動きだす者たち(オリヴィエ視点)
やることは知っていたし、ちょっとは協力もしたけれど、まさかここまで派手にやるとは思ってもいなかったわ。
いえ、想像を越えていたという方が正しいかしら?
オスフェ公爵家が動いた翌日、上がってきた報告に頭を抱えるしかなかったの。
デールがやったという上級貴族地区の教会はすでに半壊で、倒壊の恐れがあるため急いで現場保存をさせに魔術師を派遣した。
セルリアの方も酷いあり様ね。
商業地区の店舗で、禁止されている薬物を輸入し、さらに店舗の地下ではいかがわしい行為が行われていたそうよ。
その現場を目撃したセルリアは、被害者を除いたすべてを氷漬けにしてしまったというんだから。
現場からの報告によると、ある程度は魔法で溶かしたらしいけど、これ以上使うと火災の危険性があるため、自然解凍を待つと。
カーナの第一住居地区の宿屋では、洗脳された信者の救出までは上手くいったが、そのあとにルノハークと戦闘になり、カーナが魔道具を誤って発動させてしまい、宿屋は全焼。
ルノハークも全員焼死が確認されたって…。
一番まともなのがラルフの第四住居地区の教会。
洗脳された信者は全員救出され、ルノハークは何名か死亡したものの、情報を持っている者の生け捕りに成功したとあるわね。
建物及び現場の状況は大変良好で、被害にあった遺体の身元も数名だが判明したとあり、被害者の情報も付け加えられていた。
彼らがやらかした事後処理が終わると、いつもの顔触れを呼び出したのだけど。
「それで、今後はどう動くつもりなの?」
「その聖主とやらを捕まえられればいいんだが…」
私たちの手元には、デールが掴んできた情報がまとめてある。
ルノハークを動かしている長と思われる人物。
聖主様と呼ばれる、カルム・アスディロン。
自らを創造神様の力などと名乗るとは、ふざけている!
「思ったんだけど、この人物を捕まえられるとは限らないよね?」
「…何が言いたいの、ユージン」
「国として行うべきは、この人物を捕まえることではなく、この人物が起こそうとしていることを未然に防ぐことじゃないかな?」
ユージンの言葉に一理あるわ。
でも、捕まえないという選択肢はないのよ。
ネマが言っていたように、戦を起こすことが目的ならば、それを防がなければならない。
しかも、数多の天災の対策も含めてね。
そして、捕まえられれば捕まえる。
難しいことだけど、やらなきゃいけないのよね。
「それで、ユージンには策があると?」
サンラスもユージンの発言に興味を持ったみたい。
「策というほどではないんだが…」
そう前置きしつつも、ユージンが語ったのは意外なことだったわ。
戦が起きそうな原因、それは天災。
干ばつ、洪水、食糧不足。イクゥ国を中心に酷い被害が出ているの。
では、その天災が起こった原因は?
ネマの言うことが正しければ、魔物がいなくなったから。
つまり、現状は乱世の前と酷似していると。
魔物大討伐のあと、天災が続き、国同士の諍いが、やがて大陸全土を巻き込む乱世となった。
その中で、我がガシェ王国が誕生したの。
ヴィルヘルト殿下がおっしゃるには、初代国王陛下は愛し子であったと。
そこまで同じということは、愛し子は戦を止めるために創造神様が遣わしたのかもしれないと。
「当時は精霊術師も多かったと聞く。初代様が愛し子であることを、創聖教が知っていてもおかしくない」
さらにユージンは続ける。
当時の創聖教は今の古代創聖派の考え方が主だった。
この世界にあるものすべて、創造神様がお創りになり、それぞれが関係し合って世界の仕組みとなる。
それゆえに、不要なものなど存在しないという教え。
なので、当時の創聖教は魔物大討伐に反対していたのではないか?
戦を終わらせるために、何か手を打っていたのではないかと。
「その手がかりは、初代様と古代創聖派にある」
「なるほど。だったら、私たちの家にも何か記録が残っているかもしれないわね」
初代様の忠実な臣下だった私たちの初代当主。
彼らが何か残しておいてくれるといいんだけど。
「そうだな。初代様のことは陛下にお願いしよう」
デールもサンラスも同意したが、一人だけ気まずそうに頰を掻いている。
「あー、息子に一任していいか?」
まったく。
戦いとなれば、どんなに複雑で難しい作戦でも一発で理解するのに、こういったことには本当に弱いんだから!
