慰労会の夜。
やってきました慰労会!
もうすでに美味しそうな匂いが辺りに漂っている。
酒の入った喧騒も凄い。腕相撲で盛り上がっているところもあれば、チンチロリンみたいな賭博で盛り上がっているところもある。
あ、狸発見!
「ヴィルヘルト殿下、ラルフリード様、このような場所に足を運んでいただけるとは、騎士たちも喜びましょう」
「討伐が成功して何よりだ。これからも国のため励んでほしい」
うわー、何回見てもヴィの猫かぶりは鳥肌立つわ。
「ありがとうございます」
狸な隊長と離れると、ヴィが森鬼に精霊をつけるように言った。
「あいつに土の精霊をつけ、監視させておけ」
「すでに風がついているが?」
「拘束用だ。風だと殺しかねんからな」
物騒な話をしているが、森鬼は私のだぞ!!
「主、どうする?」
森鬼はやっぱり森鬼だな。
私を立てるのが上手いというか、頭が固いというか。
「ヴィの言うとおりに。もし、にげたり、さからうようであれば、つかまえてよし!」
「わかった」
つか、土の精霊にはそういう使い方もあるのか。農業特化かと思っていたよ。あと、風の精霊は過激な子が多いみたいだな。注意しとこ。
「ネマ、僕はちょっと治癒しに行ってくるから、ヴィルの側にいるんだよ」
「はい!早くかえってきてね!!」
ヴィとじゃつまらん。森鬼も最近気配を隠すことを覚えたみたいで、存在感がない。つまり、つまらん!
「じゃあ、俺たちは赤のフラーダにでも声かけに行くか」
前言撤回!
ヴィよ、よくわかってらっしゃる!
熊の獣人に会いたいのだよ、私は!!
「いいの!?」
「労りの言葉くらいはかけておかないとな」
そうと決まればレッツラゴー!
赤のフラーダはすぐにわかった。
まず、すっごい人に囲まれてた。そして、熊の獣人の存在感がハンパない。だって、頭二つ分くらい飛び抜けてるんだよ!
2メートルはあるんじゃないのかな?
「通せ」
大きくもなく、威圧感もないのによく通る声でヴィが言っただけで、道ができた。
まるでモーセだ!
ヴィの態度に反発しそうな冒険者もいたが、騎士たちが一斉に臣下の礼をとったので、ヴィが何者なのか察したようだ。そして、察した者から次々と敬愛の礼をしていく。
いまだに、この仰々(ぎょうぎょう)しい感じは慣れない。
そんな中を何事もなく歩くヴィ。
いや、私が途轍もなくいたたまれないんですが?
「ネマ」
躊躇しているとお呼びがかかってしまった。
仕方ないので、ラース君の尻尾を握って、なんとか前に進む。
赤のフラーダの前まで来て、ようやく礼を崩すように言った。
「今回の討伐で、かなり活躍したようだな。礼を言う」
「…あ、礼には及びません」
剣士はガッチガチに緊張している。
前触れもなく、王族が来たらそうなるよね。
ガシェ王国では珍しくもない、明るい茶色の髪、黄水晶のように透き通った瞳。鍛えられた体は森鬼には劣るものの、力強さを放っている。
そして、彼の持つ剣が、何匹ものコボルトを屠った。
…いけない。今の私は公爵令嬢だ。しっかりと立たねば怪しまれる。
「いや、被害が少なくすんだのも、貴殿らのおかげだ」
ヴィが剣士と話している間、他のメンバーを観察してみよう。
赤のフラーダの女性二人はポーッとヴィを見つめている。まぁ、顔だけはいいからな、ヴィ。
男性陣は剣士と似たりよったりだな。緊張しまくっている。
そんな中で飄々としているのが熊の獣人だった。
獣人には身分とか関係ないからかな?
獣人は獣の本能が強い部分があり、力の強さで相手を認める。つまり、いくら身分が高かろうが、弱ければ興味持たない。
ヴィが弱いってことはないんだけどなぁ。
そんな彼が急に動き出した。
つか、明らかにこっちに来る。
森鬼よりも筋骨隆々で、横幅も倍はあるだろう。焦げ茶色の瞳には柔らかな色が浮かんでいるが、私はそれより彼の耳にロックオンだ!
白とも灰色ともつかない淡い毛色。耳は丸みを帯びてはいるが、先が少しだけとんがっている。エゾヒグマやヒマラヤヒグマのようだ。何より、耳の付け根のふわふわ感がヤバい!!
「氷熊族のラックだ。風の聖獣様に拝謁できたことを光栄に思う」
獣人が跪くと、ラース君は興味なさげにグルゥと鳴いた。
跪いても大きいと感じるが、それより耳がぁ!熊のケモミミがぁぁぁ!!
