お帰りノックス!
帰ってきてからも、家族は忙しいので今日もぼっちだ。
パパンがお詫びに、お買い物に連れていってくれると言っていたのだが、いつになるやら。
最近のお気に入りである、お庭でのお茶の時間。
池ではプルーマが元気よく水浴びしているし、白とグラーティアは庭師のアイルが作った玩具で遊んでいる。
アイルの作った玩具が、キャットタワーに見えるのは気のせいだろうか?
まぁ、二匹が楽しそうにしているからいいか。
森鬼は…お昼寝中だ。
ジーン兄ちゃんからもらった、お土産のハンモックを占領している。
いいもん。今度、アイルにブランコを作ってもらうから!
着実に庭がおかしなことになっているけど、この庭は家族専用なので大丈夫だろう。
貴族のお付き合いで開くお茶会などで使用する庭は別にあるし。
まったり空気の中、ぼーっとしていると、どこからか聞き慣れた声が。
-ピューィ!
ん?
声のする方を見上げると、猛禽類特有の翼が……。
まさか!!
私だけではなく、森鬼や白、グラーティアも気づいたようだ。
プルーマだけが、のんびり池に浮いている。
「ノックス!!」
-ピュイッ!
その姿が見えると、こちらに滑空してくるところだった。
腕を伸ばし、ノックスが着地できるように身構える。
脚を伸ばし、翼でバランスを取り、私の腕を掴んだ。
わずかだが、腕に痛みが走った。
どうやら、ノックスの爪が伸びてしまったようだ。
我が家にいるときは、こまめに丸く削っていたので気にならなかったが…。
それよりも……。
「おかえり!ノックス!!」
-ピィー
ノックスの翼を痛めないように抱きつくと、ただいまと言うように頬ずりしてきた。
以前より筋肉がついたのか、少し重くなったように思う。
顔立ちも、精悍さが増したようだ。
可愛い期間が過ぎ、立派な大人になったみたい。
ノックスの帰還に、白もグラーティアも飛び上がって喜んでいる。
よかったな、お前らのお兄ちゃんが帰ってきたぞ!
ノックスを地面に下ろし、白とグラーティアに対面させてあげる。
二匹はノックスに乗ろうとして、ノックスは好きなようにさせるのか、なすがままだ。
森鬼も言葉はなかったものの、ノックスを一撫でした。
「それにしても、早かったね」
レスティンの説明だと、二十日くらいかかるんじゃなかったっけ?
ノックスを預けてから、十七日目だよ。
何か予定を繰り上げることでもあったのだろうか?
そう思っていると、パウルが来客を告げた。
獣騎士が会いたいと来ているらしい。
ノックスのことでだと思うので、ここに通してもらうことに。
獣騎士ならば、鳥たちの遊び場と化しているこの庭を見ても、なんとも思わないだろうし。
「お寛ぎのところ申し訳ございません」
敬礼をし、私の視線に合わせるためか膝を折った獣騎士。
だいぶお疲れの様子だが…。
「ノックスの件ですよね?」
「はい。急に速度を上げ、見失ってしまいましたので、ネフェルティマ様のもとへ戻っているかと確認に参りました」
あらら。うちのノックスがご迷惑を。
「先ほど、無事に戻ってきましたよ」
「そうですか。早くネフェルティマ様のもとへ帰りたかったのでしょうね。ずっと、通常ではない速度で飛行していましたので、異常がないかだけ確かめさせてください」
ノックスよ、そんな無茶をしていたのか!?
獣騎士にノックスを預けると、丹念に翼や脚、顔周りと調べている。
「特に異常はなさそうですね。本来でしたら、丸一日は獣舎の方で観察をするのですが、ノックスにとってはネフェルティマ様のお側の方がよさそうです」
「だって。ノックス、よかったね」
-ピィ
甘えるように私の方へ戻ってくるノックス。
可愛いわー!
やっぱり、うちの子可愛い!!
「では、レス隊長には報告しておきますので、もし何か異常が現れた場合、すぐにお知らせください」
そう言って一礼をすると、去っていった獣騎士。
あ、お礼を言うの忘れちゃった。
あとでレスティンに手紙でお礼しよう。
…あの獣騎士がお疲れだったのって、ノックスのせいだよね?
あの獣騎士へのお礼の手紙も書いておこう。
「ノックス、本当にいたいところはない?」
-ピッ!
大丈夫ならいいんだが……。
精霊が補助してくれたんだよね?
それで、そこまで疲労が溜まっていないのかもしれない。
改めて、ノックスの体を調べてみる。
以前と比べると、羽にコシがないように思う。
風切羽の一部にダメージも見受けられた。
数カ所だが、軸に付いている毛の部分、羽弁というのだが、それが裂けている。
高速飛行をしたせいだろう。
栄養をしっかりと取らせて、元の元気な羽に戻さねば!
