いよいよことに及ぶそうです。
後半に戦闘描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
水虫騒動にケリをつけ、屋敷に帰ってきた。
今日はいろいろあったので、ご飯を食べてお風呂に入ったら早く寝たい。
幼い体は大人より睡眠が必要なのだよ。
お兄ちゃんたちが、パーゼス侯爵と話し合いという名の脅迫まがいなことをしている内に、お風呂をすませよう。
いまだ付き添いがないとお風呂に入れないので、屋敷の侍女さんにお願いする。
余談だが、グラーティアはお風呂が大好きである。湯船に浸かるわけではないが、糸でボードのような物を作り、水面に浮かせて脚で漕ぐ。
スイスイと器用に動くグラーティアはあめんぼうみたいだ。
つか、雪国生まれなのに、熱くないのだろうか?
グラーティアに関しては、謎が増えていく一方だ。
ちなみにお風呂は猫足のバスタブではなかった。
総タイル貼りの、泳げるほど広いお風呂だった。
お風呂は水と火の魔法を使って沸かすので、王宮では専門の役職があるらしい。
お風呂場を綺麗に掃除し、水を張り沸かす。人が使ったあとは毎回お湯を浄化し、温度を調節する。この温度調節が難しいらしい。
お風呂から戻ると、お兄ちゃんたちも戻っていた。
どうやら、脅迫…じゃなかった、パーゼス侯爵の説得は成功したようだ。
そしてなぜかちゃっかりいるヒールラン。
どうやって入ってきた!!
まぁ、いいや。来いって言ったのは私だし。
「ヒールラン、だいじょーぶだった?」
「はい。見つかるようなヘマはしておりません」
「では、なぜきしだんにいたのかと、今つかんでいることのせつめいを」
「一部の冒険者と騎士団が癒着しているのではないかと調査を始めたところ、騎士に職務質問されてしまいまして。誤魔化すために、冒険者の仲間と喧嘩別れしたので、一人でもできる仕事を探していると言ったら、騎士にえらく同情され、騎士団の事務処理の仕事を斡旋してもらえ、騎士団側からの潜入調査中です」
なんてこった!!
その騎士、優しすぎるだろ!!
しかも、あること3割、ないこと7割くらいで話作ってるから、知らない人が聞けばそこそこ波乱万丈な人生話になってるよ。
しっかり、昔王宮で下っ端の文官やってたとか言って能力もアピールしてるし。
人の身の上話には気をつけよう!
さて、ヒールランがもたらした情報は、やはり狸な隊長が限りなく黒に近いということだった。
やっていることは、パーゼス侯爵が今までに送っていた救援物資の横取り。資金の着服に冒険者からの収賄。
「ぼうけん者??」
はっきり言って、冒険者とつるむメリットがわからない。
しかも、ランクの低い冒険者となれば、なおさらだ。
「冒険者の方とは、組合への口利きみたいなものですね。こういった大規模討伐へ参加した下級冒険者たちに、お金を払えば貢献度を割増で報告すると。雇い主側からの報告は昇級に反映されますので」
なるほど。冒険者たちはお金を払えば、苦労せずにランクアップが望めると。狸な隊長の方は嘘の報告をして、お金ガッポガッポ…。
資金も自分の懐に入れてガッポガッポ。
救援物資も高く売りつければガッポガッポ。
許せん!!!
