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コボルト大討伐(ある冒険者視点)

前回と重複している場面があります。戦闘描写もありますので、苦手な方はご注意下さい。

また、誰だこいつは?という人物の視点での話になっております。

「ったくよぉ。この依頼、何か裏があるんじゃねーのか?」


「そうよねぇ。レニスに近づくほど、邪魔が入るんだもの」


「偶然とも取れるところがまた微妙だな」


薄汚れたというより、最早ボロボロに近い仲間たちの姿を見て、俺も不思議に思う。

野営中に雨に見舞われたくらいから、ついてないことが多すぎる。

雨で食料がだめになったり、荷物の縄が切れたり。これらはその場凌ぎでどうとでもなるが、食料探しに森に入れば迷子になる、獲物になる動物が見つからないなど、偶然ですまされるものもあった。


「そのレニスももうすぐだ。街に着くまでは気を抜くなよ」


仲間たちにそう声をかけて、道を急ぐ。予定よりだいぶ遅れているからだ。

今回の依頼は冒険者組合からどうかと勧められたものだった。

レニス近郊での大規模討伐。

金は安いが経験値はいい。赤ともなれば、最前線を任されるだろうし、他の冒険者たちをまとめ上げれれば、依頼主である騎士団からの覚えも良くなるだろう。

赤になれたのだ、その先の紫へだって俺たちなら行ける。さすがに、伝説と呼ばれる黒は無理かもしれないが。

青から赤になるためには、大きな壁があると言われている。

それは運や巡り合わせといった、自分たちではどうしようもできない壁だ。

今回の依頼もそういったもののように感じる。



街に着くと、その荒廃ぶりが目に余る。

魔物の襲撃がここまで影響を与えているのか?


王国騎士団の責任者とやらに偉く歓迎されたが、仲間の一人、ラックが警戒を解かない。

やはり、何か裏があるのか?


「ユーガ、あいつはだめだ」


宿に着き、魔術師のセイラが部屋に結界を張ると、ラックがぼやく。

結界のおかげで、声は外に聞こえないため、見張られていても安心だ。


「あいつって、ラルガ(狸)に似た隊長のことか?」


「ガハハッ!確かにそっくりだ!!」


氷熊(ひゆう)族のあんたには言われたくないでしょうよ。ラルガとあんたの耳、そっくりなの知ってた?」


ラックに悪態をつくのは治癒術師のシャーリン。


「なんだと!俺の耳の方が毛並みも性能もいいに決まってるだろ!!」


比べるところはそこなのか!?

