第百二十五話 ごろごろと休暇の過ごし方
遠出の後はいつも通り、休暇の日である。
「あ~、ふかふかですねぇ~」
ベッドに俯せに寝っ転がり、側頭部を枕に押し付けてマルシアがとろけそうな声を上げる。
「馬車にもこれくらい柔らかいベッドがあるといいんですけどね~……。そうだ、なんならこんなベッドを設置しちゃいましょうか」
「……何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前は。そんなものを置いたら他に何も置けなくなるだろうが」
隣で仰向けに寝っ転がっている俺は、呆れた声で返す。
何となく見ているのは、天井に吊られている光魔石のシャンデリア。そこに魔力光は灯っていない。それもその筈、窓から差し込む光は既に高く、何時もであれば活動を開始している時刻だった。
「折角の休日なのに、この村って娯楽が少ないんですよねぇ……」
「何処の村も似たようなものだろうに……オッドレストと比べすぎだ」
普段は休暇と聞くといの一番に動き始めるマルシアだったが、今回はあまりテンションも上がっていない様子で、だらーっとベッドに伸びていた。
まあ、言いたいことはわかる。この村は冒険者に特化している。つまり、一般の娯楽が少ないのだ。酒場や冒険雑貨の類は充実しているが、その分、他のところはただの村と変わらない。女性が好みそうな服を扱っているところなど皆無だし、本も雑貨店の一角に少量ある程度である。長いことオッドレストに滞在していた所為か、知らず知らずのうちに贅沢になっていたようだ。
その結果、俺たちはベッドの上でゴロゴロとしている。
ゆっくりと身体を休めるのも大事だ。考えようによっては、これが一番休暇らしいと言えるのかもしれない。
他にこの部屋で出来る事と言ったら風呂に入ることくらいか。
俺は体を横にすると、部屋の端にある風呂へと視線を向けた。その扉からは、僅かに湯気が漏れているのが見て取れる。
今はシルヴィアとシャンディが入浴中だ。特に誰が一番始めに入るということは決めてないが、シルヴィアだけは皆に遠慮しているのか、必ず最後に回ろうとしてしまう。その為、誰かしらが共に入れることが多かった。
「……ま、昼前まではゆっくりとしているか」
「そうですね。休暇ですし」
そう言うと、怠け者二人組はベッドの上でゴロゴロ転がっていた。
昼食を取った後は俺だけギルドへと向かった。
受け付けてもらった戦利品の進捗状況と、ついでに試験に関しての正確なノルマについて聞いておこうと思ったからだ。
……他にすることがないと言う訳ではない、多分。
「徹夜で頑張りました!」
ギルドの扉を開けて俺が受付に顔を出した瞬間、昨日と同じ職員が発した言葉がこれである。他の二人が見えないのは、仕事から解放されて安らぎの中に身を委ねているからだろうか。
ざっと見回したところ、俺以外の冒険者の姿はなかった。まあ、依頼がないのだから換金と情報以外で足を運ぶことは無いのだろう。忙しいのもアレだが、暇なのも結構辛いと思う。
「……あ、ああ。お疲れ様」
職員の顔には、やり遂げたという達成感らしきものが浮かんでいる。テンションが異様に高いのは完徹でもしたからだろうか。まるでマルシアを彷彿とさせる勢いである。一瞬、ギルド職員は皆似たようなものなのかと想像してしまったが、そんなわけはないだろう。
このギルドは、どちらかと言うとテレシアみたいなのんびりとした雰囲気を持っている気がする。逆に王都などのギルドは他人行儀で固いのだ。ギルドとして正しいのは後者だとは思うが、俺からするとこっちのギルドのほうが親しみやすくて好みだ。
「……それじゃ、さっそく受け取るとしよう。ああ、あと他にもう一つ、聞きたい事があるのだが」
若干、気圧されながらも俺は話を続ける。
「はい! なんでしょうか?」
「以前に昇格試験が近いことを聞いたのだが……その規定まで、あとどれくらいなのかわかるだろうか?」
「それはおめでとうございます! 申し訳ありませんが、もう一度冒険者証を拝見しても宜しいでしょうか?」
俺の言葉を聞くと、職員は手を広げ、大げさな仕草で祝ってきた。
