そろそろ馬車に飽きてきた。
もふもふに包まれての爽やかな目覚め。いつぞやの、パパンのうめき声で起きたときとは大違いだ。
今日はレニスへと向かう日。
でも、その前に王都へ戻るパパンのお見送りをしないといけない。
「ネマ、ちゃんとラルフの言うことを聞くんだよ?くれぐれも、問題なんて起こさないようにね!」
頭を撫でつつも、耳にタコなフレーズを繰り返すパパン。
私ってば、そんなに信用ないのね…。
だが、安心してくれパパンよ!森鬼がいれば、大抵のことはどうにかなるのだ!!
「はい。おとー様も、気をつけてね?」
「ネマっ!」
ぎゅーっと抱きしめられ…って、ギブギブ!くっ苦しい!!
力の限り抱きしめられて、肋骨折れるかと思ったよ。
アーセンタからこのキャスに来るときは馬車で3時間程かかったが、馬で駆ければ2時間かからないくらいらしい。
パパンだけじゃなく、近衛騎士が一人、護衛兼報告係として同行してくれるんだって。その人は風の上級魔術師で、魔法で馬への負担も減らせるし、いざっていうときはパパンの火属性とも相性がいい。
まぁ、何もないことを祈るよ。
あ、すっかり忘れてたけど、パパンの使えない部下の一人がここに残って事後処理っていうかお留守番。信頼できる部下が来るまでの繋ぎらしい。もう一人はパパンと一緒に王都に帰ることに。
姿が見えなくなるまで見送って、次は私たちが見送られる番。
って言っても、お見送りしてくれるのはベルお姉さんと居残りの部下さんだけだけどね。
「ベルおねーさん、いってきます!」
馬車に私とお兄ちゃんとヴィが乗り、森鬼は外がいいと言って御者台に。もう一台の馬車に馬からあぶれた騎士さんと近衛騎士さんが。そんな彼らに囲まれるヒールラン。むさ苦しいかもしれないが、我慢していただこう。
マノア街道は整備もしっかりしてるから、お昼前にはレニスに着けるって。
よーし、出発進行!!
………飽きた。
もう馬車飽きた。
マノア街道と言っても、周りは長閑な里山みたいな風景。
動物がいそうでいないから、尚更暇だ。
班長さんが言うには、もうコボルトの出現範囲に入っているそうなんだが、わんこいないなぁ。
お兄ちゃんたちも暇だったのか、あの計画について質問してきた。
「最初のお金は家と組合で持つとして、一定の収入は見込めそうなのかな?」
「まぁ、ながい目で見ればかのうかと」
新しい事業を始めるようなものなので、ひとまず採算は度外視なんだよね。
「りょう金よりも、ぼうけん者たちが落としていくお金の方がじゅうようでしょ?」
「落としていくお金…。つまり、装備などをそろえるために、現地の店で散財させる、ということか」
そうそう。アイテムだけじゃなく、宿や食堂でも散財してもらわないとね!
「だから、しゅくはくしせつには力を入れないと!あと、うでのいいりょうり人もさがさないといけないの」
「食いしん坊なネマならではの発想だね」
…お兄ちゃん、私は別に食いしん坊ではないよ。この世界の食べ物が美味しすぎるのだよ!
「それにね、もしダメになっても、しゅくはくしせつがしっかりしていれば、かんこう地かいはつにきりかえできるよ」
ダメになるとは考えたくないが、最悪の場合も想定しておかないとね。
森鬼の精霊術で、温泉が作れないか検討中だ。土の精霊なら、源泉とかも探せるんじゃないかと思うんだよね。
なくても、水の精霊と火の精霊の力でなんとかなる気もするし。
「なるほどな。観光地として領地が潤えば、元は取れると言うことか」
「でも、そーするとゴブリンたちがこまるから、ちゃんとけーかくにふさわしいばしょをさがすよ!」
これからコボルトも増える予定だし、できればオークやオーグルとかもいればなおよし。スライムも欲しいなぁ。
あと、長居してもらうための工夫も必要だよね。
まぁ、場所が決まらないと何もできないんだけどさ。
それから、二人相手になんちゃってRPG構想を語っていたら、いろいろとアイディアも出てきた。
酒場には獣人の若いお姉さんが欲しいとか、剣術のみの勝ち抜きバトルみたいなイベントをやってみたいとか、やっぱり温泉は必要だとか。
「そう言えば、この計画には名称みたいなものはないのかな?」
…おぉ、確かに!