「確実な証拠は手に入っているのか?」
「明確なお金の動きとしてはまだです。一度だけ、手下の騎士が冒険者からお金を受け取っているところを目撃したくらいです」
「物的証拠が欲しいな」
「資金の流れから当たってみますが」
「難しいかもな。騎士団はずぼら管理で有名だしな」
「え?」
「王都に在中している部隊は、会計部の責任者が各隊長に殴り込みにいったと聞いたぞ。組まれた予算の使い方があまりにも酷いと。他の各領地の部隊でも……。そこか!」
「水増し請求ですね!」
おーお、なんかヴィとヒールランが意気投合してるぞ。
「あぁ。騎士団は緊急時用に普段から多めに発注する習慣がある。武器も食料も備品ですらだ」
「その発注と物の入荷を調べれば、掴めるかもしれません」
「ここだけではないだろうな。ヒールラン、お前に王族の紋章を預けておこう。絶対に逃がすなよ」
ヴィは近衛騎士から短剣を奪うと、ヒールランに渡した。
これで、ヒールランは王族とオスフェ家の庇護を得たことになるが、それゆえに危険もあるだろう。
死人に口無し、ってことにならないようにしなければ。
「ヒールラン、しょーこさえあれば、あとはヴィたちがなんとかしてくれます。あなたは自分のみのあんぜんをいちばんに考えるのよ。けっしてむちゃはしないこと」
「心得ております」
「せーれーさんたちも、ヒールランを守ってね」
精霊はヒールランの命綱だ。
精霊がいれば、まず死ぬようなことはないと思う。本人も中級魔術師なので、ある程度は防衛はできるだろうし。
狸な隊長の件は、ヴィに任せよう。
他も関わってくるとなると、私ではどうにもできない。
「話がまとまったのなら、もう寝ようか。ネマに夜更かしの癖がついても困るからね」
そう言ったお兄ちゃんに抱っこされ、ベッドへと連行される。
私だって、不健康な習慣は身につけたくないですよ。このプリプリのお肌は維持したいのです。
「では、私はこれで失礼します」
「ヒールラン、ネマを悲しませるようなことはしないようにね」
「はい。ネマ様には、この身を拾ってくれた恩がございますので、誠心誠意仕えさせていただきます」
ちょっと待て!
拾った覚えはないぞ!!
パパンからのスカウトを断ったから仲間に引き入れただけだ!
「ヒールランはなかまだよー」
私の言葉に、ヒールランは目を大きく開いた。でも、三白眼だからちょっと怖い。
「ありがとうございます」
お礼を言うヒールランは笑っていた。
初めてヒールランの笑顔を見た。笑うとイケメン度が3割増しだな。
なんて思っていると、睡魔が襲ってくる。
元々、布団に入れば即行で寝れる体質だ。そして、この睡魔に敵うわけもない。
「おやすみ、ネマ」
お兄ちゃんの頭なでなでが気持ちよくて、もう瞼は持ち上がらない。
「おやすみなさい」
グラーティアもお休みポジションが定まったようだし、私もウサギさんを抱き枕にして、寝るぞ!
「本当に寝つきだけはいいな」
「適応力が高いのはいいことなんだろうけどね。警戒心がなさすぎて不安になるよ」
「明日には赤のフラーダも到着するか」
「明後日には決行だね。ネマには辛い思いをさせるだろうけど」
「仕方ない。それがこいつが選んだ道だ。たとえ無自覚だろうとな」
おっはよーございます!
外は今日もいい天気だ。
今日は、お兄ちゃんは別行動になる。
明日には討伐隊が動くということなので、お兄ちゃんは騎士団の方に赴き、作戦会議やら準備のお手伝いやらやるんだって。
なので、ごー君とろく君の回収もお願いしておいた。
街に出てた騎士たちも、情報収集が終わったのかバラバラに戻ってきている。
騎士たちの報告を聞き、ヴィとお兄ちゃんは少し話し合っていたが、私は蚊帳の外。またかよ!!
なんだかんだで、お昼前には出発できた。
私とヴィはコボルトのところで、罠作りと作戦会議。
と言っても、着いた頃にはほとんど作業は終わっていて、最終確認的なものだけだったけど。
どうも、夜通し作業をやっていた模様。
明日には戦いになるのだから、戦闘組には休むよう強く言っておいた。
明日の私のポジションはヴィの側。まぁ、そうなるよね。
で、ヴィは罠部隊に入ることになっている。
罠部隊は討伐隊の両サイドに位置取る。
罠部隊の構成は草の氏オンリー。
討伐隊正面には接近戦部隊、その両サイドに魔術師部隊を配置して、両部隊の後方に癒しの氏とお姉さんのいる支援部隊。その支援部隊を守るのは、生活の氏の戦える者たち。
ただ、戦闘能力に不安が残るので、護りの氏長に指揮をお願いした。
作戦会議は、全員に参加してもらった。
非戦闘組も子供たちも、これから何が起こるのか知ってもらいたかったからだ。
妹さんが子供たちのリーダーだったので、大人しく聞くよう、言い聞かせてもらう。
「まず、この戦闘の目的は群れが安全な場所へ避難するためのものであることを肝に銘じて欲しい。そして、俺たちが協力するのは、このネフェルティマの願いがあってのことだと言うのも忘れないでもらいたい」
ヴィらしい物言いだが、なぜ今さら私のことを持ち出すのかはわからなかった。
それから説明されたのは、討伐隊に参加する人数とその内訳。
騎士団から53名と随行する治癒術師が2名。
冒険者は接近戦タイプが34名、魔術師が28名、中遠距離タイプが10名、治癒持ちが8名、斥候タイプが12名の計15パーティ92名。ただし、詳しい情報がない赤のフラーダと潜入する騎士団の5名は除いてだ。
魔物の討伐隊として考えると、規模はかなり大きい方だと思う。
ヴィの説明はさらに詳しく、真っ先に戦闘不能にしなければならない冒険者たちの特徴を挙げていく。
その情報の多さにビックリだ!
