第百十五話 落ち着いた街と新たなる挑戦
竜殺し記念祭から一夜明け、街は平穏を取り戻していた。
俺たちも同様に年明けからのだらけた雰囲気を一新し、新たな冒険者生活を開始していく。
大通りを行き交う人々の数も落ち着き、歩きやすいとは言わないものの、通行自体に問題はなかった。
祭りの時ほどではないが、未だ道端には幾つかの露店が残っており、売れ残りの商品を割り引いた価格で販売しているのが眼についた。
そのどれもが祭りに合わせた土産物だ。ここで売り抜けないと来年まで出番はないのだろう。自分の店を持たない流れの商人からしてみれば、このような在庫を残したくないのはよく分かる。しかし、定価で買った人間からすると、あまりいい気分はしないのではなかろうか。……まあ、祝い事でケチる人間はそうそういないか。別に俺たちは土産物など購入していないし、問題は何もない。
そこまで思ったところで、俺は辺りを更に見回していく。
「……どうしたのですか?」
隣にくっついているシルヴィアが疑問の声を投げてきた。
「……いや、なんでもない」
どうやら、先日見た英雄装備の露店は残っていないようだ。もし、あの装備が割引価格で並んでいたとしたら手を出していたかもしれない。しかし、見た目重視とはいえ、土産物とは違って実用品でもある。わざわざ割引などしなくても購入する者は……多分、居るのだろう。俺みたいな奴が。
とりあえず、折角なので余った亜竜肉の処分の為か、未だ売られ続けている黒竜焼きを購入しておいた。またこれを食べるのは一年後になるだろうし、しっかりと味わっておくことにしよう。
周囲には、外へと出てくる魔物たちに引きずられるように、活動を再開する同業者の姿もちらほらと見られた。その足取りは俺たちと同じく、冒険者ギルドへと向かっているようだ。
黒竜焼きを食べ終わると、大きく伸びをした。
空は快晴。芽吹きの季節が始まった所為か、陽の光も心持ち暖かくなってきた気がする。
気持ちの良い朝を噛みしめるように、俺は大きく息を吸い込んでいった。
「……レベル6昇格間近、だと」
眼の前のギルド職員から告げられた言葉を信じられず、思わず聞き返してしまう。
あのまま寄り道せず、真っ直ぐに冒険者ギルドへとやってきた俺たちは、例の誘拐事件の報酬を貰う為、受付のギルド職員へと声を掛けた。別に年の瀬だろうと、祭りの最中だろうとギルドが閉まっていることはないが、そんな日ぐらい仕事のことは忘れておくべきだと言うわけで、受け取るのが今日まで延びていたのだ。
その報酬を受け取るのと同時に職員が口にしたのが、最初の言葉である。
「はい。イグニス様がレベル6昇格試験を受けられる基準値まで、あともう少しでございます」
ギルド職員は頷くと、繰り返しの言葉を返してきた。
「……いくらなんでも早過ぎやしないか?」
レベル5になってから、まだ半年も経っていない。例外がないと言う訳ではないだろうが、通常で考えれば異例のスピードだった。
「上級依頼を三つ続けて完了させた上、その依頼者からの推薦もありましたので……」
依頼者とはクラインハインツ家の事だろう。上級依頼と言うのは、つまるところ貴族からの依頼だ。冒険者ギルドは国に依存しているため、貴族の依頼は優遇されている。まあ、だからといって一般依頼をないがしろにしているわけではない。受けるも受けないも、どの道冒険者次第だ。
特に魔石派であるクラインハインツ家は、同様に魔石を扱う冒険者ギルドに対し、かなりの力を持っていることは想像に難くない。
しかし、レベル6となると同じレベルの魔物と問題なく戦えると言う事である。未だ、レベル5の魔物と戦うことすら自信が持てないと言うのに、段階をすっ飛ばしてしまった感じは否めない。今回もそうだが、前回の昇格の時もそうだ。本来であれば、相応のレベルの魔物と戦いを重ね、更には試験できっちりと結果を出してからの昇格となる筈だったのだが……。
「……とりあえず、理解はした。まあ、その後の試験を受けるかどうかは今のところ保留と言う事で」
試験を受けるとなると、レベル6以上の専属冒険者との模擬戦に加え、指定のモンスターを期間内に倒さねばならない。まあ、例えそれに落ちたとしても、再び相応の功績を上げれば再挑戦は可能である。故に、受けること自体のリスクは少ないのだが……俺と同じように、自信がつくまで試験を受けないという冒険者も少なからず存在していた。
「了解致しました。出来ることなら、優秀な冒険者はそれに相応しいランクになられることを期待しております」
そう言うと、ギルド職員は頭を下げた。
俺は「ああ」と適当な相槌を打ち、その場を後にする。
「どうしたんですか?」
頭を悩ましながら待ち合い席に座っている仲間の元へと戻ると、俺の表情から何やら察したのか、マルシアが声を掛けてきた。
「……もう少しでレベル6昇格試験を受けられるそうだ」
「ええっ、ホントですか!? 凄いじゃないですかっ! レベル3の二倍ですよ! 二倍!」
マルシアはよくわからない驚き方をしていた。二倍ってなんだ、二倍って。
「よかったじゃない」
その反対側に座っていたシャンディが口を開く。
「俺はもう少し実績が必要だが……シャンディは既に試験を受ける資格は得ているだろう?」
前回の宝石を受け取る際に、シャンディは今の俺と同じような事を告げられていた。俺たちと出会う前からレベル5だった上、それなりの期間活動していたのだし、シャンディに関しては妥当だと思っていた。しかし「どうせなら、イグニスと一緒にやったほうが効率がいいでしょう?」と、俺が同時に試験を受けられる様になるまで保留する事に決めたらしい。
その時は、なんとも気の長い話だなと笑い飛ばしていたのだが……どうにも笑っていられる様な状況ではなくなってきた。
「……少なくとも、俺はこの街にきてから高レベルの魔物と戦っていない。レベル6の昇格試験を受けるにしろ、保留するにしろ、先を見据えて経験を積まなければ駄目だな」
「……レベル6、ね」
シャンディは窓から外を見ながらポツリと呟く。いつもと違い、その横顔は複雑そうである。交易都市にて過去の話を聞いている俺は、何となくではあるが、彼女の考えていることはわかった。しかし、これからの事を考えるのであれば、どの道避けては通れない事である。
「先ずはその経験を積む為、どこかの魔窟に挑むことを視野に入れたいのだが……皆の魔術は大丈夫か?」
「そうね。基礎的な事は既に終えているのは、前にも話したわね。あとは複合式なのだけれど……後は実戦で経験を積んだ方が早いと思うわ。道中でも練習は出来るのだし」
「そうか」
皆を代表して説明するシャンディに、俺は頷いた。
「それならば……少し辺りで慣らした後、遠出をするとしようか」
「あっ! それじゃ、先ずは馬車を見に行きましょうっ!」
目先の目標が決まったところで、マルシアが手を上げながら提案する。
……そう言えば、そんな話をしていたな。
あの後、直ぐに例の事件が起きたので、すっかりと頭から抜け落ちていた。