第百二十話 獣の森とつくられた道
獣の森は村から南、馬車で一日と少し進んだところにある。
そこは大きく広がる森林地帯。魔獣たちは森の中を自らのテリトリーとし、滅多な事では外へと出てこないらしい。
村についた次の日を見学と補充に費やした俺たちは、その翌日、朝日とともに村を発った。
魔窟へと向かう道は今まで歩いてきた街道とは違い、冒険者たちの行き来によって自然と作られたものである。何時からこの魔窟が存在しているか定かではないが、先人たちが長いこと積み重ねてきた貴重な情報がある以上、その歴史は古いのだろう。
偉大な過去の冒険者たちに感謝を捧げつつ、俺たちは馬車の上でのんびりとした時間を過ごしていった。
「見えてきたわね」
御者台のシャンディが声を上げた。それを聞き、すぐ後ろに座っていた俺は顔を上げていく。
特に何事も無く一夜を過ごし、再び進み出すこと約三刻程。目印代わりに伸びている道が、森の中へと向かっていた。
外から見た森は、特におかしいところは見られない。
まあ、寝床にしているのは獣たちだし、森はあまり関係ないのかもしれないな。
入口付近にはこれから挑むのか、はたまたこれから戻るのか。俺たちと同じような冒険者の姿もチラホラと見えていた。
「よう、新しい客か」
そのまま真っ直ぐ入り口へと向かっていると、冒険者の一人が俺たちに気づき、声を掛けてくる。
その人物は黒い短髪に精悍な顔つきの男。外見から判断するに、俺より年上と言ったところだろうか。魔窟を前にして余裕のある表情を浮かべ、歴戦の冒険者といった雰囲気を醸し出していた。
男の言葉に、近くで話し込んでいた残りの冒険者も振り返り、同じような言葉を投げかけてくる。その感じから、男のパーティメンバーなのだろう。
「ああ、そっちは……帰りか?」
挨拶は大事だ。されたら返すのも礼儀である。御者台のシャンディは当たり前だが、いつの間にやら顔を出していたマルシアも俺の言葉に続き、挨拶を交わしていった。
男のすぐ近くにある馬車には、大量の毛皮らしきものが乗せられているのが見えた。更には大小様々な魔石も見えることから、俺の想像通り、高レベルの冒険者パーティなのだろう。
馬車に積まれているものを全て換金したとしたら、どれくらいの額になるのだろうか。少し想像しただけでも大量の金貨が俺の頭に浮かぶ。折角魔窟に来たんだ、俺たちもこれくらい稼ぎたいものである。
「凄い量ね」
俺と同じことを思ったのだろう、シャンディが感嘆の声を漏らした。
「結構、長い事いたからな。お陰で食糧もギリギリ帰る分しか残ってないぜ」
男は豪快に笑った。それに釣られ、隣の仲間たちも笑みを零していく。
「それだけ稼げればさぞかし満足だろう。俺たちもあやかりたいものだ」
「戦利品はオマケだけどな。ま、お陰で旨い酒が呑めそうだ」
「俺たちが帰る頃には酒は売り切れでした、とかは勘弁してくれよ」
「ふはは、それが心配ならさっさと稼いで帰ってくることだな!」
そのまましばらく談笑を交わし、帰路につくパーティを見送っていく。
……さて、俺たちも始めるとしようか。
意気揚々と魔窟に足を踏み入れた俺たちを出迎えたのは、夜の獣の代名詞、ダークウルフだった。
茂みから様子を窺っていたのは、入り口で感覚強化した時に把握している。いきなりの事だと浮き足立っていたかもしれないが、バレている奇襲など、何の問題にもならない。
しかし、夜でもないのにこいつ等がうろついているとは……さすが、魔窟と言われるだけはあるな。
周囲は高い木々に囲まれている為、枝葉に空が隠され、差し込む陽光は少なく、辺りは静かな薄闇に包まれていた。
その為、全く通れないと言う訳ではないが、馬車の動きも阻害され、進行速度が緩やかなものになるのは否めない。
