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ある少年の回想 前編 (ベルガー視点)

「そろそろ馬車に飽きてきた。」と重複する個所がありますが、書籍版の方に合わせております。

WEB版と差異がありますので、ご了承ください。

「ベルガー!」


レニスの街に帰ると、ちびどもが駆け寄ってきた。


「ちゃんと、お手伝いやったか?」


「もちろん!!」


ちびどもを引き連れて、家に向かう途中で、街の人から声をかけられた。


「お、ベルガー戻ったのか。リリエにお礼言っておいてくれ」


食堂をやっているおっさんがそう言ったので、わかったと返事をする。

リリエはよくおっさんの店を手伝いに行っていたので、そのことだろう。

それ以降も、いろいろな人に呼び止められた。

明日人手が欲しいから、誰か寄こしてくれとか、この間は助かったとか。

それに応えながらも、この街は変わったなと感じた。

あいつが来てから、街に賑わいが戻った。

戻ったどころか、以前よりも住みやすくていい街になった。

昔なら、街の人から、こんな気さくに声をかけられることなんてありえなかったしな。


街がおかしくなり始めたのに気づいたのは、もう三巡前だったか……。



「すまんな、ベルガー」


旅支度を終えた親父が、情けない顔をしておれの頭を撫でる。


「大丈夫だって!なんかあれば、隣りのおばさん頼るから」


冒険者をやっている親父が、仕事のために家を空ける。

いつものことだが、今回はいつ帰ってこれるかわからない。

隣りの国での仕事で、長期間の依頼だから、その分実入りもいいって言ってた。

帰ってきたら、美味いもんたらふく食べさせてやるぞって。


親父を見送って、家の中が寂しく感じる。

こういうとき、母ちゃんがいてくれればなっていつも思う。

でも、母ちゃんは、親父とおれを捨てて出ていった。


「ベルガー!」


よく一緒に遊ぶユーイが家にやってきた。


「おう。どうした?」


「ベルガー、(かど)の姉ちゃんがどこいったか知らないか?」


「角の姉ちゃんって、フリュー姉ちゃんのことか?」


逆に聞き返すと、そうそれと間抜けな返事が返ってくる。

相変わらず、ユーイは人の名前を覚える気がないらしい。


「知らねぇけど…。また、人がいなくなったのか?」


「…そうみたい」


冒険者の若い兄ちゃんも見なくなって久しい。

どっかのおっさんも消えたって話も聞いた。


「うちの母ちゃんは、男に捨てられて、女神様のもとへいっちまったんじゃないかって」


そういえば、たまに男と歩いている姿を見かけたな。


「しばらくしたら、ふらっと戻ってくるんじゃないのか?」


自分で言っておきながら、もうフリュー姉ちゃんと会うことはないだろうと思った。


それから少しして、また人がいなくなった。

ユーイの母ちゃんだ。

昨日は街に仕事に行っていたとかで、陽が落ちてから帰ってくるはずが、今日になっても帰らなかった。

泣きじゃくるユーイを宥めつつも、何かがおかしいと思った。


「おれ、騎士団に行ってくる。ユーイの母ちゃん探してもらう」


親父と一緒のときにしか街に行ったことはないけど、道はだいたい覚えている。

騎士団の詰所で、人がたくさん消えていることを伝える。

しかし、騎士は相手にしてくれなかった。


「貧民街の連中がいなくなったって?それで探して欲しいと?いなくなってよかったじゃないか。これで少しは街も綺麗になったろうよ」


「何も言わずにいなくなるような人じゃない!!」


「ガキ、現実を見ろ。お前たちは捨てられたんだよ」


捨てられたと言う言葉に衝撃を受けた。

あの貧しい生活を見れば、そうなのかもしれないと思ってしまった。

おれの母ちゃんと違って、ユーイの母ちゃんはそんな人じゃないと思いたかったんだ。


「わかったんなら、とっとと帰りな」


これ以上、何を言ってもむだだろう。

ユーイになんて言えばいい?

こいつみたいに、捨てられたと言うのか?

