第百二十九話 グェンダルと子どもたち
「おー! ガキども、元気にしてっか!」
子どもたちの突撃を次々その身に受けながら、グェンダルが豪快に笑っている。それは外から見れば、ほのぼのとするシーンだろう……子供の数が一人や二人であれば。
そんな姿を、俺たちは呆然と見ていた。
「相変わらず元気だねぇ」
「ああ、元気なのはいい事だ」
グェンダルの仲間であるポーロとレイモンには見慣れた光景なのだろう、それぞれ腕を組んで微笑ましそうに見ていた。ここに来るまでに見せていた軟派な印象は鳴りを潜め、歳相応の落ち着いた雰囲気を醸し出している。一瞬「誰だ、お前ら」と思ってしまったが、果たしてどちらが本当の顔なのか。
「……親父か」
再び、子どもたちに視線を戻し、俺はなんとなく呟いた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
そのまま玄関で立ち止まっていた俺たちに声が掛かる。その方向に顔を向けると、ティルクと一人の女性がゆっくり階段を降りて来るところだった。見た目は人間族で、歳はグェンダルと同じくらいだろうか。話の流れから察するに、この人がグェンダルの奥さんなのだろう。失礼かもしれないが、思っていたより華奢な印象を受けてしまった。
隣に並ぶティルクと見比べ「ああ、親子だな」と実感する。本当に、父親に似ないで良かったな。
「グェンダルの妻で、アリアナと申します」
階段を降り切るとアリアナは頭を下げ、自らを紹介した。
「いきなり押し掛けて申し訳ない。俺の名前はイグニス。ここに引っ付いているのがシルヴィアで、後ろにいるエルフがマルシア。その隣がシャンディだ」
俺も同じように頭を下げると、代表して皆の紹介をしていく。
「いいえ。いつものことですもの、気にしないでください」
「そうそう。おっ父は気に入った冒険者さんをよく連れてくるんです」
アリアナの言葉にティルクが頷き、補足していく。
……気に入った、か。まあ、余程の事がなけりゃ、冒険者同志で嫌うことは無いだろうが。
酒を酌み交わしたものは皆、仲間。なんとなく冒険王の言葉を思い出す。
「荷物もありますでしょう。お部屋に案内しますので、どうぞこちらへ」
そのままアリアナに促され、俺たちは階段を登っていった。
俺が案内されたのは二階にある客室だった。
白い綺麗なシーツに包まれたベッドは三つ。俺たちのパーティでは一人余る計算になる。
当たり前ではあるが、いつもと違って男女間で部屋は別だ。……その事にちょっと違和感を覚えてしまった俺は常識を取り戻しておく必要があるだろう。
ベッドの脇に装備品やら何やらを下ろした俺は、軽く身体を動かしていく。戦闘となると、良いところを見せようと真っ先に飛び出していく二人組のお陰で、やや運動不足だ。
幸いにも部屋は広い。少しぐらい動いた所で迷惑にはならないだろう。
一通り身体を解し終わると、なんとなく部屋を見回していく。
「イグっち、ちょっと聞きたいことあんだけど」
やはりレベル6で魔窟專門の冒険者をしているだけあり、客室も大層なものだった。価値は分からないが、立派な額に入った見事な風景画や、綺麗な瓶に生けられた色とりどりの花が眼に入ってくる。
「おーい。無視すんなよー」
確実に言えることは、これらの品はグェンダルのセンスではないだろう。精々、奴が好みそうなものといえば、飾り棚に入れられた高級そうな酒瓶ぐらいなものだ。
「なー。イグっちてばー」
「……さっきから気になっていたんだが、その『イグっち』なるものは俺を指しているのか?」
傍らで囀っていたのはポーロ。もちろん、すぐ近くにレイモンも居る。この部屋は三人用なのだから、男どもが纏められるのは当たり前の事だった。
「決まってんじゃん。他に誰が居るよ?」
……どうやら、二人の眼に俺は認識されていたらしい。
「それは済まなかった。……しかし、その呼び名は止めてもらいたいのだが」
「まー、男にそんな名で呼ばれても嬉しくないってのは良く分かる。うん、うん。しっかーし! これはマルシアちゃんとの話し合いの末に決まったことだ! 文句は言いっこ無しだぜ!」
「そうだ、諦めるしかない! 我らとて、本意ではないのだからな!」
「ああ、元凶はアイツか。……後で締めておくか」
俺はため息混じりに一言。確かに、そのセンスからマルシアが関わっているのはよくわかった。
「なぬっ!? お前、まさかお仕置きと言う名目で……!?」
