道のりは遠いです。
最初に異変に気づいたのがヒールランでした。
「時報がなりませんね」
「…確かに、レニスに入って一度も聞いていないな」
ヴィもお兄ちゃんも、その異常さに気がついたみたい。
騎士さんたちも自分の時計を確認している。
「光の水になったばかりなのに、おかしいですよね?」
こういうときは、地球の便利さをありがたく感じる。
暦にしろ単位にしろ、ある程度統一されているからね。まぁ、国によってはヤードポンド法だったり、華氏だったりと日本人には馴染みのない物もあるし、日本でしか使われない単位もあるから一概には言えないんだけど。
で、ラーシア大陸では時間を表すのに属性を使う。朝、昼、晩、夜といった単語はもちろんあるのだが、時刻となると、太陽が昇ってから沈むまでが光、沈んでから再び登るまでが闇と言う。午前や午後と同じ使い方かな。
それを4等分して、火、風、水、土の時間になる。この世界が地球と同じ24時間だとしたら、3時間の間を光の火という風に表す。ここまでがラーシア大陸で共通の部分。
3時間をさらに細かくした部分は国によって違う。
ガシェ王国では6等分して、白、赤、緑、青、黄、黒と祝いの六色を使用している。つまり、30分刻みだ。
そして、火、風、水、土に替わるごとに時報となる魔法が打ち上げられる。
昼間は色のついた照明弾が、夜間は王宮のライトアップの色が時刻を表す精霊色になる。王都限定だけどね。他の所は照明弾か鐘らしい。
もちろん、この時間を管理する人たちもいたりする。
暦の魔術師と呼ばれていて、王立魔術研究所の天文局の面々だ。
これを知ったとき、陰陽師を連想したのは言うまでもない!
ただ、気になる事がある。
この世界は丸いのかということ。女神クレシオールが球体を持っているからには丸いのだろうし、夜空に星があるからには宇宙もあるのだろう。
となると、地球のように赤道があり、北極点と南極点があってもおかしくない。となると、場所や季節によって陽の長さは違うってことになるが、今までそんな話は聞いたことないし、実感したこともない。
今度、機会があれば、天文局の奴らに話を振ってみようかな。その前に、ジーン兄ちゃんに他の国や大陸のことを教えてもらって下調べしておこう。
公転軌道が綺麗な円で、地軸が垂直であれば陽の長さは変わらないのかもしれないし。
そうそう、時計も地球とは変わっていて、円形なのは同じだけど、左側に火、風、水、土を示す針が、右側に祝いの六色を示す針が動くようになっている。高価な物だと、文字盤の細工が凄く凝っていたりする。
ママンが持っている懐中時計は、左側には各属性の精霊が遊んでいる描写で、右側は六色の可憐な花が咲き乱れているやつだった。
そしてどうでもいいトリビアを一つ。
時計を発明したのが、サザール老……のお師匠様。ママンの曾お祖父様。私にとっては母方の曾々じいちゃんなわけで、ママンの研究好きは確実に血統だなと思いました。
話は戻って、時報がならないのがなぜ異常かというと、法律で決められているからだ。最小の村ですら、村長に国から時計が支給され、それを用いて鐘を鳴らすのだ。もちろん、緊急時は別だが、レニスが時報をならす余裕もないほど緊急時かと言ったらそうでもない。今は冒険者の到着を待っているだけなのだから。
「お嬢様、この街はどうも何かを隠している気がするのです」
「かくす?何を??」
「今は明確には掴めておりません。ただ、直感としか言いようがない部分でもあります」
ヒールランの仕事で培われた直感ね。
だが、彼一人を置いていくのも心配だ。もはやこの街は荒くれ者たちの住処と言っても過言ではない。
「ヒールランだけだとあぶないのです」
「大丈夫ですよ。他人の秘密を暴くのは得意なんで」
いや、それは人としてどうよ。
まぁ、街の秘密ってことは、住民や駐在している騎士たちから探りを入れることになるんだろうが…。
ゴーシュじーちゃんからの手紙はまだ届いていないしなぁ。
森鬼に頼んで、風の精霊を付けてもらった方が安全かな?
