第百二話 護衛と商人
それから二日間。俺たちはいつも通りに修練をこなし、休暇をとった。
と言うのも、リーゼロッテが居ると調査が一向に進まないからだ。調査と世話を両方やれと言うのは無茶にも程がある。後でユーリエあたりに相談しておこう。解決策は全く見えないけどな。
今回の休暇と言うのは名ばかりで、俺たちはそれぞれで事件について調べていくことにした。まあ、シルヴィアとマルシアを単独で行動させるのは無理があるので、二人一緒にして街の噂でも集めてもらうことにした。
宿の前で皆と別れると、その足で冒険者ギルドへと向かっていく。あれから色々と考えてみたが、特に何も思いついていない。とりあえず、何かの手掛かりにならないかと盗賊の件について詳しく調べにきたのだ。
ざっと貼り出された依頼を見回してみたところ、盗賊に関しての依頼は見当たらなかった。既に手を回して、あらかた処理しているのだろうか。
そのあたりの話を詳しく聞こうと、俺は受付に向っていたところ。
「アニキじゃないっすか!」
ギルドの中に大きな声が響く。辺りの冒険者が何事かと振り返っていった。
誰だか知らないが、こんなに人がいる中で叫ぶのは関心しないな。
「アニキー。無視しないでくださいよー」
何故だか周囲の視線が俺の方へと向いている気がする。そして俺の背後からする声。このままギルドから出てもいいだろうか。
「アニキってば!」
ため息を一つついて、俺は諦め半分に後ろを振り返る。
「……わかったから声を落としてくれ」
「いや、久々っすね、アニキ!」
「ああ……久々、だな」
この言い方をするのは、以前依頼で共に護衛をした冒険者だろう。全員から名前を教えてもらった気もするが、かなりの数の冒険者が護衛についていた為、いまいち記憶から掘り起こせない。
「ちょうど今さっき戻ってきたんすよ。やっと今回の行商も終わりましてね。しばらくは暇でさあ」
「そうか、それはお疲れ様だな」
行商と言う事は専属の護衛か。そうなると例の商人も……。
俺は顎に手を当て、うつむき加減で考え込む。
恰幅の良い大商人。確かルドルフさんだったか……盗賊被害は商人にとって死活問題、かなり慎重に護衛を募っていた。そして、記憶が定かであれば貴族との取引もしていたはずだ……貴族に関して色々と情報を持っているかもしれない。
「どうしたんで、アニキ?」
黙り込んだ俺に、冒険者が訝しげに声を掛けてくる。
「いや、なんでもない。それならルドルフさんも戻っているのか?」
「え、ルドルフさんっすか? もちろん一緒に帰ってきてますぜ」
「なるほどな。今、ルドルフさんが居る場所は分かるか?」
「今だったらまだ南門にいるはずっす」
「そうか。すまない助かった。今日は用事が出来たので悪いが、次の機会に酒でも奢ろう」
「マジっすか! さすがアニキっすよ!」
喜ぶ冒険者を尻目に、俺はギルドを飛び出すと、商人のいる南門へと急いで走って行く。
……そういえば最後まで名前を思い出せなかったな。
「お久しぶりですね、イグニスさん」
商人のルドルフが手を広げて挨拶をした。
門で姿を見つけた時には既に何やら作業は終わっており、馬車に乗り込もうとしていたところを呼び止める形となってしまった。しかし、迷惑そうな顔一つせず、相変わらず温和な表情を浮かべている。
「お久しぶりです、ルドルフさん。いきなりで申し訳ないのだが、ちょっと話す時間を取れるだろうか?」
「今からですか? ふむ、私からの依頼ではなく冒険者の貴方が訪ねてきた上、何やら急ぎのご様子……何かありましたか?」
俺の様子からただならぬ事を察したのか、小さめの声で問うてくる。
さすがに街中で話せるような話題ではないし、俺は黙ってしまう。そして少し逡巡した後、懐からクラインハインツ家の意匠が施された委任証を取り出した。