騎士団の方はどうするのかというと、本来なら将を狙うところだが、ノーチス隊長が戦闘不能になると、全体の混乱に繋がる恐れがあるため、狙わない方向で行くんだとか。
ある程度被害が出れば、お兄ちゃんが撤退を促すそうだ。最悪、お兄ちゃんは公爵家の身分を使うとも言っていたらしい。
なので、こちらの要点はこちら側の被害を抑え、かつ、相手側にある程度の被害を与えることとなる。
コボルトにとっては不利な話だろうが、作戦を立てたヴィはこの国の王子だ。魔物のために、騎士を民を死なせるわけにはいかないのだから。
だから、私もコボルトたちに残酷なことを言わなければならない。
「おそらく、このたたかいで、死者が出るでしょう。たたかいにさんかする者は、かくごを決めてください」
自分が言うのはおかしいと思う。人間の私がコボルトたちに死ぬ覚悟をせよと言うのは。
でも、コボルトたちは素直に頷いてくれた。
みんな、生きるために、群のために闘志を燃やしている。そんな大人たちを、子供たちは不安そうに見ている。
それを見て、自分がいかに酷いことを言っているのか、胸が痛くなった。
もやもやした気持ちのまま、作戦会議は進み、あとは明日を待つだけとなる。
コボルトの群れから帰る最中、私はヴィに愚痴る。
「ほんとにこれでよかったのかな?」
「今さらだな」
ふんと鼻で笑われた。それが似合っているのもムカつく。
「お前はもっと考えて物事を言え。いいか、上が悩むときは、それを悟らせるな。上がふらついていると、下が混乱する。そして、疑問は常に持ち続けろ。この選択でいいのかとな。でも、道を決めたら迷うな」
グサグサと言葉が痛い。
「ヴィはいつもそーしてるの?」
「当たり前だ。お前は俺を誰だと思っている?俺は父上の跡を継ぎ、国王になる男だぞ?」
なんでだろう?
今すっごく、このドヤ顔を殴りたくなった。
「俺は常に自分を疑っているさ。自分の選んだことが、周りの特に国民たちの期待を裏切らないかと。そうやって決めたことなら、堂々と言えるからな」
殴りたいとか思ってごめん。
ヴィは王太子として、この国のことや暮らす人々のことをちゃんと考えていたんだね。
ヴィの話を聞いて、不安が募る。
覚悟を決めなければいけないのは私の方なのに、その方法がわからない。
気持ちは迷子のまま、お兄ちゃんから厄介な報告がされた。
獣使いとその喧嘩相手が釈放されたと言うのだ。
討伐に向けて、一人でも戦力が多い方がいいという理由で、狸な隊長が釈放を命じたらしい。
ヴィ曰く、これは統括本部隊長の域を越えているとか。
犯罪を犯した者は調査官によって、罪を調べられ、罰を与えられる。
現代日本と言うよりは、江戸時代に似ているかも。
町奉行的な、某桜吹雪の人みたいな感じ?
