王立魔術研究所の秘密
ママンと約束したあの日が、ついにやって来た。
王様から、王宮のどこでもフリーパス(ただし責任者がいること)をもらってから、毎度遊びにいっていた魔法研究所ではあるが、今日は気を引き締めていかないとだ。
グラーティアや白が、不当な扱いを受けるようなことがあれば、すかさず救出するために。
ただ、楽しみなこともある。
今まで謎だらけだった、あの子たちの能力がわかるかもしれないのだ!
通い慣れた感のある王宮だが、今日はヴィの部屋がある東棟には寄らず、魔法研究所のある北棟に向かう。
森鬼、グラーティア、白は、今のところ大人しくしている。
出発する前に驚いたのが、森鬼の姿だった。
貴族が好んで着る裾の長い上着ではなく、丈の短い上着を中のシャツと一緒にズボンにインしている。
一見、ダサく見えそうだが、腰の太いベルトの存在が格好よくきまっている。
ベルトに差してある短剣には、我が家の紋章が入っており、装飾はシンプルだった。
服の色は濃い赤で、シャツはスタンドカラーって言うんだっけ?ハイネックみたいなやつの白シャツ。
暑くはないと思うんだが、上着の腕を捲って、シャツを出しているのが、ワイルド感があって似合っている。
つまり、イケメン度があがったねってことなんだが。
仕立屋さんはいい仕事をしてくれた!
「森鬼、よくにあってるよ!」
「そうか。こんな苦しいものを、よく着ていられるな」
「すぐなれるよ」
まぁ、今まで腰ミノ生活だったから、こういうきっちりした服は苦しく感じるかもしれないけど。
私のためにも慣れてくれ!
到着したのは、北棟の離れである実験棟だった。
こちらは、危険エリアということで、私の持つフリーパスの範囲外なのだ。
ママン曰く、特殊素材を使った、特別な結界を張ることによって、実験が失敗し、大爆発を起こしても、外に被害を出さないんだとか。
その特殊素材とはなんぞやと聞いたところ、精霊石と呼ばれる、精霊の力を蓄えた石なんだって。
手に入れる方法は、精霊王からもらうしかないんだと。
今、結界を張っている精霊石は、ヴィが精霊王に会ったときにもらったものだと教えてもらった。
つまり、私の持つ、ソルの竜玉並みにレアアイテムということだ。
ただ、ちょっと気になったのが、ヴィとラース君って、何気にいいように使われてない?
その精霊石といい、サイの番探しといい。
王太子よ、それでいいのか!?
さて、初めて入る実験棟。ちょっとドキドキするね。
扉の前まで来てママンが取り出したのは、蝶々の形をしたブローチ。金色の土台に、羽根にはいろいろな宝石がついていて、一目で高価なものだとわかる。
それを、のぞき窓みたいなところにかざすと、ガコンッて音がした。
「シンキ、開けてちょうだい」
森鬼はちらっとこちらを見たが、ママンの言う通りにしてくれという意味を込めて頷いた。
すると、森鬼はためらいもなく、思いきり扉を横に引いた。
…って、引き戸なんかい!
どう見ても、外から押す開き戸なんだけど!
「あら。よくわかりましたわね」
ん?ってことは、この扉のデザインもわざとなのか?
この国の扉事情はよくわからん。
あ、そういえば…。
「おかー様。とびらはまほうでうごくようにはできないの?」
ずっと疑問に思っていたことを聞くの、すっかり忘れてたぜ。
「扉を?できなくはないけれど、必要がないのよ」
「どうして?きしさんたち、たいへんそうだったよ」
重たそうな扉を、毎度毎度開けるのは凄く重労働だと思うんだが。
「騎士がいるということは、そこが守るべき重要な場所ということでしょう?魔法で開くようにしたら、防御という面では意味がなくなってしまうの」
そういうことだったのか!
魔法で誰も彼も入れるようにしてしまうと、扉の意味がないのか。
いざというときに、簡単に侵入させないようにするために、あえての人力だったのか!!
