皇子来襲!
一部修正・加筆しました。
2018/05/02
優雅な朝食タイムが終わると、星伍と陸星がお出かけすると言い出した。
「遊びにいくの?」
「遊びじゃないよ!」
「探索するの!ここ広いから!」
遊びではなく、お仕事だったようだ。
宮殿で働いている人の邪魔をしないようにと言い聞かせ、二匹を送り出した。
「あの二匹、優秀ですね。すでに宮殿では噂になっているようですよ。可愛らしい動物がいると」
パウルの言葉に、私はうんうんと頷く。
あの二匹は文句なしに可愛い!
可愛い動物の前では、人は無防備になるだろう。
パウルはそれが狙いだったようだ。
情報も集めやすいだろうし、宮殿の複雑な作りも把握できる。
あの二匹が集めてきた情報をもとに、海が動く。
突然来た私たちをよく思っていない貴族がいたら海が接触し、最悪な事態になる前に、その欲を食べてしまうのだ。
たとえば、娘を皇子の婚約者にして、権力を持ちたいとか。
私たちに取り入って、外交を有利にしようと画策しているとか、そんな欲をだ。
で、その海は今、お風呂を占領している。
セイレーンの姿になって水浴びをしているのだ。
しばらく放っておいても大丈夫だろう。
お姉ちゃんとまったり、帝都の観光にいつ行くのかとか、舞台を観にいきたいとか、話していたときだった。
スピカが困惑顔で、お客様ですと言いにきた。
「どなたかしら?」
「それが、三番目と四番目の皇子です」
お姉ちゃんの問いに、スピカの答えは想定外のものだった。
「テオ様いがいの皇子ってこと?」
「はい。パウルさんに教えていただいた、ライナス帝国の皇族一覧にあった名前を言っておりました」
はて、そんな一覧あったかな?
私も一応、皇族の名前は覚えようとしたんだけど、皇族が多かったからなぁ。
代が変わっても、先帝が存命ならば、先帝の子供たちは皇族の身分が与えられる。
つまり、皇帝陛下の兄弟ね。
先帝が亡くなられると、皇族の籍から抜かれ、臣籍に下り貴族となる。
ラーシア大陸の国では、王族や皇族の正式名に国名が入るのですぐにわかる。
王族や皇族が嫁いだ場合、ミドルネームが祖国の国名となる。
ちなみに、それ以外のミドルネームはそれぞれの国によって違う。
ヴィは、ヴィルヘルト・レガ・ガシェが正式名で、レガは王太子を意味するらしい。
王様になると、ラスに改名されるとか。
なので、王様はガルディー・ラス・ガシェだ。
昨日、おさらいしたんだよ!
「アイセント・シィ・ライナス殿下とダオルーグ・シィ・ライナス殿下ですか?」
あー、そんな名前、あった気がする。
パウルが確認も兼ねて、皇子たちの名前を告げる。
スピカは間違いないと答え、隣の部屋に通してあると言った。
「殿下をお待たせするわけにはいかないわね」
お姉ちゃんの一言で方針は決まった。
「では、念のために護衛を配置いたします」
パウルがそう言うと、スピカとお姉ちゃんの侍女のシェルが隣の部屋に向かう。
シェルはしっかりとお茶の用意も済ませていた。
そして、パウルがお姉ちゃんをエスコートし、私は森鬼にエスコートされる。
「お待たせいたしました」
隣の部屋とは、入口から続いているプライベート空間を仕切る部屋で、ちょっとした応接室も兼ねている。
そこに、寛ぐ少年とやけに怯えている少年がいた。
「…へぇ、叔父上が言っていた通り、美しいね」
そう言ってニヤリと笑う少年は、オリーブのような鈍い緑の髪に緑玉の鮮やかな緑の瞳と、同系色なのに反する印象を与える色を持っていた。
健康的な小麦色の肌をしているのは、日焼けかな?
その少年に隠れるようにして震えている少年は幼かった。
たぶん、私と変わらないか、一つ二つ上くらいか。
顔は見えづらいが、黄色味の強い緑の髪をしている。
…本当に皇子様なんだろうか?
「お褒めくださり、ありがとうございます。わたくしは、カーナディア・オスフェと申します。それと、妹のネフェルティマですわ」
「お祖母様には感謝だな。こんな美しい人の付き添いをできるとは光栄だ」
本当に皇子様なのか……。
お姉ちゃんと同じ年くらいだけど、なんかチャラくないか?