ずっと、あの計画って言ってるもんね。
「何かいいなまえあるかな?」
「そうだねぇ。魔物と仲良し計画とか?」
…お兄ちゃん、残念すぎるよ!
確かに私は仲良しだけど、利用者の冒険者は仲良しどころか敵だよ!
「頭悪そうな付け方するなよ、ラルフ」
「じゃあ、ヴィルはいい名前を考えたんだね?」
ヴィルにラルフ、なんか新鮮だね。
頭悪そうって言われて不貞腐れるお兄ちゃんとか、中々見られないだろうし。
「俺か?そうだな、シアナ計画っていうのはどうだ?」
「シアナ?」
初めて聞く単語だ。
ガシェ王国の公用語はラーシア語が用いられている。ラーシア語はラーシア大陸全土で使われているから当たり前なんだけど。
ラーシア語の他には、治癒魔法や創聖教が使っている神代語と文様魔法や魔法学なんかで使われる精霊文字がある。
精霊文字は人間には発声することができないため、消去法で神代語ということになる。
「強さ、勇ましさという意味だな」
「しんだいご?」
「そうだ。お前は創造の神に気に入られているようだからな、神代語の方がいいだろう」
あり?バレてる??
わからないと首を傾げると、ヴィがさらに説明してくれた。
「ラース、ソル殿、シンキ、それにグラーティアもか。お前の周りには、尋常ではない力が集まっているんだぞ?創造の神がお前のために集めたと思っても仕方ないだろう」
うーん、その通りです。
でも悲しいかな、私ではなく周りがチートなのです。
ヴィが名前を上げた彼らだけではなく、家族のみんなとヴィだってチートだ。私はただのお子様です!って言っても信じてもらえないだろうけど。
「私だけじゃなく、神様はみんなのことが好きなんだよ!おにー様もヴィのことも」
これも間違っちゃいまい。
神様のお気に入り=チートな能力なのだから。
「まぁ、王族の血が入ると、何かしら特別になるからな。俺らのことも少し気にかけてはいるだろう」
ふっ、甘いな、ヴィよ!
君にはラース君という最強のもふもふがいるのだよ。おそらく、人間のお気に入りの中ではかなり上位に食い込んでいるに違いない!
まぁ、言わないけどさ。
「じゃあ、シアナけーかくで決まりだね!」
「レニスが見えてきたぞ」
名前が決まったところで、森鬼から声がかかった。
馬車の窓から身を乗り出すようにして外を見ると、正しくファンタジーな光景が広がっていた。
馬車が余裕ですれ違える程に広い石畳の道の先には、堅牢な門と城壁とも言える高い壁。
街の周りは草原だが、少し行くと散策にはもってこいの森がある。針霜の森とは違った、ちゃんと手入れがしてある森だ。
てか、コボルトたちはどこにいるのだろう?
早いとこ会いたいんだけどなぁ。
馬車が門に近づくと、門は固く閉ざされていた。
大きな門の横に小さな扉があり、近衛騎士が強くノックした。
「何者だ!!」
扉が少しだけ開き、誰何される。
「我々は王宮近衛師団第二部隊の者だ。ヴィルヘルト殿下並びにオスフェ公爵家のご子息ご令嬢がご到着だ。開門願おう!」
そう言って、王宮近衛師団の身分証明でもある剣を見せる。
鞘のある部分に王族が使う紋章が入ってるんだって。
ちなみに、王国騎士団は国の紋章を使っている。どちらも蝶がモチーフなのだが、王族の紋章は西洋風の線が細かく複雑になっていて、国の紋章は和風というか家紋みたいな白抜きな感じの蝶だ。さらに言うなら、王族の方は羽を立てた構図で、国は羽を広げた構図だ。羽を広げた蝶は、ラーシア大陸を表しているらしいよ?
「しばし待たれよ」
少しだけ待つと、門扉の方がギギギッて音をたてながら開いた。
いつも思うんだが、なぜ大きな扉なのに人力で開閉するのだろうか?