「だから、人の力でないといけないってこと?」
「そうよ。もし、敵が来て、入ってくるのに時間がかかれば、それだけ体勢を整えたり、民を逃がしたりする時間が増えるってことなの」
なんでもかんでも、便利にすればいいってものじゃないんだね。
守るために、不便を選ぶってことかぁ。
「さぁ、行きましょう」
実験棟の中に入ると、エントランスホールのような広い空間だった。
ただ、異様に目を輝かせた人たちが集合していて、ちょっとした恐怖を味わった。
「あら、みんな揃っているのね」
「待ちきれなくて、お迎えにあがりました!」
二十人ほどいると思われる研究員のみなさん。視線が森鬼に集中しているのは、そういう待ちきれないってことだよね?
大丈夫かな…。
ママンに案内され向かったお部屋には、お皿がずらりと並んでいた。
これは一体…。
「ハクをこちらに乗せてくれる?」
ママンが指定したのは白だけ。
こちらと言われたのが、透明なボウルに似た入れ物だった。
それに白を入れてみると、底の部分の色が変わった。
「通常の重さが、10ルイね」
ルイって確か重さの単位だよね。
えーっと、重さの単位が、ガイ<エキ<ルイ<ソキ<メイだったっけ?
グラムに直すと…って、さすがにわかんないや。
でも、白の重さは200グラムくらいじゃないかな?
「お皿に用意されているものを、ハクに食べてもらうわね」
これ全部!?
回転寿司みたいに、いっぱいお皿並んでるよ!
しかも、石だったり、木だったり、人間が食べられないものが多いのは気のせいじゃないよね?
「さあ、始めましょうか」
ママンのかけ声で、他の研究員たちも白の周りに集まる。
ママンが最初に手に取ったのが、石。そう、ただの石。
「白、食べられる?」
「みゅっ!」
どうやら白は食べる気満々のようだ。
白が石を取り込むと、ボウルの色が少しだけ広がった。
石の重さが加わったということだろう。
そして、その石には変化が見られない。
五分くらい経過して、ようやく石に変化が見られた。
石の輪郭がぼやけて見える。
「二幾かかっています」
幾は時間の単位で、色の下。
地球風に言えば分かな?十幾で一色だから…。計算面倒臭いなぁ。
ちなみに、幾の下は単。これは秒にあたるのか。
計測には魔道具を使っているみたいだけど、どういう仕組みなんだろう?
ストップウォッチみたいな感じかな?
白が石を消化しきるまでに、一色かかったらしい。
しかし、重さは石を加えた重さのままなので、石の体積がどこにいったのかは謎だ。
「次はこれね」
そう言って手にしたものは、またもや石である。
「同じものを食べさせるの?」
「これには、『保存』の魔法がかけてあるのよ」
同じ重さの石に、『保存』の魔法をかけて、スライムが食べることができるのかを調べるらしい。
結局、白は魔法をものともせず、一色で消化してしまったが。
「やはり、『保存』がかかっていても関係ないようね」
それから、木や毒草、魔石、鉄っぽいのと続き、生肉にいたっては、白の大きさの三倍くらいある塊だった。
大きなお肉に、白は大喜び。うにょーんと伸びて、お肉全体を包み込むようにして食べている。
少しずつではあるが、白の体も大きくなりだし、お肉を消化しきる頃には、一回りくらいデカくなった。
そして、驚きなのが、白の重さだ。
総重量で1キログラム以上は食べているはずなのに、現在の重さは15ルイ。
最初の重さを200グラムとしたら、1ルイが20グラム。とすると、15ルイが300グラム。
本当かよと思って、白を持ち上げると、本当にちょっとしか重くなっていない。
周りの研究員たちが驚いている中、ママンの目がギラギラしている。
一番の危険人物は、やっぱりママンなのか!?
「ハクは毒性は持っているのかしら?」
さぁ?麻痺は持っていたけど…。
「白、どくはつかえるの?」
「みゅい!」
「つかえないって」
「そう。今、確認できているのが、麻痺だけかしら?」
「うん。コボルトといっしょのときにつかってたよ」
少し考えてから、研究員に持ってこさせたものが、ルーシュという、ハツカネズミに似た動物だった。
毛の色は薄い水色で、尻尾も短いけれど、ちょこまかと動く姿はハムスター。
まさかとは思うが、今度は生き餌!?
「餌ではありませんよ。ハク、けっして殺してはなりません。いいですね」
よかったー。白の体内でスプラッターとか見たくないし!
