やっと、シアナ計画本格始動?
ノックスをレスティンに預ける日がやってきた。
「ちゃんと帰ってきてね」
我が家の使用人たちの、努力の結晶ともいえる、ふわふわな羽を堪能したあと、レスティンに委ねる。
「お預かりいたします」
ノックスが不安そうにこちらを見ていて、私は泣きそうになる。
白も、みゅ〜と悲しげに鳴く。
レスティンを乗せてきたワズが、慰めるかのように顔を寄せてきた。
ワズをぎゅーっとしたおかげで、なんとか涙は堪えることができた。
でも、あとで淋しくて泣いてしまうだろう。
訓練は二十日ほどかかるそうだ。
飛行ルートは極秘扱いなので、教えてはくれなかった。
しかし、ノックスに何かあれば、精霊がすぐに知らせてくれるから!
そのときは、助けに行くからね!
レスティンの姿が見えなくなるまで見送り、お部屋に戻ろうとしたら、玄関にはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいた。
「ネマ、よく我慢したわね」
お姉ちゃんに抱きしめられると、目から涙が溢れた。
「ノックスは成長して戻ってくる。だから、ネマも飼い主として成長しないとだね」
お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
そうだ。お兄ちゃんの言う通りだ!
ノックスだけじゃなく、森鬼や白、グラーティアにディーもいるんだから、しっかりしないと!
「うん!私もがんばる!」
そう宣言をしたら、お兄ちゃんたちは笑顔で私の手を取った。
「では、今日は兄妹水入らずで過ごしましょう!」
「そうだね。ネマに見せたいものがあるんだ」
「あら。お兄様もなの?わたくしもネマに贈り物があるのよ」
二人に連れていかれたのは、家族団欒するためのお部屋。というか、普通にリビングなんだけどね。
「僕からいいかな?」
お兄ちゃんがテーブルに広げたのは、大きな紙だった。
「これ何?」
「シアナ計画の宿の設計図だよ」
設計図だと!?
設計図といえば、平面図じゃね?
これ、立体的というか、奥行きみたいなものも描いてあって、凄く見にくいんだけど…。
イラストだったら、まだわかりやすいかもしれないけど、意味不明な線とかもいっぱいあって、どれがなんだか。
「…よくわからない…」
お兄ちゃんの説明を真剣に聞くものの、長さの単位もごちゃごちゃしてて、1ミリも理解できない。
「ネマには難しいかったかな?」
「うーん、見にくいの!」
「そうか。じゃあ、ネマにもわかるようにするには、どうしたらいいかな?」
と、お兄ちゃんが聞いてくれたので、平面図を説明してみた。
言葉ではなかなか伝わらない部分は、絵を描いてみた。
だけど、絵心はないし、そもそも設計図をあまり知らないので、なんか変なものができた。
「なるほど。確かに、線は少ない方が見やすいね」
私の拙い説明でも理解してくれたみたいで、大工組合に話を持っていくとまで言ってくれた。
しかし、どんなお宿になったのかは、結局わからないままだ…。
「次はわたくしね!パウル、あれを持ってきてちょうだい」
「畏まりました」
いつの間にそこにいたのか謎だが、パウルが別室から持ってきたものに目が釘付けになる。
おおおお、お姉ちゃんや、それはまさか…!
「ようやく完成したのよ!」
ハンレイ先生の等身大ぬいぐるみだぁぁぁぁ!!
感動のあまり、わなわなしながらぬいぐるみに近づく。
パウルからぬいぐるみを受け取ると、ずっしりとした重さに落としそうになってしまった。
「ふぁぁぁ!」
もふもこだよぉぉぉ!!!
ハンレイ先生の毛並みだよぉぉぉ!!!
さらふわでもこもこしているよぉぉぉ!!!
「おねー様、ありがとう!」
あの素晴らしいハンレイ先生の毛並みが、限りなく本物に近いものに仕上がっている。
さすが、魔法の天才だ!
「ネマにこれほど喜んでもらえたのなら、作ったかいがあったわ」
お姉ちゃんも満足そうに微笑んでいる。
お兄ちゃんは興味津々といった感じで、ぬいぐるみを何度も撫でている。
やめられないよね、この手触り!