それこそ魔法を使ってちゃちゃっと開ければいいのに…。今度ママンに聞いてみよーっと。
門が開いたので、街の中に馬車を進める。
騎士のみんなもどこか緊張した空気が張り詰めていて、全員が臨戦態勢だ。
外を覗いて見たいが、お兄ちゃんからきつくダメだと言われたので、とりあえず我慢。
「ヴィルヘルト殿下、王国騎士団第一部隊パーゼス方面隊の隊長がご挨拶をしたいとのことです」
馬車の外から声がかかる。
ご挨拶とか言ってはいるが、きっと本物かどうか面見せろやこらぁってことか?
王族や貴族は普通前ぶれとして使いの者を出すんだが、バタバタしてたし、急だったから出さなかったので怪しまれてるのも頷ける。
「構わん。彼らも街を守るのに必死なのだろう」
ヴィが応えると馬車のドアが開き、近衛騎士が一斉に護りを固めた。
馬車の周囲は騎士団のみんなが警戒をしている。
いつの間に連携プレイを覚えたんっすか!
「ネマはここで待っているんだよ?」
またもやお預け!?
お兄ちゃんもヴィと一緒に外に出ていった。
二人が出ていった瞬間、ざわめきが大きくなり、ガチャガチャと音が続いたので、広場にいる全員が礼を取ったのだろう。
「レニス警備の任務ご苦労。皆、楽に」
再び、人が動く音がした。
「今回、前ぶれもなくレニスに立ち寄ったのは、彼、ラルフリード・オスフェに付き合ってのことだ。忙しいときにすまないな」
「お初にお目にかかります。王国騎士団第一部隊パーゼス方面隊の隊長を務めております、ディラン・ノーチスと申します。ご存じとは思いますが、この街の周辺にはコボルトの出現が相次いでおります。殿下方の身の安全のためにも、早急に移動された方が良いかと」
「状況は理解していますが、今回この街に来たのは、父の命令でもあるのです。魔物の被害にあっている地域を領主代理として、しっかり視てこいと言われたので、帰るわけにはいかないのです」
「領主様が…。左様でございましたか。では、代主様の元へご案内いたします」
音声のみだったが、話はまとまったようだ。
「パーゼス侯爵もこちらに来ておられるのですか?」
「ええ。最初の襲撃を受けてから、街長に代わって采配をとられております」
街長っていうのは、街の長なんだが街長と都長は貴族がなるって決まりがあるらしい。
集落の大きさによって、村・町・街・都って呼び方が変わる。
都のクラスは王都の他に、各領に一つずつしかないから、県庁所在地みたいなものか。
ちなみに、各領にある都は直轄領だったりする。
「そうか。ならば、詳しい状況報告も聞けるな」
「それでしたら、昨夜から統括本部隊の隊長も合流しておりますので、隊長からご説明があるかと」
左遷された隊長さんが来てるって、ヴィ大丈夫か?
まだ、ゴーシュじーちゃんの委任状届いてないけど…。
ってか、そろそろ音声のみっていうのも飽きてきたんですけど。
今日のお宿はどこですかね?
「おにー様、お話はまとまりましたか?」
馬車の中から声をかけるが、私の声もお兄ちゃんとヴィにしか聞こえないだろう。
最近、精霊さんが気を利かせて届けてくれるのだが、悪口も伝えそうで怖い。
特にお姉ちゃんと一緒だと、ヴィの愚痴に花が咲いたりする。
「ごめん、待たせてしまったね。これから、パーゼス侯のところに挨拶行こうか」
騎士団の隊長さんに別れを告げ、馬車で街中を移動する。
高台の大きなお屋敷に向かうようだ。
どうでもいいが、貴族とか権力を持つ人は高いとこが好きだよなぁ。
お屋敷の門には、王国騎士団の若い騎士が警備に当たっていた。
それを見て、ヴィが眉をしかめる。
「ヴィ、どーしたの?」
「いや、彼らがなんのためにいるのかと思ってな」
「パーゼス侯の指示とは思えないけどね」
うーん、何なんっすかね。このツーカーな雰囲気は。以心伝心ですか?
このお屋敷を騎士団が警備するのはおかしいってことでしょ?
んでもって、パーゼス侯爵はそんな命令をする人じゃないってことは、例の統括本部隊の隊長がしたってこと?
