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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第五章 第一節 冒険者と昇格試験 前編
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第百十四話 記念祭とコンテスト

 竜殺し記念祭。


 名前から察せるように冒険王が黒竜を討伐した日を記念して行われるそれは、年が開けてから五日目の恒例行事である。


 本来は冒険王が収めていたベリアント王国で行われた祭りが最初なのだが、友好国であり、共に竜を退治した魔法剣士シャロワの故郷であるこの国でも同様に行われるようになったらしい。


 王都の規模から考えるとこっちの祭りのほうが大きいかもしれない。


 シャロワの血族に当たるリーゼロッテたちも祭りの準備やらなんやらで忙しいらしく、年が明けてからこの方、顔を合わせてはいない。


 晦凛、迎花の日に負けず劣らず、辺りは人の波でごった返していた。


 大通りを埋め尽くさんばかりに並ぶ露店は、竜に因んだものや、冒険王やシャロワと言った龍退治一行に関するものがほとんどだ。


 やはり魔法都市だけあって、魔石を使った土産物の数も多い。中には大型魔石を使用したものも見られることから、魔石問題については完全に解決したのだろう。少なからず自分が関わっていたことだけあり、何となくホッとした。


 この日は、去年一年間で培った魔術や魔石の成果を見せ合うコンテストなども開催される。その結果次第では国に認められ、相応の地位につけたりする可能性もあることから、参加者たちの気合の入れ様は尋常なものではない。


 ラーナも自慢の魔石で参加するらしく、時間があれば見に来て下さいと言われていた。元々、ギルドでかなりの地位にいるラーナは、賞金やその副産物には全く興味がなく、純粋に自分の魔石を皆に見てもらいたいらしい。その純粋さは俺には既に失われたものであり、なんだかラーナのその姿はやけに眩しく感じてしまった。


 もちろん、コンテストには俺たちも顔を出す予定だ。ラーナには勉強も含め、色々と世話になっている。俺たちが見に行ったとしても力になれるわけでもないが、応援の一つくらいはしたいものだ。


 そのコンテストが開催されるのは昼をまわってからであり、昼前に行われているのは魔術に関するコンテストである。まあ、それも興味が無いとは言わないが、それよりも祭の気分を十二分に味わうことに決めていた。


 年の瀬は人混みを億劫に感じていた俺だが、この竜殺し記念祭に関してはテンションが上ってしまう。まあ、理由は言わずもがなであるが、迎花の日に見た夢も遠からず、それを助長しているのだろう。


 俺たちは大通りを歩いていた。いや、なんとか進んでいた。


 大通り中央は馬車道として区切られているため、押し出されるように人が左右に密集している。


「何て言うか……ベリアントのより人が多いよな」


 俺は隣を歩くマルシアに向けて言った。毎年と言う訳ではないが、ベリアント王国の記念祭には何度か行ったことはある。やはり、人口の差がそのまま出ているのか、混みようもまたこっちの方が酷いように感じられた。


「それだけ盛り上がっているってことですよ」


 楽しそうに言う、あくまでポジティブな思考のマルシア。こういう面は見習いたいものだ。


「でも、これだけの人が集まるとさすがに身動きが取りにくいわね」


 俺の腕に絡みつくようにして歩いているシャンディ。背中にはシルヴィアが抱きついていた。


 ごった返す群衆の中、くっついていたほうが楽なのはわかる。はぐれる心配がないのも理解できる。しかし、チラチラと俺に向けられる視線が気になってしまうのは否めない。


 それを察してか、更にシャンディが身を寄せてきた。相変わらずこういう悪戯が好きな奴である。


 仕方ないので何か食べて気でも紛らわそうと、ちょうど通りかかった所で売っていた、この祭の一般的な食べ物である黒竜焼きを人数分購入することにした。


 本物の竜肉ではないが、亜竜の肉を使ったその串焼きは確かに美味しい。だが、オーク肉などと比べ、その差が天と地ほどかと言われればそんなことはないと思う。その価値のほとんどは、亜竜というその希少性にあるのだろう。コストを考えると、食糧の為に高レベルの魔物である亜竜を狩りに行くのは割にあわない。それ故、基本的にこういう時期でもないと中々見ない食べ物であった。