「凄いな。本物みたいだ。どういう方法を使ったの?」
「生地を作るのに、ミュガエの繭を使ったの」
お姉ちゃんの説明は、とんでもないところから始まった。
ミュガエとは、お手紙などを転移させる魔法陣の布に使われる、蚕みたいな虫のことだ。
ミュガエが、繭を作る際に魔力を取り入れる習性に注目して、毛並みを形成する魔法そのものを取り入れさせたらしい。
さらに、さらふわなトップコートともこもこなアンダーコートと、別々に魔法を作ったのだとか。
ミュガエが吐いた糸を採取して、『成形』という魔法を使って生地にする。
ここから先は、すべて手作業になるとかで、お人形やぬいぐるみを作るプロに任せたんだって。
お兄ちゃんに対してはより詳しく、精霊文字を使って説明していたが、私にはちんぷんかんぷんだった。
「ミュガエか。本当に、カーナの発想には驚かされるね」
「わたくしも、上手くいくとは思ってもいなかったのよ」
「ただ、量産には問題があるか…」
「そうね。売り物としてはかなり高価になってしまうわ」
ミュガエの飼育はガシェ王国内でも行われているが、そのほとんどが国によって管理されている。
新たに飼育するとなると、国からの許可が必要だし、飼育施設にもお金がかかる。
お兄ちゃんがざっと計算してみても、小さなぬいぐるみでも銀貨一枚くらいはするだろうと。
10〜20センチくらいのぬいぐるみが一万円だと考えると、めちゃくちゃ高い!
ってことは…。
このハンレイ先生等身大ぬいぐるみは、いったいいくらになるのか!?
お、恐ろしい!!
………そういえば。
このぬいぐるみの生地を作るためにミュガエにした方法は、お姉ちゃんが発明したってことだよね?
ようは、ママンが発明した転移魔法陣からの応用ともいえるけど。
つまりだ、上手く交渉すれば、それ自体がお金になるんじゃないの?特許使用料みたいなやつで。
それで、国にその使用料みたいなのを売って、国に作らせて、発明者特典で安く卸してもらえないかな?
国はラース君のぬいぐるみにして、ハンレイ先生のぬいぐるみはシアナ計画の方で使う。
いけそうじゃない?
お兄ちゃんに言ってみたら、凄く難しい顔されてしまった。
お兄ちゃん曰く、王立魔術研究所で作られた技術や魔法は保護されるが、一般人が作り出したものにはないんだって。
だから、それぞれ個人や組合は、新しい技術や魔法を秘密にする。
「でも、あたらしいものを作り出して、まねをされるってことは、それだけかちがあるってことでしょう?」
職業納税っていう仕組みがあるのだから、そういった技術や魔法に価値があることを理解していそうなのに。
「それを売り買いして、そのりえきの一部をおさめてもらえば、しょくぎょうのうぜいと同じだと思うの」
「ネマの言うことも、一理あるわね。新たな魔法を作り出して利益が得られるのであれば、研究はもっと進むかもしれないわ」
そうだよね。研究するにも、お金がかかるもんね。
だから、この国の魔術師たちは王立魔術研究所に入りたがるのだ。
研究にかかるお金は、国から賄われるからだ。そして、発明されたものから得られる利益は国のものになる。
「何にせよ、僕たちだけで話していてもらちがあかないよ。サンラス兄さんに相談してみようか」
財務大臣のサンラス兄ちゃんに押しつけるのか。
この場合、オリヴィエ姉ちゃんも巻き込みそうだな。
でも、これが通れば、ハンレイ先生のぬいぐるみの大量生産も可能になるかも!
というわけで、再び家族会議だ。
今日、兄妹で話した内容をパパンに説明する。
「私の子供たちは、天才ばかりだな!」
「父親なのですから、もっとましなことを仰って」
親バカ炸裂のパパンに対して、ママンが冷静に突っ込む。
「まずはカーナ。わたくしの技術をさらに発展させ、新たな可能性を見つけたのは大変喜ばしいことです。立派な魔術師に成長しましたね」
ママンに褒められ、お姉ちゃんがとても嬉しそうにしている。
いいなぁ。ママンに褒められるなんて、めったにないよ。
「そして、ネマ。わたくしも国政には詳しくはありませんが、それが受け入れられれば、我々魔術師の世界は大きく変わることでしょう。わたくしは母親として、魔術師として、ネマを誇りに思います」
…ま、ママンに褒められたー!!
