第百二十四話 戦利品と狭い馬車
静寂を破り、幾つもの足音が遠ざかっていく。
その主は、周りで様子を窺っていたコボルトたち。リーダーが倒されたのを見て取ると、ソルジャーが一鳴きし、残っていたコボルトたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
頭を討たれた群れによくある光景だ。
そのまま追撃を仕掛けるような事はしない。目的のリーダーは倒せたし、何より四方八方に散っていくコボルトたちを追いかける術がない。一匹、二匹ならともかく、数が多すぎるのだ。
それに、魔窟で数日間みっちりと過ごした事により、馬車内部の空間も少なくなってきている。このまま狩りを続行するとしても、一度街に戻る必要があるだろう。
「……お疲れ様です」
「やりましたね!」
「無事、倒せたわね」
感慨に耽ている俺の背に、仲間たちの言葉が掛かる。
その声に俺は振り返った。どうやら気づかぬうちに、三人ともすぐ近くまで来ていたようだ。
「ああ。皆、ありがとう。お陰で自信もついた」
俺は相棒の片手半剣を肩に担ぎ、皆に礼を言うと、自分の手の平を見つめていく。
生体活性を使わずにレベル5の魔物を正面から切り伏せた。その達成感は、俺に成長の実感を与えてくれていた。
手をゆっくりと握りしめ、俺は一度、大きく頷く。
「さて、戦闘の後といえば、戦利品の回収だな」
しばらく感慨に耽っていたい気持ちもあったが、まずはやることを済ませておこう。
眼を瞑り、大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせていく。
すぐ近くに倒れているコボルトリーダーは、既に事切れていた。少しの間、俺はそれを見つめた後、腰から短剣を引き抜くと毛皮と魔石を回収していった。
皆もそれぞれに別れ、回収作業に勤しんでいく。
しかし、以前と比べて小さな群れとは言え、横たわるコボルトの数は膨大である。それに加え、大きな戦闘で多少なりとも皆は疲弊している。
俺はどうしたものかと空を見上げる。
そこに浮かぶ太陽は、余裕があるともないとも言えない、何とも中途半端な位置にあった。
……まあ、急ぐ必要もないか。今日はこの作業で終わりにするとしよう。
俺は皆にその事を伝えると、のんびりと回収に従事していくことに決めた。
「……少し狭いですね」
シルヴィアが呟く。今の彼女が居る場所は、馬車の中ではあるが、その更に黒騎士の中である。
「まあ……しょうがない。悪いが、少しの間我慢してくれ」
俺より高い位置に居るシルヴィアがこくりと頷いた。頭を撫でようかとも思ったが、この位置からでは微妙に辛いので諦める。
戦利品を詰め込むだけ詰め込んだ馬車の内部は毛皮や魔石、その他もろもろに支配されていた。俺たちの活動範囲は僅かである。
馬車を使うのは始めてだった事に加え、コボルトリーダーを発見するのに時間が掛かってしまった所為もあるが、許容量を完全に見誤っていた。
しかしながら、その半分以上は柔軟な毛皮である。詰め込めようと思えば詰め込めるのだ。
俺たちが手にかけた以上、出来る限り戦利品は有効に活用したい。無駄に狩って打ち捨てていくのは何となく気分が宜しくないと言う、俺の我儘だ。
問題があるとすれば、ユニコルニスの体力が持つかと言う事だったが、その考えは杞憂だった。この白馬の体力は尋常ではない。休憩中でさえ、マルシアやシャンディを背に乗せて駆け回ろうとするくらいだ。シルヴィアは怖いのか、ユニコルニスが近づいてきても遠慮している。……因みに、俺を乗せる気は無いようだが、俺も乗る気はないのでどうでもいい。
あれから一夜を過ごした後、俺たちは帰路へとついていく。
進んでいた時は五日ほど掛かった道程だが、戻るだけなら真っ直ぐ進めばよく、二日もかからずに入口まで戻って来ることが出来た。
この間に起きた事と言えば、直線上に居た僅かな魔物たちの相手をしたぐらいで、他は至って平穏な時間が過ぎていった。
馬車の狭さにも慣れてきた頃、俺たちは無事に村へと辿り着く。
その時にちょうど御者台に座っていたのはマルシアで、その一声は「お風呂とベッドが見えてきました!」と言う、欲望たっぷりのものであった。
先ずは何より馬車いっぱいの戦利品を降ろしたい俺たちは、村にある冒険者ギルドへと向かっていく。
本来であれば、冒険者ギルドは主だった都市にしか存在していない。しかし、それでは冒険者は無駄な手間を掛けることになる。その為、魔窟に近い村や、何かしらの理由により常時冒険者が必要な村などにはギルドが設けられていることが多い。
村に設置されているだけあり、そのギルドは首都のものとは比べ物にならない程に小さく、二階建ての簡素な造りである。まあ、冒険者にとってはそんなことはどうでもいい。ギルドとして利用出来るのであれば問題はなかった。
ギルドの前に馬車を停めると、三人を残し、俺は中へと入っていく。
外見に違わず、内装も殺風景で、受付とわずかばかりの待ち合い席。そして二階へ続く階段くらいしか存在していない。依頼掲示板すら無いのは、魔窟の為に存在しているからだろうか。天井には王都のシャンデリアとは打って変わり、少し大きめの光魔石が備え付けられていた。
階段横に掛けられた板には「二階資料室」という文字もあるが、魔窟に関するもの以外は無いだろう。外観から考えるに、余計な資料を置く空間はほとんど無い筈だ。まあ、他の情報を求めたいのであれば、そこまで遠くない首都へと足を伸ばせばいいだけのことである。
周囲の観察を終え、俺は受付まで足を運ぶと、奥で何やら作業をしているギルド職員に声を掛けた。そこに居たのは三人程。そのすぐ近くには、山と積まれた毛皮が見える。
なるほど、他にも毛皮を大量に持ち込んだ冒険者が居るのか。忙しそうにそれらのチェックをしていた職員たちは、俺に気付くや否や、慌てて受付へと戻ってきた。
「……忙しそうなところすまないが、獣の森の戦利品を処理したいのだが」
そう言いながら、俺は懐から冒険者証を取り出す。
「あ、はい! お待たせして申し訳ありません! それで、その戦利品はどちらに……?」
それを受け取って確認した後、職員は頭を下げた。
「外の馬車に積んであるのだが……大丈夫だろうか?」
「あ、申し訳ありません。ちょっと立て込んでおりまして……その、受け取りは致しますが、代金は後日という形になってしまいますが……宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。獣の森から戻ってきたばかりで少し休息をとる予定だ。とりあえず、預かってもらえるだけでも助かる」
「ありがとうございます! それでは早速受け取りますね」
職員は後ろの二人に目配せをし、皆で外へと向かう。そして、俺たちが持ち込んだ量を見て――固まった。
眼の前には馬車いっぱいに詰め込まれた、毛皮やその他の戦利品。その全てをチェックするだけでもかなりの時間を要すことだろう。
職員の一人が小さな声で「……今夜は徹夜仕事かな」とボヤいたのが耳に届く。
……他に職員は居ないのだろうか。冒険者用の宿の数と比べて、明らかに職員の数が足りてないと思うのだが。まあ、俺がそんな心配をしていても始まらないな。これも仕事だ。頑張ってもらうしかない。
そのまま戦利品を下ろす手伝いをしてもらい、馬車の中を占領していた荷物が徐々に減っていく。
今度はもう少し……自重しよう。
最初の頃のように広々とした空間を見つめ、俺は頭を掻いた。