「白、ぜったいに食べちゃダメだからね!」
念には念を入れて、白に言い聞かせる。
「では、このルーシュに麻痺をかけてちょうだい」
ゲージに入ったルーシュを近づけると、次の瞬間にはルーシュが痙攣を起こしていた。
ん?何が起こったの??
「そういうことなのね。誰か、試してくれるかしら?」
ママンは何が起こったのかわかったの?
試すって…人に麻痺をかけるの!?
「森鬼、白は何をしたの?」
「体の一部を触手のように伸ばして、一瞬で麻痺させていた」
つまり、白は麻痺させる成分を注入したってことか。
でも、一瞬だったら、量は多くないはず。少量ですぐに麻痺になるということは、即効性が高く、効力も強いってこと?
「私がやります」
一人の研究員が立候補した。
死なないといっても、麻痺だと呼吸困難とか起きてもおかしくないんだよ!危ないよ!!
「では、治癒持ちは、すぐに魔法をかけられるように、準備をよろしくね」
治癒術師がいるのか。
じゃあ、大丈夫…って、そういうことじゃなーい!
「おかー様、人にするのはあぶないの」
「心配はいらないわ、ネマ。ここにいる人たちには、いつものことなのよ」
えっ!?
スライムに麻痺させられるのが、いつものこと!
「まぁ、毒の耐性が強くなりすぎて、情報が得られない人もいますけど」
ママンの言葉のあとに、誰かがすみませんねぇと言った。
その毒の耐性が強くなりすぎた人なんだろうけど、そういうのってありなのか?
でも、怖いから、白にはさらに念を押しておこう。
そして、さっきから、毒なら使えるよーって黒が体の中で主張している。
君は大人しくしていなさい!
ここで、毒の実験までされたら、たまったもんじゃない。
つか、実験で死人出ましたとか、洒落にならないからね!!
立候補した研究員が、ゆっくりと白に手を近づける。
白は何かを感じたのか、今度は目に見えるスピードで触手を伸ばし、研究員の手ではなく、首筋にちょんっと触れた。
「…がはぁっ!」
研究員は苦しそうに胸を押さえる。
ぎゃーーー!!やっぱりこうなったーーー!!
立っていられなくなった研究員は、床に崩れ落ち、ガクガク震えている。
呼吸もしづらいのか、ぜえぜえと喘鳴が出ている。
『シュラーゼ・クレシオール』
治癒術師の研究員が治癒魔法をかけると、瞬く間に震えが止まり、呼吸音も正常に戻る。
「あー、苦しかったー。もっと早くかけてくれよ」
「だって、症状を観察しないといけないじゃない」
何事もなかったかのように立ち上がった研究員は、治癒術師の研究員に文句をつける。
…本当にこの人たち、日常茶飯事にこれやってるの!?
マジで恐ろしいんですけど!
「いかがでしたか?」
「凄いですよ!本当に触れた感触がしたらすぐに呼吸ができなくなって、痺れるというより、力が抜けるって感じでしたね!」
嘘でしょう。
めっちゃ嬉しそうにしてますよ、この人!
マゾなの?ここの人たちって、みんなマゾだったの??
「恐らくですが、対象の大きさに合わせて、麻痺成分を調節している可能性がありますね。先ほどのルーシュと彼では、大きさが違うにもかかわらず、効力の現れには差がありませんでした」
ストップウォッチもどきの魔道具を持った研究員も、やや興奮ぎみに発言する。
「ぜひとも、麻痺成分を分析したいです!」
ここにはマッドなやつしかいないのか!!
気持ちはわかる!
私だって、そこに魅惑のもふもふがあれば、ここにいる研究員たちと同じようになるだろう。
はっ!あのとき、神様が引いていたのはコレか!!
