第百二十八話 帰り道と道連れ
二台の馬車がオッドレスト西街道を進んでいた。
片方の馬車を引いているのは、何処にでもいそうな茶色い鹿毛の馬が二頭。その隣にピッタリと付くように進む、もう一方の馬車を引くのは白毛に青目の馬。ユニコルニスだ。
「いやー、道中を共に出来るとはこれまたラッキーだ!」
「ああ、これもまた幸運の女神の導きっ!」
御者台に座る俺の背に掛かる声の主は、ポーロとレイモン。相も変わらず、その軽口は止まることを知らずに絶好調である。
平行して走る隣の馬車の御者台にはグェンダルがついている。その顔は俺同様に暇そうで、大きなあくびを噛み殺していた。
「相変わらず、元気ですね」
二人の相手をしているマルシアが笑いながらに言う。その側に居るシャンディも「そうね」と同意している。
……俺から見れば、お前たちも十分に元気だけどな。
そんな後方から避難してきたシルヴィアは、現在、俺の膝の上で丸まっている。まあ、他に逃げるところはないからな。隣の馬車に乗り込む訳にはいかないし、黒騎士一人歩かせたとしても馬車と同じ速度での進行は無理だ。
獣の森では木々に阻まれていたお陰で俺たちの歩行速度とそんなに変わらなかったが、街道には遮るものはなく、おうとつも少ない。歩きやすい事、この上ないだろう。
その事を示すかのように、眼の前のユニコルニスも上機嫌だ。
ポーロとレイモンが俺たちの馬車に乗り込んでくる見返りとして、野営の準備を始めとした雑用は全部任せていいらしい。女性陣に上手く利用されているようにしか見えないが、本人たちが良いならそれで良いのだろう。それに関しては……まあ、ありがたいのだが、その分、終わりの見えないテンションの高い会話を聞き続ける羽目になってしまった。
「……はぁ」
俺は思わずため息をつく。そして暇つぶしがてら、事の始まりを思い起こしていた。
皆で酒を交わした翌日。ギルド職員の尊い犠牲もあり、俺たちは特にこれと言った問題はなく代金を受け取った。
目標の達成。試験資格の取得。大量の戦利品など。ここ二回の魔窟挑戦にて、様々な利益を得ることが出来た。欲を言えばもう少し挑んでいたかったのだが、雨期の事も考えると、さっさとオッドレストへ戻っておいたほうが後々動きやすい。俺は皆にその事を告げると、村を引き上げる準備に入った。
そして、いざ出立――そんな時だ。
村の入口で再び出会ったのは冒険者パーティ、グェンダル一行。俺はてっきり、また獣の森に行くのかと思い「頑張れよ」と声を掛けたのだが。
「何言ってんだ、俺たちも帰るんだぜ」
返ってきたのは、そんな言葉だった。
「なんだ、オッドレストにか?」
「方向は……そうだな。まあ、俺は途中で離脱するけどな」
グェンダルは頷いたが、その内容は俺には理解出来なかった。
「どう言う事だ。パーティの解散でもするのか?」
「おいおい。なに馬鹿なこと言ってんだ。雨期も近いし、目標額まで稼いだ後はのんびりすんだよ」
俺の間抜けな質問を聞いてグェンダルが笑う。
「……なるほど」
雨期は冒険者の休業時期でもある。魔窟狩りをメインとしているのであれば、氷天の季節も稼いでいたのだろう。早めの休暇も頷ける話だ。
「それじゃ、途中までは俺たちと一緒か」
進む道が同じならば共に行った方が安全ではあるだろう。街道で危険な事はほとんど無いと思うが、用心を重ねることは悪いことではない。
最初はそんな程度にしか思っていなかった。
そのまま街道を戻ること、二日目の昼。
俺たちの眼に最初の中継地点である、農村が見えてきた。特に何の変哲もない、ただの村だ。王都に程近いこの辺りは村の数も多く、補給に困る事はほとんどないだろう。
いつも通りであれば、宿をとって翌日に出発するだけなのだが……。
「ここがそうだぜ」
先行していた馬車を停め、グェンダルが降りて来る。