「ちゃんと他言しないよう、名に誓わせてよね」
「…それはもちろん」
ちょっと…いや、かなり不安だわ。
「ゴーシュの方には、わたしも同行するわ」
「それが無難だな」
デールもサンラスも笑っているけど、笑い事じゃないのよ。
「すまん」
「それで、古代創聖派の方はどうするんだ?」
気を取り直して話を進めると、ユージンはさらに驚くことを言ってきた。
「今回の事件を公表して、彼らごと手に入れようと思う」
ユージンの策は、事件を公表すれば、創聖教に大きな傷がつく。
公表したことや神官たちを捕らえたことについて、抗議してくるはずだと。
そこで、傷を回復するために、創聖教内で大粛清を行うよう促す。
「信者には、どの神官が罪を犯していたのかまではわからない。そうなると、創聖教の上層部にとって邪魔になる存在に罪をかぶせ追放するだろう」
「その邪魔な存在が古代創聖派というわけなの?」
「そう。古代創聖派を突き詰めれば、すべての種族による平和的共存。それに対して、今力を持っている至上派は、人による他種族の弾圧だ。人が世界を管理する存在だと言ってね」
まさしく、相反する主張ね。
しかし、新たに派遣されてくる神官長が、古代創聖派の保護をよしとするかしら?
「新しい神官長はどうする?」
わたしの疑問をサンラスが代わりに聞く。
「それこそ簡単だよ。こちらから指名すればいい。至上派の中にもまともな神官はいるからね。たとえば、カリヤス神官とか」
懐かしいと感じる名前に、誰もが目を丸くした。
「確かに。私たちが知る神官の中で、もっとも信頼できる人物だろう」
ゴーシュを除いたみんなが、学院時代にお世話になった人。
物事を公平に見る目を持ち、悩みを持つ信者に添い、誰よりも神官に相応しい人だわ。
「ゴーシュもカリヤス神官を知っているの?」
「息子が少し世話になってな…」
あぁ。
彼も一時期荒れていたときがあったわね。
まぁ、父親の存在が大きすぎると、子供は大変よね。
「ただ、創聖教を動かすには、速やかに行動を起こさなければならない。あちらに先を越されると、交渉も上手くいかないと思う」
創聖教が悪事を行なっていたという事実を、隠ぺいする前に公表しなければ効果がないということね。
「ならば、急ぎましょう。今出た案をすぐにまとめるわ」
「陛下から許可が下りれば、すぐに公表できるようにしておこう」
「えぇ。サンラスに任せるわ」
「私は、追放されるであろう古代創聖派を受け入れられるよう、準備を始めておく」
そうね、情報部隊を動かすとなれば、デールの方が適任だわ。
古代創聖派に接触して、追放されるだろうから、我が国に協力して欲しいとお願いするのでしょうけど…。
あら、いけない。
彼らが追放されてしまうとしたら、その原因は私たちよね。
そうなると、来てくれない人もいるだろうし、もし来てくれたとしても、当面の生活保障は必要じゃない。
デールたちがやってしまった件は、デールに払わせるとして、他については別に予算を確保しないといけないわ。
「サンラス、古代創聖派の人たちを保護する…」
「予算だろ?大丈夫さ。創聖教に寄付する予定だったものを使えばいい。それに、こちらには被害が出ているんだ。賠償金くらいもらいたいところだね」
それもそうだわ。
貧民街の住人とはいえ、我が国の民にはかわりないものね。
そういうふうに話を持っていければいいのだけれど…。
「まぁ、頑張ってみるわ」
この話し合いのあと、私はすぐに陛下に陳情する書類を整えた。
そして、陛下からいただいたお言葉が…。
「お前らも悪どいことするな。まぁ、いい。我が国を舐めているようだし、一度痛い思いをしてもらおう」
それを笑顔でおっしゃる陛下の方が悪どいと思ったけれど、口に出すのはやめておいたの。
陛下のお許しも出たので、サンラスが国中に情報をばら撒いたわ。
国からの正式な通達なので、民たちも驚き、そして創聖教に不信感を持った。
我が国の民が犠牲になり、貴族の子供もさらわれかけたとなれば、民の感情は怒りに傾いていった。
とりあえず、先手は取れたようね。
早速、創聖教から抗議まがいの親書が届いたもの。
さて、ここからが勝負ね!
