ゴブリンたちは元気すぎる。
さて、白が雫の中に入ってしまったのはしょうがない。
一日くらいで出てくるらしいので、放っておこう。
魔法をもらって満足したスライムたちだが、名前を付けていない子たちは山の中に戻っていった。
この場に残ったのは、私が名前を付けた子たちばかり。
一緒にいたいのか、賑やかに鳴きながら、あとをついて来る。
つか、琥珀。
ヒールランの頭の上に乗るのはやめなさい。
間抜けな帽子みたいになってるから!
ヒールランの頭から琥珀を下ろすと、るぅぅと不満そうに鳴いた。
灰たちもお兄ちゃんから出たくないとか言うし、琥珀もこんなんだし、一応、私がご主人様なんだけど!
琥珀を揉むと、今度は嬉しそうな鳴き声になった。
ふむ。白や雫と比べると、固めだな。
粘土のような弾力なのは、土の魔法を好んで食べていたからなのか?
「本当に魔物を従えているんだな」
「不思議だね。僕が名を付けても、あんなふうになるのかな?」
「叔父上は……やめておいた方がよいのでは?」
「なんで!?」
「なんでって、お世話しないでしょ」
なんて会話が聞こえてきた。
群れごと取り込めば、お世話はいらないかもしれないけど、場所は限られるよ。
皇族なら、パパッと用意しちゃうかもしれないけど、聖獣を怖がる子もいるから、あまりおすすめはできないなぁ。
なんて思っているうちに、ゴブリンの洞窟に到着した。
「主様!」
洞窟の前には、ずらりと整列するゴブリンの群れ。
ちょっとまて、いつから軍隊になった!!
「…こんな大規模なゴブリンの群れが存在するとは…」
テオさんも驚いているけど、私も驚いている。
以前は、大所帯くらいだった。
六十匹から八十匹といったところか?
それが、二倍近く増えている感じがするんだが…。
「森鬼。今、群れの数はどれくらいに増えたの?」
「この前生まれたちびを合わせると、百三十四だったか?」
うーん、多いのか少ないのか、よくわからん。
「森鬼は多いと思う?」
「…いや、群れの大きさにしては、死ぬ方が多い」
そうか。やっぱりまだ改善策が必要なのかもしれない。
この山の中で、群れを二つにしてみるとか?
戦力強化するにしても、名前を付けていないゴブリンたちがどこまで強くなれるのか…。
「……あるじさま」
あ。考え事してたせいで、放置されていた鈴子が泣きそうだ。
「鈴子、闘鬼、私が眠っている間、大変だったでしょう?つらいこともあったかもしれない。それでも、むれを守ってくれてありがとう」
片膝立ちの二人の頭を、よしよしと撫でる。
髪の毛がないので、ツルツルしているのだ!
人肌と変わらない感触なので、触っても新鮮味はないが、スキンシップは大事だからね。
「主様、来るとしんじてた」
「主様との繋がりが切れていないのはわかっていたから頑張れた」
闘鬼は相変わらず辿々(たどたど)しいが、それでも発音はよくなっている。
それより、鈴子がなんら遜色のないラーシア語をしゃべっているのが凄い。
ーギー!
ーギギーギー!
十匹近くのゴブリンが、私にまとわりついてきた。
「主に会えて嬉しいと言っている」
森鬼が通訳してくれたが、この子たちの顔つきを見れば、すぐにわかった。
「みんなも無事でよかった」
このゴブリンたちは、私がゴブリンにさらわれたときにいた子たちだろう。
つまり、私を群れの長だと認めている子たちだ。
ほとんどのゴブリンが、ここにいる人間に対してどうすればいいのかと不安そうにしている。
中には、私を睨みつけるホブゴブリンもいるくらいだ。
「私を知っている子は手をあげて!」
そう言うと、私の周りにいた子たちは元気よく、ギーッと鳴いて手を挙げた。
群れ全体からすると、手を挙げたのは三分の一にも満たないかもしれない。
たった二巡で、これだけしか生き残っていないということでもある。
ホブゴブリンは、鈴子と闘鬼を除いて九匹いた。
そのうちの二匹は、私を知らないようだ。
残りの七匹のうちの一匹は、森鬼が途中で群れに加えたホブゴブリンだから、私が知っている世代で進化できたのは六匹か。
ーギギャァァッ!!
私を知らないホブゴブリンの一匹が、雄叫びをあげて、目の前に迫ってきた。
しかし、突然、視界から消えてしまう。
ーグギギャァ!!
今度は別の雄叫びが…。
鈴子よ、他のゴブリンに対しては鳴き声なのは変わらないのね。
それよりも、君の下にいるホブゴブリン、地面にめり込んでいるけど生きてる?