結局、ユーイには本当のことは伝えず、騎士が探してくれると嘘をついた。

それから、おれとユーイは一緒に暮らすようになった。

ユーイには親父がいないから、母ちゃんまでもいなくなると、ユーイは独りだ。

それ以降も、この地区から大人が消え続けた。

なんども騎士団には訴えたが、うるさいと一蹴され、酷いときには殴られたり蹴られたりもした。


「何かあったのか?」


その日は、隣りのおばさんが消えたので、むだだとわかっていながらも騎士団に行った。

見たことのない、偉そうなおっさんがいた。


「本部隊長殿っ!」


ラルカ(たぬき)に似たおっさんだが、本当に偉い人らしい。

おれの相手をしていた騎士が、直立不動になり、右手で拳を作り胸に当てた。

たぶん、騎士同士の挨拶か何かだろう。


「あの!おれの知り合いがいなくなったんだ。それもたくさんの人が!きっと、誰かがさらったんだ。調べてくれよ!!」


騎士に言うよりも、この偉いおっさんに言った方が早いと思って口にするが、気がはやり上手く伝えられなかった。


「お前っ!」


騎士が焦ったように止めようとしてきたが、偉いおっさんがそれを遮る。


「なるほど。詳しい状況を」


説明しろと言われた騎士は、少し青ざめながら、おれが来た経緯を話す。


「エナ地区、通称貧民街と呼ばれる地域で、行方不明者がいるとのことです。一見、事件のようにも思えますが、生活を苦に、自ら消えた可能性が高いかと」


「頼むよ!黙ってどっかに行く人たちじゃないんだ!!」


一生懸命おっさんに訴えると、おっさんはおれの頭に手を置き、こう言った。


「私の管轄で不届きな者が跋扈しているようだ。任せておきなさい」


おれはその言葉に安堵した。

これでもう、人がいなくなることはないだろうと。


それからしばらくは平穏だった。

しかし、親がいなくなった子供が多く、おれとユーイはその子たちの面倒を見るので手一杯だった。

もうすぐ冬が来る。

レニスの冬は、雪が降ることはないが、その分寒さが厳しい。

この地区では、毎年凍死する者が出るくらいだ。

ある日、爺婆たちが、自分たちのことを見捨てろと言ってきた。

もし、自分たちが女神様のもとへ旅立ったら、家のものは好きにしていいと。

おれは嫌だと言った。

大人がいない今、爺婆たちもいなくなったら、誰がおれたちに知恵を教えてくれるんだ!