その隣に同じように馬車を停めると、俺は正面の建物を見上げた。
「近いだろ?」
「ああ、とてもいい立地だな。獣の森に行くなら」
俺は頷く。
眼の前には住宅が一件。それは辺りの建物から抜き出るように大きく、三階建の立派なものだった。もとより土地は大量に余っていそうだが、柵に囲われた庭も広く、大量の洗濯物が干してあった。入り口に掛けられた表札の一番上には、グェンダルの名が刻まれている。つまり、この住居の持ち主は隣の男に他ならなかった。
王都にも近く、魔窟にも近い。確かに拠点とするなら、中々良い場所かもしれないな。
「おう、帰ったぞ」
無造作に入口の扉を開け、グェンダルがずかずかと中へ入っていく。
「あ、おっ父! お帰り!」
それに追従して俺が中へ入ると同時に、奥の部屋から顔を出した少女が元気良さそうに声をあげた。
グェンダルの娘か。まあ、歳は俺よりも結構上なのだ、子どもの一人や二人いた所でおかしな事はないだろう。
見た感じ、少女はシルヴィアより少し幼いと言った程度の年頃。明るく笑っている姿は中々に可愛い。服装は特に飾り立てられたものはなく、村人の普段着といった感じだった。
「アンタ、娘がいたんだな」
「ああ! 可愛いだろ!」
俺に振り返り、ニヤッと笑うグェンダル。
そう言われて、可愛い以外の選択肢を選べる奴が居るのだろうか。なんでこう、娘を持つ親父は皆総じて同じような事しか言わないのか。
「ああ、そうだな」
無難に俺は頷いた。確かに、見た目が親父に似てなくてよかったなと思うが、そんな言葉を付け加えたら、更に一悶着起きそうだ。余計な面倒事は避けるに限る。
「……手ぇを出すなよ?」
「安心しろ、大丈夫だ」
グェンダルは視線を落とす。それは俺の腰……にしがみついているシルヴィアに向けてだった。
「……出すなよ?」
視線を戻して再び。今度は若干、声のトーンが落ちている。
「……何故、二度言う」
言いたいことは分かるが、それを肯定しては俺の負けだ。
「……説明が必要か?」
「……好き好んで死地に赴きたいとは思わんから安心しろ。冒険者は安全志向だからな」
少しの沈黙の後。そりゃそうだな、と笑いだすグェンダル。しかし、眼の奥は笑っていない気がするのは俺の気の所為だと思っておこう。
「あ、お客様ですね! 私はティルクと言います。宜しくお願いします!」
「あ、ああ。今日は一日、宜しく頼む」
俺と後に続く仲間たちに気が付くと、こちらを向き直り、恭しく娘――ティルクが頭を下げた。
宿に泊まるくらいならウチに泊まっていけやと、グェンダルはやや強引に俺たちを自分の家へと案内してきた。ポーロやレイモンが泊まるのはいつもの事で、更には女性陣目当てなのか、二人からも強い勧めを受けてしまい、最終的には言葉に甘える形になってしまった。
まあ、住宅を外から見る限り、部屋もかなり空いてそうだしな。
「んで、かかあ共はどうした?」
「おっ母なら、上で子どもたちの相手さしてる」
どうも親子の会話だと地が出るらしい。ティルクの言葉使いは先程の挨拶とは違い、どこか野暮ったい響きを持っていた。
「おう。折角、客人が来てるんだ。顔を見せに来るように言ってこい」
ティルクはその言葉に頷くと、階段を一気に駆け上がっていった。そして、遠くから「おっ母! おっ父が帰ってきたさ!」と言う声が聞こえてくる。
すると、小さな振動を感じた。それは次第に大きな振動となり、俺たちの元へと降りて来るようだ。
「おっ父、おかえり!」「おかえりなさーい!」「おあえり!」「おかえりなさいっ!」「おみやげ!」「今回は何!」「わーいっ!」
その正体は、十人近い子どもたち。一人一人の立てる音は高が知れているが、それらが纏まると、まるでコボルトの群れが突進してくるかのような迫力である。
「……どれだけ子ども居んだよ」
その光景を見た俺は、呆れた声を出すしかなかった。