怒られたことは数あれど、褒められたことは僅かしかない!
まんまと初めてしゃべったとき、はいはいとたっちが初めてできたとき、ダンスが踊れるようになったとき…。
あれ?
成長すればできることしか褒められたことないだと!?
いや、小さいときなんてそんなもんだよね?
うん、そうに違いない!
「セルリアにいいところを取られてしまったな…」
しょんぼりしてしまったパパンだが、もっと褒めてくれていいのだよ?
「おとー様の役にたった?」
「もちろんだとも。サンラスとオリヴィエも、ネマの発案だと知ったら驚くだろう」
笑顔が戻ったパパンは、私を抱き上げると頬擦りしてきた。
生えかけのおヒゲがチクチクする。
「でも、あまり天才すぎるのも問題だな。また、あいつが煩くなりそうだ」
ぼそりと呟かれた言葉は、なんだか不穏な気配がした。
あいつって誰だろう?
「おとー様?」
「ネマは嫁にいかなくていいのだからな!」
どうしてそうなった?
嫁にいかないって、婿を取れってことか?
「ネマに好きな人ができたら、わたくしは全力で応援するわ!お父様を蹴散らしてでも!」
え!?
私の結婚で、親娘バトルが勃発するの!
「ネマのお相手は、大変そうだね。最低でも、僕が認められる人物じゃないと、駄目だけどね」
お兄ちゃんまでも!!
この流れって、私に行かず後家になれってことかな?
まぁ、変に政略結婚させられるよりはマシなんだろうけどさ。
「落ち着きなさい。ネマには好きな人がいるのかしら?」
ママンが収めてくれるかと思ったら、火の粉がこっちに飛んできた。
好きな人ねぇ。
んー、真っ先に思い浮かぶのは…。
「ラース君!」
私の答えに、みんなはほっとした表情になる。
「本当に可愛いわ!」
ぎゅーぎゅーとお姉ちゃんに抱きつかれ、さらにお姉ちゃんとまとめて、パパンにも抱きつかれる。
く、苦しい…。
「私の娘たちは、どこにもやらん!」
「本当にどうしようもない父親ね」
ママンの呆れた声が聞こえてきたが、私を助けてはくれないのか!?
その後、お兄ちゃんに救出され、そのままおやつタイムに突入。
パパンだけはお仕事が残っているということで、執務室に戻った。
おやつを堪能したあとは、自分の部屋にハンレイ先生のぬいぐるみを運び入れ、ベッドの上に置く。
ずっと気になっていたのか、すぐにグラーティアが出てきて、ぬいぐるみをよじ登り始めた。
何かを探すような素振りを見せ、胸元の部分に潜り込む。
なんと羨ましい!
さらふわともふもこに包まれるなんて、夢のようじゃないか!!
グラーティア、そこを代わっておくれ!!
結局、ハンレイ先生のぬいぐるみは、グラーティアの特製ベッドとなった。
今度お姉ちゃんに、さらふわともふもこの生地でベッドカバーみたいなのを作れないか聞いてみよう。
私も包まれて眠りたい!!