少し離れたところに馬車を停め、ユニコルニスの警備をシャンディに任せると、残りの三人でダークウルフを迎え撃つ。馬車を守りながら戦っても問題はないだろうが、俺が察知したダークウルフの数は多く、万が一の事を考えた結果である。
いつも通り、前衛は黒騎士。その後ろにマルシアがつく。俺は遊撃として、少し離れたところに陣取っていた。
余裕を見せていた俺に向かい、ダークウルフが飛び掛かってくる。それを躱すと同時に、片手半剣を振り抜いた。
ダークウルフは闇に紛れるからこそ、厄介な魔物である。多少暗いとはいえ、昼間の中ではコボルトよりも楽な相手だった。ただ、数に優れているに過ぎない。その牙も一撃必殺などではなく、回復魔術を習得したシルヴィアが居る限り、大事になることはないだろう。
この程度の敵であれば二人に任せてもいいのだが、わざわざこいつらに時間を取られるのも勿体無い。
さっさと処理することを決めると、俺は相棒と共にダークウルフたちへと襲い掛かっていった。
予想通り、それなりの時間は要したものの、特にこれといった被害もなく戦闘は終了する。
ダークウルフ一匹から回収出来る金額はそれほどのものでもないが、これだけの数である。塵も積もればなんとやら。俺はそのままさっくりと、戦利品の回収に勤しんでいく。
普段であれば、これだけの量の戦利品はかなりの足枷となる。しかし先ほどの冒険者同様、今回は馬車のお陰で、気兼ねなく戦利品を詰め込めるのだ。魔窟で活動していれば、馬車の元を取るのはそんなに先の話ではないのかもしれない。
感覚強化を使い、魔物を探して皮を剥ぐ。
そんな行為を続けていると、あっという間に陽も落ちていった。ただでさえ灯りの乏しい魔窟の中、夜を迎えてからの行動は危険でしか無い。
俺たちは適当な所で切り上げると、いつもの様に食事の準備に取り掛かる。
「魔窟なのに食べられる野草が多いのはありがたいわね」
シャンディがスープの入った器に視線を落としながら呟いた。
「そうだな」
大地が肥沃なのか、森には様々な植物が茂っている。その結果、今日のスープは具沢山だった。いつもの少しの肉と野草の塩スープと比べれば、かなり豪勢な食事と言えるだろう。保存食の消費も抑えられるし、長期滞在が可能な魔窟というのも頷ける話だ。
「キノコの選別もちゃんと出来れば、もっと豪華な食事になるんですけどね」
その隣にいるマルシアが、遠くを見ながら口を挟む。その視線の先には、幾つかのキノコがあった。
野草同様、この森にはキノコの類も多く見られる。しかし、キノコというのは毒を持つものも少なくなく、こちらはにわか知識で手を出すと痛い目を見る。向かうところ敵無しの高レベル冒険者がキノコ一つで命を落としたという話は、たとえ話の一つにもなっているくらいだ。食糧が無く、なにか食べないと死にそうな状況でなければ、手を出すべきではないだろう。浄化の使える者が居るパーティ等では、度胸試しに手を出してみると言うのを聞いたことはあるが、生憎と回復魔術の勉強を始めたばかりのシルヴィアには早すぎる代物だ。まあ、俺一人だけなら回復貸出でなんとかなるとは思うが、わざわざ挑戦するほど物好きではない。
「街だと高いんですよねぇ。キノコ」
「……それくらいケチらんでもいいだろうに」
最近受けた貴族関連の収入はともかくとして、魔物の戦利品を売った額や、平時の依頼で受け取る額もかなりのものだ。そんな冒険者が、キノコの価格一つに頭を悩ませると言うのはおかしな光景だ。
「駄目ですよ! 普段から節約していないと、いざという時にお金が足りなくて困りますよ!」
呆れた顔をする俺に、マルシアが力説する。
「……その、いざと言う時に買うものは何を想定しているんだ?」
それにしては、本だの何だのには金を惜しまない癖に。