調査官になるための試験は2年に一回実施され、対象国の法に精通していることと、高いレベルの戦闘技術、話術、調査技術と大変難しい。そして合格した者は、創造の神に対して『名に誓う』。真実を見極め、公平に裁く者であると。
これに反すると、堕落者の刻印を押され、さらに神罰も下るというから、かなり厳しい職業とも言える。
冤罪を起こせば、真実を見極められない目を奪われ、真実を知っていながら、偽りの罪状を述べれば声を奪われ、甘言に惑わされれば音を奪われる。
それでも人気があるのは、お給料が高いのと正義というイメージだからだろう。
結婚したい相手の職業一位なだけある。二位は治癒術師で、三位が騎士だ。
正義や人を救う、守るというのにこの国の女性は憧れるらしい。貴族は八位とやや人気は落ちる。礼儀作法や人間関係が大変そうなんだと。玉の輿狙いの女性には人気だがな!
ちなみに、なりたい職業不動の一位も調査官で、二位が騎士、三位が侍女だ。
まぁ、そんなことは置いといて、罪のある犯罪者を釈放するのにも法が決められており、有事の際、調査官が必要と判断し、『名に誓う』者のみとするとなっている。
つまり、調査官が名に誓わせて釈放していれば問題ないのだが、これについては精霊が知っていた。
ヴィが精霊に聞くと、調査官は犯罪者が出たという報告すら受け取っていないということだった。
創造の神へ『名に誓う』と、常に精霊に監視されるんだって。ちょっとだけ、精霊怖いと思ってしまったよ。
問題の獣使いと喧嘩相手は、真っ先に戦闘不能にし、調査官に突き出すことに決まった。
お兄ちゃんの報告はそれだけでなく、赤のフラーダが到着したというのもあった。
騎士さんたちが、急いで情報を集めてくれたみたいで、パーティ編成まで掴めていた。
赤のフラーダは7人編成で、前衛が剣士と獣人の盾使い(タンカー)、斥候、中衛が火の中級魔術師、弓使い、後衛が治癒術師と土の上級魔術師となっている。
弓使いが中衛?と思ったら、飛距離が短いが殺傷能力の高い弓を使用しているらしい。
クロスボウみたいなやつかな?
土の上級魔術師がいるとなると、落とし穴に対応されるかもしれないから、早めに対処しておきたい。
剣士の腕前も騎士たちより上らしいし、獣人も氷熊族という、クマ系のパワーファイターだとかで、こちらも速攻で落とさなきゃヤバい。
でも、正直クマの獣人に会ってみたいし、触ってみたい。耳が気になる!!丸っこくって、可愛いんだろうなぁ。
何はともあれ、いよいよ明日だ。
私の不安は何も解消されてはいないが、それどころか不安要素が増えているが、やるしかないのだ。
明日が来るのが怖いと思ったのは初めてだ。
不安で怖くて、でもあとには引けなくて…。神様、私はどうしたらいいんだろう?
夜が明けきる前に、お兄ちゃんに起こされ、ヴィと共にコボルトのところへ向かう。
まったく眠れなかった。
最悪なことばかりが浮かんで、泣いてしまいそうで。
ノックスとグラーティアがいてくれなかったら、ボロボロになっていたと思う。
ごー君とろく君も疲れているだろうに、ずっと側についていてくれた。眉麻呂フェイスに慰められた。
「その間抜け面を、コボルトたちには見せるなよ」
「うぅ…」
「最初だけは、馬鹿みたいに笑っておけ」
ヴィが頭をグリグリしてくるが、私はそれどころじゃない!
「後悔なら事が終わってからにしろ。今は俺を信じろ」
ヴィなりの優しさなんだろうな。
そうだ、しっかりしろっ!!
自分が蒔いた種だろっ!
パチンと自分の両頬を叩く。
気合いの一発だ。
「うん!もうだいじょーぶ!!」
ちゃんと笑えてるかな?
これは私の問題なんだから。お兄ちゃんやヴィを巻き込んじゃったんだから、私がしっかりしていないと2人も困るし、騎士のみんなも困る。何より、コボルトたちに悪い。
大丈夫、大丈夫。私は強くなるんだから!!
コボルトたちと合流し、最後の作戦会議だ。
獣使いのことや赤のフラーダのことを報告し、一部の優先順位の変更をする。
陽が昇りきると、全員が決められたポジションに就く。
覚悟を決めたとは言え、やはり怖いものは怖い。
ラース君にしがみつき、心を宥める。
ラース君の毛並みは、ヒーリング効果も持ち合わせているようだ。
「ネマ、来たようだぞ」
私の方からは何も見えないが、コボルトたちはわかったようだ。
戦闘組が一斉に戦闘体勢に入った。
私も大きく深呼吸して、気を引き締める。
「ネマ様、大丈夫?」
妹さんが心配そうに顔を覗き込んできた。
普段はピンとしている耳が水平にヘタっていて、絶妙なアングルでの上目づかいときた。
マ・ジ・で・かわえぇぇぇ!!!