ノックスがいなくなって、淋しく泣き暮らすかと思っていたが、意外と忙しい日々が続いた。
ママンからは短距離の転移魔法陣が完成したと言われ、パパンからは特殊技術法という新たな法律ができると教えられた。
お兄ちゃんはいろいろな組合の状況を話してくれたし、お姉ちゃんにいたっては、民間の魔術師をスカウトしまくっている。
どうして魔術師を集めているのと質問したら、シアナ計画のために魔術師の組織を作るんだって。
シアナ計画には、王立魔術研究所もお手伝いしてくれてはいるが、その後の継続的なメンテナンスみたいなものには無理だからって。
どういった組織になるのかは謎だけど、オスフェ家の私設魔術研究所みたいな感じらしい。
特殊技術法が公布されれば、こうした私設研究所がもっと増えるだろうから、今のうちに人材確保をするんだって。
動いているのは我が家だけでなく、各組合もジグ村に小さな事務所みたいなものを置いたらしい。
それに合わせて、我が家の方でも何人か人を送り込んだとか。
ジグ村での責任者にはヒールランがなり、あのベルお姉さんもいるとか。
私を除け者にして、どんどんシアナ計画は進んでいった。
そんな中、ようやく宿の設計図を見ることができた。
「大工組合の者たちが驚いていたよ。平たくするのか?って」
その時のことを思い出しているのか、お兄ちゃんがくすりと笑った。
平たく作るんじゃないけどね。
どうもこちらの人は、目に見えるのと同じにするやり方で設計図を描いていたみたい。
確かに、同じように図面にすれば、完成した状態を想像しやすいのかもしれないが、細かい部分が読み取れない。
平面図であれば、細かい部分も描き込めるので、便利だと思う。
お部屋の間取り図とか、平面だけど想像しやすいよね。
というわけで、建築のプロフェッショナルたちが苦労して描いた平面図がここにある。
まずは全体図から。こちらは、絵画の風景画のように描かれていた。
大きな建物を中心に、周囲にいくつか小さな建物が描いてある。
「この中心の建物が宿で、周囲は各組合の支店の建物だよ」
なるほど。
組合の支店は、自分たちで作ることになっているので、この風景画と同じにはならないようだ。
次に、宿の一階部分の平面図が出てきた。
一階のほとんどが、食堂のスペースとなっていた。
他には受付、台所、控え室など、従業員に必要な設備ばかり。
中でも目を引くのは、大きなエントランスだ。
ここで、冒険者たちの待合室を兼ねているようで、寛げるスペースも設けてある。
二階には、会議室と大浴場。そして、娯楽室なんてのも。
三階から上が客室となっていて、二人から四人で使う小部屋と、五人から八人で使う中部屋、九人以上の大部屋となっている。
部屋の間取り図も用意してあり、部屋には小さいお風呂とトイレがあり、壁側に三段ベッドが並んでいる。
日本では馴染みのないスタイルだが、ユースホテルのような感じだな。
「ここに、冒険者組合の支店を作る予定なんだけど…」
そう言って出てきたのは、全体図の平面図だった。
語尾を濁したのは、冒険者組合の参加が確定ではないからかな?
そういえば、まだソルから連絡ないな…。
捜索が難航しているのか、忘れちゃったのか。
催促してみるか。
意識があらぬ方向へと向かってしまった私だが、お兄ちゃんがトントンと音を立てたので、平面図の方へと意識を戻す。
あっちこっちに思考が飛ぶのは、悪い癖だな。
お兄ちゃんが指で差した場所は、他の組合の敷地より広く取ってあった。
「他よりも広いのはなんで?」
「冒険者組合の支店に、訓練場を併設するからなんだ。日々の稽古に使ってもいいし、結界も張るから魔法も使える」
やっぱり、毎日の稽古って大事だよね。
体が鈍っちゃうもんね。
「おにー様、これは?」
平面図の中に、中央と離れた場所に建物があった。
「働いてくれる者たちの住まいだよ」
ってことは、寮みたいなやつか。
こちらは、一人一部屋なのは当たり前で、食堂もあれば、部屋に台所もある。
大浴場もあれば、お外に露天風呂もあるという、宿よりも豪華な気がする。
「働いてくれる者たちにも、楽しみがないとつまらないからね」
なるほど。
働く場所よりも、質のいいところに住める。
これもある意味、福利厚生ってやつか。
そして、従業員集めも始まっているようだ。
何回かに分けて、入社試験みたいなものを実施するんだって。
これには、私の要望がちゃんと取り入れられていた。
人と他種族を分けて採用すること。
他種族の枠は三割ほど用意してもらった。
やっぱり、食堂で料理を運んでくるのは獣人さんがいい!
治癒魔法が使える、ナイスバディーな魔族さんとかいたら尚よし!
私の欲望まみれではあるが、たくさんの種族が集まる場所になればいいなぁ。
とりあえず、この第一段階が成功すれば、お兄ちゃんと温めていた貴族向けの施設も作ることができる。
旅館のような和風でもいいし、他国の建築技術を使って、異国情緒溢れるものにするのもいいし。
こういうの、考えているときが一番楽しいんだよね!