子供たちだけでなんとかやっていけるのも、爺婆たちがいろいろなことを教えてくれたからだ。


「蓄えもねぇ、力もねぇ。間引かねぇと、お前たちまで死ぬぞ。わしたちは十分生きた。お前が気にするこたぁねぇ」


爺婆の言う通り、冬はとても厳しかった。

子供たちは身を寄せ合って暖を取るも、体を壊す者が出てきた。

親父が残してくれた金はもうない。

こいつらを食わせるために、すぐに底を尽きた。

やむをえず、いなくなった人の家から食べ物や金目のものを盗り、売っぱらって食いつないでいる。

そしてついに、爺婆から死者が出た。

子供たち総出で、泣きじゃくりながら、弔う。

おれたちができるのは、それくらいしかなかった。

食い物がない日も多く、おれは自分の力のなさを悔やんだ。

それもなんとか生き延びていたのに、再び人がいなくなった。

おれより二つ年上の男の子だ。

彼は、この地区に不釣り合いな魔力を持っていた。

彼に助けられたことは一度や二度だけじゃない。

ふらっと居ついた、知らないおっさんも消えた。

母ちゃんがいなくなったと泣き叫ぶ子供をユーイが連れてきた。

もう、体力的にも精神的にもすべてが限界だったあの日。

レニスはコボルトの襲撃を受けた。


誰かの喚く声や悲鳴、魔法による爆発音が、レニスに響き渡った。


「いいか、絶対に外に出るんじゃないぞ!」


幼い子供たちに、きつく言い聞かせると、おれは街に向かった。

そこには、血まみれの騎士や焼け落ちる家屋など、今までに見たことのない光景が広がっていた。


「なんだってこんなことに…」


「そっちから来るぞ!!」


「コボルトが迫っている!急いで配置につけ!!」


コボルト。

親父から聞いたことがある。

犬の姿をした魔物だと。


「外の冒険者を援護しろっ!全滅するぞ!!」


慌ただしく動き回る騎士たち。

一部では、治癒術師が懸命に治癒魔法をかけている姿もある。


「邪魔だ!どけ!!」


怪我人を運んできた冒険者に突き飛ばされた。

とにかく恐ろしくて、走って逃げた。

冒険者や騎士があれだけ傷ついても倒せない魔物に、とてつもない恐怖を感じたんだ。

みんなのいる家に戻ると、どこか遠くで遠吠えが聞こえた。


それから街は変わった。

ほとんどの人は街から逃げ出し、代わりにたくさんの冒険者が来た。

食い物の値段は上がり、ますます食べることができなくなったし、街に出れば冒険者に絡まれることも増えた。

街で食べ残しなんかを探していると、汚いガキと罵られ、暴力を受けるときもあった。

おれはもう、大人を信じられなくなった。

自分たちだけで、なんとかしてやると意地になってたんだ。


ようやく春が来たときに、あいつと会った。

おれらの地区に犬が迷い込んできて、最初は食おうと思ったけど、魔物かもしれないと思ってやめた。

魔物なら、倒さなきゃいけない。そう思って、蹴飛ばしたんだ。

簡単に吹っ飛んでいく犬を見て、自分にも少しだけど力はあるんだと感じた。

今思えば、愚かにも程があるけど、あのときは特に力を欲していたから、弱い存在を見つけて喜んでいたんだと思う。

自分よりも弱い存在があれば、強くなったと錯覚できるから。


「お前たち、何をしている!?」


突然現れたのは、騎士の鎧を着けた連中だった。

そして、彼らの後から来たのは、この場に相応しくない、上質な服を着た少女。

なぜか、獣人らしき男に抱えられていたけど。


「誰だよ、よそ者には関係ないだろっ!」


「その子に何をしたの?」


あいつは危ないと思わなかったのか、騎士たちよりも前に出て、おれを睨みつけてきた。


コボルトが敵だと言えば、本当に敵なのかと、訳のわからないことを言ってきた。

無抵抗の者を傷つけるのは、恥の行為だと。

ならば、おれが受けてきた暴力はなんなんだ?

誰もが見て見ぬふりをするか、側で笑っているだけだった大人たちは、誰も注意すらしなかったぞ!!

平民の、それも貧民街と呼ばれるような場所に住んでいるおれらのことなんか、貴族の、それも子供なんかに理解できるわけがない。

知りもしないくせにと怒りがわき、うるせーと叫びながら殴りかかる。

だが、拳を作り、一歩踏み出しただけで騎士に腕を掴まれ、地面に押し倒される。


「くそっ、はなせっ!」


なんとか、掴まれた腕だけでも外そうともがくが、びくともしなかった。


「すぐ力にたよってはいけません。力とは、弱い者を守るためにつかうものだからです」


何を言っているんだ、こいつ。

弱い者を守るために、力を使うだと?

そんな大人がどこにいるんだ?

使えるものならなんでも使わないと、次の瞬間には死んでるかもしれないのに。


「これいじょう、あなたにきがいはあたえないわ。そのかわり、その子をわたしなさい」


最後の方はおれでなく、後ろの子供たちに向けたようだ。

すぐに動く音がして、あいつは犬を抱きかかえ、おれの前まで戻ってきた。


「あなたが守りたいものは何ですか?うしろにいる彼らではないのですか?強い者が弱い者をしいたげるのは、守ることにはなりませんよ」


自分より強いものから守ってこその強さだと言いたいのか?

じゃあ、弱いおれたちを守ってくれる存在はどこにあるんだ!?

自分が弱いことくらい、嫌でも知っているさ。

嘘でもなんでもいいから、ただあいつらを守るために……。

自分が何をしたいのか、これからどうすればいいのか、わからなくなって、ただただ正論だけを言うあいつが憎くて。


「お前らのような貴族に、どうじょうされたくない!」


言葉だけならなんとでも言えるさ!

