第九十七話 中身と後始末
「皆、すまない。助かった」
戦闘が終わり、皆が集まってきたところで俺は頭を下げた。感覚強化を使った際、こっちに向かってくる仲間たちを確認出来たので、一芝居うつことにしたのだ。お陰でこちらの被害はほとんど出さずに相手の制圧に成功した。
辺りにはその成果である、魔術師たちが転がっている。情報を引き出すため、出来る限り命は取らないようにしておいた。ほとんどの者が気絶している状態だ。
「いきなり森から大きな音が聞こえた時はびっくりしましたよっ!」
「ふふ、後でご褒美を期待しているわよ」
「無事でよかったです」
皆がそれぞれ声をかけてくる。リーゼロッテの姿が見えないのはメイドが抑えているからだろう。さすがにわざわざ戦場に主を送り出すような真似をするわけがない。
「シャンディ。リーゼロッテたちに報告を頼んでいいか?」
「了解。それじゃ行ってくるわね」
駆け出していくシャンディを背に、俺たちは馬車の荷物を確認することにした。
「これは……全部魔石か?」
馬車の一番近くにあった木箱を開けると、出てきたのは魔石の山だった。しかも、そのほとんどが大型魔石である。
辺りには同じような木箱が積まれていた。これが全て同じものだとすると、かなりの数の魔石が積み込まれていることになる。オッドレストでは魔石が足りないと聞いていたが……。
木箱の数をチェックしていると、もう一台の馬車が近づいてくる。それは同じような立派な造りの馬車。その御者台にはメイドの姿があった。
「皆、お待たせ」
馬車は俺たちのすぐ近くで停まると、シャンディが降りてきた。それにリーゼロッテが続く。
「……ご苦労だった」
しかし、お嬢様の機嫌はあまり宜しくないようだ。自分も戦闘に参加出来なかったのが主な原因なのだろう。気持ちはわからなくもないが、俺たちとの連携はおろか、多体一で戦った経験もあまりなく、更には貴族という立場もあるので仕方のない事だろう。
「くさってるところ悪いが、状況を確認して欲しい」
「……わかっておる」
少なくとも相手は貴族の使者を名乗っていた。これが正しいなら、俺たちだけだと更に面倒事になる可能性が高い。一番問題が少ないのは、同じ貴族であるリーゼロッテに任せることだ。
その辺りの事はシャンディが既に説明しておいたのか、ある程度は察している様子だ。
足取り重く、リーゼロッテが俺の隣までやってくる。
「これは魔石ではないかっ!?」
そして、既に空いている木箱を覗きこんで驚きの声を上げた。
三台の馬車が縦に連なり、オッドレストへと帰還していく。
一番前はリーゼロッテとメイドが乗るクラインハインツ家の馬車。それに続くのがシャンディが操る、荷物の詰まった貴族の馬車。そして最後に俺が手綱を取っているのは、縛り上げて放り込まれた魔術師たちをシルヴィアとマルシアが見張る馬車となっている。
全員意識は飛ばしてあるが、いざというときの事を考え、魔術師の口には猿ぐつわを噛ましている。
二つの馬車が無事で助かった。俺が爆魔石で吹き飛ばしていたら、後処理が大変だった。まあ、あの時は脅しのつもりだったが、最悪、馬車の破壊も視野に入れていた。実行しないで済んでほっとする。
行きと同じように適度に感覚強化を使いつつ、俺たちは門前まで馬の蹄の音を聴き続けた。
「それでは私の出番だな」
馬車は門の手前で停まり、中からリーゼロッテが降りて来る。そして、ゆっくりと優雅な足取りで門番の前へと赴き、何やら会話を交わし始める。
門番の一人が一礼すると、奥へと消えていく。そして多数の兵士を連れて、再び姿を現した。兵士たちはそのまま俺たちの方へと向かってくる。
