やっぱりもふもふは最高です。
「ネマ様ーーー!!!」
尻尾をブンブン振り回しながら、ものすごい勢いで駆けてくる少女。駆けるなんてもんじゃないな。疾風の如くとは、これを言うに違いない。
ただし、車は急に止まれないのと同じで、スピードがつきすぎて通りすぎてしまった。
と思いきや、トンと軽い音がして、上から少女が降ってきた。
「わっぷ…」
私よりも背丈のある少女を受け止められるわけもなく…。地面に押し潰される前に、ラース君によって支えられた。
正面にはラース君のもふもふ。背後には柔らかな感触。ある意味、役得ですな!
「スピカ、落ちついて」
上から降ってきた少女もといスピカは、お姉ちゃん並みに強い力で抱きついている。
頼むから落ちついてくれ。胃の中身が出そうだからさ。
スピカに遅れること数十秒。今度は星伍と陸星のアタックを受けることに。
お前らな…。
「スピカ、星伍、陸星。おすわり!!」
私の声に反応し、地面の上にちょこんとお座りする星伍と陸星。スピカはなぜか体操座りである。
「とりあえず、ぶじにごうりゅうできてよかった。おねーさんは?」
そう尋ねたところで、コボルト一行の姿が見えた。
別れる前よりも、ボロボロになった姿が。
まずは、落ちついて話を聞ける場所に案内しなければ。
早速、温泉洞窟が活躍するときが来た。
頑張って山頂まで歩いてもらい、そこから洞窟の階段を下りる。
やはり、私の足では早く歩けないので、ラース君の背中にお世話になることに。
もう少し、体力をつけないといけないな。帰ったら、ダンスの練習を増やすか、ディーとかけっこの特訓をすることにしよう!
さて、温泉に到着し、湯船に浸かってもらおうと思ったのだが、温泉に尻込みするコボルトが多数でた。
お風呂に入れられるのを怯えるわんこのごとく。
その中でも、スピカ、星伍、陸星は躊躇なく入っていったが。
全裸で泳ぐ少女は、いろいろとNGだと思うので、タオルを巻いて大人しくさせておく。
泳ぐのを禁止され、頬を膨らませたスピカだが、今度は足がつかず溺れかけた。
慌てて救出し、急いで足場を作るという、落ちつきたくても落ちつけない状況が続く。
ちなみに、星伍と陸星は犬かきをしながら温泉を堪能している。
コボルトも足がつくようにしないと、泳ぎ疲れて溺れそうだな。
結局、温泉の岸から階段状に足場を作り、足を伸ばせるようにした。
前回は足湯だったので、深度のある地底湖なのを失念していたよ。
足場もでき、溺れる心配もなくなったので、シシリー姉さんや氏長たちを温泉に入れる。
お姉さんのセクシーシーンを期待したが無駄だった。体毛は大事な部分を守っていたよ。
まぁ、そうだよね。四足歩行と違って、お腹が晒されてたら、毛で守るよね。
次に温泉に入ったのは、子供たちだった。星伍たちが楽しそうに泳いでいるので、好奇心をくすぐられたのだろう。
パシャパシャと水飛沫が上がる。
水で遊ぶわんこ、可愛いわー!
コボルトの姿にほこほこしていたら、力の氏長、ゴヴァのある異変に気がついた。
「ゴヴァ、耳がっ!」
キリッとした精悍なロットワイラーのチャームポイントである垂れ耳。ゴヴァの左耳は、半分なくなっていた。
近よりがたいゴヴァの雰囲気を和ませる、大事な垂れ耳なのに!!
「お嬢さんと別れたあと、二度ほど襲撃を受けてな」
ゴヴァの言葉に、こちらの男性陣が反応した。
森鬼やシシリー姉さんから話を聞いていても、実際にルノハークとは遭遇していないからだろう。少しでも情報が欲しいってことかな。
「南下しようとすると、監視していたかのように現れた。幸い、死者は出さずにすんだが、戦うことができない者が出てしまった」
お姉さんの心痛な表情。
あの赤のフラーダたちと戦ったのと同じくらい、大変だったようだ。
「ゴヴァたちは、ちゃんとみんなを守ってくれたんだね。ありがとう」
新たな死者は出なかった。今はそれだけで十分だ。
「いたかったでしょ?」
ゴヴァにしゃがんでもらい、半分になってしまった耳を撫でる。
心なしか、毛艶も悪くなっているようだ。
「すぐにハンレイが治してくれたから、そうでもない」
はっ!!
ハンレイ先生はいずこだ!!
慌てて探すと、温泉の中でぐでーっと伸びているハンレイ先生。すげー温泉満喫してたー!