このマッドな研究員と同じ様相だったら、そりゃあ神様でも引くわな…。
我が身に降りかかって、やっとわかったよ。
神様ごめんよ。
気を取り直して、白の観察に戻ろう。
マッドな研究員たちは、どうしても麻痺成分を手に入れたいとお願いしてきた。
しかし、そう上手くはいかないのが世の中ってやつだな。
白は自身が持つ麻痺成分を、触れること以外で外に出す手段を知らなかった。
私も、地球の動物と同じように、体内で作り、液体の形で注入していると思っていた。
白に麻痺させるものを出して欲しいと言ったら、できないよっと返ってきた。
やったことないし、どうやるのかわからないと。
私に寄生している黒も知らないようなので、麻痺や毒の成分は液体ではない可能性も出てきた。
では何かと問われれば、不明であるとしか答えられないが。
しかし、マッドな研究員たちは諦めなかった。
「腕を出したのに、首を狙ったっていうことは、血の巡りを計算してのことかも」
「そうか。麻痺状態のまま、血液を採取すれば…」
「よし、じゃあもう一回僕が…」
麻痺になった研究員がまたやるのかと思ったら、他の研究員たちが反対した。
彼の体を慮ってだろうと思ったら、お前ばかりずるいだとか、俺もやりたいだとか、やっぱり普通ではなかった。
結局、別の人がやることになり、注射器のようなものなどが用意される。
「先ほどの様子から、針は危険ですわよ。スワームを使いましょう」
ママンの指示で用意されたスワームは、点滴に使うような短い針とチューブが付いているもので、それを注射器に接続するみたいだ。
まぁ、地球でも似たようなものを見たことあったが、スワームでも暴れると危ないと思うのだが。
今度は研究員が仰向けに寝てから、やるようだ。
研究員の手足を他の研究員がしっかりと押さえ込み、側には注射器っぽいものを持った研究員が待機。
白の触手が研究員に触れると、先ほどと同じように苦しみだす。
動かないよう、腕を重点的に抑え込まれ、スワームの針を刺す。
注射器っぽいものに、あっという間に真っ赤な血が溜まっていった。
必要な量が採れたら、針を抜き、治癒魔法をかける。
血の採取に成功した研究員たちは、わいわい喜んでいるが、何が嬉しいのか理解に苦しむ。
「さぁ、早く『保存』しておきましょう。まだ、特異体のフローズンスパイダーと觜族の彼もいますわよ」
ママンの言葉で我に返った研究員たちは、注射器っぽいものをそのまま謎の箱にしまった。
そして、素早く次の準備をしている。
白のときよりも小さいボウルが用意され、その中にグラーティアを入れるように言われた。
流れ的に体重測定ですかね?
「60エキですね」
えーっと、1ルイが20グラムとして、その百分の一が1エキだから…。
60エキは、12グラムとすると、グラーティアが12グラム?
うーん、なんか違う気がする。
つか、こちらの単位を地球の単位で考えるのはやめよう。私の頭が、こんがらがってしまう。
グラーティアも麻痺させるものは確認されていたので、研究員が実験台になると言っていたのだが、白と違って、牙から成分を採取できるので、実験台はやめさせた。
グラーティアの場合は、麻痺というか毒の一種だと思う。神経毒みたいなやつだよね。
あれ?ってことは、白のも毒ってことになるのか。
じゃあ、黒が言っていた毒って何毒??
まぁいいや。黒のことは置いといて、グラーティアにどんな毒を持っているのかと聞いたら、いっぱいと返ってきた。
たとえば、小さな獲物には、力が入らないようにする神経毒を。大きな獲物には、動けなくするために体を固める神経毒を使うらしい。
ちなみに、通訳は森鬼だ。
魔物の言葉がわかると知られるのもまずいので、こっそりと教えてもらっている。
グラーティアの謎の身振り手振りと、カチカチッという牙の音だけでは、詳細なことは読み取れなかったからだ。
つまり、力が入らないってことは、筋弛緩剤みたいなことでいいのかな?
逆に体を固めるっていうのは、筋肉を収縮させるってこと?
