第百四十一話 南門とそれぞれの馬車
出発は早ければ早いほどいい。
道中、予想外の事が起きる可能性を考えれば当たり前のことである。今回はそれに加え、報酬にも色を付けられると言う話だ。
基本的な準備は既に完了していたため、ギルドから紹介状を貰った俺たちは、早速目的地へと向かう。
目的地に近いのは南門だが、まずはユニコルニスを回収するために西門へ。
門番と挨拶を交わすと、そのまま牧場へと足を運んだ。
人間に比べれば馬の嗅覚もかなり鋭い。
俺たちが牧場に着くや否や、駆け寄ってくる白馬。その姿を見て、なんとなくそんなことを思い出した。
「やっほー、ユニコルニス。元気だったー?」
同じ様にその姿を確認したマルシアが大きく手を振った。
どうやら放牧中だったようで、他の馬たちも柵で囲まれた牧場内を颯爽と駆けているのが眼に入る。
……まあ、厩舎に居たとしても、コイツなら抜け出してきそうだ。なんだかんだで頭はいいし、体力だって普通の馬と比べれば、かなり高い。
更には馬たちの中でも白馬はコイツ一頭だけ。なので、かなり目立つ。
ユニコルニスは俺たちの元まで走り寄ってくると、先頭に居たマルシアに上機嫌で鼻先を寄せていく。コイツの女好きも相変わらずだ。離れていて少しは落ち着いたかと思ったが、様子を見る限り、どうやら逆効果だったらしい。
女性陣がそれぞれユニコルニスに声を掛けていく。その度、上機嫌でぶるるっと応じていたのだが……。
「よう、エロ馬。相変わらずだな」
俺に対しての反応は薄く、じっとこちらを窺うように視線を向けてくるだけである。「なんだ、お前かよ」と言う幻聴すら聞こえてくる気がする。
しばし、無言で対峙する一人と一頭。
「なんだか好敵手、っていう感じかしらね」
シャンディはくすくすと笑いながらに呟くが、その意見は断じて否定しよう。
馬車を手にした俺たちは一度宿前へと戻り、部屋に残されていた荷物を詰め込んでいく。
それが終わると宿を引き払い、次に向かったのは南門だ。
どこの門も皆同じようなもの。残念ながら一つの季節を過ごした程度では、その差異を見分ける事は出来そうになかった。
入口と出口に人が密集するのは当然のことで、馬車のチェックを待つ俺たちの進行速度は牛歩の如く。贅沢ではあるが、ここらへんが馬車持ちの面倒なところだろう。
そんなことを考えていると、ようやく俺たちの番がやってくる。
結果は無事に通過。特にやましい物を所持しているわけでは無いので、当り前のことではある。
どちらかと言うと、馬車の荷物よりも女性陣に向けられる視線の方に熱が入っていた気がするのだが、気にしないでおこう。気持ちはわかるから。
他の馬車たちに倣うように、俺たちもまた眼の前を伸びる街道を進んでいく。
ここ最近は街でのドタバタで、こうして外を駆けるのも久々である。四方を壁に囲まれた街中に篭っていたこともあり、久々の開放感を満喫するとしよう。
大きく深呼吸すると、大地の息吹が胸を満たしていく。それと同時に、水気が顔にあたった。
見上げた空は生憎の曇り模様。
最近、割とこういう天候が多いのは雨期が近いからだろう。
空が愚図つき始めたとしても、今の俺たちには馬車がある。例え、雨天の進行でも何ら問題は生じないはずだ。馬車を牽引するユニコルニスは大変かもしれないが、女性陣に任せておけば文句はないだろう。幸せそうにしている姿が目に浮かぶ。
俺たちの前には一台の大型馬車。外装と護衛から察するに、街間馬車と思われる。後ろにも同じ様に大量の荷を載せた商人の馬車がくっついていた。前者は偶然だが、後者は狙ってのことだろう。安全は何にも代えがたい。商人というのはそういうものだ。
街道は一本道。このまま次の街までは共に歩むことになるだろう。こういう場合、余程のことがない限り、互いに協力行動を取ると言う暗黙の了解があるためだ。
想像通り、一度目の休憩の際に向こうの護衛たちから接触があった。
まずはお互いに冒険者証や護衛登録証を見せ合い、自身の証明。
その後、幾つかの共通認識を作っておく。
話し合いの結果、基本的にはそれぞれで守りを固め、襲い掛かってくる魔物に対応。明らかに個々のレベルに見合わない魔物と遭遇した場合や討伐に失敗しそうになった場合、またはリーダーが無理だと判断し、救援を求めた場合は共闘するという形になった。
それぞれのリーダー格の中で俺がレベル的に一番上だったため、話し合いは俺を中心にして行われた。
こんなもん、誰がやっても同じだと思うがな。
「――それじゃ、よろしく頼む」
共闘時の報酬関係もきっちりと詰めると、俺はそう言ってその場をしめた。皆それぞれのパーティへと戻り、仲間内で情報を共有させる。無論、俺も同様だ。
「お疲れ様ー」