よし、アイルを召喚して、ノックス用の特別メニューを考えよう!!
アイルと一緒に考えたメニューは、料理長にお願いして用意してもらえることになった。
栄養があるメニューといっても、やはり新鮮なお肉に限る!ということで、ノックスが好きなウサギの肉だ。
料理長がメインをウサギにするかとも言っていたから、私の晩ご飯もウサギ肉になると思われる。
料理長の作る料理は、なんでも美味しいから楽しみだ。
ノックスはご飯をもりもり食べた。
しかし、翌日からは寝ている時間が増えたのだ。
心配になって、レスティンに連絡を取ると、飛行訓練後にはよく見られることだから大丈夫だと言われた。
疲労回復のために、いっぱい食べて、いっぱい寝ているのか。
数日後には、食欲も睡眠時間も元に戻り、今は白とグラーティア、ディーも混ざって、みんなで遊んでいる。
毛艶もだいぶよくなってきたので、もう大丈夫だろう。
部屋の中で遊んでいるみんなを眺めている。
最近の遊びは、グラーティアがディーの尻尾に乗り、ディーは尻尾を思い切り振る。
振り飛ばされたグラーティアを白がキャッチする。という遊びにはまっているようだ。
ノックスの翼で振り飛ばすときもあり、一番楽しそうなのはグラーティアだった。
飛ばされるスピード感と、白にキャッチされるときのポフンッていう感じが楽しいのかもしれない。
時折、白がキャッチしきれないこともあるが、白の後ろにはハンレイ先生のぬいぐるみがあるので、グラーティアが怪我をすることはない。
ハンレイ先生のぬいぐるみを越えてしまったとき、糸を使ってターザンごっこの要領で戻ってきたグラーティアを見たときは…羨ましかった。
ブランコよりもターザンロープを作ってもらおうかな。
そんなこんなで遊んでいると、お兄ちゃんが帰ってきた。
予定よりも早い帰宅である。
「組合の長たちが張り切ってくれたおかげで、早く終わったんだよ」
お兄ちゃんの話によると、コボルトの技術を見た長さんたちは、自分たちも負けていられないと、どんどん話が決まっていったんだとか。
薬師組合はすでに、冒険者組合に薬草採取の依頼を大量に出したとか。
商業組合も、アクセサリーの材料やシアナ計画で消費されるであろう食料確保に動いているとか。
問題だった冒険者組合も、フィリップおじさんの口出しで、訓練場の建築まで進んだらしい。
それを聞いたパパンが、フィリップらしいと笑っていた。
「あいつは、面倒見がいいからな」
パパンも面倒見られてたのか。
「短い時間でしたが、本当によくしてくださいました」
お姉ちゃんも、フィリップおじさんに面倒見られてたな。
世話好きな一面があるとは。だから、鈴子や闘鬼の訓練もしてくれるのか。
まぁ、順調で何より。
シアナ計画の話が終わると、パパンからよくない報せが告げられた。
「情報部隊より、小国家群にて戦の気配ありと報告が届いた」
ついに来てしまったようだ。
私は今一度、考えることにした。
部屋に戻り、ハンレイ先生のぬいぐるみに抱きつく。
ノックスや白、グラーティアは私の様子がおかしいことに気づいたようで、今は大人しくしている。
ディーはお兄ちゃんが帰ってきたので、お兄ちゃんの部屋でもう寝ているんじゃないかな?
ハンレイ先生のぬいぐるみのもふもふに包まれながら、これからのことを考えていく。
このままでは、戦争が起こり、大陸全土に戦火が広がってしまうかもしれない。
それにしても、なぜルノハークはこの戦争を起こそうとしたのか?
いや、戦争を起こすために、この手段を選んだのはなぜだ?
魔物の重要性にどうやって気づいた?
前例があったからマネした?
いや、人間は魔物を害あるものとして排除していたのに…。
神様が創ったものを、信仰している人間が排除するっていうのもおかしいよね。
「ねぇ、森鬼。どうしたらいいと思う?」
「どうとは、戦のことか?」
「うーん、全部?」
考えれば考えるほど、わからなくなってきた。
森鬼に聞いても答えが出るとは思わないが、一人よりも二人だ。
「結局は戦も、人の生存競争だろう?何を悩む必要がある?」
そう…なのかな?
戦争って、人がいっぱい死ぬから悪い事でしょう?
被害は人間だけじゃなく、獣人も戦うだろうし、エルフだって…。
あれ?じゃあ、一番被害がないのって魔族?
魔族自体はワジテ大陸で暮らしているし、ラーシア大陸にいる魔族は限られているだろう。
魔族がラーシア大陸の支配を狙っているとか?
