閑話 ネマがのん気に遊んでいた頃、俺は……。前編(ヴィルヘルト視点)
転移魔法陣が設置してある砦まで向かう馬車の中で、ネマが懐かしむように言った。
レニスに向かっていたときと同じ状況だと。
あのときも、俺とラルフとネマの三人で馬車に乗っていたな。
それから少しばかり当時の話をし、あの事件がここまで大事になるとはなと感慨にふける。
「ようやく苦労が報われるな」
「そんなに苦労があったの?」
ネマにとっては何気ない問いかけだったのだろうが、俺とラルフはその苦労を思い出し、遠い目をした。
のん気なネマに、ここ最近の多忙にも次ぐ多忙な生活とネマがさらわれていた間のことを聞かせてやろう。
◆◆◆
いつから忙しくなったのかと振り返れば、ミルマ国第一王女アーニシャの立太子の儀に、父上の名代として出席が決まったときからだろう。
立太子の儀には、ライナス帝国の太上陛下と皇太后陛下もご出席されるということで、ライナス帝国側からの要望もあり、母上も出席されることとなった。
つまり、式典に参加してすぐに帰る、というわけにもいかないということだ。
さらには、宰相であるオスフェ公と外務大臣のユージン・ディルタも同行する。
王妃と王太子の公務、残される父上への負担など、様々な事項を調整して組まれた予定は、毎日隙間なく埋まっていた。
ミルマ国でのことは息抜きになることはなく、俺がやらかしてしまったこともあり、デールラントとユージンには執拗に嫌味を言われるはめになった。
帰国後も、そのやらかしの後始末と、新たに判明したルノハークの一件を調べることに時間を取られた。
落ち着く間もなく、ルノハークの活動拠点が発見され、ライナス帝国と合同で大量捕獲作戦が実施されることに……。
捕らえたカーリデュベルの尋問、初代国王ギィの手記の発見、獣王の洗脳に赤のフラーダの保護と、やらなければならないことが次々と出てくる中で、セリューノス陛下が動くと言う。
ネマを囮に使うという、デールラントが聞いたら魔力を暴走させそうな話だった。
それだけでも十分に不安要素ではあるが、一番はネマがやる気に満ちていることだろう。
ネマが張り切るとたいがい大事になる。
つまり、ライナス帝国に任せっきりにするのではなく、我が国側でもできる対策は取らねばならないということだ。
デールラントにセリューノス陛下のお考えを話したときは、セルリア夫人も同席していたため、魔力暴走は防がれたが、ずっと俺に絡んでくるようになった。
デールラントに嫌味を言われながらも、精霊たちに協力をしてもらい、国内に監視網を張る。
先日の捕縛で、国内のルノハークはほぼ壊滅したと思いたいが、念には念を入れての策が功を奏した。
『ヴィルー!見つけたって!』
風の精霊が、俺の顔面に向かって飛んできた。
思わず虫を払うようにはね除けてしまう。
『ぎゃーっ……ひどい……』
「あぁ、悪い。癖でな」
王太子ということもあり、身辺に近寄るものにはどうしても敏感にならざるを得ない。毒を持つ生き物をけしかけられることもあるしな。
「それで、何を見つけたと?」
『ラース様が言っていた、洗脳魔法にかかった人だよ!』
『あら。本当に現れたの?』
ラースを慕う風の中位精霊が面白がるように問いかける。
『うん!クリーニの街で、水の精霊が見つけたんだ!』
クリーニだと!?