私の手がワキワキと動いたのを察したラース君が尻尾でぺしゃり。
うぅぅ、だってラース君、耳が…。
私の心を読んだように、ラース君の目が細められる。行儀が悪いから大人しくしてろと言われているみたいだ。うぅぅ。
「えっと、お嬢さんは?」
「しつれーしました。デールラント・オスフェのじじょ、ネフェルティマです」
ちゃんと公爵令嬢らしく、優雅に礼をする。
「ご丁寧にどうも。あー、悪いが、人間の礼儀作法だとか丁寧な言葉とかはわかんねぇから、先に謝っておく」
「べつに私は気にしませんよ。じゅーじんの方とぶんかがちがうのはりかいしてますから」
獣人の彼がラース君に敬意を示すのは、彼らにとっても聖獣は神聖なものだからだ。
生き物の頂点に立ち、神に連なるものとして、すべての種族が敬う。
「風の聖獣様の主ってことはないよな?」
「はい。ラース君はお友だちです。そこのヴィがラース君のけいやく者ですよ」
「いや、聖獣様と友達って…」
耳がピクピクしてるぅぅ。触りたいぃぃぃ!
「ひゆーぞくって、どんないちぞくなのですか?」
「そうだなぁ、獣人の中では戦闘狂いって呼ばれているな。寒さには強いし、水の中も平気で、熊族の中でも能力は高い方だ」
あ、熊だなって思った。
普通の熊は戦いが好きってことはないが、縄張り意識は強いし、食べ物に関する執着心も強かったっけ。
「さて、聖獣様に挨拶もすませたし、飯でも食うか」
立ち上がったラックさんはやっぱりデカかった。
これなら、コボルトたちが一撃でやられていたのも納得だ。
彼らは怖かっただろうか?
それとも、こんな強い戦士と戦えて、興奮の方が勝ったのか。
そうだったらいいなと思う。
だって私はラックさんもあの剣士さんも恨みたくないから。
「お嬢さんも行くか?」
そんなことを思いながら、ラックさんをぼへーっと見ていたら誘ってくれた。
「行く!!」
ラース君が呆れているが、ラース君も行くんだよ?
ラックさんの後ろをついて行くが、すでに離されている。走っても追いつけないだと!!
そんな私に気づいたラックさんが抱っこしてくれた。抱っこというよりは肩乗せだが。
肩車みたいに視点が高くて面白い。何より耳が真横にあるのだ!
やっぱり、ふわふわしていて触り心地は良さそう。
「お嬢さんも肝が据わってるな。子供に怖がられなかったのは初めてだ」
確かに大きくて見た目厳つい兄ちゃんなので、普通の子供は怖がるだろう。
あ、そうだ!
「ラックさん、ヴィにごはん行ってくるって言わないと…」
「ん?あぁ、今は殿下が保護者か」
ラックさんの肩に乗ったまま、ヴィにご飯って言うと、ヴィが睨んできた。
なぜだ!!
「ネマ、ラルフとの約束はどうした?」
「だから、ヴィも行くんでしょ?」
お兄ちゃんとの約束は忘れていない。
だから、ヴィもラース君も一緒にご飯行くんだよ!
「仕方ない。すまないが、貴殿らも食事に付き合ってくれないか?」
「いいのですか?」
「あれが懐いてしまったようなのでな」
「いえ、ラックも嬉しそうなのでいいのですが」
「信じられない光景よねぇ。子供好きなのにぃ、子供に泣かれるのがラックだったのにぃ」
そうか、ラックさんは子供好きなのか。
ならば、お願いしたら耳触らせてくれるかも。
「ラックさん、おみみさわってもいーい?」
「なんだ、耳が気になるのか?」
「うん!ふわふわして気持ちよさそう」
「そうかそうか。いいぞ」
耳を褒められたのが嬉しいのか、ラックさんは快く許してくれた。
では、遠慮なく!!
子供の掌ほどある耳の付け根を触ってみる。
思った通りのふわふわ感。毛が細く、密度も高い割りには、ダウンのようなふわふわ感だ。
耳の先は、少しずつ感触が固くなっている。それでも、筆の毛先くらいの柔らかさはある。
もみもみすると、白とは違った癒しが得られそうだ。
「やっぱり、ふわふわ…」
やめられない、止まらない。
ラックさんの肩にいる間、ずっと触っていた。
合流したお兄ちゃんも、そんな光景に苦笑していたけど。
ご飯はお肉料理が多めだったので、ノックスも呼んで一緒にご飯。
何かの鳥の丸焼きを一羽もらい、脚の部分、モモとか手羽元とかを私が食べ、残りはノックスとグラーティアが豪快に食らいついていた。味付けはハーブっぽかったから大丈夫だろう。塩気が多かったらあげられなかったな。
ふむ、どうやらグラーティアには大きすぎたみたいだ。丸焼きにしがみついて食べているようだが、上手く噛み千切れていない。
すると、見兼ねたのかノックスが嘴で肉を千切ると、グラーティアに与えた。グラーティアはそれにすぐ様飛びつき、抱え込むと、はむはむと食べ出した。
やっぱり、グラーティアにはこのはむはむがよく似合う。つか、文句なしに可愛い!
