第百三十四話 試験日と審査員
第一試験、当日。
その日は雨期の近さを知らせるような、若干の曇り空となっていた。
戦闘を行うには直接的な光がない分、戦いやすいと言えるかもしれない。やや、肌寒さを覚えるが、それも動けば直ぐに気にならなくなるだろう。
早めの昼食を取り終えた俺たちは、冒険者ギルドへと向かっていく。
やはり、試験の日と言うだけのことはあり、試験の参加者か、それとも見学者かはわからないが、大通りには俺たちと同じ方向へ歩いて行く冒険者の数も多い。
レベル3以上のランクになる為には、試験を受ける必要がある。中には俺のレベル4、レベル5昇格時の様に免除される場合もあるが、これは稀な例だろう。冒険者登録時は誰でもレベル1。一年間の見習い期間を経て、その功績が十分であるなら自動的にレベル2へと昇格する。そこからレベル3になる場合、専属冒険者による実力テストでその資格が判断されると言う事になる。レベル4以降はこれに第二試験――つまり、実際に狩りに赴く試験が行われるのだが、それについては俺は未経験なので詳しくは分からない。
……何はともあれ、まずは第一試験に受からなければ話にならないだろう。
「よし、行くぞ」
俺は気合を入れなおし、ギルドの扉を開いた。
「そうね、頑張りましょう」
同じく試験を受けるシャンディが続く。
「応援してますよ!」
「……頑張ってください」
そんな俺たちの後をついてくるシルヴィアとマルシアは見学だ。試験の間は自由に行動していて良いぞと言っておいたのだが、どうやら応援にまわってくれるらしい。二人にみっともない姿は見せられないな。
待ち合い席に二人を残し、シャンディと共に受付へと向かう。
いつもと違い、受付には通常窓口の他に試験専用の窓口が設置されていた。そこには俺たちと同じ様に、試験を受ける為に並ぶ多数の冒険者たち。どっしりと構えている者もいれば、初めての試験なのかおどおどしている者、中々進まない列に苛立っている者などと、実に様々な様相を呈していた。
俺たちはその列の一番後ろ……職員が「最後尾はこちらです」と書かれた大きな立て札を持っている場所へと並んでいく。
一人、また一人と受付を済ませては列が進んでいき、並んでから一刻程で俺たちの番へとなった。
「レベル5冒険者イグニスと、同じくレベル5冒険者シャンドラ。共にレベル6昇格試験を受けに来た」
代表して俺が発言し、隣のシャンディ共々、冒険者証を受付へと提示する。それを確認した職員は、手元の書類と比べ、別紙になにやら記入をしていく。
「イグニス様とシャンドラ様ですね。……はい、御二方共に確認が取れました。こちらの用紙を持ち、奥の扉から修練場へと向かって下さい」
それぞれ紙を受け取ると、俺たちは待ち合い席へと戻り、皆と合流する。そして、そのまま指示された扉から修練場へと進んでいった。
オッドレストの修練場に来るのは初めての事だ。建物自体の大きさから、ある程度のことは予想していたのだが、開かれた扉から眼に飛び込んだその光景は、想像の上を行くものだった。
建物の中央をえぐり取ったかのように開かれている野外修練場は、まるで一つの広場の様だった。更に、反対側奥にある建物には「室内修練場」の文字が大きく書かれている。雨が降った場合はどうするのかと心配していたのだが、どうやらそれは杞憂の様だ。例え、今から空がぐずつき始めたとしても、試験は室内修練場にて滞り無く進むのだろう。
辺りには数え切れない程の冒険者が、自分の出番を今か今かと待ち望んでいた。その端、ぐるりと建物に寄り添うように作られた席に座っている者たちは見学者だろうか。
時間的には、そろそろ始まる頃合いである。
早めにきていたつもりだったのだが、思っていたよりも人数が多かった為か、いつの間にかギリギリの時間になっていた。まあ、こういう時の為の早出だったので結果としては良かったのだが……。
「ようやく来おったか」
圧倒され、入り口近くで立ち止まっていた俺たちに声が掛かる。その声と口調は、なんとも馴染みのあるものだ。
