神様に届け、この思い!
一部流血表現あり!
ご注意願います。
ぐっすり寝たら、熱は下がった。
心配したお兄ちゃんが様子を見にきてくれたが、私の元気な姿を見て、魔法をかける必要はないねと安心していた。
お兄ちゃんからも元気だとお墨付きを得たので、すんなりとお外に出ることができた。
森鬼とパウルという見張り付きだが、問題はない。
教会で神様に文句を言うだけだから。
「ネマお嬢様、ご準備は整いましたか?」
お出かけ用にオリヴィエ姉ちゃんからもらったドレスを着て、髪もしっかりと整えられた。
どこからどう見ても、貴族のお嬢様な姿。
王宮に行くときよりもしっかりしている気がするのだが…。
馬車に乗り、上級貴族地区の教会へと向かう。
王都には、それぞれの地区に教会が建てられており、王宮の中にも教会がある。
王宮の教会は、派手ではなく落ち着いた雰囲気だが、中に入ったことはない。
上級貴族地区の教会は、王都の中で一番大きくて豪華だ。
それだけ、貴族が寄付しているのかもしれないし、貴族地区で違和感がないようにわざとかもしれない。
教会に着くと、必要な手続きはすべてパウルがしてくれた。
こういうときは、パウルの存在が凄く助かっている。
昔に見かけた神官長と同じ格好をした人が、祈りを捧げる場所である礼拝堂に案内してくれた。
男性の神官は、白い服に銀色の腰帯みたいなのが神官の定められた服っぽい。
ただ、幾何学模様に似た刺繍の色が違っている。
たぶんだけど、あれ、文様魔法だよね?
普段見かける文様魔法とは違うから、創聖教独自の魔法だったりするのかな?
天井高く、広い礼拝堂には、女神クレシオール様の像があった。
女神様の像があるのに、神様のはない。
やはり、人間に関わることができないから、姿が伝えられてないのかな?
「祈りが終わりましたら、お声かけください」
そう言い残し、神官は礼拝堂の外へ出ていった。
貸切ってやつですね。
思いっきり神様に文句が言えるので、ありがたい。
パウルと森鬼は、扉の側に控えているようだ。
よし!
女神様の像に向かって、神様の文句を言うのは申し訳ないと思うが、少し付き合ってもらいましょう。
像の前で両膝立ちになり、頭を下げる。
祈りの作法はこれだけだが、手を組んだり、両腕を交差させたりと、人ぞれぞれらしい。
私は、元日本人らしく、両手を合わせようじゃないか!
そっと両手を合わせ、心の中で神様への文句を垂れ流す。
優しい家族のもとへ転生させてくれたのはありがたいが、いろいろとやりすぎじゃなかろうか?
人間を滅ぼすか決めろって言ってたわりには、私で遊んでいるよね?
愛し子のことなんて、何も言ってなかったし。
そういう大事なことは、ちゃんと言ってくれないと困るんですけど。
あと、周りが魔物ばっかりって、神様も私を魔物の女王にしようとかしていないだろうな!?
これ、届いているよね?
あんま変なことばっかりしていると、世界が壊れちゃっても知らないからね!!
神様のばーか!
最後に渾身のばーかで締め括ってみた。
すると、女神様の像が淡く光り、一匹の蝶々が現れた。
蝶々は神様の御使い。
つまり、聞こえてんじゃねーか!!!
眉間に皺を寄せて、蝶々を睨む。
蝶々はそんなことには気にもせず、私の低い鼻にとまった。
おう、神様。喧嘩売ってたりする?
鼻が低いことは自覚してるから!
これから成長したら、高くなるかもしれないでしょ!!
