表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
104/168

第百一話 魔石と魔法陣

「やあっ!」


 今までの鬱憤を晴らすが如く、裂帛の気合でリーゼロッテが片手剣(ショートソード)を振るう。眼の前のオークはそれを受け、一瞬にして命を刈り取られた。


 なし崩し的に依頼を受けた次の日。とりあえず今後の展開を考えながら、中断していたパーティ戦を見据えた修練を再開したのだが……。


 ……やっぱりわかってないな。


 その光景を見て、俺はリーゼロッテの側まで寄っていく。


 単独で飛び出したリーゼロッテの後方には黒騎士。更にその奥にマルシアが控えていた。


「……てい」


 リーゼロッテの頭に手刀を落とす。


「ふぎゅ!」


 満足気にオークを見下ろしていたリーゼロッテは、その一撃に変な声を上げた。


「なにをするのだっ!?」


「お前は俺の話をちゃんと聞いていたのか?」


「もちろんだ! 私がリーダー役として敵に突っ込めばいいのだろう?」


「だからその無駄に突進する癖をやめろと言いたいのだが……」


 俺は頭を抱える。この性格をどう矯正したらいいものか検討がつかない。


「しかし、この程度の敵に集団でかかるのは逆に面倒ではないか?」


「……まあ、それはそうだな」


 確かに低レベルが一体では、油断さえしなければ見敵必殺で十分ではある。しかし、レベル4程度を狙って探すとなると……これもまた大変だ。どうしたものか。


 周囲に魔物の気配も無くなり、俺たちは馬車へと戻っていく。


「おかえりなさいませ」


 いつもの様にお付きのメイドが俺たちを迎え、全員が乗ったことを確認すると、御者台へと戻っていった。


 皆が思い思いの場所についたところで、馬車が進み始める。


 そんな中、俺はリーゼロッテが持ってきた現状までの報告書を手に取り、パラパラと捲っていった。


 魔石強奪事件、首謀者はマイズナー男爵。盗賊を雇い魔石を回収させる……か。その総量や運び込むための経路、犯行時の人数など様々なことが詳細に書かれていたが、纏めれば簡単なものだ。しかし、この事件に裏があるとなると、一体どう調べたらいいものか。


 顎を手で弄りながら、更にじっと報告書を眺めていく。盗賊と一緒に居た魔術師。これは貴族の使いで間違いない。しかし、こいつらから情報を引き出すのは無理だろう。


 奴らは魔術の他に何かを使っており、それは俺が調べた限り『魔法陣』の可能性がある。


 ……正直これくらいしか思いつくものがない。駄目で元々、ラーナ辺りに何か知っているか聞いて見るとしようか。


 とりあえずの結論が出たところで紙をパンッと弾き、俺は顔を上げる。


 リーゼロッテ以外の皆はのんびりとしていた。この馬車の乗り心地が良すぎる所為だろう。


 俺はゆっくりと肩を回しながら外を見る。そのまま感覚強化(ブーストセンス)を使い、魔物の気配を探していった。


 しかし、その日は御三家以外と遭遇することは出来ない。


 パーティ戦に関しては次回に棚上げと言う事で、リーゼロッテにはストレス解消代わりに存分に暴れてもらった。



 次の日。


 確実に会うなら起きる前に来ればいいと実行した女を参考にしたわけではないが、俺は朝から一人でラーナ魔石店へと赴いていた。


 その成果か、ラーナと会うことに成功した。しかし、先日俺が訪ねてきたことを店員から聞いたのか、挨拶に続いて「今日は丸一日暇なので大丈夫ですよー」という言葉を聞いて、若干意気消沈したのは秘密である。


「魔法陣について……ですか?」


 俺の質問に、ラーナは不思議な顔を向けた。魔石師である者に魔術師が使うものについてを聞くのだから仕方のない反応だろう。しかし、俺が「ちょっと調べていることがあるんでな」と報告書と共に届けられた新たな委任証を見せると、納得したように頷いた。


 どれくらい掛かるか分からないので、リーゼロッテがやってきた場合、宿の中で待っていてもらうように言付けてある。まあ、事件解決の糸口を掴む為だ、リーゼロッテも文句は言うまい。


 いつもどおり店の奥にある、通称『勉強部屋』へと案内される。


「ああ、自分で調べようと思ったのだが……これが難しくてな。ラーナは知っているか?」


 ラーナが魔法陣について知らないとなると、いきなり頓挫してしまう。その場合、以前本屋で説明をしてくれた魔術師でも探すしかないだろうか。


「……それは私を試しているのでしょうか?」


 笑顔のままラーナは言う。しかし、なんだか眼は笑っていないようだ。


「えーと……ラーナ?」


 よくわからないが、何かいけないものを踏んでしまったような気がして、恐る恐るラーナの反応を窺う。


「いいでしょう……その挑戦受けて立ちます! 魔法陣とは魔石の元となった技術。まさか魔石師である私が知らないなどと思われているのは心外ですっ! 不愉快なことですが、確かに昨今の魔石師は確立された技術だけを学び、その大元を理解していない人も多数見受けられます! しかし、しかしですよっ! それでも魔石師として――」