「……ああ、ありがとう」
無難に礼を述べ、懐から取り出した冒険者証を手渡す。
それを受け取り、ギルド職員は「少々お待ちください!」と一礼し、奥へと引っ込んでいった。その途中、木箱に思いっきり足をぶつけて転びかけていたが、痛みなどは特に気にしていない様子だ。
俺は受付に寄り掛かりながら、のんびりと待つ。あれだけゴロゴロしていたというのに、あくびが出るのは何故だろうか。
しばらくして戻ってきた職員の手には大きな皮袋。報酬の貨幣だろう、ジャラジャラと金属が擦れる音が聞こえてきた。
「先ずは、こちらが受け付けた戦利品の代金となります! 詳しい事はこちらの紙面に」
ドンと受付に置かれた貨幣袋と共に紙が渡される。そこに並ぶのは俺が持ち込んだ品々のリストとそれの値段。改めて見ると、よくもまあこんなに持ち込んだものだ。
その紙面をざっと見回していくが、特に問題はないだろう。一枚の紙にみっちりと書き込まれている文字だが、それは後になればなるほど、徐々に歪になっていた。
……ああ、頑張ったんだな。
職員の苦労が容易に想像できた。
「……ああ、問題ない」
そのまま代金を受け取ると、腰へと括りつけていく。やはり量が量だけに、若干重い。銅貨などの小銭は、さっさと使ってしまった方がいいだろう。
「それと昇格試験の件ですが、イグニス様は後……レベル5一体と少し、と言ったところでしょうか。先日持ち込まれた戦利品から、コボルトリーダー分を除いた量でも問題はありませんが……出来れば高レベルを狙った方が確実だと思われます」
暗に、またあれくらいの量を一気に持ち込んで来ないでくれと言われているような気がするのは、多分、俺の邪推だろう。……まあ、俺たちからしてみても後者の方が都合が良い。
「ああ、ありがとう。参考にさせてもらう。また魔窟に行った際は宜しく頼む」
「はい。お待ちしております!」
職員に礼を言うと、俺はギルドを後にした。
「ほれひゃ、まはへもものもひにひふんでふか?」
目の前のテーブルには料理が並び、湯気と共に美味そうな匂いが鼻腔をくすぐっていく。
「……無理に反応しようとするな」
俺はマルシアに呆れた目線を送る。
さすがに咀嚼中に口を開くなどと言う事はしていないが、閉じたままなにやら言葉を伝えようとしているので、耳に飛び込んできたものは難解な暗号となっていた。
「つまり、もう一度、獣の森に向かうのね」
代わりとばかりに、隣のシャンディが口を挟む。それに対し、マルシアはそう言いたかったとばかりに頷いた。
酒場での夕食で、俺は今後の予定を皆に語る。
「ああ、ギルドで確認してもらったのだが、試験の資格を得るにはまだ貢献度が足りていない。まあ、ほとんどコボルトを始めとした低レベル級を狩っていたのだから、当たり前と言えば当たり前だな。なので、次は最初から高レベルを狙っていくことにしたい。俺たちはパーティだからな。前回は俺一人でリーダーと対決させてもらったが……次は皆でやるぞ」
俺は周りを見回しながら、ゆっくりと言葉を発していく。
「そうね。私たちも頑張らなきゃいけないわね」
まずはシャンディが頷いた。
「……頑張ります!」
小さいが、決意に満ちた声でシルヴィアも続く。
「んっ! 頑張りますっ!」
口の中の物を嚥下すると、最後にマルシアが元気よく声を上げていった。
「そうと決まれば、食事はしっかりと味わっておかないと、ね」
シャンディの言葉を聞きながら、俺は目の前の料理を口に運ぶ。魔窟に入れば、しっかりと作られた料理を食べられなくなる。野外料理が不味いとは言わないが、ありあわせで作る分、レパートリーは限られるのは仕方ない。
皆は目の前の食事を存分に味わっていく。
……しかし、それも酒が入るまでの話である。
「イグニスさーん! はーい、あーん!」
「……その台詞で酒を呑ませようとするな」
マルシアが酔うのはいつもの事だが、今回は昼間に暴れ足りなかったのか、テンションがすさまじい。シャンディは面白そうに乗ってくるし、シルヴィアは二人に乗せられるし、俺一人では抑えようがない。
「私たちはパーティですからねっ!」
皆の悪乗りは、部屋に戻ってからも続くことになった。