「よかったな、ダオ。妹ちゃんも可愛いぞ」
ダオと呼ばれた少年は、チャラい少年にしがみついて、首を横に降る。
「悪いね。こいつ、凄い人見知りなんだよ」
「はぁ…」
お姉ちゃんも困惑している。
なんか、突拍子もなさすぎて、ついていけない感じだ。
超マイペースなテオさんといい、このチャラ男に、超人見知り…。
この国の皇子、大丈夫??
「アイセッ!!ダオッ!!」
突然、扉をバーンッとして、入ってきた男。
シェルとスピカが目にも止まらぬ速さで男に近づくと、短剣を男の喉に押し当て…ようとして、短剣が吹っ飛ばされた。
パウルと森鬼も動き、私とお姉ちゃんを庇うように前へ出る。
シェルとスピカも別の武器を持ち、戦闘態勢だ。
「あぁぁ!すまん、わざとじゃないんだ。条件反射でつい…」
使用人たちの様子に、慌てて謝る男。
…なんなんだ、この現状は…。
「って、兄上!!逃げやがったな!!」
男は扉の外に向かって叫ぶと、チャラ男がしかめっ面で言う。
「うるさいなぁ。あーあ、ダオが泣いちゃった」
「ダオ、お前に怒ったんじゃないんだ」
男は慌ててダオ少年を抱きかかえると、あやし始めた。
「あの、失礼ですが、どちら様でしょうか?」
ついに、お姉ちゃんが乱入男に声をかけた。
ハッと目を見開いた乱入男は、失礼したと言ってダオ少年を下ろすと、胸に手を当て一礼した。
「お恥ずかしいところお見せして申し訳ない。私は皇帝陛下の第二子、クレイリス・シィ・ライナスです」
先ほどまでの慌てぶりから一転、洗練された仕草は皇族に相応しい貫禄がある。
「殿下とは存じ上げず、大変失礼いたしました。わたくしはカーナディア・オスフェと申します」
正式な名乗りを終えたからか、パウルたちも戦闘態勢を解いた。
にしても、なんかお姉ちゃんの態度が刺々しいのは気のせいか?
「…もしかして、弟たちは貴女方に名乗っていないのでしょうか?」
「えぇ。正式なご挨拶はいただいておりませんの。殿下を騙る不届き者かと思っていたところですのよ?」
そういえば、お姉ちゃんは挨拶したけど、チャラ男とダオ少年からはなかったね。
それで、お姉ちゃんはイライラしていたのか。
「重ね重ね失礼した。先触れも出さず、名乗りもしないとは…」
「カーナディア、おれのことはアイセって呼んでよ」
クレイリスさんが場を収めようとしているのに、チャラ男が台無しにする。
このクレイリスさん、苦労人だ!
四人の皇子の中で一番まともな分、いろいろと苦労しているんだろう。
「遠慮させていただきますわ」
お姉ちゃんはバッサリと一刀両断。
一応皇子だからさ、断るのはどうかと…。
私が内心でハラハラしていると、ゴチンという鈍い音がした。
クレイリスさんがチャラ男に拳骨をお見舞いしたようだ。
うぅ、痛そう…。
「まったく、お前たちはこの国に泥を塗るつもりか?お二人は陛下方が認めたお客人だぞ。皇子として、挨拶一つもできないのならば、教育が必要だな」
まぁ、そうですね。
皇子として、もう一度しっかりと教育をした方が、ライナス帝国のためだと思う。
兄のクレイリスさんに怒られたのが効いたのか、ふて腐れた顔で挨拶をするチャラ男。
「皇帝陛下の第四子、アイセント・シィ・ライナスだ」
クレイリスさんの後ろに隠れていたダオ少年もおずおずと前に出て、小さな声で挨拶をする。
「…皇帝陛下の第五子、ダオルーグです」
クレイリスさんは二人をよくできましたと褒めて、ダオ少年は嬉しそうに笑った。
ちびっこの笑顔、ほんわか和むわぁ。
お姉ちゃんもその笑顔にやられたのか、刺々しさが引っ込んでいる。
「クレイリス殿下、ダオルーグ殿下、どうぞお座りになってください。新しいお茶を用意いたしますわ」
ようやく、場が落ち着いたようで、私もホッと胸をなで下ろす。
シェルが淹れなおしたお茶を出すと、クレイリスさんは口をつけないまま、いきなり頭を下げた。
「お客人に対して、重ねての失礼、本当に申し訳ない」
う…えぇぇぇ!?
