第百二十三話 自信と乗り越えるべき戦い
まるで戦闘の開始を宣言するかのように、俺の片手半剣がコボルトリーダーの段平と打ち合い、大きな金属音が辺りに響いていった。
その一撃は互角。
俺も相手も、先ずは小手調べと言ったところだろう。
しばしの鍔迫り合いの後、示し合わせたかのように、お互いが一旦後方へと退いていく。
……さあ、ここからが本番だ。以前の俺からどれだけ成長しているのか。この一年間の経験が、今試される。
前哨戦での負傷もなく、体力も十分に残っている。全身を確認するが、違和感は特にない。いや、興奮しているのか、いつもより身体のキレが良いようにすら感じる。
俺はその気合の乗りを示すかのように、握り直した片手半剣を空中で踊らせていく。
それを挑発と取ったのか、コボルトリーダーが大地を蹴り、再び俺へと襲い掛かかってきた。
手に持つ、鈍く輝く段平が軌跡を描き、上段から振り下ろされる。
その一撃は先程のものより速い。
俺はそれを片手半剣の剣身で滑らせるように流していく。
金属の擦れ合う音が耳朶を襲うが、そんなものを気にしている余裕はない。
そのまま流しきった後、攻撃に転じようと試みる。しかし、コボルトリーダーは一撃を途中で止め、段平に自身の重さを乗せると片手半剣を押さえつけてきた。
再びの拮抗。いや、上から押さえつけられている分、こちらの方が分が悪いだろう。このまま抑えられ続けると体力を余計に消耗する。
俺は抵抗を諦め、力に逆らわずに自ら飛び退った。
空中で体勢を立て直し、しっかりと大地に着地すると、片手半剣を構え直す。そのまま様子を窺おうとするが、それを許さないかのように、コボルトリーダーは追撃を仕掛けてくる。
放たれる剣撃に合わせ、俺も剣を振るう。
再度、金属音が辺りに響き渡り始める。
俺が片手半剣を振るえば、奴の段平がそれを受けとめ、仕返しとばかりに返された刃を、俺の刃で受け止めていく。
いつ終るとも知れない剣の舞に、俺の精神は更に高揚していった。
以前であれば、最初の一撃を受け止めることすら無理だっただろう。生体活性使って何とか対応出来る、と言った程度だ。その時の俺と比べ、今の俺はどうだ。生体活性無しでも渡り合えている。
これが成長を実感出来ずにいられるだろうか。
その想いが、俺の自信へと繋がっていく。
もちろん、今回の戦いで生体活性を始めとした祝福の類を使用する心算はない。己の肉体のみで打ち勝ってこそのレベル6だ。
「はあっ!」
俺が繰り出したのは荒々しき剣。これは虎の獣人、フゥの攻撃を模倣した一撃だった。そこが段平の上からだろうが、鎧の上からだろうが構いはしない。今の体勢から繰り出せる、最適の一撃を放っていく。
自身の勢いを落とさずに行うその攻撃は、その分、大きな威力を持って相手へと襲い掛かる。それを受けるコボルトリーダーの雰囲気に、徐々に苛立ちのようなものが混じっていくのが感じ取れる。
戦闘中に眼の前の相手を冷静に観察出来るとは、俺も随分と心に余裕を持っているようだ。
それを認識したからか、振るう剣が更に鋭さを増し、徐々にコボルトリーダーを押していった。
俺が一歩踏み込めば、コボルトリーダーは一歩後退する。一歩、また一歩と、徐々に戦闘場所が中央から木々の立ち並ぶ端へと移っていく。
その積み重ねの結果、コボルトリーダーは大木の幹を背にすることになる。
「――っ!?」
後が無い事に気づいたコボルトリーダーは、一瞬の逡巡の後、攻撃へと転じた。俺の一撃が脇腹を割くことも厭わず、カウンターの一撃を仕掛けてきたのだ。
その決死の一撃を察し、俺は無理やり体を反らすことでなんとか回避するが、その代償に大きくバランス崩してしまった。
再度、襲い掛かる段平。
その一撃に覚悟を決めたのか、防御を捨て、攻撃へと転じるコボルトリーダー。
攻守が一転し、今度は俺が押され始めていく。
以前の戦闘では、俺が向こう側の立場だった。故に、決死の覚悟を決めた相手に対し、なめて掛かるなどと言う事は到底出来ない。
しかし、相手が防御を捨てたと言うのは、こちらにとっても都合がいいと言える。油断せず、隙を見て反撃すればいい。一気に決めるなどと贅沢なことは言わず、徐々に相手の戦力を削いでいく。
そう決断すると、先ずは冷静に相手の攻撃を躱すことだけに意識を集中する。
受けるのではなく、確実に避ける。
鬼気迫るコボルトリーダーの猛攻に対し、俺は風に揺れる草のようにいなしていく。
しかしながら、さすがの圧力である。その場で完全に対応するのは難しい。俺は後方にある空間を有効に使い、時には無理をせずに退いていった。
気づけば、大分押し戻されている。だが、俺はその分、学んでいた。
以前のコボルトリーダーのイメージを払拭し、今、眼の前にいる相手の情報を正確に取り込んでいく。
それが十分に集まったと判断するや否や、俺は後退していた足を止め、刃を滑りこませた。それはコボルトリーダーの皮膚を軽く裂いた程度だが、それでいい。
その一撃を皮切りに、再び、お互いの剣が交差する。剣同士が打ち鳴らす金属音は潜めたが、その分、刃が風を切り裂く音が、幾度と無く耳の側を通り過ぎていった。
コボルトリーダーの一撃を最小限の動きで避けると、その重心の動きを利用して片手半剣を流していく。
次に俺が模倣したのは、狼の獣人、エンブリオの攻撃だ。
回避と攻撃が一体となった速さを重視した剣。必殺ではないが、その一撃は確実に相手の身体を蝕んでいく。
だが、コボルトリーダーは意に介さない。俺の命を刈り取る為に、常に全力の一撃を放ってくる。それが出来るのも、魔物の体力あってのことだろうか。
皮膚を裂き、肉を斬り、ついには骨を断つ。
俺の攻撃は、徐々にコボルトリーダーへと深く沈み込むようになっていく。
そして最後の一撃がついに、コボルトリーダーの右腕を断ち切った。血の飛沫と共に、段平を持った腕が宙を舞っていく。
「……俺の、勝ちだ」
返し刃が、未だ諦めずに左腕を振り上げていたコボルトリーダーの胸へと吸い込まれていく。
それを受け入れる他なかったコボルトリーダーは、最後には射殺すような視線で俺を睨みつけながら、大地へと沈んでいった。
俺はその姿を最後まで見届けると、ゆっくりと目を瞑り、大きく息を吐いた。
戦闘音が止み、辺りに静寂が戻ってくる。
まるで勝者を祝福するかのような緩やかな風が吹き、上気した俺の身体を優しく包み込んでいった。