第百三十二話 予約と久々な面々
「昇格試験へのノルマは達成出来ていますね。おめでとうございます!」
オッドレストまでの道中に手に入れた戦利品を引き取ってもらおうと、冒険者ギルドの受付で冒険者証を提示した際に職員から発せられた言葉がこれである。
一瞬、周りの冒険者たちの視線が俺へと集中した。やはり、冒険者ランクと言うのは、皆気になる事だろう。
「あ、ああ、ありがとう」
「早速、試験の手続きを行いますか?」
手慣れた様子で脇から紙を取り出すと、何やら記入していくギルド職員。
「ああ、そうだな。……ちょっとまってくれ」
俺は窓際の待ち合い席に座っているシャンディに、手で合図を送る。試験を受けるのは彼女も一緒だ。それに気づいた彼女は、シルヴィアとマルシアに二言三言告げると席を立ち、こちらへと向かってくる。相変わらず、その動作一つ一つが洗練されており、見慣れている筈の俺でさえ見惚れそうになる位である。周囲の冒険者たちが色めき立つのも無理はない。
「お待たせ。精算はもう済んだの?」
「いや、そっちはまだなんだが……なんと言うか、試験の方から済ませた方が良さそうだったんでな」
「了解よ。それじゃさっさと済ませちゃいましょう」
シャンディも冒険者証を取り出すと、ギルド職員へと渡していく。それを見た職員は納得したように頷いた。
「なるほど、シャンドラ様も試験資格をお持ちですね、それでは日程は同時と言う事で宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
シャンディが頷く。
「さて、それでは簡単な説明へと移りたいところなのですが。御二方共に既にレベル5の冒険者と言う事なので、基本的な説明は要らないでしょう。それで肝心の試験の日なのですが……」
ちゃんとした試験は今回が初めてなのだが……まあ、概要は理解している。細かい点はシャンディに聞けばいいだろう。
「ああ」
「現状ですと一番早くて……五日後、となってしまいますが宜しいでしょうか?」
いつの間にやら取り出した書類の束を調べながら、職員が言う。それは、試験日程表だろうか。一次試験はある程度の周期で纏めて行われている筈だ。専属冒険者をわざわざ一人の試験の為に呼んでいたらキリがないだろう。
……しかし、少し間が空くな。これが短いのか長いのかは分からないが、どの道、試験は決まった日にしか行われない。選べないのであれば、答えは最初から決まっている。
隣に視線を向ける。それに気付いたシャンディは頷いた。
「ああ、それで構わない。頼んだ」
「了解致しました。それではイグニス様、シャンドラ様、共に五日後の昼過ぎ、そこから奥に進んだ場所にある修練場にて一次審査を行わせて頂きます。尚、どんな理由があろうと、その時刻に間に合わなかった場合、試験資格を放棄したものと見なされるのでご注意下さい。他、詳しい事はこちらの紙面にてご確認下さい」
ギルド職員は俺たちそれぞれに一枚の紙を渡してくる。その紙面には、試験についての詳しい説明と先ほどのような注意事項、その他、細かい事まで記載されていた。
「御二方の昇格を祈っております」
そう言って言葉をしめると、職員は一礼した。
「ああ、ありがとう」
そして、訪れる沈黙。
「……他に何か質問があるのでしょうか?」
その雰囲気に、職員は不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「いや、戦利品の精算がまだ……だろう?」
「あっ! コレは失礼しました!」
職員が慌てて戦利品を確認していく。どうやら真面目だが、どこか抜けている職員の様だった。
「ああ、イグニスさん。戻っていられましたか」
戦利品の処理も終わった俺たちは、待ち合い席へと戻り、この後の予定を話していた。
すると、受付横の階段から降りてきたのは見覚えのある人物。その全身を覆う魔法銀の装備はその正体を現していた。
冒険者の中で魔法銀の装備をつけているものなど、その数は知れたものだ。その中で俺を知っている人物となると、二人しかいなかった。
「ああ。久しぶりだな、ユーリエ。しかし、こんな所で会うのも珍しいな」
「御館様からギルドマスターへの書状を届けに参りまして」
ああ、なるほど。クラインハインツ家と冒険者ギルドは切っても切れない関係だったな。そう言った事で色々と出張ってくることはあるのだろう。特に意外でもなんでもないか。
