第十四話 シルヴィアとマルシア
「あっ! 生きてる!!」
テレシアのギルドに叫び声が響く。声のした方向を見ると、受付のマルシアは俺を指さしたまま固まっていた。
「よう、冥界から帰ってきたぞ」
「本当のイグニスさんですか!?」
「おいおい、こんなレベル3程度の冒険者を騙る奴なんて居ないだろ」
「イ、イグニスさん…良かった!」
マルシアは俺に抱きついてきた。エルフの割には大きな胸が腹のあたりに当たる。
「お、おいどうした!?」
俺は焦った。マルシアのこんな反応は初めてだ。いつもは軽口を叩き合う仲なのに。
人間、予想外の行動を取られると固まるものである。衆人環視の中、暫くの間マルシアに抱きつかれたまま何も出来なかった。
そしてトンと肩を叩かれる。後ろを向くと黒騎士が立っていた。なんだかかなりの威圧感だ。
そこで俺はやっと我に返った。
「おいマルシア。そろそろ離れろ」
やや強引にマルシアを引き離す。マルシアは涙を浮かべながらにこやかに笑った。
「本当に、心配したんですよ……」
「いや、そのなんだ。すまなかったな、連絡もしないで」
俺は頭を掻きながら謝る。その言葉を聞いてマルシアの表情は一変した。
「本当ですよ! なんですか! 連絡が来ないから死んだかと思ってたじゃないですか! 連絡も寄越さないなんて馬鹿なんですか! ギルドから抹消してやりましょうか!?」
マルシアは一気にまくし立てる。その勢いに気圧されて誰も口を挟めない。
「そんなだからイグニスさんはダメなんですよ!」
言われるままだった俺の前にシルヴィアが立った。
「――っ! ……えっとこの子は?」
シルヴィアを見て我に返ったのか、マルシアは微妙な顔をして聞いてきた。
「え、あ……えーと、なんだ」
これまた答えにくい質問だ。
「私は! ご主人様の! 奴隷です!」
珍しく人前で大きな声を出すシルヴィア。風の騎士団のメンバーたちは驚きを隠せないようだ。
「ど、ど、ど、奴隷ですってぇ!」
マルシアはひときわ大きな声を上げた。なんだろうか、嫌な予感しかしない。
「ど、ど、ど、どういうことですか!」
再び口撃が来る。と思ったら肩まで揺すられた。
「いや、成り行きで奴隸買っただけだから」
「なんで買うんですか!」
「だから成り行きだと……」
「どう見ても被ってるじゃないですか!」
「な、何がだ?」
「私と種族がですよ! 私だってエルフですよ!?」
「あ、ああ、見ればわかるぞ……」
こんな姿をしていても実は獣人族でした、とかだったら驚くが。
「なのになんで買っちゃうんですか!」
「いや、奴隷は買うものだろう……?」
「ま、まさか奴隷好きなんですか!? お金で買う関係がいいんですか!? ミリアさんもそうだったし!」
「……なんでミリアの話になるんだ」
「だ、だってイグニ……きゃっ! なにするんですか!!」
揺すられすぎていい加減酔ってきた俺を見かねてか、シルヴィアが黒騎士を使ってマルシアを持ち上げた。
「……私が、望んで、買って頂いたのです」
シルヴィアはそれだけ言うとじっとマルシアを見つめ続ける。
「……そ、そうなの」
無言の圧力に屈したのか、マルシアはそれだけ言うと黙ってしまった。
「ご主人様!」
いきなり振り向いてシルヴィアが呼んだ。
「な、なんだ?」
「ちょっとこの方と話してきますがいいですか?」
「あ、ああ、構わないが」
その言葉を聞くと黒騎士がマルシアをもったまま受付の奥へと引っ込んでいった。
勝手に入っていいのか? ……とは誰も聞けなかった。
軽口を叩き合えるくらいが一番気楽なんだがな。
乱痴気騒ぎは一応の収束を迎えた。
マルシアはなんだか納得していない感じだったが、食って掛からないだけまだいいだろう。
