第百三十七話 合格と不合格
「そこまで!」
砂時計の側に居るギルド職員が声を上げた。
どうやら終了の時間となったようだ。先ほどまでサラサラと流れ落ちていた砂も、今ではその全てが底へとついていた。
「……まさか、二度目で見破られるとは思っても見ませんでした」
ユーリエが口を開く。それは突きからの連撃についてだろう、言葉からあの技に相当の自信を持っていたことが窺える。
「……だから言っていただろう、お前は速さに頼り過ぎなんだと……まあ、実戦では一撃目で俺がやられていたわけだけどな」
俺は脇腹に手を当てた。
そこから返ってくるのは、体内に響き渡るような衝撃。戦闘の緊張が解けたことにより、意識を集中することで片隅に追いやっていた痛みが急激に襲いかかってくる。
「……こりゃ、折れたか?」
「その状態で、よく前に出る気になりましたね」
しかめっ面の俺を見て状態を察したのだろう、ユーリエが呆れたような声を上げる。
「まあ……今の私も同じような状況だけど」
そう言うと、ユーリエも腹に手を当てていく。そこは先ほど、俺が左拳を打ち込んだ場所だ。
全力で放った一撃故、その威力は中々のものだっただろう。
剣術ほどではないが、素手での戦闘にも多少の自信がある。冒険者であれば、武器を失った時の為に多少は齧っていることが多い。そして、それが主に活躍する場面と言えば、歓楽街だ。刃物による争いが御法度な場所であり、喧嘩が華とばかりに行われる為、ここで覚えた者も少なく無い筈だ。まあ、基本的に武器を失ったら逃げるのが一番良いんだけどな。
「それにしても……躊躇なく打ち込むなんて、酷いわね」
「おいおい、全力つったのはお前の方じゃねーか」
その言葉に、ユーリエが小さく笑った。
四隅のギルド職員が砂時計の近くに集まっていくと、何やら会話をかわしている。
試験の結果は審査員の独断ではなく、ギルド職員を交えての話し合いで決まる。まずは職員たちで意見を纏めているのだろう。自分の結果だけになんだか内心落ち着かない。
職員たちは頷き合うと俺たちの元へとやってくる。その中には、職員ではない者の姿もあった。錫杖と僧服。身なりから察するところ、神官だろう。
「失礼します」
神官は職員たちから抜け出ると一礼し、俺の目前までやってくる。そのまま手をかざし、言葉を紡いでいった。
「――っ! 回復!」
詠唱が完了すると共に、暖かい光が俺を包んでいく。
ギルドが怪我をしたままの冒険者をそのまま放り出すわけがない。その為、眼の前の人物は試験の為に雇われている冒険者か、協力を頼んだ本職の神官といったところだろう。
何故だか、神官には女性が多い気がする。それは冒険王の仲間である、聖女アルターシャのイメージが大きいからだろうか。それとも、実は神は女好きとでも言うのであろうか。……そんな事を口に出したら殴られてしまいそうなので、考えるだけにとどめておこう。
激しく主張をしていた痛みは徐々に薄れ、一分も経たない内に完全に消え去ってしまう。相変わらず回復魔術とは恐ろしいものだ。先ほどまで怪我をしていた事が嘘のようだ。
俺の治療を終えると、神官は「痛みは残っていますか?」と確かめてくる。そして問題がないとわかると、隣のユーリエへと移っていった。
それと入れ替わる様に、今度はギルド職員のうちの一人が代表として近づいてくる。
まずは合否を決める為、ユーリエに話しかけるものとばかり思っていたのだが……。
「イグニス様」
職員が俺の名を呼ぶ。
「申し訳ありませんが、今回の試験における合否は後日改めて……と、言う事で宜しいでしょうか?」
「……どういう事だ?」
その言葉に俺は驚いた。
第一試験の合否は、審査員と数名のギルド職員の話し合いで直ぐにでも判明する。だからこそ、周りには様々な感情が交錯していたわけだ。
レベル相応の実力があれば合格。満たなければ不合格。単純な二択だと言うのに、保留とは一体どういう理由だろうか。