「鈴子、はなしてあげて」
「主様を害しようとした!」
「闘鬼も、ぶきは下ろして。大丈夫だから」
臨戦態勢の闘鬼を宥め、私は地面にめり込んでいるホブゴブリンに話しかける。
「止められるとわかっていて、どうしておそおうとしたの?」
聞き取りづらい、くぐもった声で何かを言った。
「きさまっ!」
鈴子にはわかったようで、押さえつける力が強くなる。
鈴子を落ち着かせながら、森鬼になんて言ったのかを問うと、少し言いづらそうに答えた。
「…俺以外の長など認めないと言っている」
なるほど。
私を知らない世代にとっては、なんだこいつ?ってことか。
私が起きたことで、森鬼が突然いなくなったと不安もあったのかもしれないな。
「森鬼がいなくてさびしかった?私がきて、むれが変わるかもしれないと不安だった?」
力なく、ギーギーと鳴いている。
なんだか可哀想で、頭をよしよししてあげる。
すると、周りの子たちが激しく鳴き始めたが、どうしたんだ?
「俺が主の側にいるのが気にくわないらしい。それを聞いて、若造が口出しするな、主を傷つけるなら群れから出ていけと言われている」
自分より上位のホブゴブリンを若造扱いするゴブリン。
…思考力が上がっているのか?
それよりも、この場をどう収めればいいのか。
はっ!そうだ!!
この騒動を見守っているパパンのところに行き、抱っこを要求して、内緒話をする。
それを聞いたパパンが、すぐに答えてくれた。
私の考えていたことと、パパンの答えが一致したので、お礼を言ってゴブリンたちのところへ戻る。
「じゃあ、鈴子。その子をはなして」
鈴子は渋々といった態度を隠すことなく、ホブゴブリンの上から離れる。
「で、君はそこにすわって」
地面にめり込んだままのホブゴブリンを起こし、座らせる。
「楽なしせいでいいから」
座ってと言ったら、ちょこんと体操座りした姿が、凄く哀愁漂っていた。
楽にしてと言っても、体操座りはやめなかったので、なんだか私がいじめているみたいじゃないか!
「君は森鬼のこと、どう思ってる?」
質問したら、鈴子の顔色を窺いながらも、小さな声で答えた。
よっぽど鈴子が怖いんだな。
まぁ、仕方ないんだけど。
「りっぱな長だと」
森鬼ではなく、近くにいた鈴子が通訳してくれた。
ふむ。予想通りではある。
「そっか。じゃあ、森鬼。この子に名を付けてあげて」
そう告げたとたん、ゴブリンたちが騒ぎ出した。
雰囲気からして、なんであいつがっ!という不満だろう。
「主様!なんでこんなやつに名を!!」
「鈴子だったら、闘鬼が長だとどう思う?」
「いやだ。群れが全滅する!」
「いやだと思うゴブリンの下にいたい?」
鈴子は凄い形相で黙ってしまった。
なんだろう?
嫌な思いでもしたことあるのかな?
「森鬼に名をもらって、森鬼につくすことは、けっきょく私の下にいるってことなんだけどね」
パパンに質問したのは、自分を嫌っている部下がいたとして、どういうふうに使うのか?
パパンの答えは、その部下が尊敬している別の部下につけるだった。
嫌いな人の下で働くのは苦痛だが、尊敬する人の下でなら働きやすいとかあるよね。
でもそれは、組織のトップから見れば、組織自体を出なければ、得られる結果は一緒。
いや、やる気がある分プラスかもしれない。
そして、パパンは、部下をどう配置し、どう使うのかが上の仕事だとも言っていた。
「しかし…」
鈴子と闘鬼の説得の方が先に必要みたいだな。
「鈴子と闘鬼も、ここにすわってくれる?」
君たち、大きくなっているからさ、首が疲れるんだよ…。
私の成長期、早く戻っておいで!
言う通りに大人しく座った二人に視線を合わせる。
「あなたたちが、私のことをしたってくれているのはすごくうれしいよ。でもね、それを他の子たちに押しつけてはダメ」
本来ならこの子たちは、強いもの、特に群れを守ってくれるものについていく本能があるはずなのだ。
名前に縛られているがゆえに、それが歪められているんだと思う。
「私はあなたたちのこと大好きだから、むれも守りたいって思ってる。でも、側にいることはできないから、本当のいみでの長は鈴子なのよ?」
可哀想だけど、森鬼は返してあげられない。
愛し子の騎士という以前に、私の側にいてくれないと非常に困る。
つか、私が寂しい!
「闘鬼にも言ったけれど、つねに考えなさい。むれにとって、何がさいぜんなのかを」
「…それと、こいつに名を与えることにどんな繋がりが?」
二人とも、わからないからって首を傾げるな!