さらに、獲物を食べるときには、溶かす毒をつけて柔らかくしたり、幻覚を見せる毒もあるらしい。
獣使いに使った毒はどんなのだったのか聞くと、凄く眠くなるやつと答えた。
しかも、それらの毒を混ぜ合わせ、いろいろな効果の毒を作ることができるとまで言っていたので、グラーティアが毒に特化した個体だということが判明。
そもそも、フローズンスパイダーは、獲物を動かなくする毒と獲物を溶かす毒しか持たないらしい。
いろいろと判明したが、森鬼の通訳がばれるといけないので、私が頭を働かせて、研究員たちに説明していく。
「凄く眠くなるってことは、催眠作用!」
「幻覚って、どんなものが見えるのですか!?」
毒の種類を伝えるたびに、研究員たちのテンションも上がっていく。
死なない毒ならやってみたい、と言い出す者までいた。
マジ、勘弁してくれ。
とりあえず、グラーティアにそれぞれの毒を出してもらい、採取した。
あと、グラーティアの能力といえば糸なのだが、こちらはフローズンスパイダーと同等のものだったようだ。
ただし、毒を持っているグラーティアならではの使い方もできるらしい。
フローズンスパイダーは巣を作るタイプではなく、糸を攻撃や獲物を運ぶために使用するタイプなんだとか。
もちろん、どんなに大きくなろうとも、糸一本で高いところからぶら下がることができる。
ということは、成長に合わせて、糸の方も強化されているってことだとは思うのだが、うちのグラーティアは一味違った。
グラーティアがちょこちょこと動き回り、テーブルの端っこからするすると糸を垂らして下りる。
途中で引き返して、また下りるを繰り返した。
そして、テーブルの端っこで糸がついている部分から、液を少量垂らす。
すると、糸の終わりの部分に、小さな滴ができあがった。
グラーティアがどやぁというふうに牙を鳴らす。
「糸を重ね、強度を増し、毒を付着させた罠ってところかしら?」
ママンの言葉に、今度は正解だよーっと踊り出すグラーティア。
あぁ!本当にお前は可愛いなっ!!
グラーティアの頭を、指で撫でてあげると、気持ちいいのか大人しくなった。
「グラーティア、糸も採取したいのだけれど?」
蜘蛛の糸って、どうやって採取するの?
疑問に思っていたら、研究員が透明な箱を持ってきた。
片手では持てない、そこそこ大きな箱だ。
「この中に、巣を作れるかしら?」
「グラーティア、すって作れる?」
巣を作るタイプではないので、グラーティア自体は巣を作ったことないんじゃないかな?
しかし、グラーティアはできる!と張り切っていた。
グラーティアが巣作りを開始して三十分くらい経ったかな?
箱の中には、芸術品と言えるほどの素晴らしい蜘蛛の巣が完成していた。
蜘蛛の巣といえば、平面というか円形ものを想像するが、グラーティアの場合は立体的だった。
最初に巣全体を支える丈夫な糸を張り、それをさらに補強する。
この段階で、糸は縦横無尽に張られており、中央部分には足場のようなスペースを作っていた。
そして、張り巡らせた糸を繋いでいき、中央部分を含めた三ヶ所に繭のようなものを作った。
グラーティアは巣を一周すると、箱の上にある穴から出てきた。
これが蜘蛛の巣だと言われても信じられない。
所々、糸がキラキラ光っているのは、毒液でも付着しているのだろうか?
「グラーティア!すごいよ!!」
グラーティアの力作を褒める。
大量の糸を出したせいか、グラーティアはぐったりしてしまったが。
「おつかれさま。よく、がんばったね」
グラーティアを労い、いつものポジションである肩の上に乗せると、いそいそと髪の毛の中に隠れてしまった。
よし、今日のグラーティアのご飯は奮発してあげよう!
さて、残るは森鬼だ。
ママンは、森鬼が精霊術を使えることは隠さないと言っていた。
觜族にしたのも、精霊術が使えるからだとも。
觜族は精霊王たちに保護されているし、自己防衛のために精霊術を使えてもおかしくはないだろうって。
觜族の情報はないに等しいので、偽ったってバレないとも言っていた。
ママンよ、研究者としてそれでいいのか?
まぁ、本当のことは言えないのでしょうがないのだが。
さすがに、室内で精霊術を使うわけにもいかないので、今度は実験棟の裏庭に出た。
「さて、シンキは自分の精霊術がどのくらいの強さで、どの範囲まで効果を及ぼすかわかっているのかしら?」
「そんなことは考えたこともないな。ナノたちができると言えば、すべて可能だ」
そうか。精霊術は精霊ありきの術だから、威力とかも精霊に左右されるのか。
「では、精霊様におたずねしますわ。シンキの命令で、精霊様はどこまでやれますか?」
ママンは何もない場所に問いかける。
精霊自体はあちらこちらにいると言われているので、そこら辺を漂っている精霊に聞いているのだろう。
しかし、ここら辺にいる精霊は、ほどんどラース君についている精霊と、私につけられていると思われるソルの精霊だと思うのだが。
少し間を空けて、森鬼が答えた。
「創造神様の意志に反しないなら、国をいくらでも滅ぼすことが可能らしい」
この答えには、周りの研究員たちも驚いていた。
そりゃそうだ。私もビックリだよ!