「ヒールラン、けしてむちゃはしないとやくそくして。おとー様からいただいたたんけんはつねに持っていること。いいですね」
短剣には我が家の紋章が入っているからね。身分証明代わりだ。
我が家の紋章は蝶と大樹だ。
王族により、紋章に蝶を使うことが許されているのは大臣である四公爵家と将軍家の五家のみ。
建国当初に各家でどんな紋章にするかを話し合ったとかで、王族と共にどの様に国を盛り上げるのか、その決意を紋章にしたらしい。
我がオスフェ家の大樹は知恵を表す。宰相として、豊かな国にするため持てる知恵を尽くすという決意だとか。
東のワイズ家は蝶と槌。鍛治で産業を支えるという意味。西のミューガ家は蝶と船。交通や流通で経済を支えるという意味。南のディルタ家は蝶と麦穂。穀物や家畜で食を支えるという意味。将軍家のゼルナン家は蝶と剣。武力によって支えるという意味。
ガシェ王国で紋章に使われる蝶の意味を知らない者はいないとまで言われている。
まぁ、初代王様の話は子供向けの物語として人気があるしね。
で、我が家の紋章が入った短剣を見せれば、オスフェ家の者だという証明になるので、余程のことがなければ丁重に扱われるはずだ。
我が家を敵に回したい者はいないと思うけどね。ママンが怖いからさ。
つか、本当に心配だ。
ヒールランは熱血と言うか、頭に血が上ると暴走するタイプだからなぁ。
風だけじゃなく、水の精霊もつけておくべきか?
「まちのことはヒールランにまかせます。きんきゅうじには風のせいれいに言えば、ラース君からヴィにつたわるからね」
こういうとき精霊と意思の疎通ができるのは便利だ。
ぶっちゃけ、ヴィとか精霊たちを諜報部隊として使ってたりするしな!
「精霊のことは詳しくは知らないのですが大丈夫ですか?」
「それはだいじょーぶ!小さくつぶやくだけでもとどけてくれるから」
ラース君にお願いして、ヒールランに風の精霊をつけてもらい、森鬼にはこっそりと水の精霊をつけるように言った。水の精霊には、ヒールランが暴走したときのストッパーと、念のための護衛役だ。
こうしてヒールランは目立たない内に、私たちから離れて単独行動することとなった。
私たちも街の周辺の調査を装い、コボルトがいる森を目指すのだった。
ちょっと意外なことが起こった。
子コボルトのことをグラーティアが気に入ったのだ。
今も子コボルトの頭の上に乗ってご機嫌だ。
今は徒歩で森の奥に向かい、子コボルトが匂いを確認して、グラーティアが方向を指し示す方法でコボルトの群れを探している。
子コボルトも嫌がらずにグラーティアに従っているということは、子供の魔物同士ってことで仲良くなったのか?
ちょっと私、疎外感…。
グラーティアの案内で進むのはいいんだが、もはや道がない。獣道ですらない。
ドレスではなく、大人しめのワンピースを着ているのだが、ズボンにすればよかったと激しく後悔している。
というか、完全なる足手まといだ。
ここは森鬼さんに頑張ってもらいましょう。
で、子コボルトを抱っこした私を抱っこする森鬼という、ちょっと面白い図が完成。
いやー、楽ちん楽ちん。
子コボルトも尻尾をパタパタ振って喜んでいる。視界が高くなったのが楽しいのだろう。
道なき道を進んで約一時間は経過したと思う。この森ってかなり大きかったんだね。
「ワンッワンッ」
子コボルトが突然鳴いた。
どうも何かを警戒しているようだ。
森の中を器用に着いてきたノックスも、私のそばに来て危険を知らせてくれた。
とりあえず、鳴くのをやめさせてみると、みゅうみゅうと別の生き物の鳴き声が聞こえた。
切羽詰まった感じの鳴き方が気になったので、行ってみますか。
ガサガサと藪を掻き分け、鳴き声のする方へ。
ザッザッと何かが移動している音とみゅうみゅうという鳴き声が大きくなってきた。
「みゅう!?」
遭遇したのは謎の物体でした。
「おにー様、アレなんでしょう?」
「うーん、どう見てもスライムだね」
うぉい!超メジャーな魔物キター!!
でも、私が知ってるスライムではない!!
