第百二十六話 レベル5とパーティ戦
休暇を終え、俺たちは再び獣の森へと戻ってきた。
前回は慣れる為もあり、その進行速度は牛歩のごとくに遅かったが、今回は一気に奥へと進んでいく。
コボルトリーダーと相対した地域を抜けると、敵のレベルも一層上がった。ホーンラビットやハーミットミンクといった低レベルの魔物の姿を見ることは少なくなり、シャドウウルフやサーベルライガーなどとの遭遇が増えていく。
お陰でシルヴィアとマルシアの戦闘経験も増え、日を跨ぐ毎に、その技術に磨きがかっていった。
今までの経験から、俺は自身が地中からの攻撃に弱いことは理解している。
まあ、一般的な冒険者であれば、足元からいきなり襲撃されても対応するのは難しいだろう。しかし、そのような攻撃を仕掛けてくる奴と言えば、頭に浮かぶのは魔術師くらいなものだ。
そんな俺の常識を破るかのように、大地から大きな爪が飛び出してきた。
俺は片手半剣で攻撃を仕掛けようと試みるが、残念ながら本体は大地の中から出てこようとはしない。襲撃の失敗を悟ると、爪は再び地中へと戻っていく。
レベル5の魔物、スカロプス。今の攻撃から察せるように、地中から獲物に襲い掛かる魔物である。
感覚強化を使わなければ、こいつの存在に気づけなかっただろう。感覚を強化してなお、慣れていない地中からの反応に、最初は気の所為かと思いかけたくらいだ。
「黒騎士は防御に徹しろ! シャンディは魔術の準備! マルシアは指示したところに植物制御を!」
「了解しました!」「了解よ」「……了解です!」
それぞれの返答が耳に届いたのを確認後、再び感覚強化。敵の居所を探っていく。
一度気づけば、地中からの反応もはっきりと感じ取れるようになった。まあ、注意が下にも向いた、と言うところだ。
大地から帰ってくる反応は、小さな堀削音。さすがに地中を水中の様に移動することは不可能なのだろう。その移動速度は素早いとは言い難かった。
俺への攻撃が失敗したからか、スカロプスは次の目標を黒騎士に定めたようだ。俺の位置から真っ直ぐに黒騎士の足元へと移動している。
「黒騎士の下から来るぞ! マルシアは敵の攻撃を確認次第、その周囲に植物制御! シャンディは魔術の準備を頼む!」
俺が声を上げてから間もなく、地中から大爪が出現し、黒騎士へと襲い掛かった。同時に黒騎士が盾を前面に貼り付けつつ、後方へと飛ぶ。少し反応が遅れたが、眼の前に存在している大盾のお陰で、大事には至らない。
爪は盾の表面を削る様に上空へと伸びていった。その硬度を示すかのように、金属同士が擦れ合うような嫌な音が響いていく。
しかし、姿を現したのは爪だけではない。
「植物制御!」
その周囲の大地が盛り上がり、大きな木の根と共に本体も飛び出してくる。その姿は爪同様に大きく……丸かった。愛嬌のある姿だが、敵に変わりはない。
「シャンディ!」
俺は叫ぶ。
「――っ! 複合式風刃」
同時にシャンディの魔術が発動。生み出された風の刃が、周囲の根もろとも、スカロプスの身体を切り刻んでいく。地上に出れば無力なのか、特に抵抗らしい抵抗は見られなかった。
俺はゆっくりとスカロプスに近づき、その状態を確かめる。
「皆、よくやった」
どうやら完全に沈黙した様だ。それを確認すると、俺は皆を見回して労いの言葉を掛けていった。
皆が馬車の側へと集まっていく中、俺はさっさと戦利品の回収を行う。スカロプスは毛皮の他に、その爪も利益となる。魔石も大きいし、金銭的に美味しい魔物と言えるだろう。
俺たちの居るこの場所は、まだまだ森の奥部と言うには程遠い。しかし、俺たちのレベルではそこに達するのは無理がある。情報にはレベル7までの魔物が確認されているが、そんなものを相手にするのは自殺行為に等しい。
つまり、この辺りが俺たちの適性狩場と言えるだろう。
俺も皆の元へと戻り、手に入れた戦利品を馬車の中へと積んでいく。一戦一戦の激しさが増した為、戦闘回数は以前と比べて落ちているものの、総合的な利益はかなり上回っている筈だ。
休憩を挟み、魔物たちとの戦闘は続いていく。
次に遭遇したのは両腕が身体と同じ程に大きい魔物、ブラキウム。
獣の森にふさわしく、その体は毛にまみれ、表情すら確認出来ない。移動も攻撃も……更には、体を支える事さえもその大きな双腕で行い、その為、脚は小さく退化していて確認するのがやっとである。
レベル5にふさわしく、その身体能力はすさまじい。大地を支配するのがスカロプスだとすると、ブラキウムは周囲の木々を支配していると言えるだろう。
枝から枝に飛び移り、急降下と共に攻撃を仕掛けてくる。
大きな双腕に落下速度が加わった一撃は大地が陥没するほどに重く、その衝撃は一時的に俺たちの脚をも奪う。
体勢を立て直し、俺たちが攻撃を加えようとする頃には木々へと離脱。再び、俺たちの隙を窺っている。
「植物制御!」
マルシアが枝を操って襲い掛かるものの、異常を察知すると即座に違う場所へと移り、その身体を捕らえることは出来ない。
「今度は私の番ね。マルシアはそのまま追い込んで頂戴」
「了解っ!」
シャンディは上空のブラキウムに向けて手をかざしていく。
俺の耳に届くのは聞きなれない詠唱文。それは、俺の知らない魔術である証明。
「複合式暴風!」
辺りに吹いているゆるやかな風と違い、シャンディが生み出したのは衝撃波だ。それは一瞬にして手を向けている先の木々をなぎ倒し、まるで何かが通り抜けたような痕跡を残していく。
周囲の木々ごと吹き飛ばされたブラキウムは、羽を失った鳥のように、何も抵抗出来ずに落ちていった。
そこに走り寄るのは黒騎士。突撃の勢いを落とさず、手に持つ槍がブラキウムの体躯を貫いていった。
「またも大量ね」
俺の横に、同じような体勢で座っているシャンディが呟いた。
「……いっぱいです」
背を預けている黒騎士の中から声がする。そこにはシルヴィアが詰まっていた。
馬車の中には戦利品の山が築かれている。これ自体は喜ばしいことだろう。しかし、以前の帰り道と何も変わっていない。
「……帰りの計算を忘れていたからな」
十分に成果をあげた後、俺たちは意気揚々と村へ引き返していった。しかし、何故か行きより帰りの方が多くの魔物たちと遭遇してしまった。運が良いのか悪いのか。
徐々に馬車を占領していく戦利品。しかし、襲ってくる魔物を倒さない訳にもいかない。馬車がいっぱいだからとわざわざ遠回りするのも馬鹿らしい。
故に、この結果である。
「今更、嘆いても仕方ないわよ。その分お金が入ると思えば良いじゃない」
「まあ、それはそうなんだが……で、なんで更に密着してくるんだ?」
腕を組んで戦利品を見上げている俺に、シャンディがゆっくりと抱きついてきた。
「ここまで窮屈なら、密着していた方が楽でしょう?」
「あまり変わらない気がするんだが……まあ、いいか」
俺はシャンディの好きにさせることにする。心地も良いし。
「……私も、いいですか?」
そこにシルヴィアも落ちてきた。