蝶々を飛ばそうとして、鼻息荒くふんってしてみた。
『君のこと、信じているからね』
いつぞやに聞いた、神様の声。
その声とともに、蝶々が消えた。
声音から伝わる真剣さに、身震いしてしまった。
何かが起こると、そう感じさせる不吉さみたいなものが…。
とりあえず、これ以上は無駄みたいだな。
立ち上がって、森鬼たちのもとへ向かう。
「熱心に祈られていましたね」
パウルが簡単に身だしなみを整えてくれたが、あの鼻息が聞こえていなかったのはラッキーだった。
聞こえていたら、怒られたに違いない。
森鬼も何も言わないので、像が光ったり、蝶々が現れたりしたのは見えていなかったのかもしれない。
礼拝堂を出ると、神官がすぐさま現れて、休憩の部屋へどうぞと促された。
休憩の部屋では、神官に悩みごとを聞いてもらったり、教典の教えをわかりやすく語ってくれるらしい。
私はいらないんだけどなぁ。
休憩の部屋は、外観の派手さとは反対で、質素な感じだった。
ただ、ソファの座り心地は抜群だったので、質はとてもいいやつなんだろう。
お茶が用意され、喉が渇いていた私はすぐにカップを手に取った。
お付きの方もどうぞと勧められていたが、パウルは断っていた。
森鬼は自分も断るのは悪いと空気を読んでか、勧められるがまま、お茶を口にした。
美味しいお茶に、ほっと息を吐こうとしたとき。
黒が激しく警告を発してきた。
今のお茶に強い睡眠作用のある成分があるという。
すぐさま、黒が解毒してくれたようだが、森鬼の方を見ると、ソファから倒れている。
「森鬼!」
私が叫ぶと、どこからか現れた覆面集団に囲まれてしまい、森鬼に駆け寄ることができなかった。
広かった部屋が窮屈に感じるほどなので、二十人くらいはいるかもしれない。
「ネマお嬢様、動かないでください!」
明らかに、集団の敵に囲まれた危機的状況。
こんなときでもパウルは冷静だった。
そのおかげで、私も少し落ち着くことができた。
だが、次の瞬間、覆面姿の一人が吹っ飛んだ。
文字通り吹っ飛んで、天井に叩きつけられて、床に落ちる。
物凄い衝撃音がしたので、かなりダメージをもらったと思われる。
「ネマお嬢様に狼藉を働くとは…。覚悟はよろしいですね?」
冷静だったのは見かけだけで、パウルの笑顔が恐ろしいことに。
下手に動くと、足手まとい決定だな。
強いとは聞いていたが、ここまでとは…。
あっという間に覆面集団が床に伸びていく。
「くそっ」
私の側にいた覆面が焦りだしたが、私はそれどころではなかった。
一言も発しない覆面二人に、抱えられたと思ったら、すぐに視界を奪われた。
…この感覚は袋詰めですか…。
この世界には、誘拐には袋詰めしなさいという決まりでもあるのだろうか?
男たちの叫び声と、パウルの焦った声。
微かにギーという音がしたので、隠し通路でもあったのかもしれない。
声が聞こえなくなると、覆面二人の息遣いだけが聞こえる。
どこに連れていかれるのかわからないが、最悪の場合はソルを召喚しよう!
その前に、精霊たちよ!
この非常事態を伝えておくれ!!
我が家の馬車とは違い、めちゃくちゃ揺れる荷台に乗せられて、どこかに運ばれる。
もぞもぞと動くと、じっとしていろとでも言うように蹴られた。
ドガッと足で一発。
めたくそ痛いんじゃ!ボケ!!
つい、汚い言葉を心の中で唱えてしまう。
しばらく運ばれたあと、覆面に抱えられて、転がされる。
隠れ家にでも着いたのかもしれないが、運ばれた時間からすると王都からは出ていないようだ。
「愛し子の命を奪うつもりはないから安心しろ」
覆面の声だろうか?
いや、命は取らなくても安心はできないから!
…私のこと、愛し子って言った!?
「追手がかかる前に、この国を抜けないと」
「…焦るな。あの方が逃げ道を確保してくださっている」
しかも、国外に連れ出されるだと!!
ヤバい!
これはすぐにでもソルを呼ぶべきか?
でも、ここがまだ王都だとすると、被害が出るかもしれない…。
ソル、ピンポイント攻撃できるかしら?
あ!王様からもらったペンダント!
今日、なんの石にしたっけ?
明るい黄色のドレスだから、アクセントに青にしましょうとか言われた気がする。
青ってことは、水の魔法だから…。
大津波の魔法ですねー。使えねぇ!!
もう一回、どこかに運ばれるタイミングを見計らうしかないのか…。
「今は目立つ。夜になったら動くぞ」
しばらくはこのままなようだ。
私、いつまで袋詰めのままなんだろう。
……もう限界だな……。
トイレ!トイレに行かせてくれぇぇぇ!!
「はばかりに行かせてくれませんか!」
憚りとは、トイレのことである。
貴族が用足しとかおしっことは言えないので、人目を気にすることから憚りと言うらしい。
だが、どんなに言葉を変えても、トイレですることは一つだ。
「…袋から出してやれ」
数時間ぶりに視界が戻ったが、目の前には覆面。
私が逃げ出さないように、手枷を嵌めてロープで縛る念の入りよう。
ロープだけだったら、風の精霊に切ってもらうこともできたが…。
覆面に連れられ、ようやくトイレに行き着いた。
入ってくるなよ!変態ロリコンって呼ぶからな!!