昔のチワワのCMを超える可愛さだ!
「だいじょーぶだよ」
あまり大丈夫でなくても、この可愛さの前では見栄を張りたくなる。
さぁ、気を取り直して、まず初めは煙幕だ。
「森鬼、ラース君、じゅんびはいい?」
視界を奪う濃霧は森鬼が水の精霊術を使い、『空爆』はヴィが起こし、ラース君が増幅する。大きな音を出す魔法は風属性に当たるので、ヴィとラース君が担当する。
「草のみんなも、よろしくね」
出だしで、どれだけ戦闘不能にできるかが勝負だ。
揮発性の睡眠薬も大量に用意してあるし、精霊さんたちにも盛大に悪戯をするように頼んである。
もうすぐ、作戦開始のポイントに入る。
ドクドクと心臓が煩い。
「森鬼、ラース、いいな。3、2、1…」
ドォォォンッ―――
ビリビリと鼓膜が痛くなるほどの爆発音と、一瞬で真っ白になる視界。討伐隊から聞こえる怒号。
私の側を風が通る。
草の氏たちが動き出したのだ。
「固まれっ!!」
「くそっ、聞こえねーぞ!」
「だめだ、魔法では払えない!!」
上手くいったようだ。
次々と草の氏が意識を失った冒険者たちを連れてくる。
それを素早くロープで縛っていくのは編手の氏たちだ。
捕まっているのは、魔術師が多いみたいだが。
冒険者に潜り込んだ騎士たちも、視界の悪さに乗じて行動を開始しているはずだ。彼らの仕事も、主要戦力の無効化。上手くコボルトたちと連携が取れていればいいのだが。
せめて、赤のフラーダの獣人を捕まえておきたい…。
「獣使いが捕まったな」
視線をやると、一人の男が引きずられていた。
使役している動物の姿は見えないが、どうしたのだろうか?
「…うぅ…」
男が身じろぎした。
「まずい、薬の効きが浅かったか!」
男に気を取られた一瞬のことだった。藪の向こうから、何かが飛び出してきた。
白い視界に溶け込むような灰色がかった何か。
それが一匹のコボルトを抑え込み、鋭い牙を向ける。
「だめっ!!」
とっさに叫ぶが、私ではどうしようもできない!
そのとき、ぴょーんと私の視界を跳ぶ黒いものがあった。
「グラーティア!?」
私の肩にいたグラーティアが跳躍して、灰色の動物の背中に乗る。
すると、動物は一瞬で倒れ込んだ。
グラーティアは戻ってこず、男の方に跳び移ると、男も意識を失い崩れる。
そうして、グラーティアは私のところに戻ってきた。
「死んじゃったの?」
おそるおそる聞くと、グラーティアが踊り出した。
両前脚を左右にフリフリ。
えーっと、違うと言いたいのか?
「大丈夫です。麻痺しているみたいです」
男と灰色の動物の状態を調べてくれたコボルトが言う。
よかったぁ。
それにしても、グラーティアは毒持ちだったのか。知らんかったわ!