とりあえず、コボルトたちとお姉ちゃんを対面させ、ハンレイ先生のぬいぐるみ計画を発動させることにしよう!
「まぁ!これはこれは…」
ふっふっふっ。お姉ちゃんもハンレイ先生の毛並みがいたく気に入ったみたいだ。
お兄ちゃんとヴィも交えて、毛並みを再現するにはどの魔法がいいのか話し合っている。
お姉ちゃんが気に入ったのはもう一つ。スピカだ。
獣人とかは関係なく、スピカが私に絡むのがすごく可愛いと興奮していた。
オリヴィエ姉様にお衣装を頼まないとって言っていたので、オリヴィエ姉ちゃんも巻き込んで何かやるつもりだな。
連れて帰りたいとまで言っていたが、コボルトの群れが落ちつくまでは連れていかないからね。
コボルトたちには、村へ絶対下りないことを約束してもらう。
村に行かなければ、山は自由に動いていいし、洞窟も気に入った場所があれば住処にしてもいいことを説明しておく。
セイレーンのお姉様方もシアナ計画に参加することと、ある意味隣人さんなので、仲良くするようにともつけ加えた。
これで、ひとまずやっておくべきことは終わったかな?
明日には王都に帰ることになると思う。
つまり、今日のうちにハンレイ先生のもふもこを堪能しておかないと!!
というわけで、ハンレイ先生に突撃だーー!!
温泉から上がり、涼をとっていた集団の中にハンレイ先生はいた。
風の魔術師なアフガンハウンドが、扇風機のように周囲に風を送っている。
長毛種なわんこたちはそよそよと毛が揺らめき、気持ちよさそう。
ハンレイ先生の毛も、サラサラと表面の毛が揺らいでいる。
あぁ、触りたい!!
「ハンレイ先生!」
思いっきり、大きな体に抱きつく。
「ネマ様!?」
驚いたのか、体がビクッと反応したのがわかった。
だが、それよりも何よりも!
頬に当たる毛並み!ぐりぐりすると、もこもこな感触が伝わってくる。言葉に表すことのできない衝動が私を突き動かす。
この極上の毛並みを全身で体感せねば!
「ネマ様が気に入ってくれたのはありがたいが、せめて、自分ではなく、子供たちか雌にしてくれ」
どことなく困った表情のハンレイ先生。…子供だと!?
「いやしのうじに、おちびさんがいるの?」
「いるぞ。自分の子供の子供がな」
つまり、孫ってことですね!
ハンレイ先生がバウッと鳴くと、温泉の近くで遊んでいた子たちがいっせいに駆けだした。
ぴょんぴょんと跳ぶように走ってくるおちびさんたち。それに合わせて、垂れ耳もパタパタと跳ねる。おちびさんと言っても、もう中型犬くらいの大きさはありそうだが。
「ネマ様が遊んでくれるそうだ」
ハンレイ先生の一言に、おちびさんたちの目つきが変わった。
遊ぼうよ〜と、誘うように私の周りをぴょんぴょんする子。構って〜と手を甘噛みしてくる子。スカートの中に潜り込んでくる子と、反応は様々だが、言えることはただ一つ!
ふわもこだぁぁぁぁぁーーーー!!!
大人であるハンレイ先生より、トップコートが柔らかく、超絶ふわふわしている。
まだ毛が細いのか、素肌に触れるとかなりくすぐったい。
そして子犬特有の、ポテポテした動きや仕草がとてつもなく可愛い!!これで国が落とせるレベルだ。
ただ、大型犬の子犬ゆえにデカい。
押し倒され、顔中を舐められる。
待て待て待て。鼻の穴は舐めちゃダメだ!口も止めて!キッスならまだしも、ディープはやめろっ!!
えぇい、星伍、陸星、助けろぉぉぉ!
大きなおちびさんに埋もれ、二匹に助けを求める。
私の願いを聞き入れた二匹は、きゃんきゃん鳴きながら、大きなおちびさんたちに突進してきた。
押し潰されるのは免れたが、私の周りでは、他のおちびさんたちも加わって、パタパタころころ運動会が始まってしまった。
こら、私も混ぜろ!
私がおちびさんたちと遊んでいる間に、お兄ちゃんたちはある作戦会議をしていたようだ。
その夜、山のある洞窟で、バーベキューパーティーが開かれた。
以前、私が野宿してみんなでご飯食べたいと呟いたことを、お兄ちゃんは覚えていたみたい。
騎士さんたちも、紫のガンダルも、コボルトもセイレーンも。人間と獣人、聖獣と魔物、そして動物も、みんな一緒にお肉や野菜を焼いて、食べて、しゃべって。
とっても楽しいご飯だったよ!