これはまた、大きな街に堂々と現れたな。
奴らが動くとしたら、比較的移動のしやすい、小さな町や村に出現すると思っていたのだが……。
クリーニはミューガ領最大の港都。ミューガ領は大小様々な河川があり、その領内での総面積は国内河川の半分以上を占めているほどだ。
そのため、国内物流の拠点ともなっている。
「クリーニなら、他所者がいても目立たないからか」
他領からの運搬や国外から買い付けにきた商人など、地元以外の人の出入りが多い。
となると、他の、河川や街道沿いの大きな街にも出現するかもしれないな。
『なんでヴィルはわかったの?』
『そうだよー。なんでなんで?』
ラースの聖獣という威令を使い、ガシェ王国内にいるすべての精霊に、洗脳魔法を使われた者が現れたら知らせるようにした。
通常時であれば、洗脳魔法にかかっている者など見かけることもない。
ラーシア大陸のほとんどの国は洗脳魔法を禁忌としているし、合法的に許可している国では、魔法を使える者、魔法をかけられた者を厳格に管理している。
「聖主とやらがとれる方法が、洗脳魔法を使うことくらいしか残っていないからだ」
予測するのは簡単だった。
時間をかけて、聖主の勢力を削ってきたのだから。
『ラースさまぁぁぁ!出たぁぁぁ!!』
先ほどの精霊とは違う方向から現れた風の精霊は、俺にではなく、ラースの後頭部に飛びついた。
……怖いもの知らずだな。
しかし、ラースは大事な報告だからと我慢し、精霊に続きを促す。
『ワイズ領のハリルテ鉱山で、土の精霊が見かけたから知らせてって!』
鉱山を複数有するワイズ領でも特に大きな鉱山で、その麓では大きな歓楽街が形成されている。
よってこちらも、他所者が目立つことはない。
「このままだと王都にも現れそうだな」
複数ヶ所に同じ時機……セリューノス陛下が宴の開催を下知してすぐにこれだ。
宴で動き、ガシェ王国内でも何かやらかすつもりなのだろう。
「精霊たち、しっかりと見張っておけ。騎士をやる」
近いうちに何かしらの動きを見せるはずだ。
精霊たちが持ってきた情報によって、王宮に詰める高官や騎士団が慌ただしくなったのだが、父上だけはいつもの笑みを浮かべて一言。
「名に違わぬしぶとさだな」
名前が原因だとしたら、その一因はデールラント・オスフェにあるだろう。彼が『ルノハーク』と名付けたのだから。
「それで、配置は済んでいるんだな?」
バシッバシッ――。
父上と話しているにもかかわらず、床に寝そべっているラースが尻尾で俺の足を叩いてくる。
「はい。発見した洗脳された者はすべて、精霊と騎士団、双方の監視をつけ、動きがあればすぐに確保できます」
精霊は洗脳魔法をかけられている者を見分けることができるが、我が騎士団には精霊と意思疎通できる者がシーリオしかいない。
シーリオは、先日捕まえたルノハークらの尋問を一手に引き受けている状態だ。
そのため、まだこちらに滞在していたレイリウス殿とその部下たちに協力を願った。
彼らは快く引き受けてくれ、精霊と騎士たちの間を取り持ってくれたのだ。
バシッバシッ――。
何度も同じ場所を叩かれているせいか、微かに痛みを感じるようになってきた。
「なんだ、ラースはご機嫌斜めか?」
父上の問いに、ラースはバシンッと力を込めて尻尾で答える。
「ネマの見送りができなかったことに拗ねているようで」
再びバシンッと力強く叩かれる。
拗ねるという表現がお気に召さなかったようだ。
「ラースも心配なのだろう。奴らが動いたということは、あちらでも動きがあるということだからな」
国内のあちらこちらで、洗脳魔法をかけられた者が発見されたことは、すでにセリューノス陛下にはお伝えしている。
「奴らがどのような手段を取ってくるにせよ、オスフェ公がすぐ動けるようにしておくのがよいかと思われます」
今日の宴で何が起きても、オスフェ公が対応に当たるのが効率がよいだろう。
ガシェ王国としても、オスフェ家としても、決定権を持っているのだから。
「殿下は急き込んでおられるご様子。今決めるのではなく、事が起き、相手の出方を見てからでも遅くはないでしょう」
オスフェ公は平然とした顔でそう告げた。
事が起きてからということは、ネマやカーナディアに危険がおよぶ可能性もあるのだぞ?
娘たちをいたく可愛がっているオスフェ公なら、何をしてでも駆けつけると思っていたが、今回はあえての守りの姿勢ということか?