それが問題なのかな??
「よくわからない」
「王国騎士団は国民を守るために存在する。貴族は特別な理由がない限り、守る対象には含まれないんだ。なぜだかわかるか?」
上級貴族な我が家の方針は『権力とは下の者を守るためにある』ということ。
これは、初代国王が言い出したことで、建国の英雄と呼ばれる五家はもちろん、国王に忠誠を誓う貴族にとっては当たり前のことだと言われている。
まぁ、現在はそのことを忘れている貴族の方が多いんだが。
つまり、貴族たるもの、自分より下の者を守れなくてどうするってことか。
「こくみんを守るたちばだから?」
「そうだ。それなのに貴族の屋敷を騎士団が守っている。その心は?」
「えーっと、パーゼスこうしゃくでないとしたら、たいちょーのめーれーだから、たいちょーがいはんしてる?」
「そういうことになるな」
「決めつけはよくないよ。理由があってのことかもしれないし、隊長をどうにかするにしても、父上からの連絡を待たないと」
そうでした。
パパンがゴーシュじーちゃんの委任状と一緒に、隊長のことを調べた報告書を送ってくれるって。
近衛騎士が何も言ってこないってことは、まだ届いていないな。
実は、小規模の転移魔法はかなり普及している。
魔法陣が小さいので30センチくらいまでの物しか送れないが、その分消費魔力も少ないし、持ち運びもできたりする。
蚕みたいに繭を作る生物がいるのだが、繭に属性を付加できるという性質がある。
その生物自体は魔力を持たないが、無防備に近い繭の状態でも生存率を上げるために、自然界にある魔力を吸収して属性をまとうんだって。
その繭で糸を作り、転移の魔法陣を織る。
この方法は、他の文様魔法にも転用されている。ちなみに、ママンが10歳で実用化させた物らしい。
まぁ、そのおかげで郵便が発達したんだけどね。
で、宮廷近衛師団も王国騎士団も各班に一枚支給されている。
使い方は簡単。
魔法陣の織物の上に送りたい物を置く。魔力を流す。属性は関係なく、無属性の純粋な魔力に自動的に変換されるらしい。織物にはそれぞれ住所となる言葉が決められているので、それを唱える。すると、すぐに転送される。
ちなみに、住所がわからなくても郵便組合に依頼すれば、どんな手段を使ってでも届けてくれる。
なので、郵便組合は強者揃いだと有名だったりする。
お屋敷の玄関に到着すると、パーゼス侯爵と隊長らしき人にお出迎えされた。
「ヴィルヘルト殿下、ラルフリード様、おいで下さりありがとうございます」
「わざわざ出迎えすまんな。楽にしてくれ」
臣下の礼を取る二人にヴィが声をかける。
てか、私のことはスルーなのか!?
「パーゼス侯、顔色がすぐれないようですが、ちゃんと休まれていますか?」
「いや、お恥ずかしい。ここ最近、コボルトが活発化しておりまして…」
「パーゼス様、殿下方をお部屋へご案内したのちに、ご説明されては?」
パーゼス侯爵を例えるなら、優等生な委員長って感じだな。
隊長は…タヌキ?なんか、愛嬌がある顔つきだが、二癖くらいはありそう。
「失礼いたしました。こちらへどうぞ」
そう言って案内された応接室はとても派手だった。
統一感のない置物や絵画は高そうではあるのだが品がない。
置物は金や銀の物ばかりだし、家具も装飾にたくさんの金銀が使われている。
我が家の応接室を見慣れているせいか、ある意味視界の暴力だ。
我が家はママンの好みで、モスグリーン系の色でまとめられていて、シャンデリアにはオレンジの温かい光色を使っていて、ホッとする。
飾っている物は、ママンの実家の家宝だったタペストリーくらい。
このアスディロンを創造したシーンの一つが描かれている。