と言いたいが、話が進まなくなるのでやめておこう。


「そんなことより、ラルガ(狸)な隊長がどうしたって?」


「そんなこと!?俺は誇り高き氷熊族だぞ!!」


「で、その氷熊族のお前は何を感じ取ったんだ?」


「金と欲望の臭いだな」


氷熊族も含め鼻のいい獣人は、人の性質みたいなものを嗅ぎ分けるときがある。

負の感情や欲望といったものは悪臭として、喜びなど正の感情や他者への思いやりといったものにはいい匂いがするとか。


俺たちも何度もラックの鼻には助けられている。

ラックがそう言うなら、ラルガな隊長は要注意人物として警戒しなければならない。


「まぁ、ラルガな隊長だけではないけどな。この街に集まっている冒険者たちの一部にも強烈な悪臭を撒き散らしている奴らがいるみてぇだ」


冒険者と言えどピンキリだ。

正義感熱く燃えている者もいれば、生活のために仕方なくやっている者、組合にばれないよう犯罪行為を行っている者と様々だ。


「ひょっとしたら、グルなのかもしれないわねぇ」


セイラはおっとりとした言葉遣いや性格に反して、頭の回転は非常に速い。

俺たちの頭脳と言ってもいい。

そんなセイラが言うには、最近組合で問題になっている、雇い主と冒険者の癒着だ。

今まで問題行動が多かった冒険者や級の低い冒険者が、雇い主からの評価が高く報告されることがあるとか。

もちろん、心を入れ替えて真面目になったとかではなく、問題行動は相変わらず、級の低い冒険者も特訓で強くなったとかではなく弱いまま。

組合でも調査をしているが、捕まえても捕まえても湧いてくるらしい。

戦争のない平和な時代だからこそ、楽しようとする者が出てくるのだとセイラは言う。


「とりあえず、警戒は充分にしておきましょう。邪魔になるようであれば、退場してもらいましょうね」


この場合の退場は、物理的にってことだな。

まぁ、俺もそっちの方が気が楽だ。


「私たちはぁ、コボルトと言えど、油断せずに戦いましょう。仲間の討伐隊に足を掬われるかもしれませんがぁ、そのときはラックにプチっとしてもらいましょうよ」


ここの女性陣は中々過激だが、気が合う俺も同類ってことだよなぁ。

溜め息だとばれないように、静かに息を()く。


何はともあれ、戦いは明日だ。今日はゆっくり休むとするか。




陽がようやく姿を現した頃。

街の広場に多くの冒険者たちが集まっていた。


いよいよ、討伐に向けて出発なのだが、今回はお偉いさんの息子も参加するのだとか、被害にあった者たちのためにも頑張ってほしいだとか、どうでもいい演説をラルガな隊長がしていた。

お偉いさんの息子とか、正直厄介者でしかないのだが。


「けっ。胸糞わりぃ奴がいるな」


ラックがぼやく方を見やると、獣使いと思われる冒険者がいた。

なるほど、獣人の彼からしたら殺意も抱きたくなるだろう。

それでなくても、常識を弁えている者たちなら目を背けるか眉を(ひそ)めるかするだろう。

獣使いの男の側には、トーティルとヤーグルと思われる動物がいた。

確か、2種類ともライパンサー系統の猛獣だったか。

しかし、肋骨(あばら)が浮かぶほどガリガリに痩せており、毛並みも所々禿げている。おそらく、怪我をしても治癒術を使わずに放置した結果と思うが。

教会でも街でも、治癒術師は動物も見てくれる。もちろん、タダではないが、人間よりかは安いはずだ。

獣使いにとって、馴致した動物は相棒なはずだ。その相棒に対する扱いとは到底思えない。動物を捨て駒扱いするクズ野郎ってことか。


「気づけば、消えてるかもな」


悪どい笑みを浮かべたラック。

討伐の最中に、しれっと抹殺してるかもしれないな。


「ばれるようなことはするなよ」


止めない俺も大概だが、綺麗事ばかりでは生きていけないのもまた事実。

こちらとて、主要戦力のラックに愛想尽かされてはやっていけないのだから。

この7人の誰が欠けてもフラーダは成り立たない。

だから、クズ野郎の命より、ラックの精神安定の方を優先する。


「さて、俺たちはいつも通りにやるぞ。先陣は俺とラックが、セイラとシャーリンの護衛はユゼフ、ハインとカルは俺たちの援護だ」


土の上級魔術師であるセイラ、治癒術師のシャーリンはある程度は接近戦もできるが、彼女たちには術に集中してもらわなければならない。

斥候として申し分ない実力を持つユゼフを護衛につけ、火の中級魔術師のハインと弓使いのカルには、俺たちの後ろから援護射撃をしてもらう。

戦闘が主体のときはいつもこの配置だ。

探索が主体のときはユゼフが先頭に来て、俺が殿(しんがり)で後ろの警戒に当たる。



問題の森に入ってしばらく経つが、魔物にも会わなければ、動物にも遭遇しない。

人の手が入った森と言うわりには足場も悪い。

コボルトが出現してから、街の住人たちが入らなくなった影響だろうか。


「静かにすぎるな」


「そうか?人の気配に動物たちがビビってはいるけどな」


俺の感覚と獣人であるラックの感覚が違うのは百も承知だが、動物の気配なんて俺には感じられないのだが?