さすがに、デリカシーの欠片はあったようで、覆面が入ってくることはなかった。
目的を果たしトイレを出ると、少し余裕が生まれた。
周りのものが目に入るようになり、思ったよりもしっかりした建物に驚いた。
作りや調度品からして、貴族の屋敷に思えた。
しかし、かなり古びていることから、放置されて久しいのかもしれない。
ということは、中級下級貴族の地区なのか?
外の日差しからして、お昼は過ぎているようだが、夕方ではない。
夜までに助けがくるかどうか…。
精霊たちがいるので、居場所はすぐにわかると思うんだけどなぁ。
……って、森鬼もなんか毒を飲まされたんだった!
黒が言っていた眠り薬ならいいんだが、猛毒とかだったらどうしよう。
いや、精霊と意思疎通できるのは森鬼だけじゃない。
ラース君やヴィだっているし、アドだって王都に戻ってきているはず。
そこに望みをかけるしかない!
最初の部屋に戻されると、今度はロープでぐるぐる巻きにされた。
うさぎさんも一緒にぐるぐる巻きだよ。
おかげで、背中は痛くないんだけどさ。
私、どんだけ化け物扱いなんでしょう?
ロープと手枷を引きちぎるとでも思われてんだろうか?
ぐるぐる巻きのまま、覆面たちが何かしゃべらないかなって思ったが、こいつらまったくしゃべらない。
これほど沈黙が重いと感じたことはないぞ。
なんの音もなかったせいか、微かな物音が異様に響く。
「音がしたな」
「あぁ。外を見てくる。いつでも出られるようにしておけ」
そうして、覆面一人が部屋を出ると、残った一人が袋の用意を始めた。
また袋詰めかよ!
「うわっ!」
先ほど出ていった覆面の声。
ただならぬ様子に、残った覆面にも緊張が走る。
素早く私を袋に入れると、抱きかかえて逃げるようだ。
ドアを開けるような気配がしたあと、ドンッという衝撃があり、痛みに悶える。
覆面が私を放り投げたのだろうか?
-ヴグゥゥゥ
喉から絞り出されるような低い唸り声。
-ワンワンワンッ!
この声は…ディー!
「この畜生が!」
キィンという金属の独特な音がして、覆面の声にも焦りのようなものが含まれていた。
剣を抜いた?
ディー以外の声がないのはなぜ!?
緊迫した状況なのはすぐに理解した。
一生懸命もぞもぞと動くが、袋からは抜け出せない。
どうしたら……。
「せいれいさん、私のふくろとなわを切って!」
風が体を撫ぜたかと思うと、袋とロープはバラバラになっていた。
私が自由になったのが見えたのか、覆面がこちらに駆け寄ってくる。
視界を白いもふもふに遮られると、ギャンとディーの悲鳴が聞こえた。
「手間をかけさせやがって」
いつの間に戻ってきていたのか、もう一人の覆面がいた。
血塗られた剣を持って…。
鈍い音とともに、白いもふもふが消える。
視線を落とすと、床に倒れたディー。
見る見るうちに水溜りが大きくなっていき、ディーの毛並みが赤くなる。
ハッハッと短い呼吸を繰り返すのが、段々と小さくなっていく。
「…ディー?」
目の前の光景はなんだ?
なんでディーは倒れているの?
なんでディーの毛並みが赤いの?
なんで?なんで!?
ディーを抱きしめると、ディーは弱々しく私の顔を舐めた。
そのとき、ようやく感情が動いたように思う。
「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!!」
大きな声でお兄ちゃんに助けを求める。
今、ディーを助けられるのはお兄ちゃんしかいない。
早く、早くここに来てと、お兄ちゃんを呼ぶ。
その間にも、ディーの命は尽きようとしていた。
「行くぞ!」
ディーに縋る私を、無理矢理連れていこうとする覆面たち。
その手にある剣が目に入ると、今ある感情を押しのけて、怒りにすべてが侵食された。
湧き上がる何かを考える間もなく、怒りに任せる。
「…おい!」
「くそっ!なんだこれ!!」
覆面たちが何か言っているようだが、私には関係ない。
ディーをこんな目に遭わせたあいつらが憎い!
視界が全部赤くなったとき、ディーが死んだことを感じた。
目の前の赤い色がなんだったのか、私が認識することもなく意識を失ったようだ。