スライムと言えば、某有名RPGに出てくる水色の雫型だよね。
目の前にいるソレは、乳白色で楕円形っぽい。一番近いのはあんまんの形かな。
あんまんがホップステップジャンプして近づいてくる…。
「みゅう!みゅう!!」
私たちに向かって必死に何かを訴えかけてくるあんまん。いや、スライムか。
が、あまりにも焦っているので、それ以外の感情がよくわからない。
「落ちついて。私のことば、わかる?」
「みゅっ!みゅーぅみゅっ!!」
えーっと、誰かを助けてほしいみたいだが、詳細まではわからん。
「森鬼、わかる?」
同じ魔物である森鬼に振ってみた。
「仲間が弱っているから助けてほしいと言っているな」
おぉ!森鬼は魔物通訳で決定だな。
そもそも、なぜ森鬼はラーシア語をしゃべれるのかが謎だ!
「おにー様、ヴィ。行ってもいいですか?」
危険ではないと思うが、一応保護者の承諾はえておかないとね。
「ネマの好きに動いていいんだよ?本当に危ないと思ったら、僕たちが守ってあげるから」
「サラッと俺まで頭数に入れたな、ラルフ」
「大丈夫。ヴィルじゃなくてラース殿だから」
「一緒じゃないか!」
これは笑っていいのか?
笑うとヴィに怒られそうな気もするが…。とりあえずスルーしとくか。
「ありがとう、おにー様!」
笑顔でお礼を言って、早速スライムと向きあう。
「助けてあげられるかはわからないけど、お友だちのところにあんないしてくれる?」
「みゅっ!」
ぷるんっと体を振るわせて元気良く返事をしたスライムは、ぽちょんぽちょんと飛び跳ねながら移動を開始した。
まぁ、いろいろとツッコミどころ満載だが、飛び跳ねるあんまん…。スライムなのに、効果音がぽよんとか可愛い感じじゃなくてぽちょん…残念すぎる。
「おちびさん、ごめんね。少しより道するね?」
「ワンッ!」
こちらも元気なよいお返事で。
にしても、スライムって意外と素早いんだね。大人の足での早歩きくらい。
つか、目はどこにあるのかな?声帯や口もないのに、どこから鳴き声出してんだろう?そして何より、あのぷにぷにの体。触ってみたい!小学校の理科の実験で作ったスライムと比べてみたい。さすがに洗濯のりと一緒ってことはないと思うが。
見れば見るほど、本当に謎の生命体だ。
そんなスライムについて行くこと10分くらい。
目の前にもっと不思議な生命体が現れた。
「おにー様、アレはなんですか?」
「…なんだろうねぇ」
「誰か知っている者はいるか?」
ヴィが周りの近衛騎士や王国騎士に聞いてみる。
「この地方では聞かないですが、南の方ではよくいるらしいですよ」
さすがに隊長さんは最年長なだけあって、知っているようだ。最年長と言ってもまだ30代半ばらしいのだが。
「私も見るのは初めてですが、『親スライム』かと…」
そのまんまやん!
というツッコミは我慢。
そもそも、スライム自体が寒さが苦手らしく、南の方にしか出現しないらしい。
スライムが大量発生するところに、通常の20倍以上の大きさスライムがよく目撃されるらしい。
その大きいスライムから小さいスライムが無数に発生するとかで『親スライム』と呼ばれるようになったとか。
で、目の前にいるのがその親スライム。
ぶっちゃけ、20倍どころではない気がする。直径80センチくらい?バランスボールに近いかな??
色は半透明なんだが、体の中に赤青黄緑に紫オレンジ焦茶とカラフルな物がたくさん入ってる。
なんか嫌な予感…。
「ひょっとして、小さいスライムをうむのかな…?」
中にあるカラフルな物体がそのスライムだとしたら?
想像しただけで鳥肌立っちゃった。
だって、10や20って数じゃないんだよ?それが親スライムからぽこぽこと出てくる風景とか見たくないし。
あぁ、どうしよう!
親スライムがぷるぷる振るえ出した。
生むの?生んじゃうの??
「まってまって!!ここじゃダメ。寒いし、きけんもあるし、がまんして!」
「ぷぅぷぅ!」
親スライムが鳴いた!