顎に手を当て、考え込む。
……実力に関係ない所で何か問題があったのだろうか。特に礼儀を失していたとは思わないし、正々堂々、正面から戦っていた筈だ。
「試合の結果は我ら一同、この眼でしかと確認させていただきました。しかし、その前に確認しておきたい事がございまして……」
そう言って、職員はユーリエを見る。その雰囲気から、どうやら俺の問題ではない様子だ。
「どの道、この場で決められないと言うのならば、待つしか無いだろうな」
軽く頷く。
「……はい。申し訳ありません、ご迷惑お掛け致します」
職員は深々と頭を下げた。
「お疲れ様」
皆の元に戻ると、シャンディは既に試験を終えていた様で、端にある席に座りながら、こちらに向かって小さく手を振っていた。
「シャンディも、な。その顔から察するに、無事突破出来た見たいだな」
「ええ、問題は無かったわ。イグニスは……何だか微妙そうな顔ね。もしかして、落ちちゃった?」
顔を覗き込むようにして、シャンディが聞いてくる。
「落ちてはいないが……受かってもないな」
俺は頭を掻きながら答えた。
「……どういう事ですか?」
隣に座るマルシアが、不思議そうな顔をして口を挟んだ。
「俺にもわからん。とりあえず、結果は後日発表……だそうだ」
「うーん? それじゃ、その結果待ちですか。そうなると、それまで暇ですね」
「……ああ、お陰で悶々とした日々を過ごしそうだ」
俺の言葉にシャンディが「ふふっ」と笑う。その顔は、何やら企んでいそうだ。
「しかし、保留とはの」
「……なんだ。いたのか、リーゼロッテ」
二人の反対側、シルヴィアの後ろに座っていたのはリーゼロッテ。さも当然のようにココに居るのは何故なのだろうか。招待されているのだから専用の席くらいあるだろうに。
「……いたのかとは失礼な奴だの。一人黙ったまま試合を見ていると、自分も身体を動かしたくなってきてしまうのでな。見知った顔もおったので、話し相手になってもらっていたのだ」
なるほど、相変わらずの思考だな。まあ、あれからそんなに月日が流れているわけではないし、簡単に人の性格などが変わるわけもないだろう。
「……それで、その原因はユーリエかの?」
「……そう考えるのが妥当なのだろうな。試験と言うよりは、どちらかと言うと果たし合い見たいになっていたからな」
仕掛けてきたことと言い、手加減しなかったことと言い。ユーリエの俺に対する審査は、一般的なものとはかけ離れていた。それまでの審査を見る限りでは、問題は特になかったんだけどな。
「なるほどの。……しかし、そのユーリエ相手に見事闘い抜いたとは、やはりイグニスも相当であるな」
「経験が活きただけだ。……あいつとは古い付き合いだからな。癖から好きな食べ物まで、色々と知っている」
「あら、過去の女を語るなんて嫉妬しちゃうわよ」
俺の言葉に対し、シャンディが含みのある笑みを浮かべて言った。
「私の方が古いですよっ!」
何故かマルシアは対抗してくる。
「……やはり、二人はそういう仲だった、のか?」
そして、リーゼロッテは訝しげな視線を向けてきた。
「……勝手に話を広げていくな」
どうしようもない三人から避難する様に、俺は残りの一人に視線を向ける。
「それで……シルヴィアは何を落ち込んでいるんだ?」
眼に入ったのは、俯きがちにテーブルを見つめているシルヴィアの姿だった。
「えっと、イグニスさんがダメージを負ったところを見て、自分の出番だと立ち上がって待っていたんですけど……」
「可愛い神官さんに出番を取られちゃったのよね」
「……そうか」
予想外の返答に、俺は言葉に詰まってしまう。
「その、すまなかったな。あ、いや、その気持ちは十分にありがたい。次回は、頼むぞ」
そう言いながら頭を撫でてみるものの、シルヴィアはなかなか回復しない。どうしたものか。
しかし、そこは落ち込むべきポイントなのだろうか……?