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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第五章 第二節 冒険者と昇格試験 後編
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第百六十三話 援軍と孤高の冒険者

 近づいてくる船は軍用船のように砲塔が突き出ているわけでもなく、かと言って部隊を丸ごと運ぶような大きさでもなかった。


 戦場に迷い込んできた場違いな小船。


 一瞬、そう思い込みそうになったが、よくよく見てみればひとつだけ異質なところが存在していた。


 それは速度だ。それも、常軌を逸した速さである。


「……あれは何かしら?」


 気づいた時には小さかった船影も、気づけばかなりの大きさになっていた。ここまでくると他の仲間たちもその存在を確認出来たらしく、皆それぞれ声を上げていた。


「む、やっと来たか」


 そんな中、ぽつりと呟いたリタの言葉にはなにやら確信をめいた響きがあった。




「――とうっ!」


 遠くから声が響いてくる。方向からして闖入船からだろう。あの距離から届くとなると、かなりの声量だ。


 同時に、船上から何者かが飛び上がった。それを眼で追っていく俺たち。


 その何者かの跳躍力は凄まじく、高度リヴァイアサンの頭部を優に越えて遙か上空まで飛び上がると、くるくると無駄に身体を回転させながら落下してくる。


 ――ドォン!


 それが目前に着水するや否や、盛大な衝撃音。そして今度は巨大な水柱が同じ様な高さまで吹き飛んでいく。


「…………」


 呆気にとられ、その光景を黙って見続ける俺たち。何とか闇を封じ込める為の集中を途切れさせなかったのは、自分ながらに誉めてやりたい気分だった。


「諸君、元気かねっ! うんうん、見たところ問題はなさそうだね! いやいや、結構っ!」


 水柱の中から颯爽と現れた人物は、腕を組んだまま俺たちを確認すると、満足そうに頷いた。


 その人物は女性だった。さらりと流れる黒に近い青い髪に、野生の零れ出る鋭き瞳の色は金色(こんじき)。それはどう見ても――。


「遅いではないか、かか様!」


 リタが若干咎めるような口調で言った。


 だよな、俺もそう思った。いや、親子的な意味で。


 女性の背はかなり高く、俺よりも上なのだが、全体から受ける印象はリタと然程変わらない。まさにリタをそのまま大きくした感じに、血の繋がりとは恐ろしいものだと改めて実感してしまった。


「いやいや、ダーリンを説得するのに時間がかかってねぇ」


「……また、とと様の我が儘か。我が父なれど、あれはどうかと思うのだが」


 ため息混じりにリタが呟く。なにやら苦労している様子なのは、その表情から良く分かる。


 ……しかし、この空気はどうしたものか。他の皆も呆然としているし、なんだか疲れが二倍くらいに増加したような気がしてきた。


「あの、親子水入らずの最中、誠に恐縮なのですが……」


 そんなわけで、置いてけぼりの連中を代表し、俺は二人に声を掛けていく。


「ん? おお、すまないねぇ。それで、肝心のレヴィアタンはどこだい? あれと戦えると考えると、夜も眠れずに高速艇でかっ飛ばしてきてしまったよ」


「……いや、それならそこに居るんですけど」


 俺は空いている片方の手でリヴァイアサンを差した。かか様はそれに釣られ、視線を上に向けていった……っていうか、ここはなにもない海の上。その巨体が一番目立つと言うのに、何故に気がつかないのだろうか。


 いや、無意識に無視していたのかも知れないな。既に死んでるし。黒いのウネウネするし。


「おお、でかいな。流石は海の王……」


 言葉は途中で止まった。そしてしばらくの間、見上げたままの体制で時間が流れていく。


「リ、リタっ! 頭が無いのはどういうことだいっ!? これじゃ、まるでハリボテじゃないかっ!?」


 現状を認識すると、分かりやすく取り乱すかか様。なんかもう、ワザとらしく思えてくる。


「……すまない、かか様。思わず吹き飛ばしてしまった」


 そこに、申し訳なさそうにリタが言葉を紡いだ。それはまるで、母親に叱られるのを怖がっている子どものように見える。ちょっとした悪戯とかそういうレベルじゃないが。


「…………」


 そんなやりとりを黙って見続ける俺たち。果たして、今までの緊張感はどこへと掻き消えてしまったのだろうか。


「はあ。まあ、やってしまったものは仕方ないけどさ……これじゃ、アタシが生きているうちに復活するかねえ……」


 はあと溜息をつきながら、かか様は腕を組む。その表情は実に残念そうだ。相当楽しみにしていたのだろう。


「復活?」


 予想外の単語に、俺は思わず聞き返してしまった。


「なんだ、知らないのかい? 人で言えばまあ、輪廻転生って奴に近いかねえ」


「……ああ、それなら少し」


 神官が最初に学ぶと言われている神秘学。その中でなにやら説明されているは聞いたことがある。確か、肉体は朽ちても魂はふたたびこの世界に還ってくるとか、そういった類の話だったような気がするが……。


