第百話 御館様と事の展開
豪華な食事が俺たちの前に並んでいる。
目の前には長いテーブル。俺たち四人は並んでその席へとついていた。その反対側にはリーゼロッテを始めとしたクラインハインツ家の面々。その背後、窓際にはユーリエ。俺たちの後方、入り口付近には名も知らぬ護衛兵が並んでいた。更にすぐ近くにはメイドたちがおり、俺たちの一挙手一投足を見守っている。
「わー、美味しい!」
それを口に運んでは感嘆の声を上げているマルシア。
「さすが、良い材料使っているわね」
じっくりと味わうようにシャンディ。
「……」
俺と同じように、周りが気になって手が止まっているシルヴィア。ああ、仲間がいた。お前の気持ちはよく分かるぞ。
しかし、以前の時よりはなんとなく気は楽だった。慣れた所為かと思ったが、よくよく考えてみれば単純なことだ。
相変わらずメイドたちはこちらを注視しているものの、主な視線の先は主人であるフェルディナント殿である。次いで左右の娘たち。そして有象無象の俺たちへと続いていく。俺たちはオマケ、と考えると気分も若干晴れていった。
「どうした。遠慮せずに食べてくれ」
御館様にそう言われては手を出さない訳にはいかない。高級そうなワインで勢いをつけて、俺は手を進めていく。シルヴィアもまた、それに合わせるように手を進め始めた。
出された料理の数々が普段お目にかかれないような豪華なものばかりだからか、女性二人の手の進むペースは早い。マルシアに至っては、おかわりすら遠慮していなかった。それに好ましい視線を向けるクラインハインツ家一同。どうやら失礼には当たらないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
和やかな食事風景が終わりを告げ、メイドたちが食器を下げていく。
なんとかノルマを達成し、満足感の伴わない満腹感が俺を支配していた。
「まずはリーゼロッテが世話になったことに礼を言う。やはり大変だったであろう」
こほんと咳払いを一つし、労うように御館様が口を開いた。手の掛かる娘を押し付けたという自覚はあるのだろう。
その言葉を、俺は微妙な顔をして受け止めた。
「父上っ! なんですか、その『やはり大変』というのは!」
思わずリーゼロッテが立ち上がり、抗議の声を上げた。
御館様はため息を一つ、やれやれと言った体で視線を向ける。
「声を荒げるな。みっともないぞ」
「……むう」
リーゼロッテは皆の視線が集中していることに気づくと、口を尖らせて乱暴に座り直した。
「失礼した。少しはアンネローゼを見習えば良いのだが……」
名指しされた隣のアンネローゼは少し困った顔をする。あまり引き合いに出されるのは好ましくないようだ。確かに、この雰囲気をリーゼロッテが出せと言われても何年掛かることだか想像もできない。
「私の家系は何故か女ばかりが生まれてな。上にもう二人ほど居るのだが……一人は嫁に行っておるし、もう一人は生憎と席を外しておる」
更に二人の姉がいるのか……それはさぞかし姦しそうだ。
「なるほど……それは、大変ですね」
何か反応したほうがいいのだろうかと、何となく同意しておく。
「うむ。見たところ、そなたたちのパーティも女性ばかりだな。華があるのはいいが、男としての立場はなかなか微妙だろう」
うんうんと神妙な顔で頷く御館様。……いや、そこは触らないで頂きたいのですが。
「そうなのだ。イグニスは大層な女好きでな、全く困ったものだ。アン姉様も気をつけなければならないぞ」
リーゼロッテが腕を組んで、よくわからないところに同意する。そんな光景をアンネローゼが「あらあら」と笑った。
三人の後ろに控えているユーリエを睨む。何やら目を閉じて瞑想……多分、感知を使っているのだろう、抗議の視線は届かなかった。俺の過去を知っているのはマルシアとユーリエしか居ない。つまり、情報伝達経路を考えれば犯人は自ずと決まってしまう。しかも大分脚色されている気がする。いや、別に嫌いだなどと言うつもりはないぞ、男と言うのはそういうものだ。