それにしても、この二匹…一羽と一匹は本当に仲がいい。よきかな、よきかな。
この慰労会は夜通し続くそうで、徐々に街の人たちも参加し始めた。
きっと、街中にいい匂いと喧騒が届いているのだろう。
広場の隅の方で、この喧騒を眺めている集団がいた。貧民街の子供たちだ。
うーん、ここは一つ、行動してみるか。
料理人のもとへ行き、人気のない料理を大鍋ごともらえないかと交渉してみる。
「余ってるから別に構わねぇが、何に使うんだい?」
「あの子たちにあげるの!」
「あいつらにか!!」
料理人のおじさんは驚いていたが、まだまだお願いごとはあるのですよ。
「それとね、ごはんのお礼にあの子たちがお皿あらいするから、ダメ?」
「…あいつらには任せられねぇな」
「いいんじゃねーか?こんだけの量だ。人手はいくらあってもいいだろ」
料理人の責任者なのか、別のおじさんが答えた。
「お嬢さん、あいつらに持っていってやりな。ったく、ここの奴らは野菜を食べやしねぇ。あの餓鬼共にはちょうどいいだろ。その代わり、ちゃんと皿洗いをするんだぞ?」
おぉ!話のわかるおじさんだ。
確かに、ここに集まっている冒険者たちは肉料理ばかり食べている。野菜も美味しいのにね。
大鍋に入っている料理は、野菜炒めに似てはいるが、どっちかって言うと回鍋肉かな?
豚肉っぽい、脂の多い肉と色とりどりの野菜を甘辛なタレで炒めたものだ。
先ほど食べたが、見た目よりあっさりしていて、野菜の味と脂の旨味が癖になる一品だった。
「ありがとう!!」
「それより、この大鍋をどうやって運ぶんだ?」
ふっふっふー。ここはラックさんの出番なのだ!
ラックさんにお願いして、大鍋を子供たちのところへ運んでもらう。
その間、私は定位置になった肩の上だ。羨ましいでしょー!
「いいのか?あいつらは素直に言うこと聞くような奴らじゃないだろう?」
「ごはんのためにはたらくのよ?あわれみでもなければ、ほどこしでもないわ。せいとうなほうしゅーでしょ?」
「それはそうだが…」
などと言っているうちに、子供たちのもとへ着く。
子供たちは明らかに怯えている。目に涙を浮かべている子も何人もいた。
そんなにラックさんが怖いのか?
優しいお兄ちゃんだぞ?
えーっと、あの子の名前なんだったっけ?
覚えておくとか言っておきながら、もう忘れてんだが…。
なんか地球の動物に似た名前だったような…。パンダじゃない、ベアーじゃなくて、ベー…ベルーガ!!違った、ベルガーだ!!
思い出せてよかった。
「ベルガー・クリエス、いるのでしょう?」
「なんの用だ」
子供たちの間から出てきた子供は、間違いなくコボルトのおちびさんを虐めていた彼だ。
「あなたたち、おなかすいているのでしょう?このなべいっぱいのりょーりをあげるかわりに、お皿あらいをてつだわない?」
「誰がするか!!」
「そう。あなたはその子たちを守るのではなかったの?ただあなたの好ききらいで、彼らをうえ死にさせるつもり?」
私の言葉に少年は歯を食いしばっていた。前にも見た表情だ。少年は何もわかっていない。
「守るとは、がいてきから守るだけではなく、その子たちがいちにんまえになるように見守ることも守ることではないの?」
「お前に何がわかる!!」
「あなたのじじょーなんて、わかるわけないでしょ」
少年の叫びをすっぱりバッサリと切る。
父親が赤の冒険者にも関わらず、貧民街にいる理由も、子供たちのリーダーをやっている理由も私には想像つかないし、今は関係のないことだから。
「しかし、あなたがなすべきことは、さしのべられた手があんぜんなのかたしかめ、その子たちをみちびくことではなくて?」
どんな事情があるにすれ、リーダーであることには変わりないのだ。
そう、ゴブリンの群れを守ってきた森鬼のように。コボルトの群れを率いたお姉さんのように。君は体を張ることを学ばなければ。ただ指を咥えて待っているだけでは、何もかわらない。守りたいものも守れない。君が選んだ道は、生易しいものではないのだから。
「誰かを守りたいというのはすごいことだと思う。でも、あなたはその子たちの何を守りたいの?ちゃんと見て。その子たちが生きのこれるかは、あなたにかかっているの。あなたのせんたくしだいでは、あなたがその子たちをころしてしまうことだってあるのよ」
私のようにはならないで。
「おれが殺す…?」
「えぇ。あなたのみえのために、その子たちをぎせいにするのであれば、あなたがころすのと同じではなくて?」
「違う!おれはあいつらのために!!」
「ならば、いいかげんに気づきなさい!誰にもたよらずに生きていくことはできないの。あなたがまず、大人の力をかりることを学ばなくては。それから、大人をりようするくらいしたたかになりなさい。でも、もくてきをみうしなってはだめよ?あなたはその子たちのために強くなるのでしょ?」
少年は黙ったまま、私を強く睨みつけた。
私も目を逸らさず、少年を見続ける。
周りの喧騒が遠く感じるほどの重い沈黙。
ラックさんも他の子供たちも、ただ静かに私と少年を見つめているだけ。
「…お前の言いたいことはわかった。だったらおれはお前をりようしてやるよ!」
おい、本当に理解したのか?
