第百三十一話 王都と帰還
俺たちはオッドレストまでの道程をのんびりと進んでいった。
偶に魔窟へと向かう冒険者の姿を見かけ、互いに挨拶する程度である。
行きに時間を掛けていた分、帰りは何だか早いように感じてしまった。オッドレストの西門が見えて来た時も「ああ、もうついたのか」と、思わず口にしてしまったくらいである。その先に見える竜魔石の浮遊城も変わらずに健在だ。なくなってたら驚くけどな。
まずは門前でチェックを受けていく。馬車を所持している者は、何を運んでいるのか検査を受けなくてはならない。とは言ったものの、馬車に乗せてある荷物なんて高が知れている。今、載せられている物と言えば、道中で倒した魔物の戦利品と余った保存食、冒険に必要な雑貨類くらいなものだ。
門番に冒険者証を提示してさっくりと確認を終えた後、俺たちはユニコルニスを購入した地、牧場へと足を運んだ。もちろん、相応の宿にはちゃんとした馬小屋もあるが、せっかく王都に戻ってきたわけだし、ユニコルニスにも慣れ親しんだ場所で運動も出来る牧場の方が良いだろう。
その事をポーロとレイモンに告げると、どうせなら自分たちの馬車もついでにと、俺たちの後をついてきた。
そのまま、牧場へと続く道を歩いていると、干し草の匂いと共に馬独特の匂いが鼻をついてくる。そう言えば、ここら辺でユニコルニスに襲撃を掛けられたんだっけか。
「おや、久し振りさね」
牧場を囲む柵から道を挟んだ反対側には木製の腰掛け椅子が設置されており、そこに座っていた年配の女性が俺たちに声を掛けてきた。以前、ユニコルニスを購入した際に受付をしていた女性だ。こんなところで出会うとは、休憩中なのだろうか。
そんな事を思いながら、空を見上げた俺は納得する。晴天の中、太陽が中央を陣取っていた。ああ、既に昼をまわっているのか。
いつもであれば、既に昼食を取っているタイミングだ。ユニコルニスを預けたら、さっさと街へ繰り出す事にしよう。
「先程、こっちに戻ってきたんだ。そんなもんで、ユニコルニスを預かってもらう事は可能だろうか?」
「馬房なら幾らでも空きがあるからね、大丈夫さ。……お代はもちろん頂くけどね」
女性は笑顔で了承する。
「って、おおい! なんだこれッ!?」
「ぬおっ! いきなりなんだッ!?」
突如、後方から上がった声に俺は振り返る。
そこにあったのは、柵から顔を出した馬に舐められているポーロとレイモンの姿。その光景に、いつぞやのシルヴィアを思い出した。
「……何やってんだ?」
今度は二人の服の端をかじりだした馬を見ながら、俺は問う。
「それはこっちが聞きたいわッ!」
ポーロが叫んだ。以前の例からいくと……。
「あっはっは。あんたたち、気に入られたみたいさねえ」
女性は笑いながら言う。ああ、やっぱりか。
「こいつらは……メスか?」
「そうだけど、それがどうかしたのかい?」
何故、そんな事を聞くのかわからないといった感じで、女性は言葉を返してきた。
俺は再び二人に向き直る。
「良かったじゃないか、モテモテだ」
「嬉しくねぇよッ!!」
二人の必死の叫び声が、青空に響いていった。
「こっちに来るのは久々だなあ……ああ、麗しき女性の匂いッ!」
「うむ、この匂いがたまらんなッ!」
「……街中で何言ってんだ、お前ら」
門をくぐるや否や、広場の中心にて二人組が叫んだ。あまりにも危ない発言に、俺は思わず後退りしてしまった。
周囲の視線が突き刺さる中、二人は何故平然としていられるのだろうか。
「あら、私たちの匂いじゃ満足出来なかったのかしら」
「い、いや。そんなことはッ!」
シャンディの突っ込みに慌てる二人組。
大体、女性の匂いと言っても、そのほとんどが香水の匂いだろうに。
街中の女性に限らず、冒険者であるうちの仲間たちも香水は使用している。とは言っても、街中で使われるような匂いの強い物は魔物との戦闘に影響が出る場合が多い。その為、冒険者用に改良された香水も幾つか存在している。
低レベルのうちは金銭的な問題もあり、そのような物に手を出している余裕はあまりなかった。だが、今となっては気兼ねなく使用出来るレベルとなっているので、女性陣……とりわけマルシアに好評だった。