「魂……つまりは、精神?」


 もごもごと小さく呟く。なんだか小難しい話だが、今しがた経験したことで何となく理解は出来るような気がする。いや、それが正しいとすれば、だが。


「しかし、かか様。ちょうど良かったといえば良かったぞ。我々の手には余る事態が起こっていてな。協力を頼めないだろうか?」


「なんだい? なにか面白いことでもあったのかい?」


 リタの言葉に、かか様は期待の篭もる眼で俺たちを見た。なんでそこで喜ぶのだろうか。レベル9の冒険者には、それくらいの精神構造でなければ辿り着けないのだろうか。


 なんだろう、俺の中の理想が音を立てて崩れ去っている気がする。いや、これはきっとレアなケースだ。本来のレベル9はもっと真面目でストイックなはずだ。


 まあ、実際にどうかはおいておいて、とりあえずはそう思っておくことにしよう。


 ――切り替え完了。


 俺が思考を巡らせているうちにリタが現状の説明を終えていたようで、かか様はリヴァイアサンを見上げつつ、なにやら真面目な顔をして考え込んでいた。先ほどのお茶らけた雰囲気を一蹴し、纏う気配は歴戦の冒険者のそれだ。


「……闇、ねえ」


 呟く、かか様。


「それはどうしようもないねぇ」


 しかし、続く言葉は頼りなかった。


「……むう、かか様でも無理か」


「そういうのはその道の専門家じゃないと。ほら、アタシは戦うことの専門家だからね。まあでも、そっち方面では無理でも、皆が集まるまで封じておくくらいなら出来るよ」


「なんと!」


 俺は思わず大きな声を上げてしまった。


 それは俺たちとっての朗報だ。あの闇をふたたび放出するくらいなら、限界のひとつやふたつは越えてやるくらいの決意は持っている。しかし、現実的な問題として、このまま続けたら綻びが生じる確率は高い。


「そうだね……」


 かか様はなにやら観察するかのように、俺たちをじろじろと見つめていく。


「四の五の言わずに、さっさとやっちまった方が良さそうだね。そこの二人はそろそろ限界みたいだし。アレを解除したらアンタたちはさっさとここから離れな。かなり荒れるだろうから、出来るだけ遠くにね」


「うむ。了解した」


 その言葉にリタは一片の迷いも見せず、大きく頷いた。




 魔石が生み出す推進力により、軍用船は後方へと下がっていく。


 その甲板の上に立ち、俺たちは離れていく戦場へと視線を向けていた。


 身体は休息を欲しているが、事の終わりをしっかりとこの眼で確認しなければスッキリとは出来ない。いや、その程度では俺の中に残ったモヤモヤは消えないだろうが、少しでもそれを晴らしたいものだ。


 戦場ではリタの能力から解放された闇が、ふたたび活動を開始していた。それは当然、その場に残った者へと牙を向けていく。


 強化された俺の視力が、今にも闇と接触しようとしているかか様を捕らえる。しかし、次の瞬間には闇が周囲丸ごと飲み込んでしまった。


 俺はあの時の感覚を思い起こす。それは、あらゆる負の感覚を増幅させようとする闇の誘い。心が衰弱しているものであれば、一瞬にしてその虜となってしまうほどに強力なもの。


 だが、それはあくまで一般的な精神であれば、だろう。


 かか様を包んだ闇が一瞬膨らんだかと思うと、四方へと弾け飛んでいく。


 こちらに背を向けている為、かか様の表情は見えない。しかし、その背中から滲み出る気配は圧倒的だ。光と闇が混じって消失するのではなく、それは光が一方的に闇を照らし出すが如く、不遜で、傲慢な干渉に思えた。


 一呼吸の後、かか様は飛び上がる。最初に見たような軽いものではなく、全力の跳躍だろう。砲弾のように速く、一直線に空へと翔け上がっていく。


 かか様の身体は闇の黒から逃れると、すぐさま雲の白へと隠れてしまった。


 しかし、当然の事ながらそこに留まり続けることは出来ない。


 ややあって、落ちてくるかか様。その目標は闇を生み出しているリヴァイアサンの頭部ではなく、身体の中央。


 ――ッ!


