第十八話 襲撃と迎撃
何事も無く夜が明けた。
豪雨はやがて小雨となり、降ったり止んだりを繰り返している。
俺たちは何度も作戦を確認すると、配置についた。
洞窟を覆うように左右にバリケード。その間およそ人二人分の大きさの隙間に立つのが黒騎士とヨンド。その後ろにマルシアとメルディアーナ。護衛にアルフ。そして俺とシーズが奇襲組となっている。
俺とシーズには風の魔術の風膜と風靴がかけられている。風靴は俺の生体活性・脚の出力をかなり抑えたようなものだ。その分、長時間維持できる上、足音も消してくれる。これ欲しいな。
準備が完了すると、シーズは偵察に出た。昨日の時もそうだったが、どうやらそういうことに向いてるらしい。無口で存在感薄いのはその所為だろうか。
暫くするとシーズが戻ってくる。やはりコボルト達はこちらに向かっているようだ。
木の上から観察していると、木々の合間を縫ってワラワラとコボルト達が出てくる。犬というより鼠みたいだな。
そんなコボルトたちの後方中央に、溢れんばかりの殺気を放っている奴が居る。多分あれがコボルトリーダーなのだろう。遠目で確認しづらいが、大きさは他と変わらないというのに存在感だけは圧倒していた。
コボルトたちの先頭がバリケードの前まで到達する。それと同時に放たれる風魔術風刃。入口から真っ直ぐに風の刃が切り開いていく。殺到していたコボルトたちが大量に巻き込まれ、辺りに血煙が舞った。
風の刃が通り過ぎると、すぐさま黒騎士とヨンドは壁を作る。それを見てメルディアーナが更に魔術を詠唱していく。なんとか二人の間を抜け、メルディアーナたちに向かってきた敵をアルフが迎撃する。
「いきます」
再び詠唱が完成すると先頭の二人は左右に飛びのき、その間を先ほどと同じように風の刃が切り裂く。
良い感じだ。何れはメルディアーナの魔力が尽きるだろうが、それまでにリーダーを潰せればなんとかなるだろう。
戦線があがり、コボルトたちがバリケード沿いにほとんどが集まってきた頃、マルシアが動いた。
植物制御。
コボルトたちの後方から木々の根が大きく盛り上がり、枝葉もそれぞれ邪魔になるように変化して行く。これで完全にリーダーとコボルト隊は分断された。リーダーに視線を向けるが動じた様子はない。分かりにくいだけか?
俺とシーズは眼で連絡をかわす。お互い頷き合うと、リーダーに向かってシーズが攻撃を仕掛けた。
風靴を纏ったシーズはかなり速い。さすが基礎能力が俺より優れているだけはある。
しかし、リーダーの反応速度はそれ以上だった。
シーズの重い一撃を片手の段平で受け止めたのだ。だがまだ想定の範囲。俺は枝を蹴り、背後から生体活性・腕の一撃を繰り出した。
決まったと思った瞬間、俺は吹き飛ばされていた。
「がはっ!」
背中に木が当たり、肺から息が漏れる。
顔を上げるとシーズも同じように吹き飛ばされていた。俺と違うのは、ちゃんと受け身をとってダメージを軽減しているところだろう。
シーズがリーダーに牽制しているうちに俺は態勢を立て直す。大丈夫だ、骨にまでは達していない。
一見、シーズとリーダーは互角の戦いを演じているように見えた。切り結び、また離れる。
しかし、シーズの表情は晴れない。その一方で分かりにくいが、リーダーはなんだか笑っている気がした。
なるほど、遊んでいるのか。それならそれでチャンスだ。遊んでいるうちに全力で潰す。
生体活性・脚!
俺は一気に加速して背後を取る。生体活性中の俺なら奴より優位に立てるはず。
素早く首に一撃を入れようとすると、リーダーの左腕に阻まれた。ならば左腕ごとと剣を振るうが、肉を裂く感触は得られない。硬い。速度を載せた程度じゃ切り裂けもしないとは厄介な。
ならば突くしかないか? しかし点の攻撃だと当てるのは難しそうだ。
そうこう考えているうちにリーダーがこちらを狙ってくるようになった。
どうやら生体活性を見て厄介だと悟ったのだろう。くそ、警戒させたか。
段平が俺の目の前を通り過ぎて行く。当たったら一発でお陀仏だ。さすがに当たる訳にはいかない。
生体活性・脚をつかい、防御に徹すれば奴の攻撃は躱せるレベルにはなった。
シーズに攻撃を任せて俺は守りに徹するか? いや、しかし決め手がないとどうしようもない。
繰り出される剣撃を受け流していくと、リーダーの表情が更に笑みに歪む。それはまさに戦闘狂と言った印象を受けた。
「お前に付き合ってられるか!」
その気持ち悪さに思わず吐き捨ててしまった。
シーズも隙を狙って何度も攻撃を仕掛けるが、尽く外される。なんなんだこいつ、本当にレベル5ってこんな化け物だらけなのか?
そろそろ10分か。四の五の言ってる場合じゃない。限界までやるしか無い。
段々とちょろちょろ辺りを舞うシーズが煩わしくなったのか、リーダーは受け身でしかない俺を無視し、攻撃を仕掛けてきたシーズに向けて段平を切り上げた。攻撃しか頭になかったシーズはこれをまともに食らう。引き裂かれはしなかったものの、重厚な鉄の鎧が思いっきり凹んでしまった。
「ぐうっ!」
シーズは勢いそのまま大地を転がっていく。
「くそったれ!」
遅れて俺は突きを放った。が、届かない。代わりに左の拳が飛んできて、俺もまた大地を転がる羽目になった。
咄嗟に立ち上がろうとするが左拳が痛む。ガードした時に折れたのだろうか。まずい。片手じゃリーダーの攻撃を受け流せない。
反対側でシーズも同じように立ち上がる。明らかに俺よりダメージが上だ。
まさに絶望的状態。
俺に向かってリーダーが歩いてくる。その表情には明らかに余裕が浮かんでいた。その足取りも勿体振るように緩やかだ。
視界の端でシーズが剣を構えているのが見えた。あのような状況でも戦う意志は折れていないらしい。そうか、ならば俺も答えるしか無い。
俺は剣を大地に思いっきり突き立てた。そしてそれに寄りかかるようにして立つ。それを諦めととったのか、リーダーが段平をゆっくりと構えた。
そして繰り出される一撃。わかりやすくてありがたい。
俺はその一撃を左腕で受け止める。勿論、止められるわけもない。段平は肉を裂き、骨に達する。形容しがたい激痛。だが、それに呑まれては駄目だ。
生体活性・腕!
段平が腕の半ばまで差し掛かった瞬間、俺は生体活性をかける。
腕の力が激増され、体内で段平そのものの進行を止める。右手で大地に突き刺した剣を思いっきり握りしめ、ないよりはマシ程度に脚を踏ん張る。
拮抗。
まるで時間が止まったように、俺とリーダーは向き合う。リーダーの眼は驚愕に見開いているようだ。
そのすぐ背後にはシーズが迫る。次の瞬間、リーダーの胸から剣が生えた。そして口から出る苦痛の咆哮。それが終わる前に俺は右手で剣を引き抜き、勢いそのままに首を狩った。
リーダーの首はゆるやかな放物線を描き、大地へと落ちる。
「俺達の……勝ちだ」
俺とシーズは目を合わすと頷き、拳を合わせた。