「私が娘たちのもとへ行かせろと言わなかったことが意外でしたか?」
表情には出してないと思うが、オスフェ公には隠しきれていなかったようだ。
「日頃のネマへの態度を見ていればな」
あの過保護ぶりを見せられれば、誰しもが真っ先に娘のもとへ駆けつけると思うだろう。
「私がライナス帝国へ向かうことが最善であれば、何を置いてでも駆けつけますが、私たちは常に最悪を想定して動かねばなりません。手負の獣は、より凶暴になりますから」
オスフェ公の言う『最悪』とは、父上や俺に何かあったときのことか。
オスフェ公は、今回の事案も最悪になる可能性が少なからずあると言う。
洗脳された者たちは、大きな街で発見された。
つまり、多くの民を巻き込んで、何かするつもりだと。
しかし、なぜガシェ王国なのか。
ライナス帝国内では、いまだ獣人と人との不和が燻っている。
火を起こすなら、火種がある方が簡単なのは明白。それなのに、こちらで動きを見せたということは……。
「すでに王国騎士団には非常警戒が発令され、竜騎部隊と獣騎隊も多くが出動しています。状況によっては、殿下が矢面に立つこともあるでしょう。近衛騎士たちの力がおよばぬ場面もあるかもしれません」
オスフェ公は、王宮の守りが弱くなることを懸念しているのか。
確かに、国内のあちらこちらで対応すれば、騎士団も分散せざるを得ないし、精霊の力を使える聖主には近衛騎士では相手にならないかもしれない。
「オスフェ公の考えはわかった。どうやら俺が早計だったようだ」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
オスフェ公の考えは理解したが、それでも父親としては歯がゆいだろうな。
娘たちが危険に巻き込まれるとわかっていながら、静観するしかないのは……。
そんなオスフェ公の気持ちをくみ、精霊たちにネマとカーナディアから一瞬たりとも目を離すなと命じる。
以前、ルノハークはネマをさらった。
ディーと炎竜殿のおかげでネマは無事だったが、またネマを狙う可能性もある。
もしくは、ライナス帝国での姉妹の様子を見聞きしていれば、守りの堅いネマではなく、カーナディアを人質とすることもありえる。
人口の多い街を中心に、厳戒体制を敷いている中、宴が始まったと報告が入る。
セリューノス陛下なら上手くやるだろうが、やはり一抹の不安はあった。
皇帝という地位にいるあの方には、国と民を守る責任があるのだ。一人を犠牲にすることで、多くの者が助かるとしたら……セリューノス陛下はどうするだろうか?
『坊。始まったようだぞ』
ラースの言葉を皮切りに、洗脳された者たちが暴れ始めたと、次々に精霊たちが飛び込んできた。
監視をしている騎士たちに、速やかに身柄を拘束するよう命令を発する。
それ以降の騒ぎはなく、手応えのなさに不気味さを覚えた。
捕らえたあとは、洗脳を解くために魔道具を用い、ミルマ国から派遣された、洗脳魔法に詳しい治癒術師に診せるようにしている。
洗脳が解けてた者から何が語られるか、その報告よりも先に、ネマがさらわれた一報が届く。
『ユーシェ様の契約者の子供が、愛し子を抱えて転移したのよ。エガイルのテルフビリュフ・アーベラ遺跡からイクゥ国の城まで転移したのだけど、そこから先は弾かれたわ』
下位精霊の説明ではほとんど理解できなかったため、中位精霊に詳細を聞いた。
あいつはなぜそう易々とさらわれるんだ!
「セリューノス陛下の子供とは、アイセのことか?」
『そう。四番目の子』
朧げながら、状況が見えてきた。
おそらくネマは、招待客ばかりを気にして油断していたのだろう。
そして、アイセ!あいつはまた勝手に動いているのか!?