「…そう。では、創造神様のご意志とは、どういったことなのでしょうか?」
「世界の理、流れを正し、調整をとることだと言っている」
精霊よ、もう少しわかりやすく言ってくれないか?
うーん、つまりは、バランスを整える役割から、それなければOKってこと?
神様が、この国を滅ぼそうってなったら、滅ぼすのが精霊の役割?
じゃあ、なにか。私が人間を滅ぼそうって決めたら、精霊たちがやっちゃうってこと?
………神様、今さらだけど、めっちゃ恐ろしいことを私に押しつけたな!
まだ、時間はたっぷりあるはずだ。
神様のお願いは、慎重に慎重を重ねて見極めるしかないな。
「それを外れた場合は、どうなるのでしょう?」
「程度にもよるが、『堕落者』になるか『消滅』らしい」
「術師がですか?」
「あぁ。精霊が道を外れた場合は、その場で『消滅』する」
森鬼が言うには、世界の理や流れから外れるお願いを聞いたら、その現象が実行される前に精霊は消えてしまうらしい。
「そうでしたのね。『グリーヴェルトの精霊術師』の謎がわかりましたわ」
グリーヴェルトの精霊術師?
聞いたことないな。
「グリーヴェルト?」
「昔のお話です。このガシェ王国が始まる、ずっと昔の精霊術師の」
精霊を研究する人たちにとっては、有名なお話らしい。
簡単に言えば、グリーヴェルトという国にいた精霊術師が、国を守るために精霊術を使った。
しかし、現象は発生せず、相棒ともいえる精霊が消えてしまう。
その精霊術師は『堕落者』となり、国を失い、相棒も喪い、神様を呪う言葉を残して消息を絶った。
この、精霊が消える現象が、なぜ起こるのかがわからず、長年研究者の謎になっていたらしい。
相棒をなくした精霊術師たちは、忠誠心の厚い者、弱きを助ける者、精霊の研究に生涯すらかけた者など、精霊を酷使していた様子もなく、逆に精霊に慕われていたと記録に残っている者たちばかりだったという。
森鬼が伝える精霊の言葉によるならば、グリーヴェルトが滅びるのは世界の理か神様の意志だったということだ。
それを曲げようとした精霊は『消滅』し、精霊術師は『堕落者』となった。
「シンキには、精霊術を使ってもらうより、精霊様のことを教えていただく方がよいかもしれませんね」
ママンの言葉に、研究員たちがガッカリした声を出す。
「そうか。こいつらも張り切っていたのに。残念だったな」
精霊たちが何に張り切っていたのかは謎だが、残念だったという言葉は、精霊たちにあてたものなのだろう。
「では、お茶にしましょう。皆さんは、精霊様に聞きたいことを一つ、考えておきなさい」
今度は、研究員たちから歓声があがった。
自分たちにも、精霊に質問できるチャンスがあるとわかり、興奮しているようだ。
さっきまでは、精霊術が見られないとしょんぼりしていたのにね。
まぁ、精霊術が危険なものだとわかっただけでもいいか。
森鬼が『堕落者』になったり、『消滅』させられたりしないよう、十分注意しなければいけないってことだね。
ネマと愉快な魔物たちの能力が、一部明らかに!
説明回になってしまいましたが、グラーティアが頑張って可愛らしさをアピールしてくれたのでよしとしよう(笑)
さて、ネマがパルマの説明を忘れているので、ここでちょっと説明を。
ネマが持っている動物図鑑によると、飛べない鳥で、鋭いくちばしと角を持ち、大きさは狼より大きいとあるそうです。
ラーシア大陸の南に生息し、肉食で、時には集団でランドブルを襲うこともあるくらい獰猛。と書いてありました。
觜族は、角を持ち、俊敏で、狩りの名手。他種族と交流を持たず、独自の文化を持っていたとされている。とのことでした。