ガシェ王国を甘くみていたこと、後悔させてあげましょう。
♦︎♦︎♦︎
「オリヴィエ様、創聖教の使者がお見えです」
「わかったわ」
やっとお出ましね。
手紙では話にならないことがようやく通じたってことかしら。
応接の間に向かう途中にユージンが待っていた。
「僕も立ち会うよ」
「それは助かるけれど、仕事はいいの?」
ユージンは今、外務大臣として多忙を極めている。
私たちも忙しいけれど、ルノハークに関する外交をすべて請け負っている状態のユージンに比べればましな方。
「僕にもちゃんと、信頼できる部下はいるからね」
「そういうことなら、甘えちゃおうかしら」
ユージンと護衛の騎士を連れて応接の間に向かうと、神官服を身にまとった男性が佇んでいた。
「お待たせいたしました」
「お時間を取っていただき、感謝いたします」
我が国の礼儀作法に則った礼をしてきたので、こちらも礼儀に倣う。
「私は、内務大臣を務めますオリヴィエ・ワイズ。彼は外務大臣のユージン・ディルタよ」
「わたくしめは創聖教ファーシアより派遣されて参りました、エリストと申します」
エリストと名乗った神官は、青色の文様魔法が施されている神官服を着用していることから助祭長だってことはわかったわ。
助祭長ならば、神官長になることもできるわね。
まさか、それを狙って来たのかしら?
「どうぞ、おかけになって」
着席を促し、私たちも彼の向かい合う席に座る。
この場はお茶などは出さない。
だって、私たちは創聖教を歓迎しているわけではないのだから。
「お話をお伺いしますわ」
微笑みをつけると、エリスト神官は少し険しい顔をして口を開いた。
「事件を公表する前に、なぜ我々に一報くださらなかったのですか?」
顔には出さなかったけれど、私は呆れるしかなかった。
この男、創聖教を代表して、ここにいるのよね?
まずは謝罪するのが筋ってものじゃないの?
「我が国の民を守るためですから。これ以上被害を出さないためにも、民たちに知らせ、自衛をしてもらわなければなりませんでした」
「それにしてはやり過ぎではないでしょうか?犯罪に関わっていた者を捕らえたのはわかりますが、なぜ神官長らも一緒に捕らえたのですか?なぜ、教会があんな姿になったのです?」
ちょっと面倒臭いなと思いつつも、一つ一つ説明していくしかないのね。
「まずは、神官長たちですが…」
神官長たちを捕らえたのは、まぁ情報が欲しかっただけらしいが、いろいろとやらかしちゃってくれていたから牢屋に入れてある。
創聖教内部のことは、国の法律では裁けないので、横領などあれば告発するだけでいい。
しかし、今回、彼らは共犯とみなされる。
ルノハークが何をやっていたのかは知らなかったようだが、隠れ家や資金を用意したのは神官長たちだ。
ルノハーク自体も、独自の資金源を持っていたようだ。
ネマが上級貴族地区の教会に行ったことがばれたのも、内部にルノハークがいたせい。
つまり、創聖教そのものが犯罪集団だと思われても仕方がないわよね。
「捕らえた者のほとんどが創聖教の神官でしたの」
「犯罪者が、勝手に創聖教の名を騙っているだけでしょう」
「わたしたちも、そこまで愚かではありませんよ。神官服に使われている文様魔法が特殊なことは、貴方の方がよくご存じでしょう」
ずっと黙っていたユージンが口を開いた。
…様子をみた方がよさそうね。
「彼らは創聖教の神官だと、証拠は十分に揃っています。責任も取らずに、言い逃れをするつもりですか?」
「彼らが犯罪に手を染めたのは、我々のせいではない」
「知っていますか?上に立つ者には、すべて責任があるのですよ。部下が罪を犯したのなら、それは上の監視が不十分だったからです」
ユージンの言いたいこともわかるけど…。
人が罪を犯す理由は人それぞれ違っていて、性格が歪んでいる者が罪を犯しても気づけるかどうか。
まぁ、そういう人物は善人の皮をかぶったワームだから、監視をつけるんだけどね。
捕まった神官長は、自分のことを勘違いしている感じね。
自分はできる方だと。
だから、野心も強くて、悪事をやっても露見しないって思っていたんでしょう。
結局、体のいい捨て駒だったわけだけど。
「その責任を取らず、創聖教は被害者だと言って通じると思いますか?一番苦しんだのは、我が国の民たちですよ?貴方方がなすべきは、謝罪とこれ以上被害を出さないために、罪を犯した者を調べ、処罰することではないでしょうか」
ユージンの言葉に、何も返せないエリスト神官。
これで粛清をすると、言質が取れればこちらのものね。
「あぁ、それと、上級貴族地区の教会についてですが」
ユージンは、ネマとはわからないように、ある貴族の令嬢が教会でさらわれたと告げた。
幸い、騎士団に救出されたが、恐怖のためか令嬢は部屋から出ることもできなくなった。
それに怒りを覚えた父親が、魔法で暴れたものだと。
…嘘は言っていないわ。
なので、教会の修繕費用はその父親に持たせると。
そして、父親が暴れたのがきっかけで、今回の事件が明るみになったので、我が国自体には一切非はないとも。
「こちらとしては、当面の間、寄付は見送らせてもらいます」
「…そんなことが…。申し訳ありませんが、わたくしめの裁量を超えているようです。いただいた情報を持ち帰り、上層部と相談してからでもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ。神に仕える方々からの、慈悲深いご決断をお待ちしております」
あら、やだ。
ユージンったら、それじゃこちらが脅しているみたいじゃない。
さすがにお金寄こせとは言えないけど。
「ありがとうございます。わたくしめ個人では不足でしょうが、此度の件、申し訳ございません」
あぁ、上手いわ。
個人的に謝罪をしたってことでしょうが、明確に何をと言ってはいないから、事件のことなのか、ここで決断できなかったことなのか、どちらにでも取れるわね。
ただ、ここで事件のことを謝罪してしまえば、創聖教はルノハークと関係があることになるから濁したんでしょうけど。
さて、創聖教はどんな手を打ってくるのかしら?