『ラースさまぁぁぁ!』
『愛し子の側に行けなかったぁぁぁ……』
俺の横では、ネマの側から弾かれた精霊たちがラースに縋っている。
炎竜殿の方でも同じような光景が繰り広げられているはずだ。
炎竜殿にも両国の状況を説明せねばならないな。
父上たちに精霊からもたらされた情報を伝える。
「洗脳された者もすべて捕獲できているので、オスフェ公はライナス帝国へ行ってもらっても大丈夫だと思われますが?」
「そうだな。新たに洗脳された者は見つかっていないのだろう?」
「はい」
宴の場で動きがあったことで、これ以上ガシェ王国での動きはないだろうと、父上はオスフェ公に輝青宮への転移を許可した。
「ただちに向かいます!」
あっという間に部屋から出ていくオスフェ公。
「痩せ我慢しよって」
オスフェ公がずっと落ち着かない様子だったと、父上が楽しげに告げる。
宰相としての立場を優先したが、やはり父親として娘の側に行きたかったのだ。
カーナディアも父親がいる方が心強いだろう。
「緊急伝令!緊急伝令!」
大声を上げながら駆け込んできたのは、連絡塔所属の騎士。
彼の手には、紫色の旗が握られていた。
その旗には、陛下に直接伝えなければならない緊急の内容があるという意味がある。
他にも、赤や黄、緑といった色の旗もあり、内容や緊急性を表している。
この旗を持つ騎士の行手を遮ることは許されず、王宮の建物内を走れる唯一の職だ。
「ミューガ領のムーロウ砦、ディルタ領のバゴレ砦にて小規模の戦闘が行われております!」
通常であれば、父上に直接伝えるような内容ではないが、ムーロウ砦はイクゥ国との国境防衛の要であり、バゴレ砦ではないが、ディルタ領では以前も襲撃を受けたことがある。
時機的にルノハークと関わりがあると、砦の責任者が判断したのだろう。
伝令役の騎士は、双方の砦より届いた戦闘詳報と思われる書類を父上の側付きに渡す。
それに目を通した父上は、少し心痛な面持ちで、ゼルナン将軍の呼び出しとオスフェ公を呼び戻すよう指示を出した。
オスフェ公が戻るまで、戦闘詳報を読ませてもらったが、双方の砦の責任者は戦闘拡大のおそれありと綴っている。
増員の判断は現場と各部隊長がするだろうが、竜騎部隊と獣騎隊は早めに送った方がいいかもしれない。
オスフェ公が戻ってきた。
呼び戻すのが間に合ってしまったか……。
「デール……皆が怯えているから、その顔はやめなさい」
様々な感情を押し殺しているのか、表情が抜け落ちたオスフェ公は、異様な不気味さを感じさせる。
そういえば、女神様のお力によってネマが眠りについたときも、同じようになっていたな。
「……失礼いたしました。それで状況は?」
ゼルナン将軍も到着し、国境の砦の状況を説明する。
ミューガ領のムーロウ砦では六十、ディルタ領のバゴレ砦では三十ほどの武装集団が現れ、小競り合いが発生した。
規模としてはすぐに制圧できそうではあるが、武装集団は奇妙な動き方をしているという。
「戦闘と撤退を繰り返しているだと?」
ゼルナン将軍は驚いたのち、何かを考え込み始めた。
敵は多少戦い慣れをしているようで、騎士側にも怪我人が出ているそうだ。
治癒魔法ですぐに復帰できるとはいえ、士気の低下は否めない。
「考えられるのは、時間稼ぎ、騎士団の戦力を国境に集中させるため、もしくは砦の騎士たちをどこかに誘導したいかだが……」
ゼルナン将軍は敵の目的を推測するも、弥縫策で対応するしかないと締めた。
ネマの安否に関わるとしたら、無駄に刺激しない方がいいのかもな。
「陛下、砦の様子を見てきてもいいかね?」
「将軍がわざわざ出向くのか?」
ゼルナン将軍の申し出に、父上は不思議そうに問い返す。
「騎士団も近衛師団も本物の戦を経験しておらぬので、儂から少しばかり助言をするだけです」
ガシェ王国では、建国当初以来、戦らしい戦は起きていない。
騎士団がやるのは、魔物や野盗の討伐がほとんどだ。
日々訓練をしていても、いざ戦になったら混乱する者も多い。
ゼルナン将軍は若い頃に修行だといって、情勢の悪い少国家群の国で傭兵まがいのことをしていたと聞く。
国同士の戦にも駆り出されたことがあるらしい。
そんなゼルナン将軍の訪問は、騎士たちにとっても心強いものになるだろう。
「そういうことなら、将軍に行ってもらおう。実際に見て、何か気づくこともあるかもしれないしな」