少年は子供たちの中から、名指しで5人ほど呼びつけた。
「いいか。これからは、おれたちが中心となって、あいつらを育てる。まずは、メシを食ったら皿洗いだ。明日からはおれたちにもできる仕事をさがそう」
あぁ、ちゃんとわかってくれたんだ。
「大きい子たちなら、ぼうけん者くみあいに入るといいんじゃない?」
ただアドバイスしただけなのに、睨まれる睨まれる。
ん?この少年、元から目つきが悪いだけだったりする?誤解してたかも。
「お前、なんか変わったな」
「そーかもね。私のせいで死んでいった者たちがいるから…」
……しまった!!ラックさんがいたんだ!!
コボルトのことだって気づくかな?
おそるおそるラックさんを見ると、痛ましげに私を見ていた。視線が合うと、頭を撫でられる。
なんか同情されてる!?
「大変な思いしたんだな」
えーっと、誤解しているのか、わかってて知らないふりをしてくれているのか判断できないな。
バレたらヴィに怒られそうだが、あとでお兄ちゃんに相談しよう。
「じゃあ、ごはん食べたら、りょーり人さんに声かけてね。私は明日にはここをたつから、がんばって」
「ネフェルティマ、おれが強くなったらじまんしに行くからな。約束、忘れんなよ」
おぉ、名前、覚えていてくれたのか!
「えぇ、ベルガーも忘れないでね」
しれっと、忘れていたことを臭わせないで、ベルガーと約束を交わす。
これは友達になったってことでいいのだろうか?よし、友達ってことにしておこう!
「これで私たちは友だちね!」
「んなっ!!」
ベルガーは顔を真っ赤にしている。
友達と言われて恥ずかしいのかな?
難しいお年頃だねー。
なんだかんだで時間を食ってしまったので、急いでお兄ちゃんたちのもとへ戻る。
「お嬢さんは貴族らしくねぇな」
「うん。よく言われるね」
ヒールランにも言われたことあるし、ヴィもよく言ってくる。
お姉ちゃんはそのままでいてねって言ってくれるんだけど、ちゃんと貴族らしい振る舞いもできるんだよ?
「余程周りに恵まれてんだな」
「そーだけど、その分いっぱいべんきょーしなきゃいけないの」
「勉強?」
「うん。こーしゃく家の名にはじないよーに、国のこととか、民のこととか、とにかくいっぱい」
家庭教師のアンリーから学んでいることは多岐に渡るし、独学でもいろいろと漁っているので、どれとは明確に言えないのだが。
特に、今回の件で自分がいかに愚かなのかを痛感したので、もっとこの世界のことを知ろうと決意した。
「みぶんがたかいってことは、それだけせきにんもおもいってことでしょ?私はまだ何もできないけど、おさないからってかぞくの足はひっぱりたくないの」
これは本音ではあるが、現在進行形で足を引っ張りまくっているので、それを少しでも減らせれればいいなぁと。
だから、そのためには誘惑に勝てる精神力をつけなければ!!
目の前に魅惑のもふもふがあると、どうしても暴走してしまう自覚はあるのだよ。これについては本能だからしょうがないと開き直りたいとこだが。
「貴族様ってぇのも大変だな。困ったことがあれば、俺たちを頼れ。まぁ、荒事しかできねぇがな」
ええ人や。
ラックさんが魔物にも話せばわかり合える者たちもいるのだと、理解してくれるといいな。
きっと、武の氏長と話があったと思うんだ。豪快なおじいさんだったから。
「うん!ありがとー!」
やっと書けましたよ、熊獣人のもふもふ!!
耳の形までこだわってしまった(笑)
気になる人はエゾヒグマをググってみて下さい。
やっぱり、もふもふ書いている時が一番楽しい( ^ω^ )