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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第十五話 降りだした雨と消えた冒険者

 翌朝、俺達はテレシアの西門に向かった。


 空は相変わらず曇っている。


 ギルドの情報だと行方不明になっている冒険者達の殆どは西門から出て行ったらしい。


 全員まとまっての行動だと効率が悪い。そこで北方面は風の騎士団、南方面は俺達で調査することになった。


 西門について直ぐに風の騎士団は行動を開始した。さすが冒険者だ、動きが早い。


 そしてこれから俺達も出発するため、「よし、行くぞ」と後ろに居るシルヴィアに声をかけたのだが。


「はーい」


 帰ってきた声はシルヴィアのものではなかった。


 俺はため息を付いて振り返る。


 今、この場に居るのは俺と黒騎士ことシルヴィア――そしてマルシア。


「なんでお前がここに居る?」


「なんででしょう?」


 人差し指を頬に当てて小首を傾げる。狙ってやっているのがわかるから余計に腹立たしい。


 無言で頭に手刀を落とそうとすると、マルシアは慌てて弁解を始めた。


「じょ、冗談ですって! 昨日の夜にお店で言ったじゃないですか、私もついて行くって」


「知らん。記憶に無い。捏造するな。帰れ」


 極めて簡潔に俺の意思を伝える。


「約束したのに破るなんて酷い人です」


「第一、お前は戦闘能力ないだろ」


「え、私魔術使えますよ?」


 驚いた。なんで魔術師がギルドの受付嬢なんてしてるんだよ!


「おい、10年来の付き合いなのに初めて聞いたぞ……」


「それはほら、乙女の秘密ですから」


「……俺と初めて会った頃から姿が変わってない乙女っつーのも恐ろしいな」


「ふふふ、イグニスさん、貴方面白いことをいいますね」


 俺の一言にマルシアの笑顔にヒビが入った。


「……調査しないんですか?」


 黒騎士が兜を取り、中のシルヴィアが呆れたように言う。


 詳しくは知らないがギルドの一悶着の時、マルシアに黒騎士について喋っていたようだ。まあ黒騎士にバルドルって名前をつけてる時点で、何れバレることになっていたから問題はない。口止めもしっかりしてあるみたいだし。


「そういえば仕事はいいのか?」


 非番なのかもしれないが、一応マルシアに聞いてみる。


「マスターにお願いしたら面白そうだからと許可してくれました」


 あの爺め。





 俺達はテレシア南西の大地を歩く。


 森の多い北東部に比べてこちらは草原地帯が続いている。


 視界は良好だ、異変があれば大抵のことはすぐ分かるだろう。異変があればな。


 しかし本当に何もない。魔物すら出ない。これじゃ冒険者生活もままならないぞ。


 空と同様に俺の気分も曇ってきた。


「そう言えばマルシアの魔術ってどんなのなんだ?」


 気分転換に話題を振ってみる。


「えっ、えーと、植物系? ですね」


「……なんで疑問形なんだ?」


「え、だって、ほら魔術の系統っていっぱいあって説明が難しいじゃないですか」


 ああ、そういえば王都ギルドで調べた時いろいろあったな。


「まあ、どんなものか使ってみてくれ。戦闘時の参考にしたい」


「え、いまですか?」


「今やらずに何時やるんだ?」


 マルシアはなんだか焦っている。


 暫く様子を見ていると、決心がついたのか深呼吸をして手をかざした。


「……大地の生命よ、呼び声に答えて――植物制御(プラントロール)


 いきなり視界が緑色に染まった。


「おうっ!」


 驚いて声を上げてしまった。目の前にあるのはどうやらただの草のようだ。ただしとてもデカくて長い。


「どうですか! 私の魔術は!」


 目の前の草をどかし、マルシアは得意顔で俺を見る。


「ああ、ビックリした……それでこれはどう使うんだ?」


「え、どうとは?」


「いや、戦闘にどう役立てるのかと思ってな」


「さあ? 戦闘に使ったこと無いのでわかりません」


「……お前は何しに来たんだ」


 思わず頭を抱える。完全にピクニック気分じゃないか。


「もちろんお手伝いですよ!」


「手伝いというなら、せめてその魔術を戦闘に使えるように工夫してみろ」


 俺の言葉にマルシアは「うーん」と唸り、暫く考えた。


「植物で相手を縛るってどうでしょう?」


 縛るか……なかなか面白い発想だ。


「じゃあ、あれ縛れるか?」


 親指で黒騎士を指す。


「やってみます。……えーと、大地の生命よ、呼び声に答えて――植物制御(プラントロール)