「これを食べるとお祭りに来たって気になりますよね」


 黒竜焼きを頬張りながらマルシアが言う。


「……食べ物以外で感じられんのか」


 周囲を見回し、食べ物以外の物を探してみた。


 最初に目についたのは黒竜の彫刻。炎の息を再現するかのように、大きく開いた口の中には火魔石が仕込まれている。その他にも冒険王パーティの彫刻などが並んでいた。やはり人気があるのは魔法剣士シャロワなのか、他のと比べ、それだけ残りの数が少なくなっていた。


 そのまま人の流れに逆らわず、だらだらと見物をしていく。


 そんな折、ふと気になるものが眼についた。


 それは他と同じく、冒険王パーティに関する物を扱っている露店。そこに並んでいたのは、それぞれ身につけていたものを模した装備品の類だった。もちろん、素材はただの鉄や鋼といったものだろう。それだけでも、俺からしてみれば中々に魅力的な品々なのだが……他にも様々な種類のものが存在していた。


 それは英雄の装備一式から始まり、竜騎士が着けていたという鎧やら、大魔導師のローブやら、見事に俺のツボを付いたラインナップである。


「すまん、ちょっと見ていっていいか」


 皆に断りを入れ、俺たちはその露店の前へと立った。


「いらっしゃい」


 商人が挨拶をしてくる。それに適当に応じると、俺は先ず、英雄の剣を手にとった。それは俺と似たようなタイプの片手半剣(バスタードソード)。その意匠は素晴らしく、思わず見惚れてしまう。


 なんと言うか、実に欲しい。既に、昔から使っている相棒の片手半剣(バスタードソード)があるし、最近では聖銀のものまで手に入れている。質にして同等以下のものを、わざわざ高い意匠代を払ってまで手に入れるのは馬鹿げていることだろう。


 そんなことは十分に理解しているのだが……この想いは、それとは別問題だ。


「……こっちのは英雄の鎧か」


 一旦、手に取った片手半剣(バスタードソード)を戻し、今度は鎧をじっくりと眺めていく。素材はただの鉄で全身鎧。今のウーツ鋼装備に比べたら確実に質は悪いし、装着するとなると重量の面で厳しい。しかし、絵本で描かれていた姿そのままは、やはりかっこいいと思ってしまう。


「ふふ、幾つになっても、男の人はそういうのが好きなのよね」


「イグニスさんは変な所でこだわりを持っていますからね」


 横で何やら俺に対する話をしているみたいだったが、そんなことは右から左に流れていく位に、俺は眼の前の商品に集中していた。

 



 小さな魔石が光り始めると、周囲に氷が発生していく。


 徐々に大きさを増していくその氷塊は、最後には美しい女神像の姿へと変貌を遂げていった。


 辺りから歓声が巻き起こる。


 確かにその像は素晴らしい出来であり、俺も感嘆の声を漏らしてしまう。


 時刻は既に昼をまわり、魔石コンテストのまっただ中だ。


 用意されていた関係者席に座り、道中買ってきた様々な食べ物を頬張りながら、俺たちは次々に出てくる珍しい魔石を楽しんでいた。


「凄いですねー。わざわざ氷で女神像を作っちゃうなんて」


「そうだな。実用性は皆無だが、見ている分には楽しいな」


 マルシアの言葉に同意する。しかし、氷魔石を使うときは文字通り氷を必要とする時だ。あの大きさじゃ邪魔にしかならず、結局砕いて使うことになるのだろうが。


「すぐに溶けちゃうのは勿体無いわね。魔力を補給すればまた作れるのでしょうけれど」


「まあ、それもまた芸術と言うものなんだろう」


 作品を披露する前に告げられた作者のプロフィールによると、どうやら魔石を使った芸術を主としているらしい。


 盛大な拍手に送られて、その芸術家が場を後にする。


 次に司会者から告げられた名は、俺たちがよく知る人物。ラーナの名前だった。


 司会がラーナの紹介をしている間、本人が奥の控室から出てくる。そのまま、小さな体に小さな歩幅で広場中央に作られている台座へと向かっていった。


 まだ作品を出してすらいないのに、何故だか観客の一部から歓声が上がっていく。遠くから「ラーナちゃーん!」という声が聞こえてくることから、実は人気があるのだろうか。そういえば、魔石店の店員が一部の人間には人気があるとか言っていたような気もする。


