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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第五章 第一節 冒険者と昇格試験 前編
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第百十七話 躾と名前

 もぐもぐ。


 冒険者パーティの中で、リーダーに反抗的な奴が居たとする。


 そいつはパーティの和を乱し、場合によっては危険を呼びこむ可能性がある。


 個人で勝手に自滅するのであれば何の問題もないのだが、他人を巻き込むとなると話は別だ。


 もぐもぐ。


 基本的にリーダーは一番実力がある者がなる。もちろん、経験も大事ではあるが……そこは、荒くれ共の代名詞である冒険者たちだ。実力が伴わない者の言葉を素直に聞き入れられるほど謙虚な奴は、どちらかと言うと少ない部類だろう。


 そして、そういう奴に対し、リーダーが行うことと言えば一つしかない。


 もぐもぐ。


 つまり、実力で分からせると言う事だ。


 眼の前には、相変わらず俺の手を噛んでいる白い馬。その青眼には嘲りの色が浮かんでいる気がするのは、俺の邪推だろうか。まあ、いつまでもこうして食べさせているわけにもいかないし、地味に結構痛い。


 俺はもう片方の手を馬の前へと持ってくる。そのまま、鼻っ柱を撫でる――と見せかけて掴んだ。


 いきなりの事に、馬は俺を睨んだ……気がする。


 生体活性・腕(ブーストアーム)


 腕の力を強化すると、徐々に力を込めていった。馬はその事に気付くと、対抗するように俺の手を噛む力を強めてくる。しかし、強化した腕の前では、その程度の力は何の意味も持たなかった。


 俺の手が馬の皮膚にめり込んでいく。じわじわと、じわじわと。


 次第に強まっていく力に危険を感じたのか、馬は逃れる為に顔を振ろうとする。しかし、それを俺は許さない。


 身動きが取れずに怯んでいる馬に向けて、冷酷な視線を落していく。


 そんな静かな攻防が数分間続き、馬は負けを認めたかのように、ゆっくりと噛む力を落としていった。


 ようやく解放された手は馬の唾液に湿っている。臭いもかなりきつく、自分の腕なのに遠ざけたくなってしまった。……後で洗わせてもらう事にしよう。


 俺も馬の鼻っ柱を解放していく。馬は自由になった顔を「ぶるるっ」と震わせ、体勢を立て直すかの様に数歩下がる。


 もう一度、馬に向けて手を伸ばす。すると、馬は少しの逡巡の後、ゆっくりと頭を差し出してきた。


「よーし。いい子だ」


 そのまま頭を撫でつつ、笑みを浮かべて俺は言った。


 俺たちの姿は、傍目にはさぞかし仲が良さそうに見えていることだろう。しかし、そんな俺たちに声を掛けてくる者がいないのは何故だろうか。


「どうしたんだ?」


 馬を撫でるのも飽きてしまったので、俺は何故か黙りこんでいるパーティメンバーに声を掛けた。


「いえ、なんだかよくわからないんですけど……話しかけられる雰囲気じゃないかなって感じて……」


 マルシアが躊躇いがちに口を開く。それに同意するように、シルヴィアがこくりと頷いた。


「さすがね。ベテランの教育方法をしっかりと勉強させてもらったわ」


 次いでシャンディが言った。その表情から察するに、どうやら面白がっているようである。


 しかし、至って平穏に事を済ませたつもりだったのだが……どうやら皆の様子を見る限り、外に漏れでていたらしい。まだまだ修行が足りないな。


「すまなかったね。まさか、いきなり噛むとは思わなかったよ。手は大丈夫かい?」


 そんな俺に女性が謝ってきた。まあ、商品である馬が客に粗相をしたのだ。それも当然のことか。


「ん、ああ。大丈夫だ」


 自分の手をもう一度確認し、俺は女性に向ける。その手を見て、女性はホッとしたように息をはいた。


「他の子にしたほうが良さそうさね。さすがに主人を噛むようじゃ旅には連れていけないだろ」


 女性はそう言うと他の馬を見繕う為か、牧場の奥へと視線を向けた。


「いや、こいつでいい。これくらい骨があるなら魔物にも怯まないだろう。……もう二度と噛まないだろうしな」


 俺は馬に向かって「なあ?」と言葉を掛ける。それに対し、馬は「……ぶるっ」と小さく鳴いて返答した。言葉を理解出来てはいないだろうが、雰囲気は察せるらしい。その辺も含めて、確かに名馬かもしれないな。