「今ので気づかれたな。次に移るぞ!」
ヴィの言葉で、コボルトたちが慌てて持ち場に就く。
獣使いの男と動物はしっかりと梱包したみたいだ。動物の方は可哀想だが、檻などないのでしょうがない。
ヴィが挙げた腕を振り下ろすと、討伐隊の後方で大きな丸太が次々と落ちてくる。
前方側面には、先の鋭い杭を放射線状につけた振り子が襲う。
そして、一斉の投擲攻撃。
石だけでなく、クナイのような短剣やブーメランのような木の板まで、様々な物を容赦なく投げつける。
未だ視界の悪いなか、討伐隊の悲鳴が響く。
呻き声や助けを求める声がさらなる混乱を呼ぶ。
「前進せよ!この霧を抜けるぞ!!」
誰かの声に誘導され、投擲が続く中を討伐隊は進む。
濃霧が晴れ出す場所には、大きな落とし穴がある。
跳び越えるのは不可能な範囲で作ったが、土の魔法でなら対処可能だったりする。
穴の中には白がいるので、埋められると厄介だな。
「うわぁ!!」
声と共に、ドスッと音が聞こえた。
「足元に気をつけろ!!」
注意を促す声が響くが、人が落下する音は続いている。
「風がっ…のわぁ!!!」
局地的突風により、背中を押され、たたらを踏むが踏ん張れず落下する冒険者。
「助けてくれ!!溶かされる!!」
穴に落ちた冒険者が助けを求める。
それと同時に、魔法の詠唱も聞こえた。
「ちっ!土の中級魔法『主柱』か!!」
ヴィがすぐに魔法を言い当てる。
建物を作るときなどに使われるこの魔法。言葉通り柱を作るのだが、落とし穴から冒険者たちを押し上げる気だ。
「すぐに『瓦解』しろ!!」
『瓦解』は無属性中級魔法の破壊系。破壊系は属性によって詠唱も変わる。火なら『爆砕』、水は『決壊』、風は『破裂』、土は『破砕』といった風に。また、対魔法であれば、相剋する属性か級が上の魔法でなければ効果がない。
しかし、唯一無属性だけは属性に関係なく効果を及ぼす。
だが残念なことに、無属性を操れる者は限られている。属性持ちはどうしても純粋な魔力を練ることを苦手とするからだ。
無属性を必要とする者は、ほとんど魔道具によって変換された魔力を使用する。
コボルトたちはその魔道具を持っていない。
できたとしても、下級の『損壊』くらいだろう。
風の精霊たちによって、ヴィの声は賢者の氏たちに伝えられているが、対処できないだろう。
「白、戻っておいで」
強く念じることで、名を与えた白には伝わる。
冒険者たちに見つかる前に、白を安全なところまで戻さないと。
物理攻撃は無効でも、魔法でならダメージをもらうこともあるからだ。
親スライムまで進化すれば、ある程度耐性もつくみたいだが。
「やはり、無理か。前衛が来るぞ!」
罠部隊の一部も接近戦に対応するため、藪から出ていく。
「コボルトが来たぞ!!油断するな!!」
「穴に落ちた奴ら、毒にかかっている!治癒術師のところまで下げろ!!」
討伐隊の方も、混乱は収まりつつあった。
そして、剣戟の音が徐々に増えていく。
時折、火の魔法と思われる爆発音も聞こえた。
白が手元に戻ってくると、なぜか上機嫌だった。
白の体は一回り程大きくなり、表面もツヤツヤしている。
冒険者が身につけている武器や防具なら食べていいとは言ったが、こうなったか!!
お前、いつの間にメタルスライムに変わったんだ!!
白のツヤツヤはどう見ても金属製のソレだった。
白に気を取られていると、グォォォという雄叫びのようなものが聞こえた。
視線をやると、大きな斧を振り回す大男がいた。背中には大盾を背負っていて、もしかして、あれがクマの獣人なのかも。
斧に吹っ飛ばされるコボルトたち。その隙を逃さず斬りつけてくる剣士。
「あいつらが赤のフラーダだ」
「…強い…」
思わず口に出してしまうほど、彼らの存在感は強烈だった。
コボルト側の犠牲が一匹、また一匹と増えていく。
腕を切断され、胸を突き刺され、絶命していく彼ら。
見ていられない。
「目をそらすなよ、ネマ。これがお前の選んだ道だ。誰もが忘れても、お前だけは覚えていなければならない」
「………ぅん」
ヴィの言う通りだ。
私は死に行く者たちのことを見つめなければ。
それが、私の過ちなのだから。
彼らが死ななくてもいい道があったはずなのに、私は安易に戦う道に入ったのだから。
だから、泣いてはいけない。泣く資格などない。
だって、私が死ねと命じたのだから。
最近、執筆の調子がいい向日葵です(笑)
その分、反動が来そうで怖い今日この頃。
そして、このシリアス回の皆様の反応もかなり怖いです。
本当はもっと穏便にすませるつもりだったんです。コボルトのみんな、すまぬ!