でも、現にお前らだっておれたちを助けてはくれないじゃないか!!

おれたちは、その犬よりも惨めだ!!


「強さとは力だけではありません。あなたが道を外れず、ひきょうにもひくつにもならず、何か一つだけでもいいので、この騎士たちのようにほこれる強さを身につけられれば、大切なものを守れるすてきなだんせいになるでしょう」


強さが力だけではない?

何か、誇れるものが一つでもあればいい?

大切なものを守れる素敵な男性という

言葉に、おれは親父を思い出した。

昔、酒の入った親父が言っていたことがある。

俺は強い方ではない。赤まで行けたのは、仲間と運のおかげだ。

だけど、目だけは誰にも負けんと。

親父の目は、すぐに異変をとらえるらしい。

酔っ払っていたので、詳しくは聞き出せなかったけれど、相手の動きや罠なんかが、目に飛び込んでくると言っていた。

親父のひいじいちゃんが獣人だったとかで、その能力だけが親父に出たのかもしれないと。

親父は、そのひいじいちゃんからの力を誇っていた。

この目があったからこそ、今までやってこれたし、仲間やおれを守ることができたのだと。

おれにも、何かがあるのだろうか?

人に誇れるような何かが。


「おれは冒険者、赤のガイ・クリエスの息子ベルガーだ。おれは親父のように、みんなを守れるくらい、強くなるんだからな!!」


気づけば、そう叫んでいた。

親父のように、強くありたいと。


「覚えておきますわ、ベルガー・クリエス。私はネフェルティマ・オスフェです。あなたが強くなったと思ったら、私にじまんしにきてください」


見下されているというより、幼な子を見守るような視線にいらついた。

お前の方がちびのくせに!

あいつは、犬を抱えて少年のもとへ駆け寄った。

その側には大きな動物もいて、こいつらの正体がますますわからなくなった。

ただの貴族ではなさそうだ。


「命拾いしたな、坊主」


おれを押さえ込んでいた騎士がどくと、凄い力で引っ張られ、立たされた上に、頭を撫でられた。


「殿下の御前での暴挙、さらに、ネフェルティマ様は領主様のご息女で、王族の血をひくお姫様だぞ」


騎士の使う言葉が難しくて、いまいち理解できなかったけれど、殿下?お姫様??


「はぁ??」


お姫様が血まみれの犬を抱くのか?

そもそも、こんな場所に来るわけないだろっ!?

騎士が大げさに言っているだけかもしれないが、憧れが崩れていく気がした。

この国の最初の王様とその仲間、建国の英雄たちの物語は小さな頃から爺婆たちに聞かされていた。

どんな困難にも負けない王様と、王様を守り、ともに戦う仲間たちは、おれたちの英雄だった。

男の子たちの間で、その物語をまねする遊びがはやるのは当然だった。

領主様が建国の英雄たちの子孫だというのは、爺婆に教えてもらった。

そんな英雄の血をひくお姫様があれだと!!

お姫様って、もっと綺麗で優しくて、ふわふわしたものじゃないのか!?


驚きと、絶望に似た何かで立ち尽くすおれに、騎士は言った。


「もう少しだけ辛抱しろよ。必ず、あの方たちが助けてくれるからな」


気づけば、騎士もネフェルティマたちもいなくなっていた。


「…助けてくれる?」


とうに諦めていたのに、なぜ今になってそんなことを言うのだろう?

おれたちが助けてくれと叫んだときには、見向きもしなかったくせに。

また、希望を抱かせて、どん底に突き落とすつもりか?

…そうに違いない。

こんな汚い子供たちを助けたところで、貴族にはなんも利益はない。

下手したら、ばらばらに引き離されて、どこかに売り飛ばされるのかも。

そうは、させるかよ!

おれが、守ってみせる!!


ベルガーの親父さんは、ライナス帝国へ出稼ぎに行きました。

帝国からの依頼なので、拘束期間が長いけど、金がいい!と受けてたのですが、その間ベルガーは大変な目に…。


つか、一話にまとめるはずが、長くなってしまいました。

後編もお付き合いお願いしますm(_ _)m

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