第十九話 調査報告と冒険者の証
俺達が戻る頃には、平穏が訪れていた。
リーダーの咆哮を聞いて、コボルト達は散っていったらしい。
バリケードの正面はコボルト達の死体の山が出来ていた。片付けるのも面倒な量だ。
メルディアーナは魔力を殆ど使いきっており、座り込んでいる。まさにギリギリだったのだろう。
俺達を見つけて笑顔で迎えたマルシアだったが、俺達の惨状を見て悲鳴を上げた。
それを聞きつけて黒騎士が慌てて駆け寄ってくる。
「シルヴィア、頼む」
その言葉を聞くや否や、シルヴィアが黒騎士から飛び出した。
「シルヴィアちゃん!?」
メルディアーナが驚きの声を上げた。他のメンバーも声はあげないが、同様に驚いていた。
駆け寄ってきたシルヴィアの手が俺の胸に当てられ、暖かい光が包む。
ほとんど千切れかけていた左腕が、まるで何事もなかったかのように治癒していく。詠唱すらもなく、ただ一瞬で。
「――っ!」
まわりの人間の息をのむ音が聞こえるようだ。
回復を使える冒険者は限られている。王都でもほんの一握りしか居なかった。故に否応なく説明を求められるだろう。更に俺にしか効かない回復というのもおかしすぎる。
さすがに左腕を犠牲にしてまでシルヴィアのことを黙っているつもりはない。
説明が終わり、辺りは沈黙が支配していた。
「なるほど……精霊契約、ね」
その静寂を破るようにアルフが呟く。半ば信じられないと言った表情だが、俺も説明された時はそんな感じだったからよく分かる。
「そ、それって巫女ならだれでも出来るんですか?」
そんな中、マルシアが身を乗り出して聞いてくる。その表情は何故か真剣だ。
「……巫女と呼ばれる人なら契約出来るだけの力を継いでいるはずです」
「……そうなんだ」
そこでマルシアは黙って考えこんでしまった。
「ふむ、しかしそんなもんがあったとは、ワシも精霊族だが知らなかったわ」
ヨンドが呟く。そういえばドワーフも精霊族だし、巫女が居るのだろうか?
「とりあえずこの話はここだけの秘密にしてもらいたい」
俺は頭を下げた。
「うん、わかってるよ。昔の戦争の原因だって言われたら怖くて話せないよ」
「私も話す気なんてありませんよ」
シルヴィアの頭を撫でながらメルディアーナは頷く。シルヴィアは若干不安そうな顔をしていた。
「ワシもじゃ」
「……右に同じく」
風の騎士団の面々は頷いた。義理堅い連中だからな、大丈夫だろう。
後は面倒事になる前に爺さんには話しておくか……マルシアが勢い余ってポロっと言いそうだし、いざとなったらギルドに何とかしてもらおう。
「しかしこの鎧いいなあ」
アルフが黒騎士の鎧を触りながら呟いた。
「遠隔操作も出来るとは浪漫があるの」
「……然り」
俺以外の男どもは、どうやら黒騎士の鎧に興味津々のようだ。
珍しくシーズまでもが鎧見たさに立ち上がる。あ、脇腹抑えて蹲った。お前重傷だろ、休んでろ。
しかし、それがそんなに良いものなのだろうか。俺にはさっぱりわからんぞ。
俺はコボルトリーダーの死体の前に居た。
さすがに倒した全てのコボルトから魔石を抜くのは果てしない労力が必要なので諦め、証拠代わりにリーダーの魔石と毛皮だけを回収することにしたからだ。
シーズの綺麗に胸を貫いた一撃は、魔石を中央から二つに分断していた。たとえ砕かれたとしても魔石の価値はゼロになることはない。多少は価値が下がってしまうのは否めないが、元々削ったりして加工するものである。必要な魔力が入るだけの大きさがあれば問題はない。
魔石は魔物狩りの主な収入源であると同時に、魔物の急所でもある。勿論、金銭面を見ると魔石は無事な方がいい。だがそうも言っていられない状況もある。先のリーダー戦のように、余裕が無い場合だ。
俺は欠けた魔石を取り出すと皮袋にしまった。欠片だけでも普通のコボルトの魔石の倍はある。
「こいつは大物だったな」
腕をさすりながら呟く。倒すための苦労を思い出してしまった。自分の腕を犠牲にするのはもう勘弁してもらいたい。
無事魔石と毛皮を回収し、皆の元へ戻る。既に出立の準備は整っているみたいだ。
一人だと歩くのが困難なシーズは黒騎士に運ばれる。ヨンドがアルフに担ごうかと尋ねるが、歩ける程度には回復しているので大丈夫だと断っていた。
先頭は若干先行して俺、殿をヨンド、シーズを担ぐ黒騎士を中心に他のメンバーが歩く。
「そういえば、あの不快な感じがなくなったね」
アルフが呟くのを聞いて、俺もやっと気づいた。確かにあの嫌な感覚が消えていた。
「あれってやっぱりリーダーが原因だったのかな?」
「倒したから晴れた、と考えるのが妥当ではあるが……」