そこまで考え、俺は思わず頭を掻く。
シャンディの言葉と丸かぶりしてしまい、あながち間違っていなかったなと自虐する結果となってしまった。
「さて。それでは本題に入るとしよう」
真面目な顔に戻り、御館様が口を開いた。
一瞬にして部屋の空気が変わる。先程までお気楽にしていたマルシアでさえも、まるで一本の棒を入れたかのようにピンと背筋を張っていた。俺たちは緊張の面持ちで次の言葉を待つ。
「情報通り、とある貴族が関わっていることが判明した」
どうやら、あの魔術師の言葉は出任せではなかったようだ。リーゼロッテが居てくれて本当に助かった。
「しかし、これがそう簡単には行きそうになくてな」
「犯人がわかったのに、ですか?」
俺の頭に疑問がよぎる。犯人がわかったのであれば解決は眼の前じゃないのだろうか。
「主犯と思わしき者は捕らえた。……だが、それは我々の手ではない」
「……では、一体誰が?」
「我々が魔石派と呼ばれていることは知っているかね?」
突然、御館様が話題を変えて俺に質問してきた。
魔石派か。以前、リーゼロッテに世間話程度に説明されたな。クラインハインツ家の紋章はそこから来ているんだとか。
「ええ、ある程度の事はリーゼロッテ……娘さんから聞いています」
俺の言葉に「うむ」と御館様は頷く。
「我々が動こうとした時、既に動いている者たちが居た。それが魔術派と呼ばれる貴族たちの一部だ。彼奴らが言うには、昨今の魔石の流通に関して不可解な点があり、内々で調べていたとのことなのだが……」
御館様は一息つくと腕を組み、更に言葉を続けていく。
「捕われた貴族も魔術派に属していたことはわかっている。どうにもキナ臭いとは思わんかね」
「……リザードの尻尾を切ったと?」
自分の手下を犠牲にして責任を逃れる。俺の持つ、貴族というイメージを信用するのであれば、よくありそうな話だ。
その返答に、御館様はもう一度頷いた。
「このまま何事も無く済めばいいのだが」
「父上っ! だから申しているではありませんか! 直接乗り込んで白状させればよいと!」
リーゼロッテが口を挟んでくる。直情的な彼女らしい意見だ。魔物と同じく特攻を仕掛ける気か。
「……お前はその考え方がいかんのだ。何事も正面から明快に解決しようとする、その真っ直ぐな心は良い。しかし、お前はこのクラインハインツ家に属する者。少しは貴族としての対応を学びなさい」
御館様はリーゼロッテをまっすぐ見つめて言う。
「そんな悠長なことを言っている間に、更に問題が起きたらどうするのですか!」
尚も食い下がろうとするリーゼロッテに、アンネローゼがやんわりと止めに入った。
「そこで一つ、君たちに頼みたい事がある」
今度は俺たちに向き直る御館様。嫌な予感がしてならない。
「この件に関して、我々とは別に調査をして貰いたいのだ。なに、無理にとは言わん。出来る範囲で構わない。依頼料も十分に支払おう」
「しかし、相手が貴族となると我々には荷が重すぎますが……」
やはりと言ったその依頼に、俺は精一杯の言い訳を並べてみる。
「我らが後ろ盾となる。いざと言う時はクラインハインツの名を出せば、ある程度の事はなんとかなろう」
「……わかりました」
まあ、まだ何か企みがあると決まったわけでもない。それで金も入るのならば美味しい依頼なのかもしれない……と何とか自分を誤魔化していく。
「ああ、それとなのだが」
この上、更になにかを押し付けてくる気だろうか。正直、もう勘弁して頂きたい。
「ついでにリーゼロッテの世話も頼む。このまま屋敷に留めておいては、いつ飛び出すか分かったものではないからな。……リーゼロッテ、それでいいな?」
リーゼロッテがあまり納得をしていない表情で「……はい」と頷いた。いや、俺はまだ了承も何も言ってないのですが。
「うむ。頼んだぞ、優秀な冒険者諸君!」
……やはり、この押しの強さはリーゼロッテの父親だけあるな。