第百三十話 覚悟と家族
「くくく、ふはは、ふはははははははっ!」
沈黙を破り、グェンダルは高らかに笑い始めた。皆の視線が一斉にそちらへと集中する。
「くく……ポーロ。お前、そんなんだからモテねぇんだよ、ふはははっ」
必死に笑いを堪えながら、なんとか言葉を紡いでいくグェンダル。
「何、笑ってんすか! 俺たちにとっちゃ死活問題ですよ!」
「その通り!」
……いや、死にはせんだろ。
「くくく。んで、イグニス。ふははっ、その答えはどう、なんだ?」
「ん? そーだな。まあ、俺も一年前までは似たようなものだったから気持ちはわかるぞ、多分」
何だかどうでも良くなってきたので投げやりに答える。一瞬、変な称号を思い出しそうになったが、ちゃんと封印して置かねば。
「なんだと! やはり、なにか秘訣があるんだな!?」
ずずいっとポーロとレイモンはテーブルに手をかけ、俺に詰め寄る。
「そう、あれは年が明けて雨期に入る前……ちょうど今時分の話だ」
俺は腕を組み、窓から外の景色を眺めながら厳かに語り始めた。
「あまりにもモテなかった俺は、人生逆転、一発勝負の賭けに出ることにした」
「かっ、賭けだと!?」
更に詰め寄る二人。
「ああ、一世一代の賭けだ。俺は全財産をぶち込んで、シルヴィアを買った」
奴隷と言うことがわかっているので、これまでの道中、ポーロとレイモンはシルヴィアに手を出そうとはしていない。
美しくも珍しい銀髪のエルフで、回復魔術に加えて前衛での戦闘もこなせる。これだけ揃えばその金額は幾らになるか……俺ですら想像出来ない。まあ、後者は購入後に判明しただけなのだが……わざわざそんな事を語る必要はあるまい。
ポーロとレイモンがどれだけ稼いでいるか知らないが、全財産とシルヴィアを天秤に掛けているのか「なるほどな……」と呟いていた。
「ぜ…全財産か」
「そう、あれから俺の中で何かが変わった。全てを無くす覚悟のない奴に、眼の前の現実は変えられないぜ」
最後は二人を見やり、真剣な表情で締めの文句を紡ぎだす。最後に軽く口の端を釣り上げ、含みのある笑みを作ることを忘れない。
まあ、半分は本当の事だ。全財産どころか、あの時は借金までしたからなあ……。
「ふははは、確かにその通りだな! 覚悟が無い奴には無理な相談だ!」
再び、どこかがツボに入ったのか、グェンダルが笑い始めた。
「そうか……そうだよな!」
「ああ、俺たちに足りなかったのは……覚悟ッ!」
何だか二人はえらく感銘を受けている様子だった。テキトーに言ってしまった手前、そこまで感じ入られると罪悪感が湧いてくるんだが。
「ふふ、なんだか盛り上がっていますね」
俺が心の中で困っていると、台所からアリアナが戻ってきた。
「おう、イグニス大先生が女をこますテクニックをこいつらに伝授してやってんのさ。いやいや、独り身ってイイねぇ」
「おいこら。何、適当なこと言ってんだ」
俺は慌てて反論する。
「あらあら、仲が良いのね」
口元に手をあてながらアリアナが笑う。
「大体、俺に聞くよりも、既に所帯もってるグェンダルに聞いたほうが確実じゃねぇか」
俺は腕を組んでポーロとレイモンに視線を送る。しかし、何故か二人は黙りこんだ。
「しかし、おやっさんはなあ……」
「……参考にならんなあ」
ポーロの呟いた「おやっさん」とは、パーティ内でのグェンダルの渾名のようである。二人はグェンダルより幾分か若い。その為、親しみを込めてそう呼んでいるのだろう。
「……どういうことだ?」
次いでグェンダルに視線を向ける。さっきまでの態度は何処へやら、困ったような表情を浮かべたまま、頭を掻いていた。
「……なんつーか。子供の頃からの付き合いだしなあ」
なるほど、俗にいう幼なじみという奴か。コレばかりは、今更どうしようも出来ないな。
「おっしゃ! オッドレストに戻ったら、俺たちは生まれ変わるッ!」
「ああ、必要なのは覚悟だッ!」
食事を終えた俺は、ちょうど上がってきた女性陣と入れ替わりに風呂へ入っていく。
出来れば一人でゆっくりと入りたいものだが……裸の付き合いがどうのこうのだと叫びつつ、ポーロとレイモンが飛び込んできやがった。
こう言う状況はシルヴィアたちで慣れてはいるんだが……入ってきたのが男共だと何となく蹴り出したくなるのは、俺も男だからだろう、多分。
女湯って浪漫だよなー等と呟いている二人に俺の経験を語ると、浴槽に沈められかねないので黙っておこう。
「気合入れているところ悪いんだが……こっちからも一つ聞いていいか?」
襲い掛かってくる飛沫を手で払いながら、俺は二人に問いかける。
「なんだい、兄弟。俺たちに答えられることなら何でも答えるぜ」
「いつ兄弟になった、いつ」
どうでもいい事に思わず突っ込んでしまった俺は、ため息を一つつき、再び仕切りなおす。
「いやなに、ポーロたちはレベル6で実力も相応、金銭的な面でも十分。うちの女性陣の反応を見るに、そこまで悪くなるような要素はない……と思うんだが、今のままでもモテているんじゃないのか?」