そして、ついに大工組合による工事が始まった。
工事を開始する前に、王立魔術研究所の研究員たちがレイティモ山に結界を張った。
レイティモ山の結界は、王立魔術研究所の実験棟と同じ、精霊石による強固な結界だ。
結界の中からは、魔物が出られないようにしてあるとのことだった。
その結界の外の部分に建物を作るらしい。
実際に工事現場を見に行きたいのだが、保護者の都合がつかなかった…。
仕方ないので、お兄ちゃんが各組合のお偉いさんたちと現場視察に行くときに、一緒に連れていってもらうことになった。
まぁ、二、三日の辛抱らしいので、大人しくしていることにしよう。
いつも通り、ディーにブラッシングをして、その毛並みを堪能したり、ハンレイ先生のぬいぐるみを撫で回してみたり、もふもふを満喫していたら、珍客が来た。
ゴーシュじーちゃんが、近衛騎士さんを連れて、我が家にやって来た。
「シンキに稽古をつけてやろう!」
私がなかなか王宮に来ないもんだから、ゴーシュじーちゃんの方が押しかけて来たのだ。
って、言っても、五日くらい前に行ったんだけどね。
ゴーシュじーちゃんにとっては、毎日でも来い!ってことなのかな?
なんにせよ、最近お客さんが来るのが増えたな。
「ゴーシュじーちゃん、その人をしょうかいしてくれないの?」
近衛騎士さんは、どこかで見たことあるような、ないような…。
礼装ではないので、普段の制服ではどこの部隊なのかわからない。
「すまん、すまん。近衛師団第一部隊のホッダだ」
え!?堀田さん??
んなわけないか。
「宮廷近衛師団第一部隊隊長、ホッダ・ジフと申します!」
格好よく敬礼をきめてくれたが、空耳が酷くていけない。
掘った自分…自分掘った…。
いや、脳内変換がおかしいのか。
「ネフェルティマと申しますの。ホッダ様は、めずらしいお名前なのですね」
ガシェ王国では聞きなれない感じだから、空耳を起こしたのかもしれない。
なので、思い切って聞いてみた。
「はい。自分の母親が、イクゥ国の出身ですので、イクゥ国の古語を使って名付けたと」
確か、イクゥ国は昔から獣人の集落が多い国で、言語も違っていたんだっけ。
ここ数百年でラーシア語に統一したらしいんだけど、昔の言語がまだ残っているんだね。
「すてきなおかー様ですね。ホッダ様に、イクゥ国も好きになってもらいたいと、お付けになったのでしょうね」
「えぇ。母国はガシェ王国ですが、イクゥ国は第二の故郷だと思っております」
いいなぁ。獣人がいっぱいいる国か…。
どんな獣人がいるんだろう?
スピカは星狼族でしょ、ラックさんは氷熊族、ねずみの鼠族っていうのもいたし。
猫系の獣人さんとか、めっちゃ会ってみたい!
「私もいつか、イクゥ国に行ってみたいです!」
「ぜひとも。イクゥの者たちも喜びますよ」
段々と打ち解けてきた感じだが、私としたことが、お茶も勧めずに話し込んでしまっていた。
「失礼いたしました。お茶がさめてしまいましたね」
「気にするな、ネマ。それよりも、稽古に入ろうではないか」
ゴーシュじーちゃん、すっげーヤル気満々なんですけど。
森鬼、大丈夫かな?
「今日は、どんなけいこをするの?」
「体術が得意といえど、剣が使える方がいいだろうと思ってな。剣は儂が教えるが、体術の相手はホッダがする」
ふむ。剣は基礎からやって、体術はまた試合形式でやるってことかな?
でも、ゴーシュじーちゃん家と違って、我が家には武道場みたいなのはないのだが。
「おにわでやるの?」
「いや、訓練場があるだろ?」
「ん?」
「ネマは知らんのか?」
訓練場ですと!?
この屋敷に??
そんなの聞いたこともないんだが…。
「パウル、くんれんじょうってあるの?」
お茶を出したあと、側に控えていたパウルに聞いてみる。
「はい。庭の奥にございますが?」
パウルも、なんで知らないの?みたいな感じだが、誰も教えてくれなかったじゃん!