小さいスライムも鳴くんだから、親も鳴くか。
「動けないとさ」
「え?うまれるから?」
「いや、親スライムは繁殖期になるとその場から動けなくなる。元々親スライムになると寄生型になるから動き回れないんだがな」
何ですと!?
ますますスライムの生態が謎になってしまった。
「どーしよう…」
あぁ、ぷるぷるしないで!生んじゃダメだってば!!
-ガルルゥ
「…いや、その方法はちょっとな…」
どうやらラース君が何か教えてくれたようだが、ヴィがドン引きしている。
「ラース君、なんて言ったの?」
「誰かに寄生させれば、その間は繁殖しないらしい」
………いや、いや、いや。
スライムよ、いろいろとおかしいよ!!
寄生って、やっぱり体内っすか?
最後には溶かされちゃうのか!?
「きせいされると、食べられたりしない?」
「ぷぅーぷっ」
「気に入れば食べないと」
つまり、気に入らなければ食べちゃうってことだろうがぁ!!
「ちなみに、この中のだれなら食べない?」
「ぷぅぷぅ!」
「主だと言っている」
だよねー。予想はついてたけどさ。
まったく、神様も何考えてんだろうねぇ。
「森鬼じゃダメかな?」
「ぷぅぅぅぅ」
やっぱりダメか。
ガタイのいいイケメンなんですよ、一応。肉体美はこの中では一番いいと思うんだけどなぁ。ま、スライムには美醜は関係ないだろうけどさ。
「ぷぅぷぅぷぷぅっ!」
「なるほど。寄生すると、宿主から食事をもらうことになるから、排泄の必要がなくなると。宿主のことも守ると言っているな」
なんですと!?
つまりは、いくら食べても太らないと?…いやいや、カロリーを摂取してからだと意味ないしな。
待てよ。スライムにお願いして、胃に入った段階で処理してもらえば、美味しい物が思う存分食べられるんじゃね?
「スライムの特性から、物理攻撃はほぼ無効、魔法も属性によっては効かないか。ネマには必要かもしれんな」
「確かに。ネマは怪我が絶えないからね」
ちょっとお二人さん。
勝手に寄生させようとしないでもらえます?決定権くらい私によこせ!!
でもまぁ、シアナ計画にスライムを組み込めるのなら、寄生されてもいいかも。
けして、食べ放題が目的ではありません!
「私にきせいすると、いろいろとたいへんかもしれないけど、それでもいいの?」
かもしれないではなく、確実に大変な目に合うこと間違いなし!
自分で言って虚しくなったよ…。
「ぷぅぅ!」
「じゃあ、よろしくね。私はネフェルティマ・オスフェよ」
実は、親スライムの名前をすでに決めてあったりする。
スライムを表せそうな漢字で、名前にも使えそうなもので連想したら、一つしか浮かばなかったのだ。
「あなたの名前は『雫』よ。小さい子をうむのにあんぜんなばしょをさがすからね」
雫は嬉しそうに体をぷるぷるさせると、天辺にお馴染みの紋章が現れた。
そこ、おでこじゃないよね?
スライムに顔がないからってことにしておこう。おでこだったら怖いし。
あ、雫って付けたはいいけど、雫型じゃなくて饅頭型だった。
ま、いいか。
雫のもとへ行き、ワクワクしながらその体に触れる。
ぷよんじゃないなぁ。ふにゅって感じ。
一番近いのは、女性の乳房かなぁ。
ママンやお姉ちゃんは張りがあって弾力があるけど、そういうのじゃなくて、ぽっちゃりさんの乳房だ。脂肪が柔らかくて、手のひらが埋まるやつ。
あちらの世界の友達にいたんだよなぁ。お酒の席でふざけて、その巨乳を揉んでた。周りの男性陣が羨ましそうにしてて、それをからかってって…おっさん化がかなり進んでいた様だ。反省…。
結果、かなり気持ちいい!なんか癒される。
だが、雫にはあまり時間が許されていないので、早速寄生させることにする。
どうなるのかというと…。
雫が覆いかぶさってきたがまとわりつく感覚はない。怖いので、ぎゅっと目をつぶった。
すると、口の中に水が入ってきたので、反射的に飲み込んでしまった。
それが雫だったんだけどね。
どうやったら雫の体積が私の一口ですんだのか…。スライムの神秘です。
体の中に雫がいるのがわかる。
雫とリンクしているのか、乳白色のスライムの感情みたいなものも流れてきた。
契約した上で寄生させたので、生態も少しは知識として共有できたっぽい。
乳白色のスライムは雫のクローンみたいなもので、次の親スライムになるようだ。
ついでなので、この子にも名前付けておくか。
「君は『白』ね!」
安直だが、これには考えがある。
雫が抱えていた小さいスライムは色とりどりだった。
つまり、生まれてくる小さいスライムたちにも、色で名前を付けようって魂胆なのだ!