胡散臭い神々しいオーラを身にまとう神と、世界を愛おしそうに抱え込む女神クレシオールの姿。
これを作ったのが、精霊に愛されし一族と呼ばれる幻のエルフ族が作った物なので、創聖教が売ってくれとしつこかったと聞いたことがある。
家具は高級素材で作られた一点物らしいが、金銀よりも彫り物の装飾が多い。
ママン曰く、同じ職人として精魂込めて作られた物に惹かれると言っていた。
ママンよ、貴女はどちらかといえば技術者ではないでしょうか?と、ツッコミたくなったのは秘密だ。
目がチカチカする応接室。パーゼス侯爵も慣れていないみたいだ。
まぁ、この屋敷自体は街長のものなので当たり前か。
「で、コボルトへの対処はどうするつもりだ?」
私が応接室に気を取られている間に、話が進んでいた。
「騎士団のみでは人数が足りないので、冒険者組合と傭兵組合に依頼して人を集め、討伐隊を組織しているところです」
「と言うことは、一気に決着をつけると」
「はい。これ以上長引かせては、被害が大きくなるだけです。すでにオスフェ領では物価の高騰が始まっておりますし、いずれは王都でも…」
他の領地に比べて、オスフェ領は貧乏だからなぁ。目ぼしい産業がないと、こういった災害のときにきつくなるんだね。
まぁ、あったらあったで、それがダメになったときのダメージが大きそうだが。
「決行はいつ頃になりますか?」
「冒険者組合の赤のフラーダが到着してからになります」
ん?フラーダって、とんぼに似た昆虫だよね。赤ランクのとんぼってあんまり強そうじゃないが、赤だからかなりの実力者たちのパーティーなんだろうな。
どの組合でも名前の前にランクの色をつけるのが基本となっている。
例えば、私が冒険者組合の白ランクだったとする。
身分を問われたり、紹介される時は冒険者・白のネフェルティマとなる。
ただ、最強ランクの黒のネフェルティマとか、かなり嫌だ。邪悪な何かに間違われそうだ。
ま、私が黒ランクとか絶対にないけどね。
「フラーダか…。聞いたことはあるな。そのときはまだ青のフラーダだったが」
おぉ!つまり、王太子の耳にも入るくらい有名なパーティーってことだ。
でも、それってヤバくね?
強いってことは、コボルトたちが一網打尽もありうるわけで…。
そのパーティーが到着する前に、コボルトに接触しておかないと!!
しかし、どうやって?
コボルトの居場所も掴めていないし、私だけで外に出ると怪しまれそうだし…。
「時間があるのなら、街の様子を見て回っても問題ないですよね?」
そうだ!その手があった!!
「おにー様、まちの外もしらべておくと、おとー様にせつめいしやすいです!」
視察と言う大義名分があるんだから、パパンを利用しない手はない。
そして、外を調べるという名目で、コボルトと接触できればなおよし!
「しかし、街の外は危険です」
「街の外周を確認するくらいなら大丈夫だろ。近衛師団の精鋭に、王国騎士団の実力者、聖獣のラースもいるんだ」
さらに、お兄ちゃんとヴィは上級魔術師だし、森鬼とソルもいますけどね。
ヴィがゴリ押ししてくれたおかげか、なんとかお外に出られそうです!
とりあえず、腹ごしらえしましょうってことで、お昼ご飯を食べてから街に出ることになった。
今は緊急時ということもあって、お昼ご飯はパラス(サンドイッチ)だった。
中身は生ハムっぽいお肉と、シャキシャキのレタスのような葉菜だけのシンプルな物だった。
しかし、侮るなかれ!
生ハムもどきの強い塩気とサーダの実のソースがガツンと主張してきたあと、葉菜の優しい味とパンの仄かな甘みが舌を労り、咀嚼すればそれぞれの味が絶妙なバランスで味わい豊かにしている。
つまりは、美味い!の一言につきるのだ!!