女性陣の元へと戻ると、それに気づいた皆が労いの言葉をかけてくる。
その側には見知らぬ女性が数人。護衛たちのように武装していないところを見ると、街間馬車に乗っていた人々か。
皆で談笑中だったところに俺が割り込んだ形となってしまった。
しかし、冒険者としては報告が優先だ。残念だが、続きは説明が終わってからにしてもらおう。
「話し合っているところ済まない。大事な話があるので、一度切り上げては貰えないだろうか?」
集まっている女性たちの側まで寄ると、俺はそう告げる。
「……あ、はい。ごめんなさい」
女性たちはまるで後退るように離れていった。まあ、男がいきなり近づいてきたら怯える気持ちはわかる。わかるんだが……ちょっとだけ凹む。
それに加え、街中に居る冒険者は呑んだくれたり、女を買い漁ったりとイメージが宜しくない事もある。最近出会った女性たちは、良くも悪くも変わり種ばかりだったため、すっかりと忘れていた。
「大丈夫よ。イグニスの良さは私たちがわかっているから」
「そうですよー。良いところも悪いところもちゃんと」
俺の渋い表情を見て、マルシアとシャンディがフォローに入る。
それに続くように、外套を軽く掴んだシルヴィアがこくりと頷いた。
「どもどもー、儲ってますかー?」
明るい声で話しかけられたのは、決まり事の説明が終わって直ぐのことだ。
声の方向に視線を移した瞬間、眼に飛び込んできたのは耳である。エルフたちの様な精霊族に見られる長耳ではなく、毛にまみれたふわっふわの……いわゆる、獣耳だった。
そのまま視線を落とし、全身を眺めていくが……何だか全体的に丸っこく、ころころと愛らしい姿をしている女性だった。
俺は確信する。狸の獣人族だ。
「……ええと?」
じっと見つめる俺の視線に、戸惑いの声を上げる女性。
……おっと、いかん。さっきも失敗したばかりじゃないか。
眼の前の女性は、さきほどの女性たちの中には居なかったはずだ。
「あんたは商人、か?」
状況と最初に掛けられた台詞を思い出し、なんとなく当たりをつけてみる。
「はいー、後ろの馬車の持ち主ですー」
微妙に間延びした声で女性は頷いた。
首を回し、後ろの馬車をもう一度しっかりと確認していく。
基本的な大型の荷馬車。その中には武具や本、壺に木箱と、様々な商品らしきものが詰め込まれていた。以前、大量に回収した魔物の戦利品などちっぽけに思えるほどの量だ。なんというか……本人が入るスペースすら見当たらないんだが。
「とりあえずのご挨拶と、何か入用の品があればと思いましてー」
人の和は商売の和。話の途切れたところを狙い、しっかりと売り込みに来るあたり、さすが商人と言ったところか。
「残念だが、準備は万端だ。特に困っているものはないな」
「そうですかー。さすがはお話に聞いていた通り、優秀な冒険者のイグニスさんですー。お見逸れしましたー」
「……俺のことを知っているのか?」
こちらが知る以前から相手は情報を得ている……これはいささか落ち着かない。普通に考えれば、護衛たちから聞き出したと言うところだろうが、商人の護衛たちは何やらまだ話し込んでいる。俺のことを聞き出せた時間があるとは思えないのだが。
「イグニスさんはルドルフさんとお知り合いですよね? 私は元々ルドルフさんの下で働いていましてー」
その言葉に、俺はオッドレストで世話になった恰幅の良い商人の事を思い出した。
なるほど、商人同士のつながり、独自のルートか。
「そうか……それで、ルドルフさんは元気か?」
「お陰様で色々と顧客を増やせたみたいで喜んでましたよー。羨ましいですー」
どうやら、ちゃんと向こうにもメリットはあったようだ。その言葉を聞いて少し安心した。あれほどの商人が折角の機会をふいにする訳はないだろうが……紹介した手前、なんとなく責任感を感じてしまっていたのも事実だ。
「そう言う訳で、私たちは何かあった時にはお力になるように言われてますー。商品もお安くしておきますので、お気軽に利用して下さいねー」
そういってペコリとお辞儀するぽんぽこ娘。
「それはありがたい。その時はよろしく頼むよ」
「あ。でも、おさわりは駄目ですよー?」
俺は思わず眉をひそめる。
「ちょっとまて……どこからそういう発想が出てきた」
「女性を自分のモノにする為なら火の中、水の中。他のすべてを投げ打ってでも自らの道を貫く方だと聞いてますー。主にルドルフさんの護衛の方から聞いた情報ですけどー」
「……アイツらめ」
いや、元はと言えばシャンディが情報元だし、少々悪乗りをしたとは言えど、俺の為に行動したのだから致し方ないのだが……。
「既に私たち商人の中でもイグニスさんは有名人ですよー?」
……この憤り、どこにぶつけたらいいものか。
今なら率先して魔物に挑みかかりそうだ。