「森鬼はまぞくに会ったことある?」
「ないな」
ですよねー。
魔物がいる場所に魔族がいたら、それはそれで怪しいんだがな。
魔族か…。
もし、ラーシア大陸を狙っているとしたら、ワジテ大陸で何かあったのか。
食料や資源不足、大陸の環境変化……あっ!
「せいれいさん、ワジテ大陸のこと教えて!」
いるじゃん。世界中のこと知っている存在が。
「ワジテ大陸は、森は少ないが世界で一番高い山がある。その山には水竜が住んでいる。ワジテの精霊王は優しい」
水竜!?
ワジテの精霊王って、ラーシアの精霊王は優しくないの!!
って、そういう意味じゃなくて…。
「大陸でご飯が食べれないとか、まぞくさんが困っているとかはない?」
「ないらしい。魔族はナノと同じで自由だと言っているぞ」
魔族が自由って…精霊みたいに自由気ままに生活しているってこと?
となると、魔族の線は薄くなるか…。
でも、パパンにお願いして、調べてもらった方がいいか。
「まぞくさんってどんな人たち?」
「何も縛られず、好きなことをしている者が多いと」
やっぱり、フリーダムな感じか。
つか、働いてないのかな?
どんな社会形態になっているんだろう?
ちょっと興味ある。
さて、魔族ではないとすると、再び人間の線が濃厚になるのだが。
戦争って、人が死ぬのもそうだけど、周りへの影響も大きいよね。
民は国に対して信用しなくなるし、その日の生活にだって困るようになる。
周りの国だって難民を受け入れなければならなくなるし、そうすると自国の経済だって圧迫しかねない。
戦争が起こって、誰が得するんだろうね?
「…いくさでとくをする人がいる?」
「いるだろう。人が戦うためには、武器や食料が必要なのだろう?」
森鬼の言葉に、死の商人が思い浮かんだ。
だが、この世界では冒険者など武器を必要としている職業は多い。
戦争を起こして稼ごうなどと、危ない橋を渡るだろうか?
「人は神に対して金を払うと聞いたが、困ったときほど神にすがるのではないか?」
それか!!
戦争に駆り出された身内や知人が生きて戻りますように。
戦争が終わり、生き延びれますように。
逃げた先で、よい生活ができますように。
困ったときの神頼み!
状況が悪くなればなるほど、人は神様にすがるだろう。
神様へ祈るために教会に行く。
祈ること自体にお金はかからないが、日本のお賽銭のように小銭を寄付することはよくある。
貴族ともなれば、その金額は大きいし、高価なものを寄付することだってある。
戦争で怪我した者がいれば、治癒魔法をかけてもらいに行く者もいるだろう。
そして、民衆を味方につければ、国の権力に対抗することだって可能かもしれない。
下手したら、国自体が創聖教に救いを求めるかも。
でも、女神様が信仰されるのはわかるが、神様はなんでだろう?
神様がいるって実感できることってないと思うんだが?
「お願いすれば、神様はかなえてくれるかな?」
「それはないだろう。神は創造と破壊の神だ。世界への干渉はできない。神は愛し子を通してしか、世界に干渉することができない」
世界に干渉できないって、神様なのに?
「でも、神様のいしってやつがあるんでしょう?」
神様は自分の意思を世界に反映させられるじゃん。
「…例えるならば、神がこの国が存在することを認めるというのが、神の意思だ。そして、この国の王をラルフ殿にしたいと思っても、神にはそれができない」
「なぜ?」
「神は世界を創造し破壊するものであって、人を導くものではないからだ」
……目から鱗だ!
神って、人を守り導くものだと思い込んでたわ!
地球の神様も、奇跡起こしちゃったり、人を助けたりしているから、そういうもんかと。
確かに、神様が降臨したっていう神話はないし、奇跡と呼ばれるほとんどが精霊の力だったり、御使いが現れたりっていう。
「じゃあ、女神様は?」
「女神の持つ慈愛と再生の力は、世界の命に向けられるものだ。つまり、この世界の生き物と関わることが定められているんだ」
なるほど。神様が持つ力も、ある程度は理に縛られるということか。
うん、神様の意思と干渉の違いはだいたいわかった。
「てか、森鬼はなんでそんなにくわしいの?」
森鬼が本を読んだり、勉強しているところは見たことない。
私は神様がそんなんだって、教わったことないし。
「俺が愛し子の騎士だから」
騎士だから、詳しくなったの?
なんでよ??
「この体が愛し子を守れるようにと進化したように、愛し子に必要な知識も植えつけられた。本能はゴブリンのままなのに、思考が他のものになったような感じだな」
植えつけられたって神様にか!?
「ゴブリンは本来、ホブゴブリンまでしか進化はない。なのに、俺は騎士という存在になった。そんなことができるのは、神以外にはいないだろう」
そっかぁ。
神様も遊んでいるだけじゃないんだね。
………あれ?