お腹も膨れ、お昼寝といきたいところだが、馬車に乗って街の中心部へと向かう。
街の中はガラのよろしくない人が目立ち、営業しているお店も疎らだった。
本来なら、街道の拠点としてすごく賑わっていたのかもしれないが、今は廃れた感が漂っている。
「この辺りは騎士団も巡回しているから、荒れた感じはしないな」
「そうだね。見るべきなのは、貧民街じゃないかな?」
平和と言われるガシェ王国でも、国民の生活格差は存在する。
王都の貧民街はまだ比較的治安はいい方だが、地方都市ではそうはいかない。
大きな通りで馬車を下りると、歩いて細い路地を見て回る。
中心部の住宅に比べて、こちらは土壁がむき出しだったり、手作り感あふれる木造だったりする。
土木や建築を生業とする魔術師が作った物ではなく、素人が見よう見まねで作ったのだろう。
路地のゴミ置き場には子供がたむろして、私たちを物珍しそうに見ていた。
「子供たちの栄養状態がよくないな」
「一時的でも食糧の配布とかした方がいいね」
王都で見かける子供に比べて、ガリガリに痩せた子供たち。
今の状態が続けば、栄養失調などで死んでしまうかもしれない。
商隊が立ち寄らなくなったこの街では、すべての物が高騰している。
パーゼス侯爵も物資を送るようにしてはいるが、この街の有力者たちが金儲けとして利用しているらしい。
そこら辺はまた別に調査が入るとお兄ちゃんが言っていた。
「ギャンッ――!」
路地のさらに奥から、動物の悲鳴が聞こえた。
「おにー様っ!」
お兄ちゃんに声をかけて、私は走り出す。
それに反応して、騎士さんも数人走り出して、すぐに私を追い抜いて行った。
ちょっ!私を置いて行くなー!!
「森鬼!」
名前を呼んだだけで、私がどうしたいのか理解した森鬼は、私を腕に乗せると颯爽と走り出した。
「お前たち、何をしている!?」
騎士さんに追いつくと、そこにも子供の集団がいた。
「誰だよ、よそ者にはかんけいないだろっ!」
リーダー格と思われる、年長の男の子が騎士さんに食ってかかった。
10歳くらいだろうか?
周りの子たちよりも体つきはしっかりしている。
その男の子の向こうに、蹲る何かがいる。
暴力現場に遭遇したようだ。
「その子に何をしたの?」
森鬼に下ろしてもらい、騎士さんの前に出る。
いかにもお嬢様ですっていう私の出現に面食らった様子。失礼な!
「いぬは敵だって父ちゃんが言ってたんだ!敵をたおして何が悪い!」
うーん、たぶんその犬っていうのはコボルトのことで、普通の犬ではないと思う。
「ほんとうにその子は敵なのですか?かりに敵だとしても、むていこうの者を一方的に傷つけるのははずべきこういですよ」
「うっせーちびっ!」
頭に血が上ったのか、男の子が殴りかかろうとしてきた。
ますますいただけない。女性に手を上げるようでは、碌な人間にならない。
殴られそうでも、私は動かない。
だって、私には森鬼も騎士さんもついているのだから!!
すぐに騎士さんが男の子の腕を捕まえる。
離せと喚きながら暴れる姿は、昔近所に住んでいたガキ大将を思い出させる。
「すぐ力にうったえるのは弱いしょうこ。弱い者は人の上にはたてないの。げんにあなたを助けようとする人はいないでしょう?」
騎士さんに捕まっても、周りの子供たちは成り行きを見守っているだけ。
「私には彼らがいるわ。その子にはいないようだから、私が守ってあげるね」
蹲る何かを抱え上げると、思ってた以上の怪我の酷さに言葉が出なかった。
急いでお兄ちゃんに頼んで治癒魔法をかけてもらわないと!
「強さとは何か、りかいしないと大切なものをうしなっても知りませんわよ」
いくら子供とはいえ、暴力は強さでないことくらい理解できるはずだ。
今回はこの子が被害に逢ったが、もしこれが子供だったら?あちらの世界のように、いじめという名の暴力だったら?大人が介入しにくい子供の世界ならなおさら、守る立場の子供は理解しなければ。この世界は日本のように安全ではないのだから。
私の言葉を聞いて、悔しそうに歯を食いしばる男の子。
「おれは弱くないっ!こいつらのことはおれが守る。お前らのような貴族に、どうじょうされたくない!」
反骨精神というか、負けん気が強いというか。
まぁ、そういうの嫌いじゃないけどね。
「強さとは力だけではありません。あなたが道を外れず、ひきょうにもひくつにもならず、何か一つだけでもいいので、この騎士たちのようにほこれる強さを身につけられれば、大切なものを守れるすてきなだんせいになるでしょう」
「おれは冒険者、赤のガイ・クリエスの息子ベルガーだ。おれを弱いと言ったこと、こうかいさせてやるからな!!」
「覚えておきますわ、ベルガー・クリエス。私はネフェルティマ・オスフェです。あなたが強くなったと思ったら、私にじまんしにきてください」
将来、冒険者になり、シアナ計画で再会とかしたら面白そうだ。
そんなことより、早くこの子を治療しなければ!
