第百三十三話 散歩と共闘
さて、第一試験までの間、俺たちは暇となってしまった。
さりとて、長期間街を空けるような依頼を受ける余裕はない。その為、試験日までは各々自由行動とする事になった。
「それじゃ、シルヴィアのこと、宜しく頼む」
「はい。任せて下さい!」
先日、店を訪れた際に、ラーナは急ぎの依頼が入らなければ大丈夫と、シルヴィアを預かることを承諾してくれていた。例え、何かあったとしても店員たちが居るので問題は無いとの事である。
久々の授業に気合が入っているのか、シルヴィアは「……頑張ります」と大きく頷いていた。師に成長を見てもらう良い機会だろう。あれから特に生命分操には磨きがかかっており、既にシルヴィアの主力魔術となっていた。
改めて店に訪れる際には道中で買った土産を渡し、店員たちの機嫌をとっておくことも忘れない。
やはり、全員が女性と言う事もあり、菓子の土産が喜ばれるようだった。甘い物に目がないとはよく聞くが、身体の重さを気にしたりするのも主に女性であるし、毎回の土産がこんな物で良いのだろうか。
……まあ、嫌なら食べなければいいだけの話か。
シルヴィアを例の勉強部屋まで連れて行き、皆に挨拶を済ませると、俺はそのまま店を出て行った。
そのまま大通りを適当に歩いていくと、なんとなく本屋が眼についた。馬車の旅をしてみてわかったのは、ゆっくりと出来る分、暇な時間も出来やすいと言う事だ。その時間を有効に使う為にも、本は良いものかもしれない。資金には余裕があるし、邪魔になれば売り払えば良いだけのことだ。
俺は店頭に並んでいる本を眺めていく。帰りにシルヴィアの分も含め、幾つか購入するのも良いだろう。
「はあっ!」
俺の片手半剣が、ゴブリンの頭部を吹き飛ばす。
三体のゴブリンは、あっという間に物言わぬ骸と成り果てた。
あれから色々と回ってみたのだが、最後に俺の足が向いたのは門の外。やはり俺は、根っからの冒険者なのだろう。
途中で買った串焼きを頬張りつつ、俺は感覚強化を使い、魔物を探していったのだが……。
「……それで、何時まで覗いているつもりなんだ?」
魔石を回収しながら、俺は独り言のように呟く。何者かに見られている感覚は、二度目の戦闘からずっと付き纏っていた。
ややあって、後方に着地音。俺は魔石を皮袋に入れると、片手半剣の汚れを拭っていく。
「いつから、こそこそと覗き見するような趣味を持つようになったんだ?」
「さすがですね。いつから気づいていたのですか?」
感覚強化がある為、大抵の事は事前に察知出来る。以前の事件や、メイドからの報告で、薄々そんな能力を持っていると言うことには感づいているだろうが、わざわざそれを公言するつもりはない。
「今の戦闘中さ。戦いの中では感覚も鋭敏化されるものだろう?」
「……そうですか」
振り返った俺の眼に飛び込んだのは、予想通りの人物。魔法銀の鎧を身に纏っている剣士、ユーリエである。これまた、珍しい所で出会うもんだ。外で顔を合わせるなんて、リーゼロッテを拾った時以来だろうか。
「また、お嬢様が抜け出したのか?」
おとなしくなったと聞いているので、そんな事はないとは思うが……他に理由が見当たらない。
「……いえ、今日は非番です。外で修練でもと思ったところに、何だか懐かしい反応を拾ったもので」
「せっかくの休日に外で魔物退治か、相変わらず色気がないな」
「それはお互い様と言うものです。聞いたところ、試験までは休暇と言うお話でしたが」
「……何故、そんな事を知っている」
相変わらず情報が早い。と言うより……何処から手に入れているんだ、そんな情報。価値なんてこれっぽっちもないだろうに。
「それで……どうしたんだ? 魔物と戯れたいのであれば、俺なんかの後を追っている意味は無いだろう?」
今日一日暇だと言うのなら、魔物は存分に狩れるだろう。ユーリエは俺と同じような感知能力を所持しているのだ。その気になれば、一般冒険者の何倍もの効率を出せる筈である。
「……先日、知り合いが訪ねてきまして」
「知り合い? ……もしかして、アイツ等か?」
俺の脳裏によぎるのは、とある冒険者の姿。
「いえ、同じ冒険者ではありますが、あの二人ではありません。私もあれ以降、顔を合わせたことはないので……」
「……そうか」
ならば尚更、それを俺に言う意味がわからない。一体、何の話をしたいのだろうか。
「以前、求婚された事がありまして」
「……は?」
思わず、俺の口から間の抜けた声が漏れる。
「なんだ、結婚するのか?」
全く想像の範囲から抜け出ていたが、そうであればめでたい事だ。昔の仲間として、しっかりと祝ってやらねばいかんな。
「ちっ、違います! 求婚されたのは昔の話です!」
なんだか慌てるユーリエ。彼女にしては珍しく、会話に要領を得ない。
「あー、何だ。話を纏めると、以前、求婚してきた奴が戻ってきた……と言う事で良いのか?」
「ええ、そうなります」
「それで?」
「叩き潰しました」
「……」
俺は絶句する。……だから、全く意味がわからないんだが。
「その、なんだ。……嫌なら、口で言えば良いんじゃないのか?」
「断る理由に、私より弱い人と結婚する意思はない……と言った事がありまして」
「……なるほど。それで強くなって戻ってきたと言う訳か」
俺としては、そこまで頑張る男ならば応援したい気持ちがないわけでもないが、コレばかりは本人たちの問題である。
「いえ。正直、強さに然程変わりはありませんでした。ですが……以前とは気合の乗りが違うと言いますか……以前は軽い乗りでしたが、今回はえらく真面目になっていまして」
「それで、お前はどうしたいんだ?」
「よくわかりません。なので、スッキリしようと外に出てきたわけです」
ああ、憂さ晴らしに来たわけか、魔物もいい迷惑だな。大した目的もなく、散歩がてらに魔物を狩ろうとしている俺も似たようなものではあるが……。
「仕方ない、付き合ってやるか」
「……どういうことですか?」
「暇な俺が、臨時のパーティ組んで、お前の憂さ晴らしに付き合ってやると言ったんだ。たまには、こういうのも良いだろう?」
俺は再び片手半剣を抜く。
「そうですか。パーティを組むこと自体久々ですし、貴方とはどれくらいになるのですかね」
そう言ってユーリエは片手剣を抜いて、俺の相棒に合わせて軽く打ち鳴らす。
「……ああ、何年振りになるのかな」
「くそっ。負けたっ」
門に向かって歩きながら、俺は空を仰いで口を開く。
予想出来ていた事ではあるが、王都周囲の魔物程度では俺たちがパーティを組んでも然程意味が無い。結果、どちらが早く魔物を処理出来るかと言うスピード勝負となり、生体活性を使わない俺では、ユーリエの速度には追いつけなかった。
「まだまだ、ですね」
ユーリエが勝ち誇ったように言う。その表情は、どことなくスッキリしている様に感じられた。
「ならば、次は修練場で模擬戦でもするか」
その言葉に、ユーリエは首を振る。
「残念ながら、そろそろ私は戻らねばなりません」
「やれやれ、勝ち逃げか」
「どちらにしろ、近いうちに戦う事になります」
「……? どう言う事だ」
「その時は、全力で来ないと後悔しますよ」
俺の疑問に答えずにそう言い残すと、ユーリエの姿は門の中へと消えていった。