この国の初代国王も愛し子だって言ってたよね?
んで、王様になっちゃったんだよね?
つまり、愛し子なら王様にすることはできるってことじゃないの?
愛し子なら、干渉できるんでしょう??
これは、神様が何か企んでいるな!
創聖教も怪しい、神様も怪しいとなれば、教会に行って神様を問いたださねばなるまい!
答えてくれるかわからないけど…。
というわけで、お出かけの許可をパパンからもらわなければならない。
パウルにパパンがどこにいるのかと聞いたら、執務室にいると返ってきた。
お家に帰ってもお仕事とは、パパンも大変だなぁ。
「おとー様」
執務室の扉をノックして声をかける。
扉を開けてくれたのは、パパンの専属執事であるオルファンだった。
「どうぞ、お入りください」
そういえば、オルファンを見たのは久しぶりな気がする。
領地でのお仕事に駆り出されていたのかな?
パパンのもとへ向かうと、お仕事中にもかかわらず、パパンは私を膝抱っこしてくれた。
「この時間まで起きているとは珍しいね。眠れないのかな?」
確かに、いつもならベッドにいる時間だ。
いろいろと頭を使っているせいか、眠気はない。
「おとー様にしらべてもらいたいことがあるの」
先ほど考えて気づいた点をパパンに話す。
魔族と創聖教を調べて欲しいと言ったら、難しい顔をされた。
「魔族の方はユージンがいるから可能かもしれないが、創聖教となると…」
パパンが言い淀むと、意外なところから援護がきた。
「それでしたら、私めが」
オルファンがそう申し出てくれたのだ。
「しかし、お前はたくさん抱えているだろう?」
「それらは下の者に任せても大丈夫かと。そろそろ独り立ちするいい機会です」
パパンの専属執事なだけあって、オルファンはたくさんのお仕事を任されているようだ。
それにしても、オルファンの下ってジョッシュとか?
ジョッシュはお兄ちゃんの専属執事になったことで、次期公爵の専属執事とも言える。
なので、オルファンの下ではあると思うのだが…。
パパンやオルファンの雰囲気からして、そんな感じではないな。
王様の私兵みたいな存在が、我が家にもいるのかもしれない。
「わかった。オルファンに一任しよう」
「御意に」
オルファンは美しく一礼すると、私に温かいミルクを入れてくれた。
私好みの、砂糖もどきが入っていないミルクだった。
「ネマお嬢様、創聖教の何をお調べいたしますか?」
ルノハークと繋がりがあるかが一番だな!
あとは、お金の動きだろうか?
寄付金が増えていれば、そのお金を着服している者がいるかもしれないし。
それと、人間が世界を管理するとか言っている一派のことも知りたい!
「畏まりました。このオルファンにお任せください」
オルファンの実力は知らないが、パパンの専属をやっているくらいだから凄いのだろう。
期待しているよ!
おっと、もう一個お願いがあったんだ。
「あとね、明日きょうかいに行きたいの!」
「教会に?」
「女神様に世界がもとに戻りますようにってお願いするの」
本当は、神様に文句を言いに行くのだが、神様よりも女神様の方が我が家には縁がある。
なんたって、お兄ちゃんが女神様の加護持ちだからね!!
「そうか。お優しい女神様のことだから、ネマの願いも聞き届けてくださるだろう。パウルには私の方から伝えておくよ」
あっさりと許可が下りた。
「ただし、パウルの言うことをしっかりと守るんだぞ。外は危ないからね」
パパン、そんなに私を外に出すのが嫌なのか?
ジグ村よりも王都の方が危険なんだろうか??
…まぁ、都会には危険がつきものか。
「はい!」
我が身は可愛いので、大人しくしているよ。
「いい子だ。さぁ、そうと決まれば、明日のためにももう寝ないといけないな」
夜更かしは成長にもよろしくないからな。
「おとー様へやさしき夜にやすらぎがおとずれますように」
おやすみなさいの代わりとなる言葉を告げると、パパンも同じように返してくれた。
「優しき夜に安らぎを」
ぎゅーっとハグ付きだった。
やっぱり、パパンはお姉ちゃんのパパンだな。
自分の部屋に戻ると、体がほかほかしていた。
ミルクのおかげだろうか?
これならぐっすり寝れそう!
「ネマお嬢様、失礼します」
いつもなら、ベッドに入るのを見届けると退室するパウルが側に来た。
どうしたのかと思っていると、パウルが私のおでこを触る。
「知恵熱でしょうね。明日になっても下がらなければ、ラルフ様にお願いしましょう」
……知恵熱ですと!?
考えすぎて、熱出したってこと!!
んな馬鹿な!!
ようやく、いつものメンバーに!