「みゅう!」
白も気に入ってくれたようなので、よしとしよう。
じゃあ、気を取り直して出発!!
森鬼に抱えられたまま、再び森の中を歩く。
白で遊ぼうと思ったら、ヴィに奪われた。
ふにゅっとした感触が気に入ったのか、白をもみもみしている。
やはり、男性陣には魅力的な柔らかさなのかもしれない。
お兄ちゃんもちょっと羨ましそうにしているしね。
ふむぅ。何かおかしい…。
かなり歩いたのに、まったくもって着く気配がない。
子コボルトも困惑しているようだ。
仲間の匂いがするのに、群れに近づけないとのとこだ。
となると、魔法で近づけないようにしているのだろうか?
「おにー様、何かかんじますか?」
「特には…。知覚系の術なら、僕には感知できないしね」
知覚系は無属性に分類される、五感に錯覚を起こしたりする魔法だったっけ?
魔力の流れ自体も誤魔化しちゃうから、属性に特化しているとわからないんだよね。
「せーれーさんたちもわからないかな?」
「ラース、どうだ?」
―グルルゥ
ラース君のぼやくような鳴き声。あまり期待できないみたいだ。
「内緒だと言っていると」
つまり、精霊は何かしら知っているけれど、教える気はないと。
せめてヒントくらい教えてくれないかなぁ。
「魔法だけが現象ではない。創造の神が与えた力は世界に溢れている。と、精霊が語っているが、抽象的すぎて意味がわからないな」
うーん。でも、魔法ではないってことでしょ?神様が与えた力っていうのは、魔力だったり、精霊の恩恵のことだろう。
私が知らないだけで、他にもあるってことになるのだが。なんだろう?
世界に溢れているかぁ。神様がこのアスディロンが大好きなのは知っているんだけど…。生まれ変わるときに、この世界に生きる者たちのことが大切だって言ってたしね。だから、魔物とかも淘汰されずに住み分けできてたんだし。
…ん?この世界に生きる者??
ひょっとして、人間以外の生き物が関わっていたりする?
精霊でも聖獣でもなく、森鬼や雫も知らないから魔物でもない。森に棲む動物たちも姿は見せないが、逆に敵意を持って何かをしてくるわけでもない。
残る選択肢は、エルフや獣人といった森の民だが、そもそも魔法ではないので違うだろう。
となると、最もありえない選択肢しか残らなくなる。…いや、あの神様ならありえるかもなぁ。
神様基準で面白いと思ったことを、私にふっている気がするし。きっと今頃、悪戯が成功した子供みたいにはしゃいでるに違いない。
「ラース君、あのね…」
ラース君の耳元で、今思いついたことを聞いてみる。
私の息がかかってくすぐったいのか、時折耳がピクピク動くのがまた可愛らしい。
―ガウッ
「何かわかったのか?ラースが案内すると言っているが?」
「うーん、かくしんはないんだけど。この森にいるかもって」
ラース君の先導で、さらに森の奥に進む。まぁ、ラース君も風の精霊に案内してもらっているはずなんだけどね。
「何がいるのかな?」
「この森のぬしみたいなそんざいかな?」
凄く稀なことだけど、長生きした生き物が特殊な力を持つようになり、主としてテリトリーを守る存在に進化することがあるらしい。
動物だったり、植物だったり、魔物だったりと、主になる生き物は様々だ。
「主か…。でも、人の手が入ってる森に、主がいるって聞いたことないね」
そうなんだよね。
人の生活圏にある場所で、主が誕生したって事例は私の知識にはない。
ほとんどが、冒険者でなければ立ち入らない過酷な土地が多い。
有名な主がいる場所は砂漠や密林、深い渓谷や踏破ができない山など、人が生活できないところばかりだ。
我が国で有名な主といえば、北の山脈の一つでガイザルと呼ばれる山にいるヘルストレイアっていうワームだ。