「相手はウェアウルフ率いるコボルトです。油断は禁物ですよ」


討伐隊の指揮官であるノーチス隊長が言う。

彼はラルガな隊長の下と言うより、このパーゼスを守る部隊の隊長で、ラックも好感を示していたことから真面目な人物なんだろう。


「上位種がいる群れは厄介だからな。ま、ウェアウルフを見つけたら真っ先にヤるか」


「そんなに違かったか?」


「おいおい、オーグルの群れをヤったとき、てこずってたのは誰だ?それに、人間だってそうだろ?優秀な指揮官がいる軍隊は脅威じゃねーか」


そう言われれば、そんな事があったかもしれないが、あれが上位種だったかなんてまったく覚えていない。


「そんなもんか?」


「そんなもんだ」


納得できたかは別にして、なんとなく理解はできた。

ラックとたわいもない会話をしながら、さらに森の奥を目指す。

結構な距離を進んだなと思ったときだった。



ドォォォンッと言う爆音と共に、視界が白く塗り潰される。


「固まれっ!!」


ノーチス隊長が叫ぶが、彼の声に従ったのは聞こえる範囲にいた騎士たちだけだった。


「くそっ、聞こえねーぞ!」


先ほどの爆音で、ラックの耳がやられたようだ。

ラックの背中をバシッと叩き、こちらに注意を促す。

ラックが俺の目を見ると、苦笑混じりに頷いた。

俺たちだって、伊達に場数は踏んでいない。お互いの声が聞こえなかろうと、視線で素振りで、相手が何を言いたいのか、何をしたいのかくらいわかる。


後ろの方で、魔法では払えないと声が上がる。

つまり、魔法による霧ではないということか。それとも、上級魔術師による、高度な魔術、文様魔法によるものか!?

だとしたら、魔法陣自体を壊さなければ、この霧は晴れない。

後続からは絶えず混乱の声が聞こえてくる。


そのとき、わずかだが、ガサッという音と声高い幼い声が聞こえた。

そうか、藪の中に潜んでいたのか。

ラックですら気づかないほど巧妙に。

幼い声が気になったが、現状はそれどころではない。

後ろで悲鳴が上がったかと思えば、左右から振り子のような物が飛び出してきた。

鋭い杭を四方八方に伸ばしたそれは、冒険者を吹き飛ばし、再び戻ってくる。

そして、藪からの投擲。

騎士たちには被害が少ないようだが、装備の軽い冒険者たちが次々と負傷していく。

このまま治癒術師たちがいる後方に下がるのは危険だ。


「前進しましょう。この霧を抜けなければ、治療もできない!」


俺の意見を聞き、ノーチス隊長は前進を指示した。

そして、愚かにも、何人もの冒険者が我先にと駆け出したのだ。

この先にも罠がある危険性など考えもしないで。


「あぶねぇぞ!」


ラックが注意するが、冒険者たちには聞こえていない。

先頭の冒険者が、悲鳴を残して消えた。


「落とし穴だ!」


「足元に気をつけろ!!」


注意はしてみるものの、混乱している者たちには通じない。

俺の周りにいる騎士や冒険者は早くも状態を立て直しているというのに。

いまだ、自分を取り戻せていない者たちが落とし穴へと消えていく。

辛うじて、直前に落とし穴に気づいた者が落下を免れたかと思えば。


「風がっ…のわぁ!!!」


どこからともなく突風が吹き、その冒険者は落ちてしまった。

かなり、コボルト側の罠が用意周到だ。

これもウェアウルフの入れ知恵なのか?


「助けてくれ!!溶かされる!!」


溶かされる?穴の中に何か仕掛けがあるのか?

