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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第五章 第一節 冒険者と昇格試験 前編
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第百二十七話 酒場と冒険者

 村に着き、冒険者ギルドの前へとやってくると、何やら職員たちが慌ただしく動いていた。


 すぐ側には一台の馬車が停まっている。その中から冒険者たちが戦利品を取り出すと、それを職員の二人が傍らの木箱へと入れ込み、一人がその内容を手元にある紙へと記載していた。


 ……これは不味いな。


 御者台に座っている俺は頭を掻いた。タイミングが悪いと言うかなんというか……またも大量持ち込みがかち合ってしまったようだ。


 だからと言って引き返すわけにもいかず、俺はそのまま進んでいくしかない。


 ユニコルニスの足音と車輪のまわる音に職員の一人が気づいて振り返ると――固まった。


 なんだろうか……凄い既視感である。


「いや……その、なんだ。忙しそうだな」


 声を掛けると、残りの職員たちもこちらを振り向き、同様にその動作を止めていく。


 沈黙。


 それを破ったのは一人の冒険者だった。手を振り上げ、俺たちを歓迎している。


「おう、お前たちも大量か。景気がいいねぇ」


「ああ、あんたたちも……みたいだな」


 辺りをもう一度見回しながら呟く。大量の毛皮に魔石、その他、戦利品の入った木箱が積まれている。あらかた出し尽くしたのか、馬車の中の荷物はもうほとんど残っていなかった。


 それらは紛れも無く、獣の森の戦利品だった。時間的に考えると、俺たちの馬車の前を先行していたのだろう。全くの同時でなかったのが職員の救いであろうか。


 俺たちが挨拶を交わしていると、ようやく職員たちが我へと返った。


「あ、えっと、いらっしゃいませ」


 先程の衝撃が残っているのか、挨拶をする職員の表情は固い。


「……すまないが、戦利品の受付を頼みたい。まあ、急いでいるわけではないので、そっちが済んでから、ゆっくりで構わないぞ」


 陽が地平につくまでには、まだまだ余裕がある。この村でやることはそんなに多くないし、職員たちが急ぐあまりにミスを起こさないとも限らない。


「どうしたの?」


 何かあったのかと、シャンディを始めとした三人が、外へと出てきて問いかける。


「先客が居てな、時間が掛かりそうだが……構わないだろう?」


 御者台から三人を見下ろしながら、俺が言う。


「そうね。どちらにしても、これからゆっくりとするつもりだもの」


「村まで戻ってくれば、ほとんど終わったようなものですからね」


 マルシアとシャンディの言葉に、シルヴィアも頷いていく。


「ありがとうございます」


 職員たちは安堵の表情を浮かべ、一礼していった。


「……って、ありゃ。お前らは確か、少し前に森の入口で会った奴らか」


 何事か考え込んでいた冒険者が、俺たちを見比べながら口を開く。


 黒髪短髪の精悍な顔つきの男。確かに言われてみれば、入り口ですれ違いになった冒険者の一人だった。しかし、相手の言葉で思い出せたものの、言われなきゃ気づかなかったぞ。大体、この村には何人もの冒険者が宿泊している。更に獣の森では、日に何度も冒険者たちの気配を感じていたし、いちいち顔を覚えてはいられない。辛うじて頭に残っていたのは、大量の戦利品を運んでいたからだ。


「……ああ、そうだった。しかし、よくそんなことを覚えているもんだな」


 見かけと違って記憶力がいいのだろうか。


「いや、なに。女ばかりのパーティだ。そんなに昔の話じゃなきゃ、覚えてるもんさ」


 言われて納得する。……なるほど。俺じゃなくて他の三人を覚えていただけか。


「おっ、なんだなんだ! この前の可愛い子ちゃんたちじゃねぇか!」


「むさ苦しい男たちの中に咲く、可憐な花。いいね、実にいい!」


 言葉に反応してか、荷をおろしていた二人の冒険者も、こちらへと顔を向けてきた。


 片方は皮装備を基本とした軽装の男。もう片方は全身鎧を身に纏った重装の男である。見た目は対極だが、中身は似たような言葉を発していた。


 最初に声を掛けてきたリーダーらしき冒険者は、その中間というような装備だ。目立つのは背負っている大剣。それは自身の背丈よりも大きく、幅の広い剣身は、見ただけでも相当な重量であることがわかる。そんなものを振り回すには相当の膂力が必要だろう。


「ここで再び会ったのも何かの縁だ。折角だし、一杯引っ掛けねぇか?」


「賛成! 野郎同志で呑んでもむさくるしいったらありゃしねぇ」


「うむ、その美しさで酒も上手くなると言うもの!」


 リーダーらしき男の言葉に二人の男も同意する。


「俺は、まあ……構わないが、どうする?」


 俺は仲間たちに振り返り、問う。


「私は構わないですよ」


 マルシアが言うと、続いてシャンディが頷き、シルヴィアも特に反対はしなかった。


「見たところ、歴戦の冒険者さんよね。出来れば少しでも長くお話したいのだけれど……私たちの荷物も多いし、下ろすのに時間が掛かっちゃいそうなのよね」


 自分たちの馬車を見ながら、シャンディが憂いを含んだ声音で呟く。


「そんなの俺たちに任せとけ! やるぞ、レイモン!」


「そうだな、ポーロ! 俺たちにかかれば荷物の百や二百、物の数ではない!」


 気合の入った二人により、俺たちの荷物はあっという間に片付いていった。




 村には酒場の数も多い。


 入り口の立て札のお陰で宿に意識を奪われがちだが、宿泊する冒険者が多い以上、食事を提供する施設も多いのは当たり前の事だろう。中には宿と酒場が一体となっているところもあるが、だからと言って提供される食事が特別というわけでもないようだ。


