第百三話 調査と結果
調査を頼んで二日目の夜。
宿に戻ると、ルドルフからの伝言が残されていた。それによると、約束通り二日で何かを掴んだらしい。その早さと情報網に畏怖の念を抱いてしまった。
「これは……凄いな」
宿に仲間を残し、一人でルドルフの屋敷までやって来た俺は、差し出された報告書を見て思わず唸ってしまった。ぱっと見ただけでもかなりの枚数だ。
とりあえず中身を見ないことには始まらない。その内容を確かめるべく、俺は報告書へと視線を落としていく。まず一枚目には俺たちが捕らえた者の情報が詳細に載っていた。
「……魔術師の共通点、か」
その中で最初に気になったのが魔術師の情報だ。実際に手を合わせて魔術師が主導していた事はわかっている。この中で一番答えに近いのはこいつ等だろう。
「ええ、捕まえた魔術師たちは共通の人間に師事していました」
独学で魔術を学ぶ者もいるだろうが、魔術が盛んなこの都では師から教わるのが極一般的な事だろう。身近なところでもシルヴィアはラーナ、マルシアはシャンディに師事しているわけだし。
「その人物の名は報告書にも記してあるとおり、バイルシュミット伯爵。魔術派の中でもかなり過激な考えの持ち主で、魔術師は選ばれた人間であるという選民思想の元、魔石派と何度も衝突しております。彼に師事していた人間もその魔術師たちだけではなく、マイズナー男爵を始めとした貴族たちの中にも多く、そのほとんどが魔術派の中でも浮いている存在です」
「……しかし、よく捕まっている者たちの情報をここまで引き出せたものだな」
一体、どんな手を使ったのだろうか。
「関わった人数が多ければ多いほど、それだけ漏れ出る可能性も上がるものです。本当に秘密にしておく事であれば、自分一人の心の内に留めておくことをお勧めします」
「……忠告痛み入る」
「それともう一つ。以前からマイズナー男爵が集められていた魔石ですが、とある場所に運ばれていた模様です」
「とある場所?」
やはり、魔石の運搬はあれが初めての事ではないだろう。ただでさえ枯渇気味な大型魔石を許可無く隠し持っていたとなれば証拠になるかもしれない。
「貴族街の端。かつて有名な魔術師が居を構えていた場所ですね。今ではバイルシュミット伯爵の持ち家となっています」
「なるほど。こりゃ確実に黒か」
俺は腕を組む。これだけ情報が揃っているなら、案外容易く片付くかもしれないな。
「その他、詳しいことは報告書に記載されています」
……とりあえず依頼主にこれを届ければいいか。
俺は礼と報告とともに紹介しておく旨を約束し、宿への道を戻っていった。
あくる日の朝。
普段通りにやってきたリーゼロッテを説得し、俺たちは馬車でクラインハインツの本家へと向かって行く。いつもであればそのまま修練へと向かうのだが、今回は報告書を届ける為、リーゼロッテも納得してくれている。思ったよりもすんなりといったのは、事の重大さを理解しているからだろうか。
「……ふむ」
御館様は渡された報告書に眼を落とし、じっくりと読んでいった。
それなりの量がある為、やはり時間が掛かる。その間、俺たちは身動きすることが出来ず、なんとも言えない緊迫した空気の中にいた。
「バイルシュミット伯爵か。順当……と言うべきなのだろうか」
そして首を振り、失望の色を見せる。どうやら、例のマイズナー男爵を捕らえた人物の中にその名前はあるのだろう。
「しかし、これだけ詳細な情報だ。先ずは裏付けを取らねばならんな。この情報をもたらしてくれたルドルフなる者をここに呼んで参れ」
その言葉に直ぐ近くで控えていたユーリエが頷き、そのまま部屋を出て行った。ルドルフについては報告書と共に説明しておいてある。屋敷の場所も伝えてあるので、直ぐに迎えが行くだろう。
「さて、イグニスよ。大儀であった」
御館様は俺の方を向く。
「いえ、情報に関してはルドルフさんのお陰です。私は縁があったに過ぎません」
畏まって否定する。情報の面では俺は何一つ貢献していない。
そんな俺を見て、御館様は首を振った。
「その縁もまたお主の力だ。今回はお主と縁が出来たことにより、その和を伝わって情報をもたらしてくれたのだ。何も恥ずべき事はなかろう」
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げる。よく考えれば確かに奇異な縁だ。護衛を引き受けなければルドルフとは知り合わなかったし、外でリーゼロッテを拾わなければクラインハインツ家との縁はなかった。
「それでは俺たちはこれで」
既に俺たちがここにいる意味はない。俺はもう一度頭を下げ、暇する意を伝える。
「うむ、引き続きリーゼロッテの世話を頼むぞ」
本当に縁とは難しいものだ。
「……のう。イグニス」
「ん?」
屋敷を出ると、今まで黙っていたリーゼロッテが話しかけてきた。
「今日は外に出る気分ではないので、私の屋敷にて稽古をつけてくれないか?」
「いいですね!」
俺が口を開くより早く、後ろに居たマルシアが賛同する。どうせ昼飯狙いだろう、現金な奴だ。
後ろを振り返り、残りの二人にも視線を向ける。シャンディは手で丸を作って同意をし、シルヴィアは少し躊躇った後、小さく頷いた。
「……わかった。それじゃリーゼロッテの屋敷に行くとしよう」
「はあっ! やあっ!」
リーゼロッテが自身の素早さを活かして攻撃を繰り出してくる。以前のような正面からだけではなく、左右への動きやフェイントをしっかりと組み込んでいた。
しかし、こうなってくると俺もかなり本気を出さないといけない。契約能力やら経験などを加味しなければ、実力自体は然程離れていないのだ。まあ、これはこれで俺の練習にもなるのでありがたいとも言えるのだが。
幾度となく剣を交えていく俺たちの視界の端では、魔術師組が魔術の勉強をしている。シルヴィアは以前にも言った生命分躁の練習。マルシアは庭園の草木で色々と試しているようだ。もちろん、リーゼロッテの許可は得ている。その二人に触発されているのか、シャンディも自身の魔術の幅を広げようと魔術書を開いていた。
それは以前、本屋でシャンディが買ったものである。ちょっとした時間があるときに読む為と、わざわざ購入したのだという。その姿を見て、他の二人も以前と比べるとかなり集中して修練に励んでいるようだった。
真剣さと言えば、今日のリーゼロッテもいつにも増している。危うく、一本取られそうになることが度々あった。俺も気を引き締め直さなければ。
昼前までの修練は適度に休憩を挟みつつも、皆語る言葉少なく過ぎていった。
しかし、その集中力も昼になると一気に切れた。
マルシアとシャンディは嬉しそうに軽い足取りで。片や俺とシルヴィアはげんなりと重い足取りで、それぞれ食堂へと向かっていく。
メイドたちの視線が集まる中、食事が進んでいく。しかし、今回はそんな事よりももっと気になる事がある。
いつも通りに食事をしているリーゼロッテだったが、やけに口数が少ない。修練中は真剣な為だと思っていたのだが、食事の最中ですら同じような状態だった。周りのメイドたちも食事に何か問題があったのではないかと不安がっている様子だ。
しかし、リーゼロッテは最後まで何かを言うことはなく、そのまま昼食は終わりを告げた。
その後の修練も、リーゼロッテは変わらずに真剣そのものだった。