「なんだと!? この鬼畜めっ!」
衝撃を受けたかのようによろめく、ポーロとレイモン。
「……お前らは何を言っているんだ」
よく分からない馬鹿話をしていると、不意に部屋の扉が叩かれた。
「簡単なものですが、食事の準備が出来ました。宜しければ一階まで来て下さいね」
「ああ、ありがとう。直ぐに向かうよ」
外から聞こえてきたのはティルクの声。それに応答すると、俺はポーロとレイモンに向き直った。
「そこにも可愛い女の子がいるが、お前たちは手を出さないのか?」
親指をくいっと扉に向けて俺は問う。
「……俺たちに死ねと?」
ポーロが苦虫を噛み潰したような顔で言い、同じような表情でレイモンが頷いた。
「愛さえあればなんでも乗り越えられるだろう?」
その反応が中々に面白かったので、マルシアが以前購入していた本の台詞を引用してみる。
「……そんな破滅型の愛は、俺には荷が重すぎるな」
「……右に同じく」
どうやら、そんな勇気は持ち合わせていないようだ。
ティルクの言葉とは裏腹に、食事は豪勢なものだった。
メインを飾っているオーク肉は大きく切り分けられ、その傍らには様々な野菜のソテーや新鮮なサラダ。茹でたシダ芋を潰して香辛料で味付けしたものや、具沢山のスープ。その他、果物も各種取り揃っていた。
手際が良いと言うかなんというか……元々準備されていたものもあるのだろうが、短時間のうちにここまでつくり上げる技量は凄いな。
最初はテーブルを埋め尽くさんばかりの総量に驚きはしたものの、料理の前に並んで座っている子どもたちの姿を見れば納得もいく。
グェンダルが運んでいた馬車の中身は、ほとんどが食べ物だろう。育ち盛りの子どもたちがこれだけ居れば、食費代だけでも馬鹿にならない額に上りそうである。
道理で魔窟專門の上、この地に足をつけている訳だ。
料理を一口食べてみると、そこら辺の酒場料理とは比べ物にならない程の繊細な味付けが舌に広がっていった。まあ、酒が入ること前提の料理と比べるのはおかしいのかもしれないが、普段とは違うその味付けに、俺たち――とりわけ女性陣には好評だった。
「やっぱ、こうして大人数で食べる料理は美味いな!」
グェンダルは気分良く酒を煽っていく。
「アリアナさんの腕が良いからですよ」
「あらあら、嬉しいわね」
マルシアの言葉にアリアナは笑みを作った。マルシアの料理の腕もかなりのものである。何か感じることがあるのだろうか、しっかりと料理を味わっては頷いていた。
子どもたちは元気よく、次々と料理へ手を出している。グェンダルの子供らしいその豪快な食べっぷりは、見ていて中々に気持ちが良いものだ。
何となく自分のガキの頃を思い出してしまうのは仕方がない。この内の何人が親父に憧れて冒険者になりたいと言い出すのだろうか。やんちゃな小僧共なら一度は考えることがあるだろう。その時、グェンダルはなんと言うのか、興味は尽きない。
卓上の料理はドンドンと姿を消し、皆の胃袋へと収まっていく。
腹が満たされた子どもたちは、パラパラと食堂を抜け出し、玄関正面にある階段を登っていく。
一階が食堂などの生活空間。最上階である三階が、夫婦の寝室や子どもたちの部屋。二階は倉庫兼、俺たちのような客人の為の空間と言う事だった。まあ、未来を見据えて、家族が増えた時に使えるように作ってあるのだろう。
遠くで子どもたちがドタバタ動く音が聞こえる。まだ宵の口だ、元気はあり余っているのだろう。
「こらっ! お客さん来てるさ! 静かにせんと!」
ティルクは皆のまとめ役なのだろう、子どもたちを窘める声が食堂まで届いてくる。
「お風呂も準備出来ているので、よかったらどうぞ」
空いた食器を下げながら、アリアナが言った。
その言葉に真っ先に飛びついたのは女性陣。どうやら皆で入っても余裕があるらしく、マルシアとシャンディはシルヴィアを連れてさっさと向かってしまった。
取り残される男性陣。
「……なあ、イグっち。真剣に聞きたい事があるんだが」
少々寂しくなった食堂の中、ポーロは手に持っていた酒の器を静かに戻し、腕を組んで真っ直ぐに俺を見る。ポーロの傍らに座るレイモンも、同じように真剣な表情でこちらに視線を向けていた。
「……なんだ?」
その雰囲気に飲まれ、俺も同じように酒を置いて聞く態勢を整えていく。
「……どうすれば女性にモテるんだ?」
どうやら真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった様だ。