皇子が頭を下げたらいかんでしょぉぉ!!
「クレイリス殿下、どうか頭を上げてください。皇子たる者、そう簡単に頭を下げてはなりません」
「いや、弟たちの教育がなっていない、こちらの落ち度だ。こちらに非があるのだから、兄である私が謝罪するのは当然」
はぁ。しっかり者だと思ったけど、実はブラコンってオチか?。
「どうしてクレイリス様があやまるの?悪いのはそちらのお二人でしょう?お二人もいっしょにあやまるならまだしも…」
私の言葉にキョトンとしているクレイリスさん。
いやいや、そんな顔をしてもダメだぞ!
お兄ちゃんならば、弟に教えないといけないでしょ。
いくら皇子とはいえ、国賓に失礼をしたのならば謝罪は必要。
これが自国の貴族であれば、なんとか誤魔化すこともできるだろうが。
礼儀がない皇族を敬いたくはないと思う人もいるかもしれないよ?
「私のおにい様は、私が悪いことをしたら、いっしょに怒られてくれるし、いっしょにあやまってくれるの。でも、悪いことをした私があやまらないと意味がないって」
「その通りよ、ネマ。わたくしたちに失礼をしたと言うのであれば、まずはアイセント殿下とダオルーグ殿下が謝らねばなりません。それだけでもよいですが、より誠意を表すため、お二人よりも上の者としてクレイリス殿下が謝罪の意を述べるのがよろしいかと」
チャラ男は面倒臭そうな顔をしているし、ダオ少年は顔だけクレイリスさんの後ろに隠している。
「…私が弟たちを甘やかしているせいと仰りたいのですね?」
おっと、怒らせてしまっただろうか?
「えぇ、その通りですわ」
お姉ちゃんは油を注ぐみたいに、挑発的に言う。
しかし、クレイリスさんははぁっと深いため息を吐いて、頭を抱えてしまった。
「兄上があんなんだし、エリザは当てにならないし、私だけでもと思ってやっていたことがより悪化させていただけとは…」
エリザって確か、唯一の皇女様だったっけ?
まだ、お会いしていないけど、やっぱり癖のある人なのかな?
「これから先、皇子としての自覚を持たなければ、アイセント殿下は女癖の悪さで貴族の権力争いに巻き込まれるでしょうし、ダオルーグ殿下は信に足りる者を見つけられず、二心あるものに傀儡とされるかもしれませんね」
お姉ちゃん、そこまで言う!?
つか、やけに具体的じゃない?
「こちらに来たばかりなのに、すでにこちらの状況を把握しておられるか」
「オスフェ家の使用人は優秀ですので」
つまり、やけに具体的だったのは、そういう事実があるってこと?
それをうちの使用人たちが掴んできたと?
スーパーマルチな使用人たちなら、できなくはないだろうけど。
逆に、使用人たちにできないことってなんかあるのかな?
「皇太后陛下はお二人の守りとして、わたくしたちをつけたかったのでしょうが…」
うーん、どういうこと?
段々、話についていけないのだが…。
「えぇ。ただ、皇帝陛下と相談して、付き添いは私とルイ叔父上の方がよいだろうと」
チャラ男とダオ少年ではなく、クレイリスさんとルイさんに変更すると、何がどうなるのだろう。
「おねえ様、二人じゃダメなの?」
「そうね。アイセント殿下とダオルーグ殿下がわたくしたちの付き添いをすると、彼らにオスフェ家がついたのではと勘繰る者が出てくるでしょう」
その勘繰った人たちが、他国の貴族、つまりオスフェ家をよく思っていなければ私たちを攻撃してくるだろうし、他は甘い蜜を求めて擦り寄ってくると。
その間、私たちが注目を集めることで、皇子たちの関心が薄れることを狙っての付き添いだったってことか。
「じゃあ、ルイ様とクレイリス様だとどうなるの?」
チャラ男とダオ少年の場合は理解したが、付き添いがルイさんとクレイリスさんに変わることで、何か違いがあるのか?