父上はすぐに承諾すると、今度はオスフェ公に問いかける。ライナス帝国の方はどうするのかと。
「私の代わりにラルフを向かわせます。ディーもいることですし、力になれることもありましょう。ですので、ラルフが請け負っている殿下の執務を殿下にお戻ししますが、よろしいですね?」
「あぁ、もちろんだ」
今抱えているのはルノハーク関連のものばかりなので、俺だけでもなんとかなる。
「ラルフが輝青宮に留まる間、俺の部屋を使えるようにしておく」
輝青宮には、セリューノス陛下のご厚意で、俺と母上の部屋が用意されている。
聖獣とともに使用できるようにされているので、ディーも過ごしやすいはずだ。
そして、炎竜殿にもネマの現状を説明しておくべきだと思い、父上にそう申し出た。
「俺はネマの安全が確認できしだい、炎竜殿のもとへ行ってまいります」
炎竜殿の住処には、精霊と意思疎通できる者がいなければ到達できない。
精霊たちが近づけないように悪戯を仕掛けてくるからだ。
父上たちの前から下がり、烈騎隊へ指示を出したり、シーリオから報告を受けていると、そこそこの時間が過ぎていた。
いつでも北の山脈に出発できるように、急いで準備を整える。
すると、我慢の限界を迎えたであろう精霊たちがいっせいに群がってきた。
『ソル様のところに行くの!?』
『わたしも行く!』
『みんなでヴィルについていこー!』
先ほどまで、ネマの側に行けないと泣いていたのに、今は炎竜殿に会えるとはしゃぐ。
本当に、精霊の気分は子供よりも変わりやすいな。
「ネマの安全が確認できてからだ。そもそも、弾かれたくらいで泣いて戻ってくるな」
俺がそう告げると、精霊たちは口々に酷いと囀る。
『でも、あそこなら大丈夫だよねー?』
『いっぱい仲間がいるもの』
『中位様たちもいるしー』
弾かれたものの、ネマがいる場所が安全だとわかっているような言い草だな。
しかし、城に中位の精霊がいるだと?
中位以上の精霊は自然が豊かな場所か精霊宮の周辺、聖獣やその契約者の側にいることが多い。
だが、イクゥ国に聖獣や契約を成した者が現れたという話は聞いていない。
「なぜ中位精霊がそこにいる?」
『闇の聖獣様がいるからだよー』
『闇様、あまりかまってくれないけど好きー!』
『側にいると落ち着くよね』
お前ら、すでに聖獣に会っているのか。
そもそも、闇の聖獣がこちらに来ていることも聞いていないが?
そのことを指摘すると、闇の聖獣はずっと前からいたと返される。
精霊たちのずっと前が、少なくとも我が国建国以前だということはわかった。
それほど時間が経っているのであれば、出現時に話題になったとしても、忘れ去られるのは仕方ない。
「闇の聖獣がいるなら、ひとまずネマは安心だな」
ラルフはすでにライナス帝国へ向かったようだが、念のため知らせておいた方がよいだろう。
そう思って、精霊に言伝を頼もうとしたときだった。
『ヴィルー!聞いて聞いて!』
またもや風の精霊が飛び込んできた。
新たに洗脳された者が現れたのかと、精霊の報告を聞く。
『闇様が来たのに、マロウに追い出されたー』
器用に空中で手足をバタバタと動かし、悔しがっている。
「闇の聖獣が輝青宮まで来たのか?」
『ううん。影の先っぽだけ』
下位精霊にわかりやすい説明を求めた俺が悪かった。
「ラース、どんな状況かわかるか?」
『闇の聖獣の力だろう。奴は影さえあれば、たいていのことは成せる。光の聖獣が揃えば、空間も繋げられるそうだ』
空間を繋げるという現象がどういったものか、いまいち想像ができない。
ともあれ、闇の聖獣がいるのであれば、デールラントではなく、ラルフが行って正解だったな。
「では、オスフェ公にネマの無事を知らせてから、炎竜殿のところへ行くか」
◆◆◆
魔道具で温度を保っているとはいえ、北の山脈の雪の多さには参る。
油断すれば方向を見失うので、このときばかりは精霊たちが頼りだ。
『もう少しー!』
『もうちょっとー!』
精霊に案内され、雪山を駆ることしばし。ようやく吹雪いていない場所に出た。
『ソル様連れてきたー!』
『ラース様とヴィルだ!』
俺たちについて来た精霊と炎竜殿のところにいる精霊が、聖獣同士の邂逅に大はしゃぎする。
俺がここに来た理由の一つであるネマの状況を説明すると、炎竜殿はすでにある程度のことは把握されていた。