俺は唸る。そもそもリーダーがいきなりこんなところに現れた原因がわからないのだ。それがわからない限り安全とはいえないだろう。
「暫くは警戒しないとダメだろうな」
その言葉にアルフは頷く。
「油断はしないでいこう」
さて、まずは街に帰らないといけない。何か目印はないかと木に登るが、なかなか場所を特定できるようなものは見つからなかった。
マルシアの魔術で思いっきり樹木を伸ばしてみてはどうかと提案したが、どうやら高さに限界があり、大地から離れるほどに効力が弱まるらしい。この森の木々より高くするのは無理だという答えが返ってきた。
木に目印をつけつつ進むと、やがて川に出た。
「川ですよ、川!」
見れば分かることを叫び、マルシアは川に向かって走りだす。俺はその腕を咄嗟に掴んだ。
「わっ! 何するんですか」
「よく見ろ」
マルシアは抗議の声を上げるが、俺は黙って川の方向を指差した。
「あっ」
指の先の川辺には青いトカゲが居た。アクアリザード。レベル1の雑魚ではあるが、魔物である以上、奇襲を受けたら怪我は免れない。俺達の外套の材料にもなっている、なかなかの高価で美味しい魔物だ。
「もっと周囲を警戒しろ」
「ご、ごめんなさい」
マルシアは項垂れる。森の中を彷徨っていてストレスが溜まっていたのは分かる。だが、油断して怪我をするのは愚かでしかない。
「受付やっていればアクアリザードの生態くらいは知っているだろう?」
「あっ、はい。水辺に生息する魔物で、普段は水中にいるので危害を加えてくることはあまりないと」
「通常はそうだな。では雨季では?」
「えっと、雨季になると活動範囲が広がり、凶暴性が増す……でしたよね?」
「正解だ。折角情報は持っているんだ、それちゃんと活用しろ。わかったな」
「は、はいっ!」
真剣に頷くマルシアを見て、俺は剣を抜いた。
「まあ強いわけじゃないからな、さっさと倒そう」
駈け出した俺にアクアリザード達は気づき、口から水の弾を吐き出す。当たると痣が出来る程度の攻撃だが、わざわざ当たる気もないので適当に躱して屠っていく。皮を狙うなら口を開けた瞬間を狙って剣を差し込むのがいいのだが、今回は複数いるし、さっさと皮ごと切り裂くことにした。
「川のお陰で大体の方向は分かったな」
使えそうな皮の部分だけ剥ぎ取り、川で綺麗に洗う。
川の流れを遡っていけば王都方面へ出ることが出来るだろう。
俺たちはやっと森を抜ける算段がつき、おおいに喜んだ。
その後、俺たちは何事も無くテレシアの街まで帰ってくることが出来た。
まずシーズを治療院に預け、その足でギルドマスター室へと乗り込む。
扉を蹴破らん勢いで開けた俺に爺さんは大層驚いていたが、それは些細な事だろう。
俺と黒騎士と風の騎士団を詰め込んで、ただでさえ小さいギルドの小さいギルドマスター室はいっぱいだ。雨季のせいで湿気が高くてうっとおしい。
ちなみにマルシアは後輩に「どこいってたんですか!」と怒鳴られ、職場に戻っている。
俺たちは爺さんに調査結果を告げ、戦利品をテーブルの上に置いた。
「ふむ、なるほどの。コボルトリーダーか」
爺さんは欠けた魔石を持ち上げ、しげしげと見つめていた。
「確かに欠けているとはいえ、これだけの魔石は滅多に見られんの」
「しかし出現の原因自体は解らず仕舞いだけどな」
「そう気を落とすな。大元の原因は解らなくとも、冒険者達がやられていた原因は分かったからの。早速王都ギルドに報告するとしよう」
「ソルジャーたちが駆逐されるまであの森は閉鎖だな」
「それは致し方あるまい。幸い、今のところ彼奴らがこっちまで来たという報告はない。王都から来る冒険者達に任せるとしようぞ」
そう言うと爺さんは風の騎士団の方を向く。
「お主たちもご苦労じゃった。相応の礼金を払おう」
「いえ、冒険者として当たり前のことをしたまでです」
アルフは笑顔で答える。後ろの騎士団メンバーも頷いている。
冒険者として当たり前……か。
「そっちの嬢ちゃんのことに関しては後で詳しく聞くとして……ほれ」
爺さんは小さな札を寄越した。俺はそれを受け取る。その札は冒険者にとってとても馴染みのある、見慣れたモノだった。
冒険者証。
名称そのまま、冒険者の身分を証明するもの。手のひらサイズの長方形の札で、左上に小さな魔石が嵌めこまれている。
魔石は複製出来ないように造られているらしいが、詳しいことはギルドの秘密らしい。まあバレたら複製されるから当たり前か。
俺はそれと同じものを懐から取り出す。そして見比べた。大きさも形も魔石も何もかもが同じ。だが、ただひとつだけ違うところがあった。
――冒険者レベル4。
天井を見上げ、目を瞑り、俺は心の中でその言葉を反芻させた。