「そうかい? ……それならいいけどさ。お詫びに少し負けとくよ」


「そいつはありがたいな。俺の手を餌にした甲斐はありそうだ」


 俺は女性に向けて、笑いながら言った。




「そういえば、こいつの名前はなんて言うんだ?」


 馬車を購入する段取りを全て終えた所で、俺は女性に聞いた。いつまでも馬のままでは呼び難いし、格好もつかない。


「一応、こっちでつけた名前はあるけどね。どうせなら、アンタたちが新しくつけたほうが愛着も沸くんじゃないかい? これからのパートナーになるんだしさ」


「いいですね! かっこいい名前をつけましょうよ!」


 女性の言葉にマルシアが乗ってきた。


「……お前がつける気か?」


 俺はマルシアに微妙な視線を送る。以前、パーティ名を考えた時もそうだったが、マルシアのセンスは……まあ、好意的に言ったとしても、独創的である。俺も人の事を言えた義理ではないが、マルシアに任せると更に酷くなりそうだった。


「なんですかっ! 何か不満があるんですか!?」


「……まあ、とりあえず言ってみろ。皆が批評してくれるだろう」


 ぐいっと身を乗り出すようなマルシアの勢いに圧されるように、俺は一歩下がりながら言った。


「えっと、そうですねー。……白いですし、ホワイトスターとかどうですか?」


「……白いのは分かった。だが、スターはどこからきた?」


「いえ、なんとなく」


「……そうか。で、周りの反応だが」


 俺は辺りを見回す。女性は客の事だから口を出さないのはわかっているが、なんとも言えない顔をしていた。


「そうねえ……少し安直じゃないかしら?」


 シャンディは遠回しに否定する。


「……えっと、他には何かあるのですか?」


 珍しくシルヴィアが問いかける。無言にならず、更には今の名前に対する感想は述べずに回避するとは……成長したのだろうか。


「他に、ですか? そうですねー……シロタマとかどうでしょう?」


「……丸くないぞ?」


 再び、俺は突っ込む。


「違いますよっ! 種弾(シードバレット)のように飛び出すイメージです!」


「……お前は馬車に突撃させる気か」


 どう考えても馬車が魔物に向かって突進し、粉砕していくイメージしか沸かない。


「……まあ、お前の提案する名前はわかった。それじゃ、シルヴィアとシャンディには何か名前の候補はあるか?」


「そうね……私はそういうのは得意じゃないし、イグニスに任せるとするわ」


 シャンディは俺に丸投げする。しょうがないので、シルヴィアに一縷の望みを託すことにした。


 俺たちの視線を一斉に受けて、シルヴィアは縮こまるように身体を竦ませた。


「シルヴィア、何か候補あるか?」


 もう一度、俺はゆっくりとシルヴィアに問いかける。


「……えっと、ユニコルニスと言うのは、どうでしょうか?」


 少し考え込んだ後、シルヴィアは小さく口を開いた。


「よし、それでいいだろう」


 その言葉が終わるや否や、俺は決めた。とりあえず、マルシアのよりは真っ当な名前だ。正直に言うなら名前なんてどうでもいいが、人の居る前で「ホワイトスター」だの「シロタマ」だのは口にしたくない。シャンディも俺に決めろと言っていることだし、三対一で圧倒的大差だ。


「ちょっと待って下さいっ! なんで即決なんですか!?」


 当然、マルシアは異議を唱える。


「……と言う訳で、お前の名はユニコルニスだ。わかったな」


 俺の言葉に、馬――ユニコルニスは了解したと言わんばかりに「ぶるるっ!」と鳴いた。


 こいつもマルシアの名前だけは回避したいと思っているのだろう、多分。


 先ほどまで敵対していた相手に、ちょっとした連帯感を覚えてしまった。

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