ヘルストレイアは100年以上前から存在が確認されていて、2、3年前にも目撃されている健在の主だ。
ソル曰く、いつの間にかいたらしいので、ヘルストレイアは300歳を越えているんじゃないかな。ちなみに、ワームの平均寿命は20年程度。竜種の中では一番弱いのがワームなので、寿命も短いようだ。
「でも、ぬしならせーれーさんが言ったことにあてはまるよね?」
「そうだけど」
ラース君が案内してくれているってことは、この森に主が存在しているのは確定だけどね。
どんな主なのか、ちょっと楽しみだね。
突然、開けた場所に出た。
真ん中にあるのは、一本の木。
すぐに、それがこの森の主だとわかった。
子霊と呼ばれる上位精霊の幼体が宿るクレシスチェリーと似たような存在感を放っているからだ。
神社の御神木みたいな感じが近いかも。
「ラース君、近づいてもへいきかな?」
―ガウ
さすがにとって食われたりしないか。
でも、ラース君よ。ちょっと怖いから、一緒に来ておくれ。
ということで、ラース君と子コボルトを連れて主の元へ向かう。一応、他所者の森鬼とグラーティアはお留守番させておこう。
「ネマ、気をつけるんだよ」
お兄ちゃん、マジで私の好き勝手させてくれるんだ!
パパンにあれだけ言われていたから、止められるかとも思ったが。
「おにー様、大すき!」
感謝は態度でしっかりと表しておかないとね。
それにしても、これでますますお兄ちゃんに頭上がらなくなりそう。
「僕もネマのことが大好きだよ」
ぎゅーっとハグしあう兄妹を、呆れた顔で見ているヴィ。
仲良しで羨ましいだろ!
「…妹馬鹿すぎるのも問題だな」
よし、ヴィは放っておいて、ラース君行くぞ!!
さてさて、やはり第一印象は大事だよね。
「はじめまして、森のぬし様。私はネフェルティマ・オスフェともうします。今日は森をさわがしてしまってもうしわけございません」
多種多様な貴族の礼の中でも、敬う相手に謝罪するときの礼を森の主にする。右手でスカートの裾を前に折り、お辞儀の角度は約20度。
様々なシチュエーションで、手の位置やお辞儀の角度が決まっている貴族の礼。正直、覚えるのが大変でした。
―謝罪には及ばぬよ、お嬢さん。
少しかすれたご老人のような声だった。
念話に似た感覚で脳内に直接響いてきたから、少しビックリしたけど。
―それにしても、奇妙な組み合わせじゃの。聖獣様に貴族の子供、さらには魔物まで引き連れておるお嬢さんは何者かのぉ。
改めて言われてみると、自分何者ですかね?王子に騎士に聖獣に魔物にって、私の周りは賑やかだね。
考えたところでよくわからん!たぶん、神様の協力者かなぁ?
「えっと…。みぶんはおとー様のものなので、私じしんはただのネフェルティマですよ?」
神様の協力者とか転生とかって言えないし、言ったら可哀想な目で見られそうだし。そうなると、私にはネフェルティマっていう名前しか答えられるものがないんだよ。
あ、ソルの契約者(仮)ならあるよ!
-変わった子じゃ。して、儂に何用か。
なんか変人扱いされてる?
うーん、納得いかないが、森の主が楽しそうにしているからよしとするか…。私、変人ではないですよぉぉ!
「この子のおかーさんをさがしているんです。コボルトのむれがどこにいるかごぞんじないですか?」
-そのコボルトをどうするつもりじゃ?
「おかーさんのところにおくりとどけますよ?」
-魔物なのにか?
「まものだとゆーことはかんけーないです。この子がこまっているから助けたいだけなんです」
あわよくばシアナ計画にって企んではいますけどね。
大丈夫、無理強いはしませんよ。
なりゆきは神様任せですから!!