「なんで、くんれんじょうがあるの?」
「我々、使用人が日々訓練できるようにと、先先代様がお作りになったとお聞きしております」
先先代ってことは、臣籍降下したっていう曾祖父ちゃんか。
ん?ひょっとして、その時代からうちの使用人はなんでもできる人たちだったってこと?
「みんな、くんれんするの?」
「はい。オスフェ家の皆様を、お守りできるよう、最低限の技術は持っておりますよ」
パウルが珍しく、口元に笑みなんて浮かべているが、この最低限っていうのが曲者だな。
「よう言うわ。ほどんどの使用人が近衛騎士並みに強者揃いのくせに」
我が家の使用人、どんだけ強いの…。
つか、パウルが強いって、想像できないんだけど。
体が細くて、クールインテリ系な顔して、実は脱いだら凄いんです系なのか?
強いもの見たさで、ちょっとだけ見てみたい。
機会があったら、狙っていこう!
そんな実は凄いパウルに案内され、庭の奥にひっそりと佇む、大きな平屋の建物に来た。
これは気づかないわ。
庭の木々で、巧妙に隠されているんだもん。
建物の壁にも、蔦が生えていて、周囲に溶け込みすぎている。
これは、庭師の仕業に違いない!
「こちらでは、上級まででしたら魔法を使用できます」
頑丈そうなドアを開けると、そこにはだだっ広い空間だけがあった。
「ネマお嬢様は、許可なく立ち入らないように願います。誤って攻撃されるかもしれませんので」
誤ってって、攻撃する前に私だって気づいてくれないの!?
スーパーマルチな使用人なら、気配で察知してくれよ!
「はい!」
でも、命は惜しいので、なるべく近寄らないようにしよう。
訓練場の中に入ると、ゴーシュじーちゃんがパウルに言づけて、何かを持ってこさせた。
パウルが持ってきたのは、二本の剣だった。
「刃は潰してありますよ」
剥き身の剣にびびった私に、パウルが教えてくれた。
「まぁ、骨くらいは折れるかもしれませんが」
まったく安心できないよ!!
私を怖がらせて、遊んでるんじゃないよね!?
「では、シンキは上を脱げ」
って、ゴーシュじーちゃん、上半身裸なんですけど!!
子供になんていうもんを見せるのさ!
ムキムキマッチョなゴーシュじーちゃんの上半身は、まさに闘う漢って感じの筋肉の盛り上がり方をしている。
そして、いたるところにある傷痕が、ゴーシュじーちゃんの戦歴を物語っているようにも感じた。
「これでいいか?」
ゴーシュじーちゃんに気を取られていると、森鬼も上半身裸になっているではないか!
久しぶりに見た気がするが、相変わらずの素晴らしい肉体美だ。
ボディービルダーのような、ムッキムキではなく、しなやかな獣のような筋肉なのだ。
「ほう。なかなかいいものを持っているではないか」
ゴーシュじーちゃんが言うと、下品に聞こえるからやめてくれ。
下な想像なんてしたくないし!!
「では、剣の構え方からだ」
森鬼に剣を持たせると、位置が低いだとか、肩の力を抜けだとか、まともなアドバイスが入る。
そして、いくつか剣の型を見せ、森鬼に実践させる。
その都度、どこが悪いだとか、もっと素早くなど、ありきたりな稽古風景となった。
上半身裸だけど。
「はだかになるひつようがあるの?」
別に服を着ていてもできるじゃんと思い、パウルに質問してみた。
だが、私の質問に答えたのはホッダさんだった。
「筋肉の動きを確認するためです」
「きんにくの動きが、じゅうようなの?」
「余計な力が入っていては、効率よく攻撃の力が伝わりませんし、かえって隙を与えることにもなりますので」
そういうもんなのかね?
で、私はいつまでゴーシュじーちゃんの裸を見ていないといけないのかな?
森鬼のだったら、いつまででも見ていられるけど、ゴーシュじーちゃんのはちょっとね。
むさ苦しいというか、熱苦しいというか。
うら若き乙女が見るものではないと思うんだ。
結局、最後まで付き合わされたのだけれど、ホッダさんの上半身も森鬼とは違った肉体美の持ち主だったよ。
まぁ、目の保養をさせてもらったと思えなくもない…。
ゴーシュじーちゃんのせいで、おかしな方向にいってしまった。
何はともあれ、シアナ計画は着々と進んでおります。