しょうがない。


「セイラ、助けてやれ」


あまりにもお粗末な状態に、セイラも渋々魔法を発動する。

するとすぐさま破壊系の魔法が発動される。

しかし、セイラもそこら辺にいる魔術師とは違うのだ。中級の魔法ですら、独自の手法で強化している。


落とし穴から生えた『主柱』により、冒険者たちが押し出される。

中には、お前露出狂か?と聞きたくなるような(さま)をした者がいたり、何かしらの毒の影響を受けている者もいた。

溶かされるという訴えもなるほどと思った。

何人かの冒険者の防具が、溶かされたように変形していたからだ。

だが、その原因となるようなものは見当たらない。どういった仕掛けだったのか気になるが、俺の視線の先には武器を持ったコボルトたちがいた。


「コボルトが来たぞ!!油断するな!!」


ノーチス隊長が騎士たちに指示を飛ばし、戦力を配置して行く。


「穴に落ちた奴ら、毒にかかっている!治癒術師のところまで下げろ!!」


なんとか後続が霧から抜けたところで、負傷者の治療を始めた。

ざっと、三分の一か。ほとんどはすぐに復帰できるな。問題は武器や防具が使えなくなった者たちだな。後方の支援に回すしかないが、魔術師を集めて、防衛線を張るか…。


「中級魔術師の冒険者は、負傷者と治癒術師を守れ!上級魔術師は前進しろ!ノーチス隊長、上級魔術師護衛に騎士を5名配置してください!前衛の冒険者ども、行くぞ!!」


ノーチス隊長の返事も聞かず、周りの冒険者たちを連れて、最前線へと飛び出す。


彼方此方で武器と武器が、拳と拳が交差する。

コボルトたちも様々な武器を使いこなしており、盾持ちの隊列を崩すのには一苦労しそうだ。


「グォォォ!!」


ラックが吠え、大斧を振り回すと盾持ちの一角が崩れた。

今だ!

コボルトの中に入り込み、襲いかかって来るコボルトを剣で叩き伏せる。

剣を持ったコボルトと対峙したかと思えば、横から槍での攻撃が来る。

くっ、一対一など生易しいことはやらせてくれないか。

なんとかラックとの連携を保ちつつ、ハインとカルの援護により、今のところはこちらの優位だ。


「ユーガ、気づいてるか?こいつら、人間臭ぇってこと」


「はっきり、言えっ!」


目の前にいたコボルトの胸を貫き、次の獲物に目を這わす。


「この戦いが、人間臭いってーの!どこの誰だか知らねぇが、コボルトに味方している人間がいるようだぜ!!」


ラックもコボルトの頭を叩き割り、返り血を浴びる。

お前、今、凄く恐ろしい様になっているぞ。正に悪鬼そのものだな。

不意に思い出したのは幼い声。

この戦いの裏に何があるというのか?


「小難しいことを考えるのはしょうに合わないんだよ!セイラに言え!セイラに!!」


考えたところで、俺に何がわかるわけでもない。

そういったことはセイラの担当だろ!


俺たちが前線で奮闘する中、後続で大きな爆発音が響いた。

しまった!戦力が薄いところを狙われたか!?


火の上級魔法を使われたのか、地面には黒く焼け爛れた跡が見て取れた。

固まった魔術師たちが、それぞれ防御魔法を展開したお陰で被害は最小限に留められたみたいだ。

コボルトには攻撃魔法が使えるものがいたのか。その可能性をすっかり失念していたな。

これ以上切り込めば、後続と離れ、何かあったときの対処が難しくなるな。

それに、コボルトの力強さのせいか、騎士たちにも疲労の色が出てきている。

一回防御を固めて、治療を優先するか?

ラックに合図を出し、徐々に下がる。

他の冒険者を助けながら、戦線の位置を下げていく。

ノーチス隊長と合流し、一度治療を優先してはどうかと聞いた。


「しかし、予定の半分くらいしか討伐できていない」


「ですが、こちらの被害が大きくなったのでは意味がありません。幸い、いまだ死者は出ていないようですし…」


これだけの抵抗を食らっておいて、死者がいないだと?

自分で言っておきながらあれだが、明らかにおかしい。

ラックの言う、コボルトに味方する人間のせいか?


セイラとも合流し、今までの疑問点を上げていく。


「もしかしたら、この討伐自体が何かの(はかりごと)かもしれないわねぇ」


周りでは治癒してもらい、次々と戦線に復帰していく。

どうも、騎士たちの方が多いようだが、冒険者は何をしている?

ふと周りを見渡せば、冒険者の数が減っていることに気づいた。逃げたのか?