騎士さんに男の子を離す様お願いし、急いでお兄ちゃんの元へと向かう。
お兄ちゃんたちはちょっと離れたところから傍観していたらしい。
「おにー様、この子をなおしてほしいの!」
私の腕の中で息絶え絶えなわんこ。
大きさから見ても、まだ子犬のようだ。
「…これは酷い。内臓もやられているみたいだね」
お兄ちゃんは魔力を両手に集めると、クレシオールへの祈りの言葉を口にした。
いつもは呪文だけの場合が多いが、クレシオールに祈ってから治癒魔法をかけると効果が高まるんだそうな。
これで、この子は助かるだろう。一安心だ。
そう言えば、この子の親はどこにいるんだろう?
「お母さんはどこにいるの?」
クゥンと弱々しく鳴いた子犬は、まだ怯えていた。
「ここにいる人間は、君にひどいことしないよ。お母さんのいばしょ、わかる?」
クゥンクゥンと子犬の視線の先は塀の向こうの森を示した。
「…まちの外の森?」
君、マジでどっから入ってきたのさ!?
「主、気づいていないようだが、これはコボルトの子だぞ?」
「「「はぁ???」」」
ハモった。物の見事にハモった。
私とヴィ、お兄ちゃんまでもが貴族らしからぬ驚き方をしてしまった。
森鬼の発言はそれくらいの破壊力があったってことだ。
この子犬、どう見ても柴犬なんだが…。
赤毛と呼ばれる明るい茶色と白の毛並みに、クリンとした巻き尾。子犬のためか、耳はちょっと垂れているけど。
「…おにー様、どーしましょう?」
「うーん。本当にネマは引きがいいと言うか、神に選ばれていると言うか…」
うん。確実にまた遊ばれているね。
きっとどこかでニヤニヤしながら見ているに違いない。
あとで精霊さんたちにクレームを届けてもらおう!
「親元へ返すにしても、コボルトに接触した途端に攻撃されそうだな」
「この子がいっしょにいても?」
「まぁ、誘拐犯に間違われるだろうな」
むぅ。困ったね。
出来れば戦闘は回避したいんだが…。
不穏な空気を察したのか、子犬じゃなかった子コボルトがきゅぅっと悲しそうに鳴いた。
「だいじょーぶだよ。お母さんのところへ帰れるからね」
よしよしと頭を撫でる。最初と比べると毛艶も良くなっている。さすがお兄ちゃんの治癒魔法!
「ラース君がいっしょにいてくれれば、コボルトたちもすぐにはこうげきできないと思うよ?」
魔物にとっても、聖獣は特別らしい。
魔物も神が創ったもの。だから、神の力を宿す聖獣を畏怖する。本能に刻み込まれていると森鬼が教えてくれた。
でも、森鬼はソルに会ったときも、ラース君に会ったときも変わらない態度だったな。
まぁ、森鬼もチートな特別仕様なので当てはまらないのかも。
「と言うことらしいが、ラースはどう思う?」
-グルルルゥ
「…お前、本当にネマには甘いな」
と言って苦笑するヴィ。
ラース君の言葉、訳してもらっていいっすかね?
「ラース君、なんて言ったの?」
「愛し子の願いは叶えてやるのが当たり前だと」
「ラース君大すきっ!!」
ラース君の言葉に感動して、思いっきり抱きつく。
私の周りにいる人たちの優しさのおかげで、私は自分の思い通りに動けているんだと改めて実感した。
これはなんとしてでもシアナ計画を成功させねば!!
そのためには、まずはコボルトたちだな。待っていろわんこたち!!
テンションも上がって、お兄ちゃんたちを急かして馬車に戻る。
子コボルトは布にくるんで、一応隠してみた。
まぁ、誰が見てもただの子犬にしか見えないが念のため。
よぉーし、全員配置についたことだし、森に向かって出発だー!
お待たせ致しました(;´Д`A
皆様のコメントが励みになりました。
しかし、いつになったらわんこと出会えるのか…。次こそはわんこ祭りを!!