やはり、女性としては特にそういうところが気になるのだろう。いや、さすがに俺も長いこと風呂に入っていない匂いなどは勘弁だけどな。
久々の王都にテンションが上がっているのはマルシアも同じで、今にでも飛び出して行きそうな勢いだ。
「まずは飯だぞ、飯」
そんな皆に、俺は制止をかける。いや、二人組は別行動してもらっても一向に構わないけどな。
なんだかんだで昼食の時間帯を外してしまっている。混んでいない分、すんなりと食事が取れそうだ。
「はーい!」
皆が賛同すると、俺たちはどこで食事を取るかの協議に入っていく。
すぐ近くにある食事処でいいだろうと言うのは俺の案。しかし、せっかく王都に戻ってきたのだから、と言うマルシアとシャンディ……とそれに賛同した男二人組の為、あえなく却下されてしまった。正直、どこでもいいからさっさと決めて欲しいものである。
唯一、賛同してくれたシルヴィアの頭を撫でつつ、俺は事の推移を見守ることしか出来なかった。
結局、昼飯はデザートが売りのところに決まった。もちろん、ちゃんとした食事も取れるところだと確認は取っているので一安心だ。以前の様な、普通の食事かと思ったら結局デザートだった、等と言う様な惨事は二度と起こしてはならない。
無事に食事も終えて腹も満たされれば、次は寝床の確保。これは冒険中も変わらないだろう。
結局のところ、宿も前と同じところに決まっている。不満はないし、わざわざ新しい宿を開拓する必要性が見当たらなかったからだ。部屋が空いていなければ他を探していただろうが、そんな心配は無用で、宿は諸手を挙げて俺たちを迎え入れてくれた。まあ、宿としても部屋に空きがあるより、利用してもらった方が利益になるのだから当然の事であろう。
そのまま、何の問題もなく宿の受付が終わった……のだが、どうやらポーロとレイモンの二人も同じ宿に泊まるようだった。まあ、冒険者がどの宿に泊まるかなんて個人の勝手だ。しかし、俺はここで嫌な予感を覚えた。
部屋の扉を開けると、大きなベッドが一つに個人風呂。辺りには立派な家具が並び、天井にはシャンデリア。清潔感に溢れている、慣れ親しんだ部屋だ。
以前とは部屋番号が違うのだが、同じ階層にある部屋もどこも似たような作りらしく、窓から望む景色以外は特に変わったところは見られない。
もちろん、男二人組がこんな部屋をとるわけもなく、俺たちとは別の階層に宿泊するようだ。
このまま部屋でまったり……と思っていた矢先、再び男たちが襲来する。
「ちゃーっす。お部屋拝見にまいり……」
そして、俺たちの部屋を見た瞬間、二人は固まってしまう。
二人が解凍されるまでに要した時間は数分程度だろうか。ちょうど俺が興味を失った頃、それを狙ったかのように男たちは叫びだした。
「このベッドに皆で寝るというのか!」
「この風呂場を皆で使うというのか!」
似たような台詞を同時に発したのに聞き取れたのは、ある程度予測出来ていたからに他ならない。
……どう答えたらいいものか。最早、隠す事など無理なので、開き直った方がいいのだろうか。
「いや、まあ。この方が安上がりだからな……多分」
他の部屋と比べた事がないので確かな事は言えないが、ベッドが全員に振り分けられているよりはきっと安い筈だ。まあ、それが正しくなくても、二人が納得出来るならそれでいいだろう。
「コレが……勝ち組と言う訳かッ!」
「くっ! 今の我々では太刀打ち出来んッ!」
しかし、そんな俺の心遣いも二人には通じなかったようだ。
「俺たちも頑張るしかないなッ! レイモンッ!」
「その通りだッ! ポーロッ!」
二人は腕を合わせ、互いに気合を入れる。
そんな様子を不思議そうに女性陣が眺めていた。
「然らば、我らも動き出さねばッ! いくぞ、ポーロッ!」
「おうよッ! レイモンッ!」
盛り上がりが最高潮に達した二人は、勢いそのままに部屋を飛び出していく。
……何をするかは知らんが、捕まるような事はするなよ。
その日、二人が戻ってくることは無く、俺たちは久々の王都をゆっくりと満喫していった。