周りのお前たちも、真似しなくてよろしい!
可愛いから!!
仕方ないので、地面にお絵描きをして、縦社会の仕組みを教えることにした。
「いい、このむれの長は一応、私ね。そのすぐ下に森鬼がいて、鈴子と闘鬼は森鬼の下よ。鈴子たちの下にホブゴブリンたち。さらにその下には、年長のゴブリンたち。そして、若いゴブリンたちって形になるの」
群れの成り立ちについては、鈴子たちも理解したようだ。
「じゃあ、年長のゴブリンが、かりをいっぱいせいこうさせたりして、がんばったとする。でも、このゴブリンは鈴子のことが好きでがんばったとしたらうれしくない?」
「…嬉しいとは思うが、主様のために頑張るべきだ」
「私のためじゃなくていいの。このゴブリンが鈴子のために、いっぱいえさを取ってきたのなら、むれのみんなもご飯を食べられるでしょう。理由はどうあれ、けっかは森鬼にも私にもいいことなのよ」
平社員が出世したいからと頑張って利益を出せば、優秀な部下を育てたと上司の評価もあがり、会社としては利益が出ているのだから、出世したいという欲で頑張ったとしても、なんの文句もない。
頑張る理由は人それぞれ。
一番困るのは、不満ばかり撒き散らして、仕事を疎かにされることだろう。
だから、私のことが不満なら、私のことは忘れてもらって構わない。
大事なのは、それが群れによい事をもたらすかどうかだ。
こんな、ギスギスした空気の中で過ごしたくはないだろうし。
「主様にとってもいい事?」
「そうよ。あの子が名前をもらって、森鬼のためにむれをみちびいてくれたら、私にとってはいいことでしょう?」
まぁ、実際の会社では、どこの部署に配属されるかは、希望を出していても会社の都合に左右されるだろうし、上司が嫌なやつだからって、会社が融通を利かせてくれるなんてことはない。
しかし、この群れに関しては、私がトップだ!
「みんなも、私じゃなくて、このゴブリンなら自分や仲間を守ってくれるって思うゴブリンについていいんだからね」
「私は主様がいい」
「おれも主様といる。主様、よわいおれ、見すてなかった」
「二人ともありがとう!」
鈴子も闘鬼も、こちらが恥ずかしくなるくらい、好意を伝えてくれる。
年長組のゴブリンたちも、私についていくと言ってくれているようだ。
「というわけで、森鬼、お願いね」
「……シュキ」
いきなり言われても、ん?ってなるんだが、それが名前ってことでいいのかな?
「シュキって名をつけるの?」
あぁ、と短く肯定した森鬼。
シュキかぁ。
私が雄には「鬼」をつけていたから、それをくんでくれたのかな?
漢字にすると朱鬼がパッと浮かぶけど、赤くないしなぁ。
酒もちょっと違うし、うーん。
あ!守鬼!!
うん、これにしよう。
……って、名前つけるの森鬼だから、漢字表現なわけないか。
呼び方が一緒なら、私が守鬼って思っててもばれないからいいかな?
「お前はシュキと名乗れ。お前の精神力なら、熱くなりやすいスズコとトーキを止めることができるだろう」
地面にめり込んだホブゴブリン改め、シュキは体操座りをやめて、森鬼をすっげぇキラキラした目で見上げている。
「守鬼がせいしん力が強いってどうしてわかるの?」
「主を襲うことができたからな」
ゴブリンは元々、子供は襲わないし、逆に守る本能的なものがあるらしい。
そういえば、森鬼がまだホブゴブリンだった頃に、そんなことを言っていたような気がする。
その本能を抑えて私を襲い、しかも本気で傷つけるつもりはなかったのだろう。
守鬼は、鈴子たちに止められるとわかっていたのだから。
……もしかして、全部守鬼の思惑通りだったりして……。
恐ろしい疑惑が浮かんでしまった。
まさか…ねぇ。
「守鬼、本当は私に名を付けてもらいたかった?自分を売りこむために、こんなことしたの?」
そう問うと、守鬼は何も言わなかったが、表情がすべてを語っていた。
守鬼は頭がよく、冷静に状況判断をし、自分の想定した通りに事を運んだというわけか。
これは…参謀キャラだな!!