 確かにあのちんまい姿は、ある種の可愛さはあるだろう。その点については否定しない。


「ラーナさん人気なんですね」


 マルシアも驚いたような顔をしている。


「あんなに可愛いのだもの、当たり前じゃないかしら?」


 俺たちの反応にシャンディは不思議そうな顔をする。


 シャンディはグラスに会ったことは無いんだっけか。ならば、見た目そのままに受け入れられるのだろう。


「……まあ、色々あってな」


「……ですねー」


 俺の言葉にマルシアが同意。シルヴィアまでもがコクリと頷いていた。


 台座の中央まで来たラーナは一礼すると魔石を取り出し、見やすいように自身の前方斜め上へと掲げていった。


 そして魔石を起動すると、まず火が灯る。どうやら魔石は火魔石らしい。


 次になにが起こるのか、観衆たちは期待を込めた眼で事の推移を見守っていたが、火はしばらく風に踊った後、ゆっくりと消えてしまった。


 広場を沈黙が支配する。


 これで終わりであれば、肩透かしもいいところである。


 遠目だがラーナの態度を見る限り、失敗しているようには思えない。まだ何かあるのだろう。


 そう思った次の瞬間。驚くことに、辺りに風が巻き起こった。


 それは自然の風などではなく、明らかに魔石を中心として吹いている。


 観客席からどよめきが起こる。しかし、おかしな現象はそれで留まることはなかった。


 風の次に生まれたのは氷。そして水。更に、最後には会場全体を包み込むような明るい光が発せられていった。


 火、風、氷、水、光。一つの魔石で五つの効果を持つ魔石。そんなものは初めて見たし、聞いたこともない。


 再び、広場が静寂に包まれる。それは最初の時の失望に彩られた沈黙ではなく、皆驚きのあまり声が出ないようだ。もちろん、俺もその一人である。


 しばらくして、ようやく堰を切ったかのように歓声が溢れ出てきた。それはどんどんと大きくなり、やがて会場全体を揺るがすような大きさへと変化していく。


 まるで優勝が決定したかのような騒ぎに、会場は一時、混乱の様相を呈した。




「おめでとうございます! 凄かったですよ!」


 マルシアが興奮気味に言った。


 陽は既に落ち、コンテストは反応の大きさから当たり前ではあるが、ラーナの優勝にて幕を閉じた。


 その後、俺たちは再び祭りに沸く街中を散策し、帰り際にラーナ魔石店へと赴く。もちろん、ラーナに祝いの言葉をかける為だ。


 当初の予定では会場で挨拶をしようと思っていたのだが、優勝した上、あまりの反響に場が混乱し、とてもじゃないが挨拶など出来る状況ではなかった。なので、事が全て済んだ後、直接店の方へと向かうことにしたのである。


「あの魔石があればより便利になるな」


 魔石一つで幾つもの効果を賄えるのであれば、これほど実用的なものはない。


「ありがとうございます。えへへ、自信作だったんですよ!」


 ラーナが胸を張って言う。その姿は本当に嬉しそうだ。屈託のない笑顔に俺は思わず。


「……えっと、あの」


 頭を撫でてしまった。その行為に、ラーナは戸惑いを隠せない。


 ……いかん、シルヴィアだけならまだしも、他の人間に何をしているんだ、俺は。


「ああ、すまん。その、何となく癖で……つい」


 確かに、ラーナの頭は撫でやすい位置にある。高さだけ見るなら、シルヴィアよりも撫でやすいだろう。


「あ、いえ。いきなりで驚きましたが、別に嫌だったと言う訳ではない、です」


 困ったような顔をしながらラーナが言う。


 辺りはなんとも言えない微妙な雰囲気に包まれてしまった。


 とりあえず、すぐ隣に居たシルヴィアの頭を撫で、なんとか誤魔化していく。


 ……誤魔化せているといいんだが。

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