第百十話 フードと中身
遠くから聞こえる喧騒とは打って変わり、俺たちの周りは沈黙が支配していた。
お互いが決定打を持たない。そう言ってしまえば互角の戦いに思えるかもしれない。しかし、現実は圧倒的に俺が不利だ。
手札の数は俺のほうが少ない。それ以上に相手の枚数すらわからないこの状況。いくら風塵収縮が優秀だとしても限度がある。先ほどのような身体に負荷がかかる魔術や、地上からの攻撃。よく見れば穴は幾つもある。そしてそれを一つずつ試している相手にはいずれ屈してしまうだろう。
その苛立ちを示すかのように、俺は相棒の片手半剣を強く握りしめる。
夜も更け、冷たさを増した寒気に、まるで剣を喉元に突きつけられているような錯覚すら覚えた。
無言の圧力が俺に伸し掛かる。単純な力によるその重圧は今まで幾度となく経験してきたが、人間からそれを感じることは稀だ。
「しかし、まさかあの時の貴方が魔石派に属していたとは、誠に残念です」
静寂を破り、ラタが言葉を発する。以前から俺を知っていたかのようなその口振りに疑問がよぎる。
「……どういう事だ」
俺の問いにラタは手を顎に当て、しばし何かを考え込んだ。
「これは失礼しました。私としたことが、顔を隠したままでしたね」
そう言うなり、ラタはフードを外していく。そこから出てきた顔は、どこかで見かけたような気がした。
「おや、まだわからないようですね。先日、魔法陣の本をお勧めした魔術師でございます」
そこまで言われてようやく気が付いた。眼の前のラタという魔術師は、以前魔術書を探していた際に出会った人物と同じ顔をしていた。道理でそのローブを見たことがあったはずだ。まさか、こんな所で再会するとは……これもまた縁なのだろうか。そうだとしたら、実に厄介な代物だ。そんな縁は出来ればお断り願いたい。
「……なるほど、魔法陣に詳しいわけだ」
「魔法陣に興味がお有りのようでしたので、少しお節介を焼いたのですが……いやはや、残念極まりない」
言葉通り、少々口惜しそうにラタは言った。
「それについては勉強になったぞ。お陰で助かった」
「そうですか、お役に立てたのでしたら幸いです」
以前と同じようなやり取り。しかしあの時と比べると、俺たちの立場は明確に違っている。
「ついでにその弱点もご教授願えないだろうか」
「さすがにそれは虫がよすぎると思いませんか? 情報をお求めでしたら対価を頂きませんと」
「いま俺が持っている金額で足りるといいがな」
「いえいえ。お金などと無粋なことは言いません。情報には情報。簡単でいて実に公平ではありませんか」
「なるほど、確かにそうだな」
交渉は決裂。もちろん、最初からそんなことはわかっている。少しでも何か攻撃のヒントを見出だせればと思ったが……さすがにそこまで甘くはないようだ。
そして、再びの沈黙。
例の防御魔法陣を見る限り、正面からはほとんど手出しが出来ない。それならば、後ろから攻撃したいところなのだが……シャンディの風の加護のようなものは持ち合わせていない。
……どうしたものだろうか。正直、手詰まり感はある。そろそろ逃げ出す算段をつけるべきか。
場の全容を見る限り、この計画は既に破綻している。眼の前のラタはこれを遊びと言っている以上、無理には追ってこないと思いたい。
リーゼロッテたちが既に遠くに離れているなら問題はなさそうだ。それを願い、俺は感覚強化を使用。辺りの気配を探っていった。
しかし、残念なことにそこまで離れていないところから反応が返ってくる。
お嬢様であるアンネローゼの走る速度は高が知れているし、一方のリーゼロッテは……。
……やれやれ、どうやら戦うしか無いな。
俺はため息を付いて、片手半剣を握り直す。
あとはこの騒乱が鎮静化するまで時間を稼ぐくらいか。表が落ち着けばこちらにも手が回ってくる。皆で囲めば、あの鉄壁の防御も崩せるだろう。
そうなると、俺が取るべき手段は……。
「時間稼ぎとは感心しませんよ」
言うなり、ラタが魔法陣を展開。大地が隆起し、俺に襲い掛かる。やはり、露骨な時間稼ぎは許してくれそうにない。
「くっ!」
大地から逃げ出すように飛び上がると、そのまま風塵収縮を踏み込み、更に空中へと踊り出る。
「なるほど。その技はそのようにも使えるのですね」
めざとく空中で風膜を踏み込む姿を見ていたらしい。ラタが感心したように呟いた。
「それで、次はどのような行動を起こしてくれるのでしょうか」
更には、幾分期待を込めた声を発する。
この場は逃げられない……ならばお望み通り、出来る限りの手を尽くしてやろう。
生体活性・腕!
腕の力を強化し、大地に片手半剣を抉るように叩きつけていく。すると、大きな音と共に土煙が巻き起こり、俺とラタを遮るように包み込んでいった。
即座に感覚強化に切り替える。
そして、数が心許なくなった短剣を抜くと、土煙の中へと投擲した。短剣はそのまま、ラタの気配がある場所へと真っ直ぐに飛んで行く。
しかし、それをまるで見ていたかのようにラタは避けていった。
「なるほど、視界を塞いでの攻撃ですか。しかしお忘れですか? 魔法陣は感知にも使えるのですよ」
ゆっくりと晴れていく土煙の中、ラタは相も変わらず悠然と佇んでいる。
俺は大地を蹴り、ラタへと接近。当然の如く、ラタは守りの魔法陣を描いていく。
生体活性・腕!
現れた障壁に対し、俺は片手半剣を両手で持つと渾身の一撃を振り下ろす。一瞬押し切れそうに思えたが、次の瞬間には、そのぶん勢い良く剣が弾かれてしまった。
やはり、俺の全力程度では駄目か。
俺は身を翻すと同時に懐に手を突っ込み、爆魔石を取り出す。起動すると同時に投げつけ、そのまま生体活性・脚で一気に退避した。
刹那、轟音と共に巻き起こる爆炎。
俺が起こした土煙とは比べ物にならない程に大地が巻き上げられ、炎がそれを飲み込んでいく。
爆発地点があまりにも近すぎた為、俺の前髪が若干焦げてしまった。それに加え、あまりの音に耳が一瞬おかしくなってしまう。
「なるほど……確かに、これだけの威力のものを魔力無しに扱えるというのは魅力的ですね。さすがの私でもこれは感心せざるを得ません」
しかし、何故かそんな耳にもラタの声だけははっきりと聞こえてくる。
次の瞬間。ラタを中心に風が巻き起こり、一瞬にして炎が吹き消された。あれだけの衝撃と炎を受けながら、ラタの姿は一片たりとも変化は見られない。
「……ですが。持たざる者がその力の恐ろしさも理解せず、簡単に扱っていい代物だとは思いませんね」
何故かその言葉だけは、異様な重圧を乗せて伝わってきた。やはり、あちら側に与していただけあり、魔石について何か思うところがあるのだろうか。
「さて、このようなつまらぬ物を持ち出したと言うことは、ネタが尽きましたか?」
若干、興が醒めたようなラタの声。
「……ああ。最後の一つを除いて、全て尽きたよ」
「おや、まだ何かあるのですか。魔術師でもないのに、中々芸達者ですね」
「ああ。まあ、最後の芸は」
俺が口を開いた瞬間、ラタの身体から剣が突き出てくる。
「俺のじゃないけどな」