そんな中、一角が急にざわめき出した。

ノーチス隊長の側に誰か来たみたいだ。


「オスフェ公爵のご子息ですって。格好いい方よね!」


シャーリンが興奮ぎみに教えてくれたが、確かに男の俺が見ても憎ったらしいくらいには格好良かった。


「膠着状態の今なら、被害なく撤退できると思いますが?」


柔らかな笑顔だが、なぜか気圧される感じがした。


「冒険者の中にも脱落者がいるようだし、主な戦力はここにいる者たちだと言っても過言ではないかと。このまま戦えば、遠からず被害は大きくなるのでは?」


「そうですよねぇ。いくら治癒術師がいると言っても、彼らの魔力が尽きればそれまでですもの。コボルトの数もはっきりとはわかっていませんしぃ」


二人の会話に割り込んだのはセイラだった。


「それにぃ、ここまで被害が少ないのも、逆に怪しくないですかぁ?」


「コボルトが何か企んでいるとでも?」


ノーチス隊長の目が、一瞬だけだが鋭くなった。何か心当たりでもあるのだろうか?


「相手の戦力がわからない以上、その可能性はありますよねぇ。確かぁ、第三進化のウェアウルフは個々で特化能力が違うはずですしぃ。魔力特化だった場合、討伐は難しいかもしれませんよぉ?」


「失礼。僕は魔物のことに詳しくなくてね。進化するとそんなにも違いが現れるものなのかい?」


公爵家のご子息がセイラに質問してきた。

赤以上の冒険者なら知っていて当然のことでも、遭遇すらしない人はまったく知らないのだろう。


魔物によって、進化するものしないものとわかれるが、進化するものも種類によって進化の回数が違う。たとえば、ゴブリンはホブゴブリンまでだし、コボルトはハイコボルト、ウェアウルフと進化する。

上位種になれば、何かしら特化した部分が出てくるのだが、それも個体によって違ってくる。

力だったり速さだったり、もちろん魔力のものだっている。

総じて、知力の上昇、言語能力、支配力、特化能力が追加されるのが特徴とも言えるか。

知恵をつけ、支配力を持つ上位種が率いる群は、討伐の難易度が格段に上がるらしい。

俺も何度もホブゴブリン率いる群れを殲滅(せんめつ)したが、俺自身が弱かったときに死ぬ思いをしたことがある。

今回、コボルトで疑問に思ったのは、コボルトは比較的魔物の中では人を襲わない種類だということ。戦いをしないものが、上位種が現れたからといって戦えるようになるとは思えなかったのだ。

しかし、実際戦ってみて、中には手練れと言っても過言ではないくらい実力を持ったコボルトもいた。もしかしたらハイコボルトだったかもしれないが。


「魔物の研究者の間ではぁ、進化は創造の神のご慈悲と言うらしいですわぁ」


まだ、続いていたのか。

セイラも話し出すと止まらない奴だからな。


「そう言ったわけで、後顧(こうこ)(うれ)いをなくすためにも、ウェアウルフは討伐しておきたいのです!」


セイラが次の言葉を発する前に、ノーチス隊長が吠えた。いい判断だぜ!


公爵家のご子息が溜め息を()くと、セイラに結界を頼んだ。


「ノーチス隊長と赤のフラーダ、これから僕が喋ることを他言しないと『名に誓う』か?」


真剣なその表情と誓うほどの重大なことに対して、誰もが息をのんだ。


「このディラン・ノーチスの名に誓って、これから聞くことは他言いたしません」


俺たちも目でお互いの意思を確認し、全員が『名に誓う』。


「ありがとう。実は魔物の動きに不穏な部分があり、それが人為的に起こされたものだという可能性が高い」


ご子息が言うには、現在北方領では魔物被害が多発しており、原因を調査し始めたところ、ガシェ王国内の魔物が北方領に集められているとのことだった。

誰がどんな目的でそんなことをしているのかは掴めていないが、かなり大掛かりな組織的犯行だろうと。

現に、北方領での魔物被害に反比例して他の領地では被害が減少しているらしい。

確かに、ここ最近の依頼を振り返ってみても、北方領での活動がほとんどだった。

俺たちは基本、国内ならどこでも行くし、割のいい話があれば、国外でだって活動している。

ひとまず、その謎の組織を『ルノハーク』と名付けたとのことだったが、その名前を聞いた瞬間、全員が嫌悪の表情を浮かべた。

もっとまともな名前はなかったのか?

