哀しき微睡みからの目覚め 真異視点
眠ることなく白夜は考え続けていた。自分と同じ魔の神である雨月埜命のことで悩んでいるようだった。
でも待ち望んでいるようにも見えた。だから真異は話しかけることはせずに見守り続けた。
そしてまだ朝も明けきらない今、白夜の鎮めの儀式ははじまる。
其処にいるのは人の身の白夜ではない神の身としての白夜野命であった。
何時見てもその姿は定まることはない。鎮めの儀式のごとに彼女は纏わせる色を変える。
舞が今はじまる。それを見逃さぬように真異は見つめた。
白夜は何処までも白い扇に金で画かれた桜の花が散る扇を持ちそれを手の前に滑らせた。
ふわり微笑む。その笑みは何処までも清らかでただ白く無垢だった。
優しく何処までも優しくその舞は舞われている。
そしてまたふわりと微笑み扇を軽やかに滑らせていく扇で白夜は顔を隠した。
その変化は色鮮やかで清らかな少女は色を変え美しい女性へと花開く。
纏う色すら変えて例えるのなら漆黒の闇を思わせる。
白夜の長い濡れ羽色の黒髪が舞うごとに揺れる。それが彼女に色香を添える。
舞は優しいものから扇情なものへと変わり扇を滑らせるのすら物憂げで
扇の絵は黒い牡丹が画かれたものに変わっていた。
ふわり微笑む。それすらも今は艶めかしく舞に色を添える。
そして白夜はその紅で紅く染まった唇を開いた。
「何処に貴方は居りましょうか?」
「それすらも今はおぼろけで」
「でも忘れることなどできない」
「手放せぬから抱えているのでしょう?」
「愛し愛しとこの心が叫ぶから」
その言の葉にその場の空気は揺れた。真異は感じた。雨月埜命が喜びに戦慄くのを。
そして舞は唐突に終わりを告げる。人の身をとった神が場に姿を現したことで。
その神は泣いていた。その神に白夜は近づき抱きしめた。そしてあまやかな声音で囁く。
「苦しかったのですね?」
「ずっと忘れることもできずに独り苦しんで」
「それが貴方様を狂わせたのですね?」
その言の葉に神は答えることはなくただ涙を零した。それが何よりもの返答だった。
白夜は抱きしめたまま、またかそけき声で囁いた。
「もう大丈夫ですよ。貴方様の声は届きました」
「他の誰が認めなくても私はその想いを赦します」
「だからどうかお心をお鎮めください」
その言の葉に神は頷いた。そして微笑む。空が曇り雷雲があたりを包んだ。そして雨は降りだした。
喜びの想いがこの土地に恵みを呼び戻した。神は雨月埜命は微笑むと姿を消した。
そして依頼は果たされた。後日この依頼について答え合わせを白夜たちはすることとなるが
今は喜ぶ依頼人たちに見送られ白夜と真異は社へと帰っていた。空は青かった。