俺の質問に、辺りが静まり返った。二人は湯船スレスレまで頭を下げ、そこに映る自分と視線を合わせている。
「そこを聞くかあ……聞いちゃうかあ……」
「俺たちがモテるのは……金を使っている時くらいなものだ」
「……つまり、金で女を買うような事は嫌だと?」
「そんな事は言ってないぜッ! 欲望を発散することは冒険者の大事なお努めだ!」
力説するポール。頷くレイモン。
「たださあ……金使い終わったらそれで終わりって、たまに悲しくならないか」
「おやっさん見てるとなあ……」
確かにグェンダルとアリアナさん、そしてその子どもたちが創りあげる雰囲気は、幸せな家庭を絵に描いたようなものだ。俺には仲間が居るから良いものの、独り身の男としては中々に思うところがあるのかもしれない。
「……なるほど、損得勘定を抜きにモテたいと」
「そう、その通り。今のレベルになってこのかた、金に困った様な事はなかったからなあ……その金に頼っていた部分も少なからずあった! だから、イグっちの覚悟と言う言葉は心に染みたぜ」
ザバンと湯船から立ち上がり、ポーロが腕を組む。「うむ」と同意すると、レイモンも立ち上がった。
「いや、金も大事だと思うぞ……」
だが、俺の呟いた言葉は二人の耳には届いていないようだった。
翌朝。俺たちはグェンダルとその家族に見送られ、村を発っていく。
家族水入らずを邪魔するつもりは毛頭ないし、俺たちが居ても出来る事は何も無さそうである。今度村に立ちよる際は、なにかしらの土産を用意しておくことにしよう。
街道を行く馬車は変わらず二台。グェンダルたちの馬車は村に置いていくものとばかりに思っていたのだが……どうやら、ポーロとレイモンが預かるらしい。雨期が近いと言っても、まだ余裕はある。その間に冒険で使うようなことがあるのかもしれない。
「今日は二人共向こうの馬車なんですね」
外の景色を眺めていたマルシアが、不意に声を上げた。
「その分、のんびり出来ていいんじゃないかしら」
シルヴィアと共に本を読んでいたシャンディが、うーんと伸びをしながら答える。
この前と違い、馬車の中は静かで落ち着いていた。その理由は騒ぎの元凶であった二人が、自分たちの馬車に篭っているからである。
御者台から隣の馬車を覗くと、何やら二人で話し込んでいる光景が眼に入る。
覚悟を決めた二人は、何やら秘密会議なるものをしているらしい。それは昨日の夜、部屋に戻ってから遅くまで続いていた。安眠妨害もいいところだ。
「ふぁ~あ」
昨夜の事を思い出したら、何だか欠伸が出てしまった。
「あら、寝不足?」
それをシャンディが見とがめる。
「……ああ、隣の二人がやかましくてな」
「なるほどね。私たちもティルクちゃんと遅くまでお話してたからちょっと眠いわね」
「……変なコト教えてないだろうな?」
俺は若干訝しげな眼を向ける。歳ははっきりと聞いていないが、俺たちから見ればまだまだ子どもの域を出ない程度の筈だ。
「変なことってなんですか、変なことって。むしろ、向こうの夫婦の甘々で蕩けそうな話ばかりが話題に登りましたよ」
シャンディの代わりにマルシアが答える。
「それは……聞きたくないな」
俺は思わず頭を振る。グェンダルがつくる甘々空間など想像したくもない。
「でも、幸せそうでいいなって思いましたよ」
「そうねぇ」
マルシアの言葉にシャンディが同意する。シルヴィアも頷いているところを見ると、まあ、健全な話だったのだろう。
「ねぇ、イグニス」
「なんだ?」
シャンディが勿体振ったように声を掛けてきた。
「子どもが欲しい……って言ったらどうする?」
その言葉に俺は――固まった。
「ちょっと、シャンディ! 何言ってるの!?」
マルシアが慌てて口を挟んでくる。
そんな俺たちの光景を見て、シャンディは「ふふっ」と吹き出した。
「ごめんなさい、冗談よ。確かにあの家族の姿を見て、なんとなく良いわね……って思ったのは事実だけど。マルシアもそう思ったんじゃないの?」
「そっ……それは、その、そうですけど……でも、まだ早いかなって……思ったりも」
シャンディの言葉にしどろもどろになるマルシア。
「それは……非常に、返答に困る問いだな」
なんとか動けるようになった俺は、辛うじてそんな言葉を紡ぎだす。
「ふふ、安心して良いわよ。どの道、行き着くところまでいかないと納得してくれないでしょうし」
「そうですよ! 先ずは冒険! 冒険しましょう!」
突然、マルシアが何かを振り払うように大声を上げる。
その時、シャンディに何やら耳打ちされたシルヴィアが、てこてこと俺の隣までやってきた。今までの会話で、特に何か思うようなところは無い様子だ。いつも通りの態度になんとなく俺はホッとした。
そして不思議そうに首を傾げながら、俺の服の端を摘まんで顔を上げると。
「……お父様?」
と、呟いた。
俺は再び固まる。
その様子を見て、シャンディは微笑ましそうにしていた。