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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第十六話 薄暗い森と魔物たち

 雨足は早朝には遠のいた。


 しかし空は未だ愚図ついており、何時また降り始めてもおかしくはない。


 俺達は昨日と同じように西門から出発し、アルフ達が捜索していた北西部へと向かう。


 水分を含み、ぬかるんだ地面が心地悪い。黒騎士の表面は跳ねた泥で汚れている。俺の外套も同じような惨状だ。


「しかしあれだけ言ったのにまだ付いて来るのか」


 後ろを振り返る。そこには俺の背中にピタリと沿い、まるで視線から逃れるようにマルシアが歩いている。今度はちゃんと防水加工の施された外套を着込んでいた。いつもと比べるとやや野暮ったい印象を受けるが、その感情に溢れた視線だけは変わらない。


「本当にわかっているのか? これは最低、レベル4以上の調査なんだぞ。昨日までのピクニック気分なら帰れ。爺さんも今回は承認してないだろ」


 何度目かの確認。今の今まで付いて来てる時点で、こんなこと聞いても納得しないのはわかっている。だが、聞かずにはいられない。


 マルシアの実力は正式な冒険者ではないが、経験がない時点でレベル1。前衛が居て魔術が使えることを考慮してもレベル2程度が関の山だ。


「ハッキリ言おう。足手まといだ。お前が死ぬだけじゃない、まわりの人間も巻き込む」


「そ、その時は見捨ててくれていいですから!」


 マルシアの眼は本気だ。こういう時は絶対に引かない。そして連れ戻したとしてもまた付いて来る。昔から一度決めたら梃子でも動かない頑固な奴だった。


 さて、本気でパーティメンバーを見捨てられる人間はどれだけ居るだろうか? 俺はテレシアの主だった冒険者達を思い出し、ため息を付いた。


「……昨日も言ったが俺の指示をちゃんと聞けよ」


 腹をくくるしかなかった。





 一刻ほど進むと森林地帯に差し掛かった。


 ここからは視界が悪くなる。雨雲の所為で森の中は昼間とは思えないほどに薄暗い。


 漠然とした不快感も段々と強まってきた気がする。


「ここからは奇襲される可能性が上がる、各自周囲の状況確認を怠るな」


 俺は警戒を強め、二人に注意をする。


「はいっ!」


 マルシアは元気よく、黒騎士は無言で頷くと辺りを見回し始めた。


「マルシア、無駄に大声を出すな。敵がいたら気づかれる」


「ご、ごめんなさい」


 慌てるマルシアの頭に手刀を落とす。


「そして直ぐに慌てるな。冷静じゃない者から死んでいく」


「……はい」


 マルシアは俺を見て頷くと、ゆっくりと深呼吸をした。


「落ち着いたなら行くぞ」


 そして俺の言葉に黙って頷いた。


 静寂の森の中を出来る限り音を立てずに歩いて行く。馬鹿でかい黒騎士や慣れていないマルシアではさすがに完全に音を消すのは難しい。そこら辺は仕方がないだろう。


 どれくらい経っただろうか、不意に茂みがガサガサと揺れる音がする。


 俺達に緊張が走った。


 次の瞬間に顔をだしたのは犬……の姿をした魔物、コボルト。


 魔物だというのにえらく懐かしく感じてしまった。ここ数日、探し求めても全く見なかったのだ。ようやく何かの手掛かりを手に入れられるか……と思うのも束の間、コボルトは一目散に逃げ出してしまった。


「……なんなんだ?」


 コボルトは知能が高めだ。明らかに不利になると逃走する場合は勿論ある。しかし交戦してないうちから逃げ出すのは明らかにおかしい。


 後ろの二人に合図をして、更に周囲を警戒する。


 しかしいくら待っても何も起こらない。


 俺は息を吐いて、警戒を解く。それを見た二人も張り詰めた神経を弛緩させた。


「他に変わったことはないようだな、進むぞ」


 俺達は更に森の奥へと歩を進めた。





 魔物たちはちょこちょこと姿を見せるようになった。


 その全てがコボルトで、発見次第さっさと逃げ出すのはどういう事なのだろうか。


 俺達がその光景に見慣れて来た頃、切り開かれた広場のような場所に出る。


 そこには三匹のコボルトたちが待ち構えていた。今度は逃げ出さないようである。


 俺達は黙って対峙した。黒騎士が一歩前へ出て俺達を庇うような態勢。後ろでマルシアが緊張の面持ちを浮かべる。


 俺は片手半剣を抜き、何が起こっても対応できるように楽に構えた。


 周囲の緊張が高まっていく。しかし相手はまったく動かない。


 どういうことなのか、今度は逃げ出すことすらしないのだ。


 黒騎士がこっちを見た。合図を待っているようだ。仕方ない、このままでは何もわからない。


 俺が頷くと同時に黒騎士が走る。


 それに俺が続き、マルシアに「ついてこい」と支持を出す。マルシアはそれを聞くと慌てて後を追ってきた。


 中央にいるコボルトに黒騎士が盾を構え、そのままの体当たりをした。勢いの乗った一撃にコボルトは吹き飛ぶ。


 黒騎士は少し後退して俺達とコボルトの間に立った。


「マルシア、右を封じられるなら頼んだ」


 そう言うと俺は黒騎士の横から左側のコボルトに向かって飛び出した。


植物制御(プラントロール)