いつもネマにくっついていた火の中位精霊が炎竜殿の側にいることから、情報源はそこだろう。
「我々は、聖主の目的が創造神様の降臨にあると見ています。ネマを手中に収めた今、奴らは動くはずです」
ネマという餌に釣られた聖主は、その餌を巣に持ち帰った。
いくら精霊を弾く術が使えても、ネマの居場所を完全に隠すことはできない。
そうなると、奴らは俺たちを足止めしようとするだろう。その一手として、洗脳魔法をかけられた者たちがガシェ王国に現れたことに関わってくる。まだ、何をしようとしているのかは掴めていないが……。
「創造神様を降臨させるには、すべての力が必要だと聞きました。ネマが炎竜殿を呼び出したら、断らないでいただきたいのです」
『まぁ、よかろう。あそこは呼ばれぬ限り出向かぬがな』
承諾してくれたことに安心したのも束の間、炎竜殿の言葉に疑問を覚える。
「あそことは、どういう意味でしょうか?ネマが炎竜殿を呼び出す場所に心当たりがあるのですか?」
すると、炎竜殿から衝撃的なことを聞かされた。
ラーシア大陸に創造神様が降臨できる唯一の場所があると。
創造神様は何かを創り出すとき、人知れずその地に降り立ち、創り出したものを世界に放つそうだ。
「創造神様が降臨されたことに誰も気づかないと!?」
そんなことがあるのかと驚く。
だが、ミルマ国の遺跡でのことも、今の代には伝えられていない事柄だ。
そうやって、長い歴史の中に埋もれ、忘れ去られたことはたくさんあるのだろう。
『その昔、魔族の聡明な種が気づき、そこに神殿を建てたのだが……』
炎竜殿は言葉を詰まらせる。
そして、彼らが禁忌を犯したのだと続けた。
『創造主のお姿を象るという禁忌を』
そういうことか。
歴史に残っている中でも、創造神様の像を作ろうとした事例はいくつかある。
そのすべてが、完成する前に不可解な現象によって壊れてしまった。何度作り直しても、壊れるということが繰り返され、そこでようやく理解するのだ。創造神様のお姿を目に見える形にしてはならないのだと。
『創造主様は像を不快に思われたのか、形すら残らぬ塵に変えてしまわれた。それを見た魔族らは恐れ慄き、神殿を放棄したのだ』
ルノハークが拠点にしていた遺跡にあった像を思い出した。
しっかりと調査したのちに像は壊したが、間違っていなかったようだ。
元々女神様の像だったものを、あとから手を加えて、女性的特徴を削ぎ落とした形跡があったという。
創造神様のお怒りに触れないよう、表向きは女神像として祀っていたらしい。
ルノハークにも神罰を与えてくださってもよかったのにな。
「それで、その神殿の場所はどこですか?」
場所がわかれば、罠を仕掛けることもできる。
状況によっては、神殿に着く前にネマを救出できる可能性もあるな。
『……ふむ、南の方だったか?』
『いや、西であろう。獣王国の近くではなかったか?』
炎竜殿が告げると、ラースが即座に否定した。
そもそも、この感じだと覚えていないな?
まぁ、それも仕方がないのかもしれない。
地名は早ければ数十巡で変わることもあるし、それ以上の時間が経っていれば、獣王国のように国が変わっていたり、地形も変わっている可能性がある。
「他に場所を覚えていそうな聖獣はいるのか?」
『聖獣は皆、呼ばれぬ限りあの地に行くことはない。場所を把握しているとしたら精霊王らであろう』
早く王宮に戻りたかったが、今から精霊宮に行くしかないか……。
このあとのやるべきことを考えていたら、炎竜殿がまたも衝撃的なことを教えてくれた。
精霊は、神殿のある場所のことを語ることができないと。
「知る術はないということですか?」
『……水竜であれば、知識を引き継いだばかりで覚えているやもしれん』
そういえば、聖獣は知識のやり取りができるようだと、ラルフが言っていたな。
「では、ディーならどうでしょう?ラルフの話では、ラースから知識を譲り受けています」
ラースが忘れている事柄も引き継がれるというのであれば、こちらに来て間もないディーは覚えている可能性が高い。
『光のも来たばかりであったな。聞いてみるとよい』
精霊を介してのやり取りができない内容なので、一度ラルフに戻ってきてもらわないといけない。
ディーに話を聞いて、すぐにライナス帝国に戻れるようにするか。