それに、森鬼もグラーティアも雫も白も魔物だしね。あと、鈴子と闘鬼もだ!
…あれ??
動物がノックスだけってどういうこと!?
大変だ!!動物を増やさないと、ネフェルティマと愉快な魔物たちになってしまうではないか!!
コボルトの次は動物にするぞ!狙うはにゃんこだな。ラース君は一応ヴィの相棒だから、私のにゃんこをゲットするのだ!
-コボルトたちは人間に執拗に追われ、この森に着いたときには酷い有様じゃった。哀れに思って、人間たちの目から隠しておったのじゃ。
…あっぶねー。自分の考えに夢中になって、森の主のことすっかり忘れてた!
「人間をおそっているいじょう、コボルトはとーばつされてしまいます。ぬし様もきけんです」
-確かにいつまでも隠し通せるわけではないが…。
そもそも、100匹近くものコボルトをこの森で匿うこと自体が無理あるのだ。コボルトは基本雑食性で、餌を森の中で賄えば、この森は森としての機能を失うだろう。
だが、そんな気配はない。
つまり、コボルト側も森の生態系を壊さないために人間を襲ったとも考えられる。
さて、ここで問題です。
コボルトをシアナ計画へのスカウトに成功した場合、一時の間とはいえどこに匿い、どう食糧を確保するのか?
はい、まったく考えていませんでした!
ゴブリンたちは悪食だから、なんでも食べるので置いてきたんだけど。森鬼が言うには、ゴブリンには生まれつき飢えに耐性があるとか。飢えた状態だと、雑草でも木の皮でも食べちゃうらしい。まぁ、そんな状態になる前に昆虫三昧するのがゴブリンなんだって。
コボルトは雑食とはいえ、木の実や果物、肉、魚が主食なようで、野菜も根菜とかなら食べるらしい。
…やっぱり、シアナ計画に農作物も加えよう!
冒険者立入禁止区域を作って、そこで農業やるか。最初は定番の芋だよね。薩摩芋あるかなぁ?
さて、現実逃避はそろそろやめようか。
食糧難は解決策がないわけではないが、そもそもコボルトたちの意見を聞かなければ話にならない。
「さすがにだいしゅが動きだしたいじょう、たたかいはさけられないかもしれませんが、できるかぎりの事はしておきたいのです。私たちをコボルトのむれへあんないしていただけませんか?」
―……わかった。お嬢さんを信じよう。但し、偽りだとわかったときには、生きてこの森から出られぬからのぉ。
「しょうじき、助けられるのはむれのはんすうくらいだと思います。それでもよろしければ、名にちかいますよ?」
すでに討伐隊は結成されているのだ。
私たちもコボルトの群れを連れて、すぐに移動っていうわけにもいかない。
戦いが避けられないのであれば、助けられるのは運がよくて7割。最悪な状態であれば2割切るだろう。
―それには及ばんよ。事が動き出したのであれば、コボルトたちの行く末は創造主がお決めになるだろうて。
そう、運がよくてっていうのも、神様からのなんらかの干渉があってっていう運なのだ。
私の事をいろいろとおちょくっている神様だから、絶対とは言えないが観察くらいはしていると思う。
ソルや森鬼、グラーティアの事を考えれば、今回も面白がって何かしてくるのでは?という、一種の賭けだ。
「そうですね。そうぞうの神とめがみクレシオールのごじひを願いますわ」
―では、森の精霊たちに案内させよう。
「ぬし様、ありがとうございます」
感謝の礼は先ほどより深い30度くらい。
ぶっちゃけ公爵家だと、45度以上の礼を使う機会は中々ない。同格の大臣ズの三公爵家と将軍家くらいだ。王族には60度くらいかな?90度の礼はないし、もちろん土下座なんて文化もない。
本当に、お辞儀の種類が多くて苦労したよ。
-事が済んだら、また来るがいい。
「はい!」
とりあえず、第一関門突破しました。
森の主様に、またねーと別れを告げ、再びラース君の先導で森を歩く。
わんこへの道はまだ遠そうだ。
神様、遊びすぎですよ!
なかなか、わんこにたどり着けないじゃないか(つД`)ノ
次こそわんこに到着します!!
わんこ祭りじゃぁぁぁ!!!