 耳がおかしくなるほどの鳴動。衝撃音と共に、風の波がここまで届く。


 続き、空を掴もうと伸び上がる水の手。それは未だかつて見たこともないほどに大きな水柱だ。反対に、かか様の勢いに押し込まれ、リヴァイアサンの巨体が海中へと飲み込まれていく。


 海面が大きく揺れ、周囲には巨大な波。それは誰彼かまわずに飲み込もうと、大きく口を開く。ふたたび起こった大海嘯は遠くに離れているこの船にも届き、船体を大きく上下させていった。


「皆そこら辺にあるものに捕まれ! 振り落とされるなっ!」


 近くにいるシルヴィアを掴み、反対の手で船の縁へとしがみ付く。仲間たちも同じように両手でしっかりと自分の体を固定していった。


 更には天からの落し物。ぽたりと顔に当たった水滴に、俺は顔を上げていく。


「まるで嵐……だな」


 ――ザアァァァ。


 天高く巻き上げられた水分が細かく分かたれ、小さな雨粒となって周囲に降り注ぐ。


 全てが落ち着いた頃には伝説の魔物は俺の視界から完全に消え、遙か海の底へと沈んでいた。




「……大丈夫なのか?」


 しばらくの後、俺は隣までやってきたリタへと問いかけた。


「なにが、だ?」


 質問の意図が分からないようで、リタはこちらを向くと小さく首を傾げる。


「お前の、その……かか様? が、まだ戻ってこないんだが」


 如何にアクアラングの者とはいえ、水中で息を止め続けるには限界がある。おおよそ俺の限界の何倍もの時間が経過しているというのに、未だその人物の姿は見えない。


「なに、問題ない。かか様だからな」


 答えになってないぞ……と口に出しそうになったが、そこを突っ込んだところで帰ってくる答えは全部同じ様な気がしてならない。


「……そうか」


 それ以上の問いを重ねる気は起きず、ぼーっと海面を眺めていると、バシャンという小さな水飛沫が上がった。それは件の人物の帰還を知らせる音だった。


「海の底に埋めといたから、しばらくは大丈夫なはず」


 船首にシュタっと着地すると、余裕の笑みを浮かべるかか様。親子揃ってその場所が好きなんだなと、どうでもいいことが俺の頭に浮かぶ。


 しかし、沈めたのではなく埋めたらしい。色々と疑問は尽きないが、かか様ならば仕方あるまい。最早、考えるのも面倒だ。


「これがレベル9の元冒険者……ね」


 誰にも聞こえないように小さく呟く。


 当たり前だが、改めて見ても姿形は俺たちとほとんど変わらない。いや、見た目だけをいうなら俺よりも華奢だし、到底戦闘向きとは思えない。魔術師と言われた方が、まだしっくりとくるだろう。まあ、それを言ってしまえば、娘も似たようなものなんだけどな。


「おいおい、そんなに熱視線を送られても応えられないよ。アタシにはダーリンが居るからな」


 俺の視線に反応し、かか様がこちらを向いた。その動きはなんだかクネクネとしていたが、色気でも出そうとしていたのだろうか。残念ながら、その点だけでいうならシャンディの方が何倍も上である。多少の身内贔屓があったとしても、だ。


「いや、なんと言いますか……俺の想像していた人物像と違って」


 なんとなく眼を反らしてしまう俺。


「ほほう。では参考までに聞きたいのだが、君はアタシの事をどんな人物と想像していたのかね?」


 とっさの言葉がなんだか興味を引いてしまったらしい。かか様が喰いついてくる。


「いや、それは……」


 俺は言い淀む。正直に話してはいけない気がする。


「思ってた以上に素敵だなあ……と」


 表と裏はキチンと使い分けよう。人間だもの。


「ま、それはともかく、人は型になんてはめられないさ。何事も柔軟にいくんだね、後輩クン」


 後輩、か。


「……勉強になります、先輩」


 冒険者同士。リタには失礼だが、娘よりは話しやすいかもしれない。


「素直で宜しい。そうだな、見たところまだまだ君は発展途上のようだ。これからも精進し給え」


「いやいや、かか様よ。イグニスは大器だぞ。パートナーとして信頼に値する人物だ」


 俺たちの間に割って入るリタ。何故か手を腰に当て、胸を張っている。


「パートナー? は? なに? アンタ、もしかして契約しちゃったの?」


 頭部をなくしたリヴァイアサンを見たときと同様に驚くかか様。


「緊急事態故、仕方あるまい。しかし、事故ではないぞ。これは定めやも知れぬ」


 いや、そんな重たい言葉は勘弁して貰いたいんだが……。


 そんな俺の思いは露知らず。腕を組み、リタは母親を真っ直ぐに見つめる。その言葉には、遅れたことを咎めるようなニュアンスが含まれている。


「……まあ、アンタがいいってんならいいけどさ。ダーリンがなんて言うかねえ」


 かか様は遙か海の彼方に視線を投げる。方角からして、その先にあるのはアクアラングだろうか。


「…………」


 俺も無言で海上へと視線を移した。いや、逃げたといった方が正しいかもしれない。生き残れたのはいいんだが、問題がどんどんと膨れ上がっているような気がする。


「……いや、今更すぎるよな」


 俺のついた小さなため息が、海上の風に攫われていった。

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