 先ほどと同じように足元の草がわさわさと伸び、黒騎士を包んでしまった。


「……ふあっ!」


 シルヴィアが驚きの声を上げる。そりゃ上げるよな、目の前が緑一色になったら。


「シルヴィア、そこから動けるか?」


「……思うように動けません」


 黒騎士は必死に藻掻くがなかなか抜け出せそうになかった。意外と丈夫そうだ。これなら戦闘にも使えるな。


「どうですか!」


 再び、マルシアは得意そうな顔でこっちを向いた。


「わかったわかった、戦闘になったら足止めを頼むな。ただし決して無理はするなよ、俺の判断に従え」


 俺は念を押す。初めての戦闘はどこまでが危険なのか判断しにくい。俺も無茶して失敗したしな。


「はーい!」


 軽い声でマルシアが返してくる。本当にわかっているのだろうか、いまいち不安だ。


「まあ、魔物と出会わなければ戦闘も何もないがな」


 俺は辺りを見回しながら呟く。やはり敵は見えない。


 何事も無く時間が過ぎていった。最初は他愛ない話をしていたが、次第に口数も減り、最後には皆無言で歩いている。


 草を踏みしめる音だけがあたりに響く。


 何となく空を見上げた瞬間、水滴が顔に当たった。


「ついに降りだしたか」


 俺の言葉に後ろの二人も空を仰ぐ。


「どうしましょうか?」


「時間もいい頃合いだ。さっさと街に戻るとしよう」


 俺の外套はアクアリザードの皮を使っていて耐水性がある。多少重いがこういう時に役に立つ。


 シルヴィアも鎧の中に入っていれば大丈夫だ。あとはマルシアだが……。


「お前、雨具は?」


「ええと、忘れてました」


「……仕方ない、これ使え」


 外套を外すとマルシアに投げた。思ったより重かったのか、受け取ったマルシアはつんのめった。


「気をつけろよ」


 倒れそうだったマルシアを支え、注意する。


「は、はい」


「本降りになる前にさっさと戻るぞ」


 俺は二人に声をかけると、さっさと街の方向へと歩き始めた。





 陽が落ちると雨は本格的に降り始めた。


 俺達は報告のため、ギルドマスターの部屋でアルフ達の帰りを待っていた。


「……帰ってこない、か」


 本来ならば夕刻にギルドで報告する手筈である。


「ふむ、これは一大事だな」


 机に座り、何やら紙に書いている爺さんが呟く。表情にはまだ余裕が窺えるのは年の功だろうか。


「……この件は想像していたよりもずっとマズいな」


 レベル4の、しかもパーティまでもが行方不明。この時点でテレシアの冒険者だけではどうしようもない。


「……あ、あの、直ぐにでも探しに行かないのですか」


 窓から外を見ていたシルヴィアが恐る恐る聞いてきた。どうやらアルフ達が心配らしい。特にメルディアーナとは仲良くなったからな。


「無理だな。夜の、しかもこの雨の中の捜索は自殺行為でしかないぞ」


 シルヴィアは俯いた。まるで何かに耐えているようだ。


「で、どうするんだ。爺さん」


「取り敢えず、王都のギルドに連絡して増援を求めるかの」


「理由はどうするんだよ。ただ冒険者が行方不明になりました、じゃ動かないだろ」


「だからまずその原因をちゃんと突き止めねばならん」


「だから誰がそれをやるんだ?」


「お前に決まっとろう」


「おいおい、俺はレベル3の冒険者だぞ」


 俺は皮肉な笑みを浮かべる。俺に期待すんな。


「ほれ、これを読んでみよ」


 爺さんは何やら書き込んでいた紙を渡してきた。紙にはギルドマスターの署名と印章。正式なギルドの書類だ。そしてそれを読めと促してくる。


 目を通した内容に思わず驚いてしまった。くどくどと勿体振って書いてあるが、内容を簡潔に言うとこうだ『この調査の完了をもってレベル4に昇格とする』と。


「ま、どうせ何も言わずとも行くのだろう? それはオマケじゃ。成功したらお得だの」


「……それでいいのかギルドマスター」


「無気力で情けなかったお主が、帰ってきたらまともになっていたからな。期待を込めて、と言ったところかの」


 はっはっはと笑う爺さん。


「……俺って端から見たらそんな感じだったのか」


「そういう訳だ、期待しておるぞ。お主がダメだったら今度はお前の後輩たちを送らにゃいけなくなるからの、頑張れ筆頭ベテラン」


「その呼び名はやめろ……まあ死なない程度に頑張るさ」


「いや、死んでもいいから情報だけは持ってこいな?」


 死んだら化けて出てやる。

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