「何故、わざわざこんな所まで来ているんだ? リーゼロッテ」
「我が教師が昇格試験を受けると言うのだ。応援の一つもするのが人情というものであろう?」
振り返った俺は、少し驚いてしまった。リーゼロッテの姿はいつもの鎧装備とは違い、清楚なドレスを身に纏っていたからである。屋敷では何度かその姿を見たことはあるが、外で見るのは初めてだ。
「冒険者ギルドに来るのにその格好とは……」
「今回は、クラインハインツ家の娘としてきているからの。……ほれ」
そう言いながら、リーゼロッテは試験参加者たちが集っている方向を指し示した。人々の隙間からは舞台が見え、ちょうどそこ上がっていく二人の人物が居た。先頭を行くのは初老の男性。その直ぐ後ろにはリーゼロッテの父君であり、クラインハインツ家の御当主様である、フェルディナント殿の姿があった。
「……なるほど、よくわかった」
リーゼロッテはフェルディナント殿にくっついてきたと言う訳か。
「――冒険者、諸君。儂がこのオッドレスト冒険者ギルドのマスター、トラウゴット・カプート・ケッセルシュラガーである」
先に上がっていた初老の男性が、ゆっくりと口を開いた。あの人物がここのギルドマスターか。初めて見た。
……しかし、なんでお偉い人の名前はこうも覚え難いのか。まあ、俺たちからしてみれば肩書で呼べば良いのだし、覚える必要もあまりないのだが。
「まず、この日を迎えられたことを嬉しく思う。君たち冒険者は――」
それからと言うもの、ギルドマスターの長々しい挨拶が続いていった。こう言うのを真面目に聞く冒険者はどれくらい居るのだろうか。俺の予想では、ここに居る者の九割は右から左へと流している筈だ。
結局、最後までその挨拶はどこかで聞いた事があるようなものであった。
ようやく終わったかと思ったら、今度はフェルディナント殿が前に出てきて話を始めてしまう。しかし、周囲のうんざりとしている雰囲気を察してか、手短に切り上げたのは英断である。さすがと御館様だ。
次いで審査員――つまりは、専属冒険者たちの紹介に入った。
そこで何故か、隣のリーゼロッテが忍び笑いをしていることに気がついた。
「何がおかしいんだ?」
「いやなに、それはこれからわかるであろう」
怪しく笑うリーゼロッテが気にはなったが、とりあえずは前方に集中だ。さっきまでの挨拶はどうでも良かったが、これから紹介される審査員とは直接戦う事になるのだ。誰が当たるかは知らないが、外見からもある程度の情報は掴めるだろう。
一人目に紹介されたのは普通の戦士。どこにでも居そうな風体だが、その立ち振る舞いには隙がなく、さすが専属の冒険者になるだけの事はあるだろう。俺では到底敵いそうにない。
二人目は獣人族の重騎士。人並みからかけ離れたその肉体は、重々しい装備品の影響を微塵も感じさせず、軽々とした動きを見せていた。
三人目はエルフの剣士。精霊族の中では一番見慣れた種族ではあるが、その冷酷とも取れそうな視線は、一瞬で相手の生命を刈り取りそうだ。
四人目は一人目と同じような人間族の戦士。獣人族や精霊族と比べ、特色があまり見られないのは仕方の無い事だろう。
そして、最後に出てきた五人目。……その姿を見た時、俺は一瞬固まった。
「……おい、あれは」
思わず、リーゼロッテに振り返る。
「ふふふ。思った通りの反応だの」
相も変わらず、リーゼロッテが笑っていた。
最後に出てきた人物は魔法銀の鎧を身につけた剣士。その姿は、最近見かけたばかりである。
「ついでに言うとな、アレがお主の相手だぞ」
「……お前の差し金か?」
クラインハインツ家の力を使えば、審査員としてねじ込むことは簡単だろう。実力も相応だろうし。
「馬鹿を言うでない。わざわざそんな事をするわけがなかろう。全ては本人の希望だ。期待に答えてやるが良い」
「……本人の?」
「うむ。イグニスの実力を確かめたいのだそうだ」
「……何故、今さら?」
俺は台上に立つ最後の一人――ユーリエの姿を見ながら疑問の言葉を口にした。