ルノハークと言ったら、主婦や飲食店の天敵、見るのも(おぞ)ましい虫だぞ!?


で、今回のコボルトたちもルノハークに追われて北方領へ来たのだろう。

元々、小規模な群れなら人間を襲う種類ではないので、ある程度数を減らせばいいのではというのがご子息の意見。


「しっかしなぁ、コボルト側にも別の人間がついてんだろ?」


「別の人間?」


ラックの言いたいことを、俺が代弁して伝える。戦いの最中、幼い声を聞いたことも。


「他の女性の声かコボルトの鳴き声と聞き間違った可能性は?」


「そう言われると自信ないですね。あのとき、ラックも耳をやられていたので聞いてないだろうし」


「コボルト側に人間がついていようと、早急に結論を出さなければならないのは変わらない。僕たちがこうしている間も戦ってくれている者たちがいるのだからね」


「仕方ありません。そう言った動きがある以上、脅威はコボルトだけとは限らない。ならば、私は街のためにも戦力を無駄にするわけにはいかなくなりました」


ノーチス隊長が折れた。賢明な判断だと思う。

北方領に魔物が集まっているならば、コボルトだけじゃない、オークやオーグルといった残虐性の強い魔物が出てくる可能性もある。


「では、撤退行動に移ります。ラルフリード様、全員に治癒魔法をかけてもらえますか?」


「全回復とまではいかないだろうけど、怪我の治癒と体力回復でいいかな?」


「十分です」


「では、そこの治癒術師のお姉さん、祈りの協力をお願いしてもいいですか?」


「もちろんですぅ!」


シャーリン、気持ち悪いからシナを作るな!

つか、猫かぶりすぎだろ!!


「赤のフラーダに殿をお願いしたい。我々は治癒術師や魔術師らを護衛しながら先頭を行く」


「おう!任せておけ!!」


いろいろと確認事項を話し合い、結界を解いたあと、俺たちが戦闘を引き受け、騎士たちを下がらせる。

連携を崩したくなかったので、シャーリンも殿として、セイラの側にいる。


ご子息の治癒術が発動すると、疲労感が消えていく。

これほどとは!あの坊ちゃんやるな!!

怪我や病気が優先になる治癒術は体力や疲労の回復には効果が弱いとされる。

シャーリンですら、本当に危険なときしか使わないからな。


徐々に後退しながらの戦闘に、コボルトたちも気づいたようだ。

さぁ、どう来る?勝機だと見て、攻めて来るか?



そのときだった。

バリバリと激しい音と共に、目も開けていられない光、ビリビリと体が痺れる感覚。

何が起こった!!


強い光のせいで視力が奪われ、感覚を研ぎ澄ましても、側にいるであろうラックすら感知できない。


緊張と警戒と、手に握る剣が汗で滑る。

どれくらい時間がたったのか、長い時間にも感じたし、一瞬くらいだったのかもしれない。


視力が戻ったときには、コボルトは姿を消していた。


「今のは…?」


(いかづち)だろうな」


「この晴天に?」


「まさに神の怒りの鉄槌てか」


「洒落にならん」


コボルトたちはこのあとも姿を現すことなく、討伐隊は無事にレニスの街に戻ってこれた。


見える範囲では、死者はいない。

しかし、行方不明者が何十人にも及んでいる。

逃走してレニスに戻ってこないのか、コボルトに捕まったのかは不明だ。

行方不明のほとんどが、冒険者の魔術師らしいが、騎士たちにも行方不明者がいるようだ。

冒険者の方は、命欲しさに逃げたと思うけどな。

作戦の成功は伝えられたが、勝利というわけではないので、街の空気は重い。


代主様が慰労会と称して宴を開いてくれるそうだが、このもやもやした気持ちも、酒を飲めば治るだろうか?




ということで、赤のフラーダから見た、コボルト討伐隊の話でした。

私はやはり熊の獣人ラックがお気に入りです。

しかし、精霊の足止めが地味だがやられると堪えるものなので、精霊を敵に回さないようにしようと自分でも思ってしまった(笑)

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