エリスト神官が帰ったあと、私とユージンはようやくお茶にありつけた。
「あちらも慣れていた様子だったね」
「まぁ、でも、流れはできたんじゃないかしら?この国で、創聖教が様々な罪を犯したという情報は、すでに他の国にも流れているはずよ」
そうなれば、我が国だけでなく、他の国の信者たちだって不信感を抱くでしょう。
創聖教は、その不信感を払拭しなければならない。
女神様降臨を謳ったのに、それすらも疑われるかもね。
創聖教が取れる手段として思いつくのは三つくらいね。
聖人聖女を表に出して、いくらか無償で治癒術を行う。
神子が創造神様から神託を受けたことを公表する。
これは、嘘が判明した際は、取り返しが効かないくらい打撃を食らいそうだけど。
やっぱり、簡単である程度の効果が見込めそうなのが人事よね。
創聖教の本拠地であるファーシアの内部なんて、一般信者にはわからないもの。
私だって、職権乱用していいのなら、自分の都合のいい部下ばかり集めたいわよ。
…そういえば、ファーシアって大昔に女神様が降臨したとされる土地だったかしら。
いい事思いついたわ!
「ユージン、私、急用ができたから失礼するわね」
「あぁ。…僕の方は好きにやっているから」
「無茶だけはしないでね」
ユージンとも別れ、私は自分の執務室に戻ると、部下に指示を出す。
ふふふ、きっとネマは驚くわよ!
おまけ
「お前、上級貴族の教会の方に行ったんだって?」
「…あぁ。あんな恐ろしい光景はみたことない」
王都内にある騎士団の詰め所の一つでは、先日のことをひそひそと話す光景があちこちで見られた。
「信じられるか?宰相閣下の周りに、焼けただれた人が山積みになって呻いてんだぜ。隊長が爆発に巻き込まれたのかと尋ねたら、ちょっと話を聞くためとか言ったらしい」
「つまり、拷問ってことか?」
「あぁ。しゃべるまで、皮膚の表面を徐々に焼いていったそうだ。しかも、あの爆発も、ちょっと頭にきてやったとかで…」
宰相であるデールラント・オスフェの悪ぶれもしない様子を見てしまった騎士は、その恐怖を同僚に語る。
自分たちも任務で犯人を痛めつけることはあるが、それが子供の遊びのように思えたと。
そして、また、同僚も味わった恐怖を言って聞かせた。
「俺の方も、自分の目と耳がおかしくなったのかと思ったな。あんな可愛いご令嬢が、冷たい目をして犯人を焼き殺したんだぜ」
同僚騎士は、燃え盛る宿を冷たい視線で見続ける少女に気づき、声をかけようとしたらしい。
しかし、その少女の近くには執事らしき男がおり、少女に告げた言葉に驚く。
「カーナお嬢様。わざと魔道具を発動させましたね」
「ここにはまともな情報はないわ。どうせお父様やお母様が持ち帰るでしょうし、だったらここの者は不要よ」
可愛い少女、カーナディア・オスフェは犯人たちをいらないからといって、建物ごと燃やしてしまったのだ。
「まだ子供だろ?」
「あぁ。だけど、たぶん、俺たちと同様に、覚悟を持っていたと思う」
「お貴族様ともなると、子供にそんなことさせるのか!?」
騎士たちはつくづく、自分が平民でよかったと感じた。
そして、騎士団の中で、オスフェ公爵家は恐怖の対象として語り継がれることとなる。
というわけで、お兄ちゃん以外はみんな暴走してました。
カーナにいたっては、誤ってではなく確信犯です(笑)
パパンは、ネマがさらわれた場所なぞ忌々しいと、最後にドッカーンとやらかしました。
オリヴィエ姉ちゃんが何を企んでいるのかは、次回明らかに!?