 とりあえず、俺たちはギルドからほど近い酒場へと入っていった。


 先ずは、互いに自己紹介。向い合って呑む奴の素性くらいは知っておかないと、酒の進みも悪くなると言うものだ。


 大剣を持つ男の名はグェンダル。軽装の男はポーロ。重装の男がレイモン。皆、揃ってレベル6の冒険者だった。


「やっぱ、仕事の後の一杯は堪らねぇなあ! この為に生きてるってもんよ!」


 何度聞いたかわからない酒呑みの常套句を言いながら、グェンダルは麦酒を煽っていく。大きな器に注がれた酒は一瞬で体内に消え、空っぽの器が乾いた音を立ててテーブルへと置かれていった。


「ねーちゃん! 次の一杯だ!」


 そして、すぐさま手近の店員におかわりを要求。そんなに早いなら纏めて頼んでおけばいいのではなかろうか。……まあ、野暮なツッコミは置いておくとして、俺も酒を味わうとしよう。


 眼の前にある麦酒を一口。グェンダルの言葉を真似るつもりではないが、やはり最初の一杯は格別だ。


「いやー皆可愛いねー! まさかこんな美人冒険者様と出会えるなんて、今日は最良の日だな」


「あら、上手ね」


「貴女たちのような女性を前にして、嘘などつけようがない」


 ポーロとレイモンの世辞にシャンディが対応する。どうやら、彼らの眼には女性陣しか映っていないようである。わかりやすく、清々しさまで感じる徹底っぷりだ。


 こう言うタイプの方が扱いやすいのだろう、シャンディは実に楽しそうにあしらっている。


 マルシアも可愛いだの美人だの言われて悪い気はしないのだろう、何時にも増して上機嫌だった。


 シルヴィアは……まあ、いつも通りだ。ぐいぐい来るタイプの人間には引いてしまい、俺の隣まで席をずらすと、そのままちょこんとくっついている。


「ほう、そろそろ昇格試験なのか。なるほどな、だから魔窟で荒稼ぎしに来たと言う訳か」


 俺は自身の現状を語り、グェンダルにレベル6とはどんなものかと聞いてみた。


「んー、特に変わりゃしねぇよ。狩り続けてたら、いつの間にかこうなってたっつーもんだからなあ」


 グェンダルは腕を組んで少し考え込んだが、出てきた答えはそんなものだった。


「……なるほど、結果が勝手に付いてきた、と言う訳か」


 俺は再び酒を舐めると、呟いた。もともとの地力がある者の考え方なんて、そんなものなのかもしれないな。


「まあ、俺たちは魔窟狩り専門みたいなもんだからな。依頼とかになると、珍しいのも増えてくるんじゃないか。例えば……貴族のとかな」


「……残念ながら、そいつはもう経験済みだ」


 俺はため息混じりに一言。貴族の依頼は稼ぎがいいが精神的に疲れる。こうして、魔窟に挑んでいたほうが気は楽だしな。


「なんだ、そうだったのか。どう見ても貴族と関係有るようには見えなかったからな。ふはははは、こりゃ失礼した!」


 豪快にグェンダルが笑う。そんなことは百も承知である。


「そう言や、試験受けんならさっさと受けたほうがいいんじゃねぇか?」


「ん、どうしてだ? ランクが上がっても特に変わらないと言ったのはアンタだろうに」


「時期の問題だ、時期の。もたもたしてると、雨期に入るだろ」


「……そういや、そうだな」


 俺は顎に手を当て、考え込む。


 レベル4、レベル5と試験無く上がってしまった為、あまり意識していなかったが、試験では討伐目標である魔物を倒さなければならなかった。その場所が何処になるかは分からないが、十中八九、魔窟に挑むことになるだろう。


 ここに雨期が重なると、進行速度やら遭遇率やら戦闘やらで面倒なことに成りかねないな。ただでさえ試験には期日があるのだ。地力で無理なら諦めもつくが、他の要因で失敗したとなると何とも腑に落ちない結果になるだろう。


「……さっさと戻ったほうが賢明か」


「冒険者は数多く居るが、俺たちレベルとなると中々見ねぇ。とりあえず、応援しておいてやるよ。いつか肩を並べて戦う日が来るかもしれねぇからな」


 グェンダルは麦酒の入った器を持つと、俺の前に突き出す。


「そいつはどうも。期待に添えるように頑張るさ」


 俺はそこに自分の器を合わせていった。

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