「こちらが問題の馬車ですね」
「ええ、よろしくお願いします」
手前でシャンディと兵士が会話を交わす。
「こちらは容疑者ですか」
同じように兵士が聞いてくる。俺はそれを肯定して、馬車を明け渡した。
俺には平然と対応していた門番だったが、中からぬっと出てきた大きな黒騎士に驚き、その影に居た小さなシルヴィアに二度驚いていた。
「後の処理は我々にお任せください」
リーゼロッテに伴ってやってきたメイドが一礼するとともに口を開いた。これ以上は俺たちの出る幕はなさそうだ。
「済まないがよろしく頼む」
「なに。これも貴族の義務だ……しかし、中々大事の様なのでな、しばらく修練は出来ぬやも知れぬ」
リーゼロッテは貴族らしい凛々しい顔つきをしたと思った次の瞬間、ため息をついて肩を落とした。
「進展があれば此方から知らせの者を出そう。それまでは自由にしていて構わんぞ」
そして再び気合を入れなおしたのか、元の表情に戻っていく。顔つきは立派なのだが、そのコロコロと変わる表情にどこかおかしさを感じてしまった。
「……何を笑っておる」
どうやらそれは表情にまで出ていたらしい。
リーゼロッテが今度は睨むような顔つきで俺を見てきた。
「あー疲れたー!」
宿に戻るなり、マルシアが声を上げてベッドへと飛び込んだ。そのままゴロゴロと左右に転がっていく。
「まさかただの修練だった筈が、大捕り物になるとは私も思わなかったわ」
シャンディが椅子へと腰掛け、大きく伸びをする。シルヴィアは皆の分の器を取り出すと、茶を入れてテーブルへと並べていった。
「俺も油断していたな。まさか、相手に気づかれるとは思わなかった。……どこかで自惚れていたようだ」
壁にもたれかけ、自身の手を見つめる。失敗は反省をし、原因を見つけて次回の教訓としなければならない。となると、あの違和感の正体を突き止めるのが先決だろうか。
目を瞑り、あの時の感覚を思い起こす。俺の乏しい知識の中では、それをしっかりと表現する言葉は見当たらなかった。魔力のような感覚を信じるのであれば、あれは魔術師が使用したものだろう。あの魔術師たちの調べがつけば、その答えにも行き着くだろうか。
「誰にだって失敗はあるわ。気にしてたらキリがないわよ」
そんな俺にシャンディが励ましの言葉をかけてくる。
「……そうだな。折角、しばらくの暇を貰ったんだ。俺自身の修練もしっかりとやる事にしよう」
テーブルへとついて器を手にする。同じように席についたシルヴィアに礼を言い、喉を潤していった。どうやら知らぬ間に喉が渇いていたようだ。器に大半の茶を飲み干して、一息ついた。
「もう……相変わらず固いわね。折角だし、ちゃんとした休暇を取ったらどう? この前のはお嬢様の街案内みたいなものだし……そうね。イグニスの気が済まないというのなら、手助けの感謝として明日一日はイグニスに私たちのエスコートを頼む、というのはどうかしら?」
テーブルに肘をつき、重ねた手の上に顎を乗せて、シャンディは上目遣いに俺を見てくる。それは何となく断れない魔力を帯びているような気がしてきた。
「賛成っ!」
その提案に、ベッドからガバっと身を起こしたマルシアが乗ってくる。
「……えっと」
隣りに座るシルヴィアは困惑顔だ。
「いいのいいの、シルヴィアちゃんもイグニスの助けに入ったんだから、ね」
その言葉に、俺の方を向くシルヴィア。やはり立場上、提案に頷くことは出来ずに戸惑っているようだ。
「……仕方ない。俺がドジッたのは事実だし、それで礼となるなら付き合おう」
「やったー! いろいろ買ってもらおう!」
俺の了承に、マルシアが喜びの声を上げた。
「……おいこら。人を貨幣袋代わりにするな」