「ちょっと厄介な依頼を受けてね。さすがに俺だけでは情報が足りない。差し支えなければ少し協力してもらいたいのだが……」
委任証を見せるかは正直迷った。しかし、ただの冒険者でしかない俺では、他に商人を納得させるものがない。
ルドルフが魔術派に抱え込まれているという可能性はゼロではないが、以前運んでいたのは美術品の類だし、港からの道中で不穏な臭いは感じられなかった。
更に言うなら、こちらのクラインハインツ家は魔石派の筆頭。仮にルドルフが魔術派の一部とつるんでいたとしても、利に敏い商人ならばこちらに鞍替えする可能性も十分に高い。
そして何より、そもそも黒幕が居るのかと言う事すら不明なのだ。ハッキリとさせる為にも、ある程度踏み込まなければならないだろうと俺は決断した。
俺の出した委任証を見て、ルドルフの表情に真剣味が増す。
「確かに厄介な事に巻き込まれているようですね。……ここではなんです、私の屋敷まで行きましょう」
そう言うと、俺に馬車に乗るように促してきた。
馬車に揺られること約半刻程。
案内されてやってきたのは、貴族街の館に比べれば若干劣るものの、一般からすればかなり大きい屋敷だった。どうやら、思った以上に稼いでいるようだ。
「さすがルドルフさん。立派な屋敷だ」
最近こういったものには見慣れているので然程驚きはしないものの、俺たち一般人からしてみれば十分に豪邸だった。
「いや、お恥ずかしい。これもまた商売神の加護のたまものです。屋敷の中にあるものも、元々は商売の品として集め始めたものばかりでして」
廊下を歩きつつ、辺りを軽く見回していく。そこには様々な絵画や彫刻品などが飾られていた。外観はともかく、内部の物は貴族の品々と比べても全く遜色しない。
そのまま二階に上がり、応接間へと案内される。屋敷の大きさから考えると、その部屋はやけに狭く感じてしまった。開けた扉もやけに分厚い。
「ここであれば外部に漏れることはないでしょう」
メイドが運んできたお茶を頂き、少し落ち着いた所でルドルフが口を開いた。
なるほど、防音にでもなっているのか。
部屋の中には俺たち二人だけ。テーブルに座り、向かい合っている。部屋の外に誰かが居たとしても、大きな声を出さなければ聞こえはしないだろう。
「最初に聞いておきたいのだが、貴族とはどの程度の付き合いをしているのだろうか」
俺の言葉に少し考え込んでからルドルフは口を開いた。
「なるほど。まず初めに私と貴族の関係を問うことから察するに……問題は貴族同士、二つの派閥に関わる事ですか」
さすが洞察力に優れている商人である。こちらの言わんとする事を察してくれたようだ。
「商売上のお付き合いはどなたとも公平に行っておりますし、派閥間の問題に興味はありません」
そこまで言うと話を一旦区切り、テーブルの茶に口をつける。
「そして商人たちには商人たちの独自の情報ルートが有ります。これまでの盗賊被害ですが、それらから仕入れた情報を総合して考えると、どうにも魔石の被害が際立ちます。これは盗賊を隠れ蓑とし、魔石の流通の阻害を狙った魔術派の仕業と言う可能性がある。……そう言うことですね、イグニスさん」
既に得ていた情報から俺が来た理由も予測している。これがここまでのし上がった商人か。
俺は静かに頷く。
「理解が早くて助かる。一連の犯人は既に捕まっている。しかし、それで全てが済んだかどうかの確証がまだ掴めない」
「……わかりました。こちらからも調べてみます。早ければ二日三日で何かしら掴めるでしょう。情報が集まり次第、此方から連絡を致します」
「ああ、すまない。それで報酬は……」
「クラインハインツ家に宜しくお伝え下さい」
ルドルフは笑顔で一礼した。