「悪いな、お前ら。なんだか面倒に巻き込んじまって」
置いてけぼりな風の騎士団に一応詫びておく。
「なに、お主も大変だな」
ヨンドがしたり顔でうんうんと頷く。
「よくはわからないけど仲直りしてよかったよ」
アルフは相変わらずだ。その性格が今は羨ましい。
「……」
メルディアーナは無言だ。更に距離が開いたように感じるのは気のせいだろうか。ああ、無言といえばシーズもいたな。
「はっはっは、何やら面白いことになっておったな」
受付横の二階へと繋がる階段から老人が降りてくる。髪も髭も白くてふっさふさ。毛の量から獣人と勘違いしてしまいそうだが、これでもれっきとした人間の爺さんだ。
「居たんならもっと早く出てきてくれよ、爺さん」
俺はため息をつく。どうせこの老人は面白がってみていたんだろう。そういう性格だ。
「ふむ、初顔も居るな。ならば自己紹介と行こうかね」
老人はアルフたちに向き直った。
「ワシはこのテレシア冒険者ギルドのギルドマスターであるロウホウじゃ」
その言葉を聞いてアルフ達が畏まった。さすがギルドマスター。冒険者の中でかなりの実力と実績を持っていないとなれない職業だ。もう耄碌しているから俺でも倒せるけどな。
「覚えるの面倒だからじーちゃんでいいぞ」
偉そうな爺さんを見て、俺が横から茶々を入れる。
「こら、勝手に呼び名つけるな」
「別に通じりゃいいだろ、気にしないんだし」
「何を言う、ワシはマスターとしての威厳をだな……」
「どうせ数日でボロが出るさ」
「くっ、口ばかりまわりおって……まあいい。こんな話をする為に来たわけではないからな」
爺さんは急に真面目な顔になって髭を弄る。
「なんだ、冷やかしに来たんじゃないのか」
「お主らは王都から帰ってきたんだったな。来る途中に何か感じなかったか?」
「ん、ああ、なんだか嫌な感じはしたな。だからといって何が起こったってわけじゃないが」
「ふむ、何もなかったか」
爺さんは残念そうな声を出す。
「その口ぶりじゃ何かあったんだな」
「実はな、この街の冒険者が狩りに行ったまま帰ってこない」
「ん? それくらいはよくあることだろ」
冒険者が魔物にやられるなんてよくあることだ。いちいち気にしてなどいられない。
「一日に一人、二人なら普通だろうて。しかし一日に10人以上戻らない日が続くとなると、この街では異常なことだの」
「そりゃ確かに変だ」
一日だけなら新人パーティが全滅してってことも考えられなくはないが、連続してだとテレシア付近の魔物のレベルではおかしい。
「しかも帰ってこないのは主にレベル3の冒険者達でな。特に新人たちは問題なく帰ってきているのだよ」
「レベルが高い方がやられているのか……意味がわからないな」
なるほど、つまりマルシアはその所為で俺もやられたと思っていたのか。
「原因がわからんから困っておるのだ、お主たちなら何か知っているのかと思ったのだがな……」
「悪いが情報になりそうなものはない。逆に魔物に全く遭わなかったくらいだ」
「そうか……新人たちも魔物と出会う数が少ないとか言っておったな。とりあえず何かわかったら知らせてくれると助かる」
そう言うとマスターは二階へと戻っていった。
「……どうやらリスタンブルグに向かってる場合じゃなさそうだね」
なんだか重い空気の中、沈黙を破ったのはアルフだった。
「いいのか?」
「元々急ぎの旅じゃないし、皆もいいよね?」
その言葉に風の騎士団のメンバーは各々頷いた。
「それは助かる。なんだかんだと言っても、ここは俺にとって特別な街だからな」
その後【安眠亭】に戻った俺達は、予定通りアルフ達に酒と食事を奢ってもらった。
その際、何故かマルシアが乱入して一悶着あった気がするが、酒に溺れて忘れたことにしておく。