 コボルトを切り裂くと同時にマルシアの声が響く。


 振り向くと右のコボルトが草に纏わりつかれて身動きが出来なくなっていた。


「上出来だ」


 そのまま草ごと首を断つ。


 そして吹き飛んだコボルトの生死を確認しようとした近づいたところで――殺気が生まれた。次の瞬間、俺目掛けて矢が飛んでくる。


 とっさのところで躱した俺は、一旦退いて辺りを注意深く窺った。その瞬間、戦慄が走る。


 魔物の気配が次々と生まれてきたのだ。広場をぐるっと囲むようにコボルト達が現れる。なんという数だ。


「落ち着け!」


 突然のコボルト達に慌てる二人に向かって大声で叫ぶ。


 現れたコボルトたちに違和感を覚える。これまでコボルトの装備と言えば武器ぐらいなものだった。大体が石で作られた武器。稀に冒険者達から奪った銅や鉄の武器を所持してる場合もあったが、何れにしても武器の話だ。


 しかし囲んでいるコボルト達は防具まで着込んでいる。コボルトにコボルトの毛皮で作られた装備というのはいささかシュールだが、単純に毛皮の厚さが二倍になるだけでもかなり厄介だ。これもまた冒険者たちから剥ぎ取ったものなのか。


「なんなんだ、こいつら」


 思わず口から文句がこぼれてしまう。今までのコボルトとは明らかに違う。


 更によく見ると群れの中に一回り大きい個体が複数いることに気がついた。


 俺は頭の中から情報を引っ張りだす。コボルトの上位種といえばレベル4、コボルトソルジャーだ。実際見るのは初めてだが明らかにまわりのコボルトとは威圧感が違う。


 普通のコボルトだけでもこの数は脅威なのに、レベル4とか反則だろ。


「聞け、まともに戦ったら勝ち目はない。一旦引くぞ」


 ゆっくりと二人に近づく。


「正面から抜ける。合図をしたら黒騎士を先頭に走れ」


「……後ろからじゃないんですか?」


 黒騎士の中のシルヴィアが問う。全体を囲んでいると言ったが、見れば分かるほど明らかに後方が手薄だった。


「確実に罠だ。ここまで追い込んでおいてあの隙はない」


 向こうに行けば待ってましたとソルジャー達が出迎えるだろう。


 俺は二人が頷いたのを確認すると腰の短剣を引き抜いた。


 生体活性・腕(ブーストアーム)


 それと同時に正面のコボルト達に向かって短剣を投げつける。


 一瞬の間を置いて、正面のコボルト一体が衝撃を受けて吹き飛んだ。周囲のコボルトたちもそれに巻き込まれる。


 生体活性(ブースト)をかけた投擲は非常に強力だ。強力故に一回使えば確実に短剣は破壊されてしまう。約銀貨1枚を消費する飛び道具となる。実に勿体無い。


 しかし問題はそれだけではない。全力で投擲するため狙いが定まらない。具体的言うと、狙ったコボルトの3匹隣に当たった。これだけ居ればどれに当たろうと構わないが、通常の狩りでは欠点だらけで使いものにならない。


「いまだ! 行けっ!」


 俺が合図をすると二人は包囲網にあいた穴に向かって走りだした。


 それを妨げようとコボルト達が集まってくる。俺はそこに向かって更に短剣を投擲した。今はケチっている場合ではない。


 気づくと俺の後ろにソルジャー達が迫っていた。慌てて生体活性・脚(ブーストレッグ)で二人を追いかけていく。


 二人は無事包囲網を突破することが出来た。俺もそれに習って抜けようとした瞬間、横からソルジャーが飛び出してきた。不意を突かれた形になり、なんとか応戦しようとするが間に合わない。


植物制御(プラントロール)


 その声を聞いた瞬間、目の前の地面が激しく盛り上がった。


 大地から出てきたのは大きな木の根。振り下ろしたソルジャーの剣は根に捕らわれ、俺には届かなかった。


「すまん、助かった!」


 俺は即座に加速すると、こっちに向かってホッとした表情を浮かべているマルシアを掴んで走りだした。同じく止まっていた黒騎士に走れと指示を出す。


「あの! 助けたのにこの扱いはないんじゃないですか!」


 肩に抱える形で運んでいると抗議の声を上げられた。片手に剣持っているのにどうしろというのだ。


 俺は黒騎士にマルシアを渡すと平行して走る。後方には追いかけてくるコボルト達。中々食らいついてはなれない。


 運ばれているマルシアが植物制御(プラントロール)で木の根のバリケードを作り、足止めしていく。しかし、暫くするとまた追いつかれてしまう。


 視界から逃れても追いつかれるのは、匂いで追って来ているからだろう。さすが二足歩行でも犬と言うことか。


 暫く逃走をしていると、愚図ついていた空がついに泣きだしてしまった。


 小雨が降り始めた……と思ったら瞬く間に豪雨になっていく。


 視界がどんどんと悪くなり、方向すらもわからなくなってきた。マズいな。


 しかし悪いことだけではなかった。雨で匂いが流れたのか、コボルトの追跡からは逃れることが出来たのだ。


 そこで俺達はやっと一息をつけた。


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