「まぁ、いいわ。守鬼、このむれをよろしくね。あなたもふくめて、大切な子たちだから」
守鬼は何かを告げたあと、洞窟の中へと消えていった。
それに続いて、飽きた子たちが洞窟へ戻っていく。
「主に言われなくとも、と言っていたが」
「守鬼も強くなりたかったんだろうね。だから、名前がほしかった」
「…それで主を襲ったのか?」
私が名前付けてたら、どんなふうに成長したのかが気になるけど、なんかヤバそうだから森鬼で正解だったのかも。
あ、そうだ。
鈴子と闘鬼にも、私がライナス帝国に行っちゃうこと教えておかないと。
「主様、もどってくる?」
「もちろん!」
「じゃあ、まってる」
闘鬼はいい子だ。
いい子すぎて、誰かに騙されないか不安になるくらいいい子だ。
「主様、群れは私が守る。だから、主様は心配いらない」
「ありがとう鈴子!向こうに行くまで、いっぱいあそぼう!!」
私が二人と絆を確かめ合っているとき、後ろではおかしな会話が繰り広げられていた。
「もう、なんで止めるのよ、シンキ!」
どうやら、お姉ちゃんが森鬼に文句を言っているようだ。
「あんた、シュキを殺すつもりだっただろう?」
はっ!
今考えてみれば、守鬼が襲ってきたのに、うちの家族が大人しいってありえないことだった。
そうか、森鬼が止めてくれていたのか。
「カーナもまだまだだね」
「でも、お兄様!可愛いネマが襲われそうになっているのを黙って見ていられないわ!!」
「あのシュキというホブゴブリンの計算だった。あれは、私たちやシンキたちの動きを目で追っていたしな」
なんですと!!
パパン、私が質問するまでもなく、すべてわかっていたってことか!!
「凄いとこ見ちゃったねぇ」
「魔物に名を付けるか…。なぜ、ネマ様だけ付けれるのだ?」
「まだ、明確にはなっておりませんが、聖獣の契約が関係しているのではと考えております。しかし、聖獣の契約者を研究に使うわけには参りませんので…」
ルイさんとテオさんに、ママンが説明している。
神様の使いとも言われている聖獣とその契約者を実験台にはできないよね。
もし、ヴィがいいよと言ったとしても、一国の王太子が魔物を連れ歩くなんてしたら、大問題になりそうだし。
「我がライナスでこの計画をやるとするならば、中心となる魔物は掌握しておきたい。やはり、もう少し実例が欲しいところだな」
考え込んでいるテオさん。
実例って、ライナス帝国にいる聖獣の契約者に、魔物の名付けをさせるってこと?
「陛下なら喜んでやりそうだけどね」
ルイさん。貴方のお兄さんは、そんな方なんですか?
魔物に偏見を持たない人だったら、私も嬉しいんだけどなぁ。
「…次代の方がいいと思うが」
「それは、聖獣様が選ばないと無理だし」
この会話からして、ライナス帝国の皇子たちは、誰も聖獣と契約していないってことだよね?
つか、聖獣もどういう基準で選んでいるんだろう?
ソルは……たぶん、私が愛し子だったからだと思うんだけど。
ラース君は、なんでヴィを選んだんだろう?
気になる!
今度、聞いてみようっと。
さて、次はコボルトたちのところに行くぞーって歩き出したら、どうやら鈴子たちもついてくるらしい。
年長のゴブリンたちと、なぜが子供のゴブリンたちもついてきた。
「森鬼、小さい子たち、ついてきて大丈夫?」
「あぁ。俺がいるときは、よくコボルトの群れに連れていってたから、今日もそれだと思っているんだろう」
こう見えて、面倒見がいい森鬼。
きっと、子守している姿も様になっているに違いない!
子供のゴブリンはスライムに興味を示し、何匹かは手に持って遊んでいる。
とりあえず、スライムたちには攻撃しちゃダメだよとは言ったけど、菫と思しき紫のスライムが子供のゴブリンから逃げ出した反動でアッパーをきめてしまった。
それで、その子が泣き出して、周りの年長組が宥めるも、他の子たちにも伝染してしまう。
森鬼がため息を吐きながらも、子供たちのところへ向かい、何匹かまとめて抱き上げる。
闘鬼も森鬼に言われて、残りの子たちを抱き上げると、驚いた子たちはすぐに泣き止んだ。
それを見たスライムたちが、面白そうとよじ登るもんだから、森鬼と闘鬼は大変なことになっていたよ。
見てるだけでも楽しいから、止めはしないけどね。
「そろそろ、お迎えを呼びますね」
これ以上行くと、コボルトの罠があると言って、ベルお姉さんが笛を吹いた。
レスティンの指笛のような、高い音の笛だった。
お迎えは、どの子が来てくれるのかなー。
森鬼に弟子ができました(笑)
鈴子と闘鬼コンビのよいツッコミ役となってくれるでしょう!
1/16頃に感想をくださった方へ
ご本人様が削除なさったのだと思いますが、感想ありがとうございました!
お返事が間に合わずに、申し訳ございません。
温かいお言葉は、しっかりと脳内に刻みつけております!!
また、何かございましたら、遠慮なくお声かけてください。