「そうか。そう言えば、リーゼロッテは元気か?」
「ええ、あれからは落ち着かれまして、こちらとしても助かっています」
「……それは何よりだ」
「そちらは……確か、魔窟に挑戦するとの事でしたが、その成果の程は如何ですか?」
「ん? ああ、そうだな。当初の目的は全て達成出来た。とりあえず、一番の目的だった昇格試験に挑戦する資格も手に入れることが出来たからな。後は落ち着いて事に当たりたいところなのだが、雨期に入る前に片付けて置かないと面倒事が増えそうなので、そうも言ってられないか」
「それは、おめでとうございます。まずは第一試験、専属冒険者による実力テストですね」
「ああ。まあ、勝たなくてもいいからな。気楽にやるさ」
試験の結果に勝敗は関係なく、その内容が重要である。まあ、専属冒険者に勝つ事が出来る者など、それだけで実力十分と言えるのだろうが。
「……そうですか」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
何かを考えるように俯いたユーリエは、俺の言葉に軽く首を振る。
「私は他にも用事があるので、これにて失礼致します。時間があるようでしたら、偶にはリーゼロッテ様にも顔を見せてあげて下さい」
そう言い残すとユーリエは再び、ギルドの階段を登っていった。
そのままギルドを出た俺たちは、すぐ近くにあるラーナ魔石店へと顔を出した。
「あっ。皆さん、お久しぶりです」
俺たちの来訪をラーナは笑顔で迎え入れてくれた。
店内には氷天の季節と比べて冒険者たちの姿も数多く、中々の賑わいを見せていた。この内の何人がラーナファンなのだろうか。コンテストの時を考えると、それなりの数が存在していそうである。
「繁盛してるじゃないか」
「ええ。コンテスト以来、お客さんの数も増えてきました」
確かに、例の魔石は宣伝効果としてもバッチリだっただろう。俺ですら興味を惹いたし。
「そりゃ、あれだけの物を見れば、興味の一つも湧くだろう。しかし……あの魔石は飾ってないのか?」
店内を再び見回していくが、視界に入るのはいつも通りの魔石ばかりであった。
「あれは……まだ売れる程の出来ではないのです」
まだ幾つかの問題点があるのか、少し残念そうに頭を下げるラーナ。製作者としては完璧な物を出したいのだろう。今までの経験から、そういう性格だという事はよくわかっている。
「あ、そうでした」
ラーナは何かを思い出したかの様に声を上げると、奥へと引っ込んでいった。
「はい、イグニスさん。コレをどうぞ」
戻ってきた際に渡されたのは小さな皮袋。その中には、どうやら魔石が詰まっているようだ。それはふちがでこぼことしており、サイズは小さめである。
「これは……爆魔石か?」
「魔窟に向かう前に、兄様の魔石を渡してくれたじゃないですか」
「ああ。そう言えば、そんな事もあったな」
リスタンブルグのグラス魔石店で買った爆魔石は三つ。その内の二つをアンネローゼ誘拐事件の時に使用し、残ったのは一つだけ。
魔石コンテストの帰りに寄った際、ラーナがグラスの作った魔石にえらく反応していた事を思い出し、残った爆魔石を渡しておいていたのだ。
「それを調べて、私なりに工夫してみました。是非、使ってみてください。兄様のにも引けは取りませんよ!」
引けをとらない……と言うことは、あの火力に近いものを有しているというのか。兄妹そろって物騒なものを作るんだからなあ……。
「危ない時はそれを使って、身を守って下さいね。これからレベル6の魔物と戦うと聞いて、少しでも皆さんの役に立てばと思いまして」
「そうか……すまないな」
いや、訂正しよう。ラーナには悪意はない。兄に比べたら天使のようなものである。
俺は思わずラーナの頭を撫でてしまった。しかし、コレは仕方がない。まるで撫でて下さいと言わんばかりの位置に加え、何故かうつむき加減なのだ。
ラーナも過去の経験から理解しているのか、以前のような反応はせず、黙って撫でられ続けていた。
その帰り道、シルヴィアの機嫌が何だか悪い。表情はいつも通りなのだが、醸し出す圧力がいつもと桁違いな気がしてならない。
原因がよくわからないので、とりあえず機嫌をとろうと頭を撫でたら――元に戻った。
夢か幻か、アレは一体何だったのだろうか。