「……いや、すまなかった。俺の完全な知識不足だ」


 俺は慌てて詫び、そのまま平身低頭でラーナに願い出る。


「それで、その類まれなる知識で俺にご教授願いたいのだが……」


「そうですね……私がしっかりとした知識を持っていることを証明してみせましょう!」


 上手くいったのか、いってないのか。


 ラーナは黒い板の前に行くと、白墨石で表面をトントンと叩き「ちゅうもーくっ!」と声を上げた。この部屋には俺しか居ないし、最初から注目しているのだが。


「先ずは魔石と魔法陣の関係について」


 精一杯背伸びをし、手の届く一番高いところから何やら書き始めていく。


「えーと。そこは知っているんだが」


 俺は手を挙げて意見を述べる。


「ちゃんと順を追って説明しないとキチンと理解出来ませんよ! それにどうせ半端な知識です。一旦すべてを真っ白にして、ちゃんと記憶し直すようにっ!」


 ラーナはビシッと白墨石の先端を俺に向けてきた。


「……はい」


 シルヴィアたちもこんな感じで授業を受けていたのだろうか。ちょっと後悔が頭をよぎる。


「まず、魔石に仕込まれている魔導路。これの元となったのが魔法陣の魔導図です。そもそもこの魔導図を作り上げたのが、この国の基礎を作り上げた大魔導師様で――」


 すると、何故か授業内容が魔法陣からマーナディア王国の歴史へとシフトしていく。しかし、なにか口を挟もうとする度「質問は後で受け付けます!」と言われ、俺は黙ってその言葉に耳を傾けていくしかなかった。




「――そして魔法陣の魔導図、更には魔石の魔導路につながっていくのですが、ここまでで何か質問はありますか?」


「……いや、特に何も」


 質問は後でなどと言っておきながら、ラーナはここに辿り着くまでずっと喋りっぱなしだった。


 時間はどれくらい経ったのだろうか。既に俺の意識はどこかに飛びかけていたので、時間の感覚はあやふやだ。


「そうですか、それではこのまま続けましょう」


「……ああ、頼んだ」


 休憩はしないのな。しかし、よくこれだけしゃべり続けられるものだ。最早さっさと聞き終えて宿に戻りたい俺は特に反対するわけもなく、続きを促していった。


「それでは魔法陣と魔石の違いについて解説しましょう」


 やっと本題に入ってくれそうで俺はほっとする。下半分が白墨石の粉でびっしりと埋まった板を一気に拭き取り、再びラーナが白墨石を走らせながら説明を始める。十分な長さのあった白墨石も、既に半分程になっていた。どれだけ書いたかは推して知るべし。


「魔法陣に使われる魔導図。これは平面に書くものです。理論上、地平が続けば延々と書き続けられ、効力の範囲も無限大です。しかし、現実的に考えるのであれば、走らせられる魔力の最大値は魔術師の持つ体内魔術(オド)の量によって変わる為、実際に使われていた魔法陣は一般的な魔術師の一割程度の魔力が基本と言われています」


 板の左側に魔法陣の仕組みについて書き終え、今度は右側に魔石について記し始める。


「次に魔石ですが、これは立体的な魔導図である魔導路を使用します。面積が決まっているため、発動に必要な最低限の大きさで特定の図式を重ねたり、あるいは補佐するように向かい合わせたりしてより効率的に、より繊細に、より美しく仕上げていきます!」


 魔石の段になり、ラーナのテンションが更に上がっていく。最後の美しさは本当に必要なのだろうか。


「尚且つ! 魔石自体に魔力を溜め込む性質を持つので、そのお陰で魔術師ではない人も擬似的に魔術を扱えるようになりました! その為、徐々に魔法陣に代わって使われるようになり、今では生活に無くてはならない物となっていったわけなのですっ!」


 板の右側を埋め尽くし、どうだとばかりに胸を張るラーナ。


「そこで聞きたいのだが、魔法陣の中には……例えば魔法陣自体を感知みたいに使う方法などはあるのか?」


 一旦区切りがついた所で、俺は一番聞きたかった事を問う。


「感知ですか? そうですね……魔石では無理ですが、魔法陣では可能だと思います。魔法陣自体の効力と言うよりは、魔法陣の性質を逆に利用したものですけど」


「どういうことだ?」


「魔法陣を発動している間は、その内部は魔術師の領域と言って差し支えありません。自らの体内魔力(オド)を走らせているわけですから、それ以外の異物に対して感じ取り易くなる筈です」


「なるほど……異物か」


 俺が見つかったのはその所為だろうか。


「しかし、面白い考え方ですね。魔法陣を感知代わりだなんて」


 ラーナが関心したように俺を見てくる。いや、俺の発案じゃないけどな。


「それで……今現在、魔法陣を常用している者たちはいるのか?」


「魔法陣を、ですか? うーん、未だ魔術師の方々の中では使われることもあるとは聞きますが、私は魔術師ではないのでそこまで詳しくは……」


 俯いて悩むが、やはり心当りがないと首を振った。


 ラーナでも分からないか……となるとこっちの線で当たるのは難しいだろうか?


「すみません。お役に立てずに」


「いや、助かった。少なくとも、俺一人では魔法陣がどんなものなのかすら分かってなかったからな」


 収穫がないこともない。


 とりあえずそろそろ帰ろうと、ラーナに礼を言って店を出たところ。


「……俺はどれだけ店に居たんだ?」


 太陽は遥か上空。既に昼を回っている様子だ。


「遅いではないか! 何をやっていたのだっ!」


 宿に戻り、予想通りおかんむりのリーゼロッテを宥めるのに更に時間が掛かってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