


 爺さんはマルシアを見る。その視線にマルシアは頷いた。


「マルシアの母が持っていたのじゃ」


「どういうことだ?」


「アレは儂がまだ現役バリバリの冒険者だった……当時の儂はな、そりゃ中々のものだった。迫り来る魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げ――」


「いや、爺さんのことはどうでもいいんだが」


 爺さんは一瞬止まり、コホンとわざとらしい咳をして続ける。


「……その儂のパーティメンバーの一人がマルシアの母でな」


「……ん? もしかしてマルシアって爺さんの娘だったのか?」


 冒険者同士でくっつくのはよくあることだ。しかし爺さんの娘となると中々きつ――。


「違いますよ!」


 黙っていたマルシアがいきなり大声を上げたことによって、俺の思考は中断されてしまった。


「そんなに思いっきり否定せんでも良いではないか……まあ、エルフらしく見た目も麗しい女性だったよ。マルシアの母――ルディアはの」


 爺さんは昔を懐かしむように遠い目をした。何だ片思いか。少しホッとする。


「冒険者をしていれば分かるだろうが、儂らのパーティもほとんどが限界者となっての。結果、解散することになったのじゃ」


 冒険者パーティの最も多い解散理由だな。パーティ内で上に行けるものとそうでない者に分かれ、冒険を続けられなくなって解散する。


 俺も一度パーティを組んでいたことがあったっけな。彼奴等はレベルいくつになったのだろうか。それとも冒険者をやめてしまったのだろうか。あの頃のパーティ名を思い出すと、今ではとても恥ずかしいわけだが。


「ルディアも限界者だった。最終的に儂以外は皆そうだった。解散したメンバーたちは、それぞれ自分たちの故郷に戻っていったよ」


 俺は里に戻ると言ったバルドルを思い出した。まあ、アイツなら楽しくやっているだろう。


「それから色々あって儂はギルドマスターになり、それなりの年月が経った頃の話じゃ。突如、ルディアがここを訪ねてきた。儂は歓迎したがルディアはそれどころではなかったようでな、この資料とマルシアを儂に預けると、また何処かへと姿をくらましてしもうた」


 ふとマルシアの方を見た。俺と目が合い、マルシアが口を開いた。


「……私が覚えているのは何かから逃げるお母さんの姿と――私が巫女と呼ばれていたことだけです」


 巫女か……話の流れから何となくそうじゃないかとは感じていたが。


「マルシアの能力は異質じゃった。詠唱もなく、魔力消費もなく、通常であれば成長と逆成長させるだけの植物制御(プラントロール)を遥かに凌ぐ効力」


 なるほど、もともとの植物制御(プラントロール)はそういう能力か。


「資料の内容と照らし合わせ、これは危険だと儂は思った。そしてマルシアに能力を使うことを禁じ、やむを得ず使う場合は魔術師だと騙れと忠告した」


 そういえば俺も魔術師騙ってるな。魔術師という言葉はなんと便利なのだろうか。


「そして今に至る――と言ったところかの」


「なるほど。把握した」


「それにしてもお前が契約者だったとはの。マルシアが気になっていたのもよく分かる」


 爺さんは口の端を上げ、ニヤリとした表情を浮かべる。


「え、ちょっとマスター何言ってるんですか!」


「なるほど、それで俺に突っかかってきたのか。これで理由がよくわかった」


「えっ、ち、違いますよ! そりゃあ……最初はそうだったかもしれませんけど」


「という訳でな、マルシアを貰ってやってくれないか? マルシアは既に了承しておる」


「何故だ?」


 横目でマルシアを見る。なんだかもじもじしていた。


「なに嫁に貰えと言ってるわけじゃない。ちゃっちゃとマルシアと契約してくれんかのとな」


「いや、そんなことこれっぽっちも思ってなかったが……俺と契約したところでマルシアの安全が保証されるわけでもないだろう?」


「まあ、いざと言う時の保険じゃよ。そっちのお嬢ちゃんの話では巫女側は精霊契約を複数できない。もしルディア達が狙われていたのが巫女に関することであれば、既に契約済みということで狙われる可能性は下がるかもしれん。おまけにお主も更に伸び代が上がるのだし、一石二鳥だの」


 まあ正直、限界が上がるのはありがたいのだが、しかし――。


「マルシア……本当にいいのか?」


 俺はおもむろに立ち上がり、マルシアの前に立って顔を覗きこんだ。


「……お願いします!」


 マルシアは俺の目を見てハッキリと言い切った。


「わかった。そしてその前にシルヴィアの意見も聞きたい」


 そう言って俺はシルヴィアに向き直る。


「……私も構いません。ご主人様の能力が上がるなら、それは喜ばしいことです」


 ややあって、シルヴィアは頷いた。


「そうか……それじゃやり方を教えてやってくれ」


「……はい。ではマルシアさん、ご主人様の胸に手を当てて意識を集中してください」


 言われたとおり、マルシアが俺の胸に手を置く。そしてシルヴィアがその後ろに立った。


「……それでは私が祝詞をあげるので続いてください」


 シルヴィアが言葉を紡いでいく。それをマルシアが復唱していった。胸に当てられた手が光を放ち始め、シルヴィアと契約した時と同じように膨大な力の波が俺の胸に入り込んでくる。


 シルヴィアから受け取った力の上から更にマルシアの力が注ぎ込まれ、まるで俺の心臓が肥大していくような錯覚にとらわれる。


 やがて光が収束していき、マルシアは疲れきったように息を吐きだすと、床にへたり込んでしまった。気分が高揚しているのか顔は紅潮している。


「完了しました」


「ああ、確かに……受け取った」


 俺はその感触を確かめるように胸を手にあて、そしてそのままマルシアへと差し出す。マルシアはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


「やっと――近づけた気がします」


 そう言うマルシアの笑顔は今までで一番輝いて見えた。

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