「ルイ様にはすでに継承権がないことで、ライナス帝国内での地位は確立されているの。のちに臣下となり、それなりの爵位をいただくでしょう。クレイリス殿下は、テオヴァール殿下と同じで、周りを固めてあるので問題はないというところかしら」
つまり、ルイさん自体には、権力争いのしがらみがないので、私たちと仲良くしても勘繰るだけ無駄ということね。
んで、テオさんとクレイリスさんは、ちゃんと信頼できる部下を揃えていて、波風が立っても対処できると。
つか、テオさんに部下って似合わない。
あんな上司、ちょっと大変そう。
「さすが、ガシェ王国が誇る才女だ。どうか、ご理解願いたい」
「そうですわね。そちらのお二人の殿下が謝られるのであれば、承諾いたしますわ」
お姉ちゃんはどこまでも強気だ。
そして、どこか楽しそうなんだけど、皇子を弄って面白がっているとかじゃないよね?
結局、アイセント殿下、ダオルーグ殿下から謝ってもらった。
ダオ少年とか、小さい子を虐めているみたいで、こちらの良心が痛んだ。
「ダオルーグ様、今度いっしょに遊びましょう!ユーシェがいれば、ダオルーグ様もこわくないでしょう?」
罪滅ぼしってわけじゃないけど、せっかくなので一緒に遊ぼうと誘ってみる。
私だけだと怯えるかもしれないので、ユーシェにも協力してもらおう。
ユーシェは遊ぶの大好きだって言ってたから、皇子たちとも遊んでいるはずだ。
「ユーシェもいっしょ?」
「うん!」
私が力強く頷くと、ダオ少年は小さく頷いた。
あとは、時間をかけて仲良くなるだけだな。
「やくそくねー」
私とダオ少年のやり取りを、お姉ちゃんは微笑ましそうに見ていた。
お姉ちゃん、ちびっこ好きだよね。
スピカや赤ちゃんスライムのときもそんな顔してたよ。
クレイリスさんは安堵と嬉しそうな、ふにゃりと力の抜けた顔をしていた。
ふむ。こうして見てみると、この三人、皇帝陛下には似ていないな。
皇帝陛下は青い色彩を持っていて、顔つきも先帝様に似ていた。
王妃様とルイさんは、皇太后様に似ているようだ。
テオさんはどっちにも似てる部分があるので、それで中性的なのかもしれない。
チャラ男とダオ少年は緑の色彩が強く、顔つきもルイさんたちと比べると彫りが深い。
チャラ男はいいとして、ダオ少年は将来美丈夫になりそうな感じがする。
同じく彫りが深いクレイリスさんは、紫がかった青い髪に、やや薄い青の瞳だ。
蒼玉ではなく、藍玉のように、透明度の高い青なので、とても綺麗。
クレイリスさんとチャラ男は、肌の色が同じ小麦色なので、日焼けではなく地黒ってやつなのかもしれない。
この三人は、まだお会いしていない皇后様に似たのかな?
待てよ。つまり、生まれつき肌の色違うってことは、地球みたいに民族の違いがあるってことだよね。
それとも、地域性なのかな?
ライナス帝国って広いし。
まぁ、なんにせよ、ご令嬢たちが放っておかないだろうと思うくらいには、イケメン皇子たちである。
ただ、顔面偏差値の高い顔を見慣れてしまった私たち姉妹には、関係ないけどね。
とりあえず、話は終わったようなので、はた迷惑な兄弟にはお帰りいただいた。
なんか、うちの国よりドロドロしてそうな感じだけど、本当に来てよかったのかなって不安になる。
「大きすぎる国というのも大変ねぇ。つくづく、ガシェ王国に生まれてよかったと思うわ」
お姉ちゃんもしみじみしているし。
私もそう思う。
そこら辺は、神様に感謝しておこうかな。
あとはお姉ちゃんとおしゃべりしたり、スピカと海を連れてお庭をお散歩したりして過ごした。
夜には、明日の準備とか言われて、体を念入りに研かれたけど、明日の朝もどうせやるんだから一回でいいじゃん!
意外と疲れるんだよ、あれ!
意外とライナス帝国にも闇の部分が…。
皇帝は、それくらい自分たちでどうにかしないさいと放任主義です(笑)