翌朝、ジグ村の村長さんに挨拶をして、王都に戻った。
ヒールランとフィリップおじさんたちには、くれぐれも無茶はしないように釘を刺しておく。
そうそう。バンも忘れずに連れて帰らないとね。
バンの名前はプルーマに決定!
意味は羽。つまり、そのまんま。ネーミングセンスの欠片もないが、実はもうレパートリーがないのだよ。赤ちゃんスライムに全部持っていかれたよ。赤ちゃんスライムたちも、すべて色の名前なので、安直だけどね!
さて、フォーべの街で、班長さんたちとはお別れです。
「おせわになりました!」
「また、すぐにお会いできるとは思いますが、お転婆もほどほどになさってください」
おっと、今度は私が班長さんに釘を刺されたぜ。
「はーい!」
私が元気よく返事をすると、班長さんの号令がかかった。
「剣を託す!」
騎士さんたちは鞘ごと剣を取り、胸に掲げ、そして近衛騎士さんたちに柄を向けた。
近衛騎士さんたちは柄を握り、「剣は受け取った」と言ったあと、柄を握っていた手を胸におく。
めちゃくちゃ格好いい!!
ヴィ曰く、任務交代するときに行う儀式なんだそうな。
剣とは、その騎士が受けた任務のことであり、その任務への誠意である。それを託された騎士は、その騎士の分まで誠意を尽くすというわけだ。
最後は私たちが消えるまで、臣下の礼をとっていた。
今度会うときにも、ぜひやってもらおう!
さてさて、なんだかんだで約二週間ぶりの我が家ですよ。
お出迎えに、パパンとママンと、使用人一同総揃いときましたよ。
「おとー様、おかー様!」
パパンに行くと見せかけて、ママンに抱きつく。
最近、パパンに残念なイケメン顏させるのが楽しくてしょうがない。
今も、ショックを受けた、ちょっと泣きそうな顔になっている。
さすがに可哀想なので、ちゃんとあとで甘えておきますよ。
「ネマお嬢様!!」
突然、大きな声で呼ばれた。
「もしかして、バンドゥフォルヴォステではないですか!?」
鳥が大好きな庭師のアイルが、異様なテンションで絡んできた。
「そう、バンなんとか…」
「バンドゥフォルヴォステです」
「バンドゥフォヴォ…」
言えない。もう、バンでいいんだよ!
「プルーマです!」
私が名前を言うと、プルーマがバギャーと返事をした。
「お屋敷で飼うんですね!!」
「うん」
「お世話はお任せください!!」
「私がいないときだけね」
「そんなっ!!!」
「ネマ、詳しくお話してくれる?」
……あれ?なんかママンの冷気が…。
このあと、お兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒に、旅のことを話して、ゴブリン、グラーティアのことまではよかった。事前にパパンから聞いていたのだろう。
スライム、コボルト、セイレーンと話していくと、ママンの冷気が全開に…。
お姉ちゃんが赤ちゃんスライムの可愛さや、魔法を食べる特殊性、そして、スピカの話をして、場を和ませようとしてくれた。
お兄ちゃんは、私に寄生しているスライムの便利性、男のセイレーンというスーパーレアな海の利用点などを語り、ママンの興味を逸らそうとしてくれた。
そして何より、シアナ計画には彼らが必要で、彼らの少し変わった性質は、オスフェ家の利益にも繋がるだろうと。
「セルリア、ネマは創造の神に愛されている子だ。我々の想像の及ばないことが起こるのは仕方ない」
………ママン、それで納得しちゃうの?
私が納得いかないわ!!
まぁ、いい。
とりあえず、今いるグラーティアと白は、ママンに挨拶しておこうか。
グラーティアと白を見せると、ママンはすぐに冷気を引っ込めて、笑顔になった。
「本当に特異体なのね。どんな能力を持っているのかしら?スライムはなんでも食べるのよね?『保存』の魔法がかかっていても消化できるのかしら?」
研究者の顔だ。ヤバいよ、これ。この子たちが狙われているよ!
「ネマ、協力してくれるわよね?」
あわわわ。我が身可愛さに、この子たちを売れと!?
「…いたいことする?」
「いいえ。傷つけるようなことはしません。生態と能力がわかれば、あとはこちらでしますからね」
こっわー!何をするのさ!!
だが、ここで頷かなければ、私たちに明日はない!!
結局、近い内に王立魔術研究所に行くことが決まった。もちろん、ママンは森鬼も忘れてはいなかった。
精霊術、楽しみだわと呟くママンが、ママンじゃないように見えたのは気のせいだと思いたい。
最終選考の前ですが、今日は筆が進んだので(笑)
やはり、オスフェ家最強はママンですな。